第××項 神霊の嘘から学ぶ【誠】とは
スピリチュアルでは一般的にあの世のことを【霊界】と言います。霊界とは【0(レイ)】界であり、数学的は隠れた世界を指します。完全なる【無】を意味しません。何故ならば100と示した時、完全なる無であれば「1」しか残らないからです。
仏教では万物は霊的な膨大な空間たる【虚空界(真如)】から万物は産み出されたとします。しかし、あまり「虚空」の言葉に関して論じられたとは言えません。
仏教は【虚空界】から【真如(真実)】が出る
虚空の口から出る【嘘】に、真実が込められる?
私達が「虚空」という言葉を知るのは仏教の【虚空蔵菩薩】とされる仏に付けられた名称程度にしか過ぎません。その「虚空蔵菩薩」とは、無限の知恵と慈悲の心を与える菩薩として語られて来ましたが、その虚空蔵菩薩の守り年は「牛年と虎年」と言われている程度のことです。
大本教から【ウシトラ】金神が出された時、そのウシトラには【牛虎】もあるぞよと出されましたが、誰も【牛虎の虚空蔵】には気がついておられなかったと言えます。あまりにも漢字の【艮】から脱却が出来なかったからと言えます。漢字の「艮」は今は表舞台から退いています意味のウシトラなのです。
この虚空蔵はスピリチュアルでは「アーカーシャ」と言っています。そのアーカーシャ(虚空蔵)にあるとされる【過去・現在・未来】が書かれた物を【アカシック・レコード】と呼んでいます。未来とは、過去と現在を足して導き出される方程式なのです。
ほとんどのスピリチュアルでも霊能者でも【悪い未来】は変えられると言います。それは、今の現状のままで行けば「悪い未来」が見えていても、今の現状を変えると悪い未来も良い未来に変わるからです。未来は変化させられるなのです。
私達は【囲碁】【将棋】と呼ばれるものを知ります。その棋士達は現状の盤面を見ながら、それがどの様に変化して行くか先を読んでいます。つまり「未来」を読んでいるわけです。
大本教神諭予告【九つ花】は形としては「将棋盤」です。言霊と呼ばれる「駒」によって変化させるです。そして【天元】と呼ばれる中心点を持つのは「碁盤」で、天元を除くと白石が一八十(イワト)、黒石が一八十(イワト)の陣容となります。これは何を表しているのかです。
未だ来ない【未来】のことは【予言】などで事前に出されます。事故でも予言されて当たるがあります。それはこの世で起きる事故も【必然性】を伴って生じて来るからです。神霊などはある程度はそうした予知も出来るので、自分を信じる信徒の事故を未然に防ぐなどの作業をされています。そうした作業は正神界とか邪神界とかは関係ないのです。蛇霊や狸霊の神様でも人気が高い神等は、自分を信じる者は守るだからです。
神を信じる者は「儲(信・者)かる」
邪神も信徒が多くないとその勢力を張れない
大本教の出口王仁三郎聖師は卓越した予知能力を備えた【大予言者】でした。では、その予言能力はどこから来たかとなるとやはり「霊界」からとなります。それは【虚空界(真如)】を正しく読み取っている神が背後に存在したなのです。
私は霊界に関わっていて、私達1人1人が歩んだ記録は電磁的に記録されていていることまでは解りました。一枚の写真を見ていても、その写真が撮られる前までの光景が写真には写っていたからです。私達は写真を見ていて、そこには一枚の映像しか見えていないのですが、実際には前の記録もあるのです。それは、写真が一瞬を切り取る【記録】媒体だからです。言うなれば「ドライブレコーダ」で事故の前を検証出来るようなものなのです。
私達はこの世で悪行を積んでも、それがこの世ではバレるとは限りません。ある意味、警察に捕まるのは一部の人達だけかも知れないのです。しかし、私達のこの世で積んだ善悪は全て電磁的なものに記録されてはいるのです。ですから、その記録を見て判断する閻魔庁の裁判には間違いがないのです。そこが人間が裁判するのとは違うのです。人間がする裁判では「えん罪」を生む可能性がありますが、霊界の裁判にはそれがないのです。
