人に内在する良心神(神言会)

神は言葉なりき。言葉は言霊で構成され、その言霊による神の仕組みを解説する神言会(kamikotokai.com)のプログです。
神言会では人に内在する良心神(この世の閻魔)とは何かを説明しています。

第××章 Xデー 最後の審判・世の大立替・天の岩戸開けは本当にあるのか?  その2

第××項 豊受姫から告げられた【貴方は言葉の神】

私が長じてから私の身に摩訶不思議なことが起きるようになって来ました。特に昭和五十五年に私の身に起きた摩訶不思議な出来事から、私は覚悟を決めて神霊世界の修行にと入ったのです。
私にとって知りたかったのは、子供の頃に私に臨んだ霊声は【旧約聖書】の神と名乗っていましたが、本当に創造神と呼ばれるような高い神霊が私に語っていたのだろうか?。そうした疑いと、本当にこの世は終わるのだろうかでした。
まだ当時は、科学者が人類に21世紀は訪れても22世紀は訪れないというような地球環境破壊は起きていませんでした。オゾン層の破壊程度です。私には、この世の幕を引くと言われる意味がさっぱり解らなかったと言えます。

私が当時燐市の稲荷神社で神主を務めて伏見稲荷大社講の支部長でもあった女性霊能者の方の元を訪れたところ、その神社の御祭神である豊受姫が私の霊界修行の面倒を見ようとのことで、そのお世話になることになったのです。その師匠は、稲荷神系の行者としては当時№1とも称されるほどの実践派でした。
私がその師匠と初めて伏見稲荷山に上がった時、伏見稲荷大社の豊受姫の神から私に対して、【貴方は言葉の神と呼ばれる貴い御方で、貴方の言葉による教えは「天帝の詔」と同じ事であり、貴方の言葉による教えが聞けぬ神は如何なる神とて、天帝に対する反逆罪の神として最終段階で天帝により処罰されることになります】と言われます。すると、私が子供の頃に臨んでいた霊声は「天帝」だったのだろうか?。
​しかし、私の言葉の教えが聞けぬ神は如何なる神でも天帝により裁かれるとは、天帝とはどれほどの神力なのかと聞いておりました。天帝の実力のほどが解らないからです。
 
そして、【言葉】による教えとは何のことか?。です。


豊受姫の神は私の背後には【天帝たる天之御中主】様の御使者神が存在すると告げられます。そして【国常立尊】様が貴方の【本守護神】だとも言われます。が、当時の私は天之御御中主様と国常立尊様の意味の違いすら解らなかったと言えます。
また、後に豊受姫の神以外の神に仕えておられる霊能者の方にも当たりましたところ、私が見てもらった全ての霊能者がその神名を言うことはありませんでしたが、7~8名の霊能者の方から貴方の本守護神は【国常立尊】だと告げられ、他には天之御中主とも閻魔大王様とも言われる霊能者の方もありました。

天に在りて【天之御中主】。地に在りて【国常立尊】。地獄界に在りて【閻魔(閻羅)大王】。それらは同一神の働きであるとは、当時は理解するにはなかなか難しい面がありました。
私が子供の頃に臨んでいた霊声は「旧約聖書」の神と名乗っていましたが、それは国常立尊様と同一神ということなのかも知れません。どちらも【祟り神】とされているからです。

私が豊受姫の神から告げられた【言葉の神】など初めて聞く言葉であり、世間一般にも【言葉の神】などは言われていません。その存在すら世に知られていません。後に聖書のヨハネの黙示録にある、白馬に跨がって血が滴る剣を持つ「言葉の王」が、私の正守護神の姿と似ていることに気づいたしだいです。
私がその【言葉の神】であり、私が説く言葉の教えに従わない神霊ならば、如何なる神霊と言えども天帝から反逆罪で処罰される?。
いったい、天帝の【詔(みことのり)】とは何だろう?。私が子供の時に旧約聖書の神と名乗る霊声から告げられたのは、【この国(日本)は私の教えが満ちあふれた世界で唯一つの国であり、この国(日本)に住む者ならばそれらは解る】と告げられたことだけです。
 
私は豊受姫の神から貴方は【言葉の神】と呼ばれる方ですと告げられても、聖書に【言葉は神(創造神)と共に在った。言葉は神であった】とありますが、それだけでは何も解らないが本当でした。
その時、私はかって読んだ預言書に【ユダヤ人ではなく、異国の人が異国の言葉で主を語る。その異国の人はその国では「言葉の君」と呼ばれている。言葉の君は自分は主を知らないと言うが、主はその異国の人のことを御存じで、万軍の主は全ての裁きを終えた後、その異国の人を万軍の主の元に呼び寄せて、万軍の主はその全権を言葉の君に渡す。その日をもって、ユダヤ人は救われる】とあったことです。最終日と呼ばれる中の一つと思われます。
その日をもってユダヤ人は救われるであれば、それはユダヤ教で言う【メシヤ】と言うことになります。
 
私が2番目の師匠の元に居る頃、立派な羊の姿をした霊が幾体も私の元に来て、自分達は3000年以上前のユダヤ民族の族長で、霊界に居て「イエス」の登場をも見ましたが彼はユダヤ民族の救い主ではありませんでした。貴方が放っておられる光はこれまで見たこともない【緑色】の光で、イエスが出していた光とは違います。イエスと同じ光を出している方は、これまでも何人かありましたが、メシヤではありませんでした。そこで、貴方こそが旧約聖書に預言されている方ではないかと考えて、族長達で揃って訪ねて来たしだいですと言います。
それはユダヤ民族で言うところの「メシヤ」と言うことなのでしょうが、私にはどうにも「メシヤ」の言葉そのものに合点が行きません。油に塗られし者など何の意味もないからです。誰かが自分は「メシヤ」だと名乗れば人類が救われるなど、無知そのものの論理と言えます。
 
私は伏見稲荷山でイエスが見せた奇跡の規模までは行きませんが、それと同類の規模の小さな奇跡の数々は見て来ました。ある霊的なメカニズムがあるのです。そんな霊的な奇跡の現出で「メシヤ」などおこがましいとしか言えないのです。そうした奇跡で人類を救える筈などないからです。
ただ、私を霊界から見ていたユダヤの族長霊達の3000年間においては、私はこれまで見たこともない【緑色】の光を放っている?。【緑色】とは何か?。そして、何故に三千年前のユダヤ民族の族長達の霊は【羊】の姿をしているのか?。です。
彼らは私に不思議なことを言います。自分たちは霊界でも荒野の様な世界に居て、とてもそれは「天国」と言うような世界では無いと言います。羊の姿なのですから、住むのは荒野となります。
すると、ユダヤ人の魂が救われるのはこの世の終わりの時なのかも知れないと感じたしだいです。
 
私はその【異国の言葉】とは日本語であろうか?。日本語で創造神を語ることが出来るであろうかと取り組んでみたのです。すると、日本語の「メシヤ」には意味が出て来ることが解りました。 私には日本語の仕組みで主を語ることが出来ると解りましたが、私が子供の時に臨んだ旧約聖書の神と名乗る霊声が私に言った【この国(日本)は私の教えが満ちあふれた世界で唯一つの国であり、この国(日本)に住むならばそれらは解る】そのものでした。日本に満ちあふれているのは【日本語】です。日本の国に常に立つ御言(ミコト)だからです。
 
私が「言葉の仕組」で見た【メシヤ】とは、大本教神諭予告【九つ花】に咲く一輪の言霊の経綸(秘密)であり、朝鮮に残されていた予言、【最後の審判前、人類救済の為に「米」一字の教えが起きる】の「米」の飯屋(メシヤ)の仕組です。それは仏教的に言えば【みろく(身禄)】の仕組なのです。

誰がそこまで言葉と言えども組み立てることが出来るでしょうか?。
それが解らずに自分の目に見えた神霊に狂っているならば、豊受姫が言われる天帝により裁かれる対象なのでしょう。
ただ、それは大本教神諭が予告してきた【九つ花】の仕組自体のことで、人の身で自分が「みろく」だとか、「メシヤ」だと称することとはまったく違っていたのです。
ただ、神でもない人間の私が【言葉の神】と名乗るのはあまりにもおこがましいことであり、そこでユダヤ人でない異国の人が異国の言葉で主を語れるので、私の世間に対する名乗りは【言葉の君】としたしだいなのです。