ただ、閻魔庁の裁判とは個々の事案の裁判ではなくて、その人の今生の一生における【善悪の天秤】でして、通算して悪行を積んでも善行がそれ以上に多ければ罰を受けないとなります。悪行は善行を持って消せるなのです。
各自の悪行の罪は、善行の積み重ねで消すことが出来る
ですから、【悔い改めなさい】とされるのです
一部の霊能者やサイキッカーの方は、自分は何時でも「アカシック・レコード」を自由に読み取れると言われます。そうしたものが仕舞われている図書館的なものがあると言われます。それを見れば【未来】が解るです。未だ起きてもしないことを事前に予知できるのは、このアカシックレコードを読んでいるからとされます。
ならば、そうしたアカシック・レコードを見て、答えが欲しいとアカシック・レコードを読める力があると言う方に頼んでおりましたが、待てど暮らせどもその答えが送られて来ません。
私はアカシック・レコード的な記録媒体の存在は否定しませんが、自分はそれを読み取ることが出来ると言われれば、本当にそれだけの力をお持ちなのですかと言いたいところなのです。
アメリカにおける眠れる偉大な預言者とされた【エドガー・ケイシー】を使っていた霊は、そのアカシック・レコードから未来を読み取っていたとされます。しかし、エドガー・ケイシーの西暦1998年に日本列島沈没は見事に外れました。最近、その予言を修正して西暦2018年3月に日本列島沈没等が世間を少しだけ賑わしておりますが、霊界に各種のビジョンが存在しますが、ビジョンは当たるとは限りません。
以前、多くのブログに宇宙司令官からのメッセージや大天使のメッセージたるビジョンが次々と流されましたが、何一つ当たったためしがありませんでした。それらは、
下手な鉄砲も数打ちゃ当たるでするからです
言葉が意味する「虚空」とは、何も無い「空」で虚しいの「虚」であって、無限の知恵とか慈悲を意味していません。現実界から見ると何も無い虚しい世界そのものが【虚空】なのです。【蔵】はそれらを産み出す場所です。仏教で説く【無から有の産み出し】なのです。
その虚空蔵とは「虚空」で解るように、【蔵】の口からは【嘘】が出るのです。
だが、どうして虚空の口から出る嘘が【真如】となるのか?
虚空蔵世界からは霊的な【玉】が無数に打ち出されています。そのほとんどは的を得ないでビジョンも外れるのですが、的に入れば大当たりとなるのです。ですから、予言される事柄はほとんど外れますので【嘘】となるのです。だが、大当たりもあるのです。
ある方からメールが来ました。その方が霊能者に見て貰ったところ、あなたの背後にパチンコ玉の様な玉が無数に回っている。これはなんだか私には解らないと霊能者から言われたと、私に質問されて来たのです。私はそのパチンコ玉の存在は以前に見ていますので、答えることは出来ました。虚空蔵から打ち出されている玉なのです。
霊界に関わりますと、基本的にはどうでもいいような、貴方は昨夜は何を食べられましたとか。どんな異性と付き合っておられますねとか、そうしたことはズバズバと言い当てて来るがあります。自分が昨日何を食べようが、そんなことどうでもいいことなのです。しかし、霊的世界の構造がどうなっているのか?。そうしたことを聞くと、まったく答えられない霊だらけと言えます。
為に、霊能力がある方はいくらおられても、実際に霊的世界がどうなっているのかの説明ともなれば、誰も語れないという不思議な現象に出会います。どこにも百発百中の神霊の御代たる霊能者が存在しないと言えます。また、それが説明できる御神霊達も居ないなのです。
その一つの要因として、霊的世界(虚空蔵)から打ち出される玉(予知等の働き)は的を得れば大当たりとなりますが、そのほとんどの玉は大外れとなる玉を拾ってしまうがあるからです。
大本教神諭に、このウシトラが世に出ている神々をこれまで【誑かして来た】とあります。
私は国常立尊ともあろう存在が、世に出ておられる神々を誑かして来たとは何事ぞと思いましたが、それは【虚空蔵】から打ち出される霊的な玉。それをうかつに拾って信じてしまうと自分が【誑かされて】しまうだったようです。
あるブロガー主が、○○大神様からの御神示として、私に幾度か何月何日に何々が起きるとメールをして来られるのですが、ことごとく外れています。しかし、その方に暗に注意しても一向にその方が言う神霊の言葉が嘘だらけに気がついておられないがありました。霊に欺されたことによる目覚めがないのです。欺されても欺されても大身の神名を詐称する蛇霊や狐霊に欺かれておられるなのです。なまじ霊が見えるとか会話が出来る為の欠点です。
では、何故にそのブロガー主さんの背後に居る霊は、そうした情報をそのブロガー主さんに言っているのかと言いますと、確かにそうした霊的映像は霊界に存在しているのです。私はその映像を見て、これは起きえない映像だと判断していましたが、そのブロガー主の背後の霊は、それは起きると判断していたことになります。つまり、虚空蔵から出て来る【嘘】の玉を大当たりの玉と間違えたのでしょう。
そのブロガー主の背後は邪神だ!。その邪神を自分が倒したとメールをくださった方がありましたが、全然倒れてはおられません。元気いっぱいであけてくれても欺された内容の神示を連発されています。が、本人はそれが本物の神示だと思っておられるから、本人に悪気はなく、自分では一生懸命に神に仕えていると思っておられるから質が悪いとなります。
一方、倒せもしていないのに倒したという嘘を出される霊も出て来るなのです。自分は偉いとか凄いと思うからそうした霊を倒せたとも思うのです。実際に邪神と言えども神霊を倒すなど容易なことではありません。霊は簡単に死なないからです。消滅しないからです。霊はいくら倒してもゾンビのようなもので死なないのです。
今の神霊世界は【99%】は邪神だと言われているのは
誠の意味が解る神霊は1%(一厘)程度なのです
今の神霊界は「99%」が邪神だと言われています。これは日月神示などの「一厘と九分九厘」の言葉から出て来たものかと思われます。実際に神霊世界を知ると「99%」の御神霊が邪神だということはありえません。無論、何をもって邪神と定義するかで違っては来ます。
しかし、100人の霊能者を集めれば、自分だけが本物で他の99人は蛇や狐の言葉に踊っている者となります。変なプライドばかりを持っていて、自分だけは欺されていない者と思うのです。心配しなくてもいいのです。全員欺されているのです。
それは【虚空の口(嘘)】から
【真如(真実)】を出す作業をしていないからです
私は神霊界を少しばかり見聞していて、自分の出した言葉に責任を取るという神霊がどこにも見当たらないことに気づきました。
人間は万能ではないし神そのものではありません。時には勘違いや誤ったことも言います。人間だからです。しかし、霊界に居る神ともなれば人間とは違います。神霊としての役割があります。
私の最初の師匠は、その著本に豊受姫様が言われることは100%当たっていると書いておられますが、私に対しての内容も外れましたし、幹部講員さんに聞いてもその神示が当たっていないことはあったと言われました。だからと言って、一度や二度の嘘をつかれたから講を去るという講員さんは存在しませんでした。一つや二つの嘘があっても、それで全面否定は出来ないからです。
講員さん達は神様と言えども時には間違えられることもあると、実に鷹揚でした。また、神も間違われるから親しみも出るなのです。神だから100%当てないと許さないと言っていたら、実にギスギスしたことになります。
豊受姫の私に対して出された言葉が当たっていないで嘘になることに関しては、私の最初の師匠は【貴方の背後には豊受姫をもってしても見通せない高い神界からの力で、貴方がコントロールされている】からと説明がありました。しかし、講員さん達に対しての神示で当たっていない事柄に関しては説明はされなかったようです。