 
私を見て私がメシヤと思う人は間違える=「米(みろくの九つ花)」一字にメシヤを見る
人の魂の核たる直霊はお釈迦様の悟りたる良心神の働きで、天帝からの分魂
故に、【人は神の子・神の宮】
​他の人に、自分の罪の救いを頼るべき話では無い

 
私が出した言葉の仕組、【米】型の「メシヤ」の仕組そのものに創造神を見ずに、私という愚かな人間の行動に懐疑心や批判をしている人は、神と呼ばれる存在を人間の枠に当てはめようとしている段階から一歩も抜け切れていないと言えます。肉体を持った者は、誰であっても【いと小さき者】なのです。 私も聖人ではなくて愚人です。それは人だからです。
 
【私を見て父(創造神)を見よではありません。言葉の仕組を見て、創造神を見よ】なのです
 
人は万能ではありません。誰しも欠点があって当たり前です。それを人の身に当てはめると、とても創造神と呼ばれる神の存在の大きさが見えては来ないのです。
 
私は【言霊】とは何かと知った時、「驚愕」しました。いくら聖書に【初めに言葉があった。言葉は神と共にあった】と記載されていても、その意味すら理解出来ていなかったからです。それはイエスですら言霊とは何かを理解していなかったと解ります。イエスは人であっても「言葉」そのものではなかったからです。
私はその【言霊】とは何かを知ったのは、大本教の出口王仁三郎聖師が最初で、他には若干名の方しか理解出来ていなかったと見ています。大本教の出口王仁三郎聖師を崇敬される方は多いのですが、それは出口王仁三郎聖師のスケールが大きい人間性に対する尊敬であって、出口王仁三郎聖師に【言葉の仕組】そのものを見ている方はいないと言えます。
 
私は【言葉の仕組に創造神の存在を確信】した時、私にとっては伊勢神宮の御神霊も出雲大社の御神霊も、そこに鎮座するのは高貴な霊人であっても私が言うところの創造神ではありませんでした。
 
​ただ、豊受姫の神が私に対して【貴方は言葉の神と呼ばれる貴き方です】と告げられていなかったならば、私も「言葉に創造神を見る者」には至らなかったでしょう。その意味では、私を目覚めさせてくださったのは豊受姫なのです。
最近、豊受姫と名乗るニセ神も排出して来ています。本当の豊受姫の神ならば、私のことは【言葉の神】と呼ばれた存在なのです。


 
第××項 何故に神々は蛇や狐や狸霊や猫霊の姿に【ミカエル(身変える)】のか?

私自身が神霊世界を歩んで見たものは、私の最初の師匠が御祭神の豊受姫から書けと命令されて書いた著書に、【自分は神様とは蛇や狐だと思っています】と記したように、蛇霊や狐霊や狸霊や猫霊等と言われている神霊だらけであって、此所は天之御中主様を国常立尊様を祭ってありますと言われても、どこにも【創造神】と呼ばれる様な存在の神の影も形も見当たらないなのです。
豊受姫かその師匠に神々は「蛇や狐」ですと書かせた意味が解らぬようでは、どうにもならぬ者となります。

大本教と呼ばれる宗教から【艮(ウシトラ)金神・国常立尊】と称する神霊が出られましたが、それだけではとても【創造神】とは言い切れません。大本教の出口王仁三郎聖師は傑出した【大予言者】であることは間違いないのですが、それでも世を立替るほどの神力が当時の大本教から出ていないからです。大本教は【立替予告の為】の教団だったと言われていますが、まさに立替予告の為の教団だったとは言えます。
金井南龍と呼ばれる行者の世界では有名な方は、大本教は【神様革命】の神界クーデタであった。だが、神界クーデタは失敗したと述べておられます。出口王仁三郎聖師という傑出した存在をもってしても失敗したです。伊勢神宮という天皇を現神(あらひとがみ)とする国家神道に破れたわけです。だが、それは予告の為であって本番ではないなのです。
 
大本教に【国常立尊】が鎮座されているかと、幾多の霊能者が大本教を訪れても、どこにも【国常立尊】のお姿も影も無いと言われます。それらは霊能者だけでなく、幾多の霊達も大本教に行ってもどこにも【国常立尊】のお姿が見えない言います。本当に綾部の大本教に【創造神】と呼ばれる様な神霊が鎮座されているならば、霊能者達や霊からどこにもその姿が無いと言う言葉は聞こて来ないでしょう。
 