世に出ておられる神霊は別に豊受姫だけではありません。多くの人の背後にはそれぞれ守護神など居られて、それぞれの守護神の思わくもあります。時にはそれで神霊と神霊がぶつかります。自分の力で押せない時は、神霊の言葉も当たらなくなります。それは考えれば誰でも解る道理です。必然です。力の強い神霊ほどよく当たり、力の弱い神霊の言葉は実現力がさほどないので外れます。
もしも、100%当てられる御神霊が存在するならば、どこにそんな存在が居られるか聞きたいぐらいです。もしも存在するとすれば奇跡なのです。霊界はピラミッド様式で、そのトップ神でないと解らないことは山の様にあるからです。神霊界の地位が下がれば下がるほど解らないが出て来るのです。
霊能者として著名な木村藤子さんにしても、私がかなり昔に恐山参りで田名部でタクシー運転手さんから聞いたのは、地元の者は蛇の神様の木村藤子さんではなく他のイタコさんに行く。そのイタコさんの方がよく当たると言われていました。地元で蛇の神様と言われていたのは、木村藤子さんの名を全国に轟かせた大蛇の行方不明の件からでしょう。蛇の神様だから、大蛇の行方は解ったのだと言われた時、なるほどと感心していました。
時間があればそのイタコさんを訪ねたかったのですが、時間的に出来ませんでした。だが、木村藤子さんの正解率はかなり高い方だと言われています。木村藤子さんの御祭神は龍神の天照大御神とされているようですが、それでも外されることもあるなのです。テレビ番組でも行方不明者捜索に失敗されています。言われることが全てに当たっているではないのです。相談に行って、当たっていなかったと不満を言われている方もあります。
最近、天草の島原の乱の原城址で地元の人達から天草四郎の幽霊が出るで某テレビ局が検証に入りました。その霊らしき存在は確認されましたが、その幽霊が天草四郎の霊とは断定は出来ませんでした。断定するには複数の優秀な霊能者が霊査しないと無理です。しかし、地元の人達の目撃例が複数なので天草四郎霊の可能性ありです。
その検証の時に、原城址で無数の浮かばれていない霊のオーブ写真が撮られました。撮影したのは霊感者でもあるタレント中川翔子さんでした。そこには島原の乱の戦いで死んだ多くの農民などの霊がさまよっていることは確認出来たのです。島原の乱の犠牲者の供養は未だ出来ていないのです。
天草四郎らしき霊が幽霊として複数の人達から見られたのは天草四郎が地縛霊化している可能性が大なのです。地縛霊は魂そのものが因縁の地に縛られてしまうのです。地縛霊の魂は遠くに行くことも転生も不可能となります。これが何を意味するのか?。解る者には解りますが、解らない者には解らないなのです。
街の易者は当たるも八卦、当たらぬも八卦です。易者の卦が当たらなくても誰も文句言わないでしょう。だが、霊能者となると背後に神霊が在るとなるので、当たらないと世間から何を言われるか解りません。神なのに当てられないのか!。です。実に因果な仕事なのです。100発100中など神界ピラミッドが解っていれば、不可能な話なのです。
私も拝み屋さんと呼ばれる町の霊能者を求めて、ずいぶんと訪ね歩きました。易者並みの料金なら当たろうが当たるまいがいいのですが、ともかく時間の浪費がもったいなくてそうしたことを止めました。
奇跡を見たいとか現世御利益が欲しいであれば、そうした霊能者に当たるもありますが、【真理】を知りたいで探してもまったく無意味だと言えました。
大本教神諭予告【九つ花】に咲く一輪の言霊の経綸(秘密)は、【良心神】の存在を告げるものでした。それはたったの【一輪】であり、「九×九」の仕組の他(九十九%)は良心神と繋がっていないと【誑かし】を誘発させるなのです。
今の神霊世界の【九十九%】は邪神だと言われているのは、自己の良心神に基づいて自分が出した言葉の嘘に【責任】を取ろうとする神霊が見当たらないことなのです。
それではどこに神の【誠】があるのかとなります。世に出ておられる神霊の本来の仕事は病気治しとか現世御利益ではなく、人に授けられた魂は神とも成れる。その魂を磨かせて、神として成長させるにあるのです。大本教神諭予告、人には神とも成れる魂を授けてあるにも関わらず、なのです。