真の神は人に懸かり、その肉体人を使って活動する(その人のみたまに相応する)

神界と呼ばれている世界において、そこに出て来る霊の○○大神等の名乗りは、単にその霊がそう名乗っているだけであって、全てが本物とは限りません。また、神名とはその名前を名乗ることが出来るであって、そこにはその神名を名乗る霊の【序列】が存在しています。
そうしたことは一部の行者の間では【神の高山(神界ビラミッド)】や【天使の階級
(天使には階級が在り、その名乗りに欺されてはいけない。その階級を確かめる)】で語られていますが、スピリチュアルの世界にうかつに入ってしまいますとそうしたことを知らずに、俗に言う動物霊や眷属達が自称する神名を恭しく拝しているであって、自分自身が低級霊の容器と化してしまいます。

霊能者と呼ばれる方達の中には奇跡力や霊力は凄くても、実に【卑しい人品】の方達が少なからず居られます。霊力があるから【正神】ではなく、邪神に魅入られてしまうなのです。こうした霊能者は、【金、金、金】式になります。
私の最初の師匠は豊受姫の御代で、豊受姫の御代としては№1とも言われていましたが、自分のところに霊感がある人が相談に来ると、その霊が見える能力を消していました。消しても消しても霊が見える人だけを選んで修行させるでした。なまじ霊が見えると、その霊に本人が欺されてしまうからです。
 
霊の欺しは一体の霊がするのではなくて、時には何十体もの霊が役割を決めて、集団で欺して来ます。劇場型俺々詐欺みたいな役割分担で来ますので、まさか集団で欺されるとは思わないのです。ですから、霊が見えるのは好ましくないのです。また、神社の前であろうとも神社から出て来ますので、自分が欺されていることが解らなくなるのです。
私の最初の師匠の元で現在は不動明王の御代をされていますが、豊川稲荷を勧請して祀られた講員さんがありました。そこに多くの不動尊行者が来て祭壇を拝んだのですが、一人としてその豊川神が眷属であると見破れた不動尊行者がいませんでした。本体神と眷属の違いすら解っていないのです。

​私が2番目の師匠の元に居る時、生前は信仰が篤く、自分は貧乏生活をしていても地元の氏神様に石の大鳥居を寄付した私の大叔父が霊界のどの辺に居るのか知りたくて、その地元神社の氏神様にお尋ねしたところ、【あの方は私(地元氏神神社の神霊)など及びも付かない高い霊界に進まれておられまして、私などでは詳細が分かりかねます】と答えられます。大社と呼ばれる神社は別としても、末端の氏神神社の御神霊に尋ねても、詳しいことはご存じないのが実状なのです。
そこで大叔父に降りて来て貰ったところ、三途川を色彩で飾られた【龍船】で渡ったと言います。普通では考えられない渡り方です。もう氏神として田舎の神社に赴任する霊の段階を超えていたのです。それは普段は貧しい生活をしていても、地元の氏神社に石の大鳥居を寄進した、その徳の篤さがあったからでしょう。また、氏神社の御祭神の段階では、高度の霊界のことはまず解らないのも本当でしょう。
 
その大叔父は、神様から何かをして貰おう信仰でなく、日々感謝で神様に何かをして差し上げる信仰だったのです。
そうした信仰をなさっている方は、霊界では高い地位にと進めます。
別に神霊の姿が見えるとか、霊の声が聞こえるなど必要がないのです。
人はこの世の生き方しだいで、氏神と呼ばれる段階の神霊よりも高度の霊界に入られる方は幾らでも存在しています。

巷では自分に【創造神】が臨んで来ると言う方が後を絶ちませんが、どなたもその背後の霊は蛇霊(霊界の年老いた蛇霊たる龍神を含む)・狐霊・狸霊・猫霊や天狗から逃げ切れておられません。
また、スピリチュアルで自分には天使長ミカエルとか大天使カブリエルが降りて来る等と言っている人達もその例外ではないのです。スピリチュアルで言う光などは、【霊界の太陽】とは比較にはならないのです。
そうした天使と名乗る霊は【愛】という言葉の連発で、何の中味も意味も無いお粗末なメッセージばかりを送って来るなど本当の天使とは言えません。それでは何時まで経っても、霊界の内容が見えて来ないとなります。
 