日本の【諺】に 嘘は誠の皮なりて、誠は嘘の骨があります
嘘と真実は、身体の骨と皮のような関係で、真実を覆い隠すのが嘘であり、嘘を暴けば実にあたるという意味です。
古来より【嘘には種が要る】と言われていますが、何の根拠も無い嘘を創り出すというのはかなり困難な作業で、嘘が出る背景にはそれなりの「種」が要ります。そこで嘘を暴いて行くと、【真実】という種が見つかるものなのです。
神霊達が出す言葉の「嘘」を何一つ疑わずに行くならば、何時まで経っても【真実】という種が出て来ません。誠は嘘を叩いて叩いて骨とする時、【誠】が見えて来るものなのです。
自分が解らないことは解らない。知らないことは知らないと言えば事済みます。しかし、我れは○○大神なるぞと大きな事を言っている霊は、自分が知らない解らないことを聞かれると、大きな神名を名乗っていると知らない解らないと言う言葉を口に出すことが出来なくなって、嘘を出すことになります。また、逆にこの神に逆らうのかと脅すがあります。
私が出会った数々の霊能者の中には、当方の御神霊は何分にも神霊界での地位が低く、貴方のご質問の件はお解りにはなりません。どうか、いろんなことを教えて頂きたいと逆質問に出会ったことがあります。私はその御代さんに、貴方がその精神で精進なされたならば、必ずやその御神霊は高い神位の段階まで進むことが出来ますよと励ましたことがあります。後にその方は評判の霊能者になられたと聞きます。
私は神霊界に関わっていて、神とは【良心】を失った存在かと思いました。その良心神たる良心を失った神霊の存在が蛇霊や狐霊や狸霊や猫霊に【身変える】させていると解った時、大本教神諭予告【九つ花】の恐ろしさを知ったと言えます。
大本教神諭予告【九つ花】を理解出来ない神霊は、天帝から処分されてもやむなし
知らないことは知らない。解らないことは解らない。そうしたことが言える霊ならば間違いが少ないのです。
霊的世界において苦慮することは、霊が勝手な言葉を口に出し、その言葉が「嘘」であっても責任を取ろうとしない無責任な霊が横行していることなのです。
神霊が出した「嘘」に腹を立てているようでは、神霊世界に関わらない方が身の為です。神霊の言葉を【鵜呑み】にしないで、その嘘になったことの背景を探る。そうでないと【真実】は見えて来ないのです。
第××項 神界挙げての結婚式の大嘘?、で学んだ「義の方」の存在
私が最初の師匠と伏見稲荷山における修業で、師匠と【長者社(御劔社)】一緒に参拝したところ、私の師匠が老神と会話されています。私があの老神はどなたですかと聞いたところ、あれが長者社の【御劔(みつるぎ)】大神様ですよと言われます。御劔大神と言われるように【剣】の神様です。
そして、師匠は御劔様から貴方に伝達せよと告げられたと言います。それは【貴方の結婚式は神界挙げての結婚式であり、全神々の参列の元に執り行われる。その結婚式における仲人神は、この御劔が努める】と言われましたと言います。
それを聞いた私は、【なんとも途方も無い話をされる。どうして私の結婚式が神界上げてのものであり、全神々の参列の元で行われのだ?】と、疑問を持ちました。私を欺すにしても、途方もない大嘘だなと聞いておりました。
私は子供の頃、旧約聖書の神と名乗る霊声から、【そなたは我が子なり】と告げられましたが、私自身の結婚話に関しては何も告げられておりません。
だいたい世界の予言書を見ても、旧約聖書には終わりの時、旧約聖書の神は人類を救う為に我が子をこの世に遣わすと予告はされていても、全神々が集う神界挙げての結婚式などの話はどこにも存在しません。
ただ、私が子供の頃に臨んだ旧約聖書の神と名乗る霊声は、【神界の御用をするのは肉体のそなたではなくて、そなたの「魂」がするのであって、肉体のそなたはこの世で「バカ」を演じていればいい】と告げられました。