この世の幕を降ろすとか世を立替るなどは途方も無い【エネルギー(火水)】を必要とするのであって、個々の人間に現世御利益的幸せを与えるとか病気治しをするなどとは、遙かに使われるエネルギーの桁も次元も違うからです。
伊勢神宮も出雲大社にも各地の霊場にそれなりの御神霊が鎮座され、その配下に龍神と呼ばれる存在も見受けられますが、とても世を立替るなどの力(エネルギー)を保有された存在ではないと言えます。
私は日本語による【言葉の仕組み】を解読しましたが、言葉による仕組みが出来るほどの神霊がそうした神社に鎮座されているではなかったのです。神社等に鎮座されている神霊は言葉を仕組んだ神に比べたら、そのスケールとか尺度の桁が違っているとしか言えません。
 
なまじ自分に霊力があり、世に出ておられる神霊の姿が見えるとか会話が出来ると自分は偉い者だとか凄い者だと思いがちですが、言葉で仕組をするということがどれほど難しいか気づかなくなってしまいます。
そうした方達は、私がいくら言葉の仕組を解説したところで、それがどれほどのスケールなのか気づかずに、自分の目に見えたものに惑わされるとなります。

私が神霊世界に入った切っ掛けは、自分の目は開いているにも関わらず、何の光も見えない状態に追い込まれたからです。それはある意味、聖書にある何の光も輝かない暗闇世界であり、全ての人を生きたまま暗闇の中に叩き込むことさえ出来るのです。そこまで体験した霊能者はそれほど多くないはずです。
 
そして、私は盲目の霊能者の存在も見て来ました。そんなことは科学者は絶対に信じません。頭から否定して、現実にそうした霊能者に出会うともしない為に、驚きを得ることすら出来ないのです。それらは奇跡ではなくて霊界のメカニズムなのです。
目は見えなくても霊的映像は見えるのです。霊能者は目を閉じていても霊的映像を見ます。私は眠ろうとして暗闇の中で霊界の太陽の現出により眠れないを夜の連続体験をして来ましたが、それすら神界の入り口の現象でしかありませんでした。
私達の目に見えている物は「錯覚」の要因ともなるのです。まして霊界では違う存在に化けるが日常茶飯事的にあります。物質変化が自在の化学(ばけがく)の世界だからです。だから、自分の目に見える霊に惑わされる危険性があるのです。その霊が言う言葉が本当に正神の言葉なのか?。吟味する必要が常にあるのです。そこに言われるのが審神(サニワ)なのです。
 
巷で自分が「創造神」だとか「メシヤ」だとか名乗るそうした自称者霊能者を100人集めれば、その100人が100人とも、自分だけが本物で自分以外の自称者は蛇霊や狐霊や狸霊や猫霊に欺されているだけと言われます。だが、それは自分も他の霊能者からはそうした霊が背後だと言われかねないのです。
自分が創造神だとかメシヤだと自称される霊能者の方は、スピリチュアル等と比較するとかなり霊能力を持った方が多く、霊がよく見えることから人型で見える霊でも、それが蛇霊や狐霊や狸霊や猫霊だと見抜く霊力を持っておられます。

それはどの自称創造神とかメシヤと名乗る霊能者から見ても、神々と呼ばれている存在がそうした蛇霊や狐霊や狸霊や猫霊の姿だからと言えます。
大本教神諭、世に出ておられる神々が【四つ足】であることを暴くぞ
とありましたが、それが解っていなければそうした存在から欺されてしまいます。
 
自称創造神とかメシヤと称する方は、惜しむらくは蛇霊や狐霊や狸霊や猫霊と攻撃するのでは無く、どうして世に神と呼ばれている霊達がそうした姿なのか?。何故に人型でありながら、動物霊や爬虫類の姿に見返って(身替えって)いるのか?。そこに何の意識も働かせていないと言えます。