この世に肉体を持つ私には何の神力も与えられず、聖人君子でもなくて、この世の社会の底辺で単に「バカ」を演じているだけであり、神界が統一されない限り、全神々が参列する結婚式など、そのものがあり得ないとなります。
今の「地の神霊世界」の主宰神は盤古大神(木星神)とされていますが、それは名目上の主宰神のことであり、現実に地の神霊世界を押さえきっておられないと思われます。それは日本の室町末期の将軍職のようなもので名ばかり将軍。国常立尊様御引退後は力を持った神霊達の群雄割拠の戦国時代のようなもの。神界統一が出来てもいないのに、全神々が私の神界における結婚式に集まって参列するなど、どこをどうやっても無理な話です。
おそらく【嘘】の話だろうと思いましたが、人を欺すにしても、そこまでの嘘を出された者等いないだろうです。ただ、私が神霊世界に関わり始めたのも私に結婚問題が起きると霊界が動くという不思議を伴っていたのです。
神が人の結婚にあれやこれやと干渉して来る等、ほとんど聞くこともありません。なのに?、です。私は自分の結婚が霊界によって数々妨害されて来ましたので結婚は諦めたのです。
ただ、私が最初の師匠の元を離れた後、テレビ放送の初期の頃にテレビで活動されていた東京の著名な霊能者を訪ねて霊査を受けたところ、【貴方の背後には神界を統一出来るだけの力を持った方がいられます】と言われます。
私はそれは「国常立尊」様のことかと思い、どのようなお姿の方ですかと聞くと、【若い侍姿の方です】と言われます。若い侍姿の方だけでは何も解りません。だが、それは国常立尊様ではあり得ないとなります。
その著名な霊能者の方は、【私にはこの若い侍姿の方の考え方がよく解らない。神界を統一出来るだけの力を持ちながら、貴方がこれほど苦しんでおられるのに何一つ貴方を助けようとはせずに、腕を組んだまま貴方を黙って見ておられる】と言われます。
後に、私の背後には白馬に跨がった若い侍姿の方が居ることが私にも見えて来ました。その方は「御劔大神」とは主従の主の関係にあり、その存在は聖書のヨハネの黙示録に述べられている存在と言えます。
聖書の白馬に跨がり、血が滴る剣は諸国民を討つです。私が見たのは日本の若武者姿でしたが、その兜の吹き返しの一方には太陽。片方の吹き返しには月があしらわれていました。それは【太陽と月】を意味するほどの存在と言えます。兜を率いる存在です。
ある時、不思議な映像を見ていました。その白馬に乗った若い方が刀を振るうと、神々がその剣で倒されて一面が血の海です。それは聖書にある【殺戮の丘(ハルマゲドン)】たる光景です。ハルマゲドンとは地名ではなくて「殺戮」の意味です。
私は最初の師匠がこの世を去る前に訪ねて、【私は世に出られのでしょうか?】と尋ねると、【貴方の目には見えてはおられないでしょうが、貴方の周囲は邪神達が貴方の目には見えない離れたところから九重十重と軍勢で取り囲んでおり、貴方が世に出ることを阻止しています。もし、貴方が世に出ようとすれば邪神達と戦い尽くして滅ばさなければならず、神界は血の海と化してしまいます。貴方は神界を血の海にする気ですか?。神界を血の海にしないでください。世に出ようとしなければ安泰です】と言われます。
それは肉体の私に対してではなく、私の背後に居る白馬に跨がった若武者の霊に対して言っておられると解りました。神々が従わなければ、それを尽く討つ血の海はさすがにどうかとなります。また、その若い侍姿の霊に従っている軍勢はその周囲を遠くから囲んでいる邪神達の勢力からするとそれは非力と見受けられました。とても全ての邪神と戦うのは無理です。
ただ、私から見ていると、その若い侍姿の霊は天からの援軍が到着すれば、神界で掃討作戦を起こすなのです。
私はその方を【義】の方と言います。大本教の出口王仁三郎聖師が救世主は【源の日出雄】だと称して「蒙古(モンゴル)」に渡られた型演技の存在です。聖書に【私は義の者が1人でも居れば、私は人類を滅ぼさない】がありますが、その【義】の方です。
私は子供の頃、旧約聖書の神と名乗る霊声から、【肉体のそなたはバカを演じていればよい。神界の御用をするのはそなたの魂の方である】と告げられましたが、神界の結婚式とは、もはや朽ち果てるだけの老人となった肉体の私の結婚式が神界挙げての結婚式ではなく、その兜に太陽も月も従える若い侍姿の方を言われたのだと解って来ました。男の私から見ても、何と美しい顔をされた方かと惚れてしまうほどの顔立ちをされています。
私自身がその方ではないのです。それはその方の魂と肉体の私の魂は大きさの規模がまるで違っているからです。ただ、私の魂はその方の魂とは同質(同根)だというだけのことなのです。
魂という存在は世界で語られていますが、科学者や医学者のほとんどはその存在を認めません。科学や医学では魂は見えないのです。その魂の存在を認める方でも大きな過ちを犯しておられます。それは【肉体人=魂】と錯覚されていることです。
大本教から、【霊主体従】と【体主霊従】が出されました。大本教という宗教が起きるまで、その論理はほとんど理解されておりませんでした。体主霊従だと肉体の行動は魂の行動とは別になります。霊主体従となって肉体の行動は魂の行動に近くなるからです。
例えば、肉体の脳の働きに障害があって精神薄弱と呼ばれている方達があります。しかし、その魂は精神薄弱かとなりますと、必ずしもそうではないのです。肉体は肉体であって魂そのものではないからです。
私達の肉体は肉体が死ねば間違いなく終わります。だが、魂は肉体そのものではないので霊界に帰って行くなのです。そこにおける論理が【コップ一杯の水とスポイトの一滴】です。自分の本体たる魂と肉体に出ている魂の大きさの違いです。
大本教から【人=霊止】と出されましたが、私達の肉体は基本として自己の魂の他に自分を守護している霊や憑依して来ている霊等の総合の働きで肉体は行動しているのです。
理想とされているのが【神人合一】で、神界における自分の魂と地上に出ている肉体人の魂の合一です。その段階まで進むと、もう他の信仰守護霊とか憑依霊は排除されてしまうのです。自分自身が神界に身を置けるなのです。
私は子供の頃、旧約聖書の神と名乗る声から【肉体のそなたはバカを演じていればいい。神の世界で働くのは肉体のそなたではなくて、そなたの魂だ】と聞かされましたが、バカが天性の私の行動=魂の行動そのものではないのです。
肉体の私は自宅の神前に居て自分の魂は霊界の伊勢神宮に飛んで大神霊行列を見させられたり、伊勢神宮に鎮座する高貴な方に出会ったり、綺羅星の如く将軍霊を引き連れておられる盤古大神に拝謁していたのは肉体の私自身の魂であり、その様を自宅から見ているのが肉体の私だったからです。 白馬に跨がっているのは私の【正守護神】たる存在でした。
大本教から【本守護神】【正守護神】【副守護神】の存在が出されましたが、スピリチュアルで「ハイヤーセルフ」などと言っていると、それが蛇霊や狐霊や狸霊や猫霊とも解らず、自己の魂の本源が解らなくなるがあります。正守護神と呼ばれる存在のことを知らずに【神人合一】も起きえません。
よく、私の霊がいろんな方の元に出て来たと聞きますが、私は自分の魂の行動を全て把握していません。よく聞くと鎧兜の侍姿の方だったと言われます。だとすれば、それは肉体の私の魂ではなくて私の正守護神たる方です。神界で働いているのは私の「正守護神」たる魂であっても、肉体の私はこの世でバカを演じているからです。演じているのではなく本物のバカ的存在なのです。
バカでないと、こんなバカバカしいことなど出来ません。
私は、肉体の私と魂の私を一緒にするなと言います。肉体の私は魂の【服】であって、それ以上ではないからです。もし、肉体の自分と魂の自分に合一すれば、その時には【神人合一】と呼ばれる存在に入りますが、その状態ではこの世ではまず暮らせないのです。
続く


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