大本教の出口王仁三郎聖師は、ミカエルとは【省みる】ことで、ミカエルなどの天使長は存在しないと述べておられますが、

ミカエルとは、霊の心境(神鏡)に応じた姿に【身変える】させて写すです

​私は豊受姫が神鏡を持ち出されて講員信徒を写す様で、その信徒の魂の心境(神鏡)から【身変える】を知ったのです。神鏡と呼ばれる物は世間で言われている物とは働きが違っていました。たぶん、この世には存在しない特殊な鉱物で造られた霊的な鏡と言えます。
自分が蛇の心であれば蛇となり、狐の心であれば狐となる。狸の心であれば狸となり、猫の心であれば猫となる。蛇、狐、狸、猫はその動物にはあらず、その漢字が示す「言葉の意味」なのです。


神々を蛇や狐や狸や猫等の姿に写し出すのは、魂の中の心鏡たる【良心】神
日本昔話、【狼がくれたまつげ】。良心神を獣化させた姿(狼)
世に出ている神々も、創造神の言葉の仕組からは逃げ切れない
 
私は【狼】の漢字に、果て?。どうして良に獣なのか?。狼が「大神」の言葉に掛けてあることぐらいは解るのですが、首を傾げていた時もありました。ただ、神々を見ていて、神とは【良心を失った霊】達かと思っておりましたが、良心の働きを失っての「獣」化なのです。
言葉の仕組は、横のつながりを理解していないと本当の意味が理解出来ません。下に恐ろしきは言葉の働き。
 
私自身が体験した【ミカエル】は、ヒンズー教のヴェーダ典に記載されます。【人の中に眠るコブラ(眼鏡蛇)が目覚めて走り上がる時、その人は「真理」に目覚める】でした。その体験以後、私はただ一筋に【真理】を追い求めたのです。お釈迦様は真理を理解されていたが、イエスは理解出来ていなかった。その違いで解ると感じました。で、お釈迦様は何を悟られたのかです。
一般的にはお釈迦様の悟りは「慈悲」とされていますが、慈悲ならばイエスの愛の教えとはさほど違いません。だが、私は旧約聖書の神と名乗る声から、【イエスの愛の教えを乗り越えて行け】と告げられています。
お釈迦様の悟りが【慈悲】とされるのは、それは後世の書き換えによるもので違っていたはずです。だが、五十六億七千万の【みろく(大本教神諭予告・九つ花)】によって、その違いは判明しました。
お釈迦様の本当の悟りは、【人には良心と呼ばれる神が内在する】だったのです。
 
聖書では、人類の【原罪】は「蛇霊のそそのかし」にあります。エデンの園たる神の御国に行く為には、最後の審判においてその蛇を帰らせる必要があります。それが【天使長ミカエル】です。
 
天使長とは、【巳(蛇)帰る(ミカエル)】させる者なのです

​日本語は同じ発音でも、いくつもの言葉の意味が出るようになっています。創造=想像など、言葉によって神の仕組が説けるのです。それは英語圏では無理なのです。世界の民族の中で、只一つの国だけ【神の言葉】が使える国があるとされて来ました。それがこの日本なのです。日本民族とは、神の言葉の使用が許されている民族なのです。

日本の国に常に立つ御言(みこと)は【国常立尊】



各言う私も、そうした人を欺しても心に何の良心の呵責を持たない神に化けた霊に欺されている一人かも知れません。しかし、【私は言葉の仕組で主神を語ることが出来た者であり、私は主神を知らずとも主は私を知っているとは言える者】なのです。ですから、世に出ておられる神々からは、【良心】神の教えは何も出て来ないのです。
 
神霊世界に関わると、本当の創造神はどこに居るのか?。それとも最初から創造神など存在していなかったのか?。そうした疑念にぶつかります。
されど、私が言葉の仕組みで紐解いたものは既存の御神霊でどの御神霊も説かれたものではありませんでした。私が出ることによって、言葉による神の仕組みが明らかになったとも言えます。

私は言葉で仕組みをした証こそ、【創造神】が存在する【証明】だと思っています。

何故ならば、証明は【言葉で正しく明らかにする】ことだからです。自分に霊が見えたなどで踊っていると、その霊が名乗る神名に欺されていることに気づくことが遅くなってしまうのです。
 
続く

 

精神世界

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