人に内在する良心神(神言会)

神は言葉なりき。言葉は言霊で構成され、その言霊による神の仕組みを解説する神言会(kamikotokai.com)のプログです。
神言会では人に内在する良心神(この世の閻魔)とは何かを説明しています。

本当の霊界、仮的な霊界。この世に出ている神とこの世には出ていない神

このブログの見出しに「本当の霊界、仮的な霊界」と書きました。無論、本当の霊界も仮的な霊界も無い。人は死んだら終わりだと言われも方は多いわけです。死後の世界がある等、科学的証明等は困難を極めるだけです。それ自体が神の存在証明も困難であるということになります。

霊的世界に少しばかり関わって、私の個人的な論理をまとめますと
①神の存在などは無い。よって、人に死後の世界(霊界)などは存在しない。人は死ねば終わりというものの考え方。輪廻転生論は起きる余地すらありません。
そうした中には仏(如来・菩薩・明王)は存在するが、人は死ねば終わりとする仏教団体も存在して来ます。では、その仏教団体は何を拝んでいるのか?。お釈迦様は人ではなかったのかと首を傾げたくなるような仏教の宗派もあります。論理的に言えば矛盾だらけの宗教も多数あります。

②宗教の存在から死後の世界があるとは思っているが、一部の霊能者・霊感者の霊が見えるとか、霊の言葉を聞くなどは信じられないとする懐疑派が多いように思われます。ほとんどの人には霊が見えないことから、霊が見える霊の声が聞こえることそのものを否定するに入ります。そこにあるのは真実ではなくて多数派の論理です。
これが万人に霊的世界が見えるであれば、霊的世界の存在は誰でも理解出来たことなのです。

③自分が霊的体験を積んだことにより、霊的世界の存在を信じるし認めもする。ただ、霊が見える。霊声が聞こえるであっても、霊界の論理がほとんど説かれていないことから、霊界の構造も知らず霊界の怖さもまったく理解していないがあります。

②の懐疑派の方達の中には、自分には霊的な存在が見えない。霊の声も聞いたことがないことから、霊能者と呼ばれる人達はうんくさい者(関西での方言。怪しい得たいが知れない者の意)とかインチキだという意見があります。
確かに霊能者として看板上げていても明らかにインチキ霊能者は存在します。金儲けだけの為の存在です。有名な某宗教団体はインチキ霊能者を先生に仕立て上げて、相談者から大金を巻き上げて裁判で次々と敗訴をしておられます。宗教の世界が詐欺を行っているなのです。

だが、その教団の教祖をイエスの再来だと信じている信徒達は、これだけ事実が世に明らかにされてもいっこうに目を覚まそうとされません。その教団によって洗脳された人達だからと言えます。宗教は精神世界に関わりますので、そこには洗脳もあります。信じこませてしまえば後はどのようにも料理出来るです。
その教団は多くの信徒を引っかけている詐欺集団と言えますが、霊界は見えない世界なので嘘やインチキが大手を振って通ります。

霊的世界では自分の前世は釈尊であったとか、イエスであったとか弘法大師であった等と証拠も無しに言いたい人が多数出るわけです。自分の前世を釈迦としたオーム真理教の麻原教祖などもそうした一人にしか過ぎないのです。


だが、霊的世界に関われる者が、そうした事象に対して関心がまったくないと言えます。そうした者は蛇霊や狐霊や狸霊や猫霊に欺されているだけだで、自分だけが本物だの意識から一歩も抜け出ておられません。

③で問題になるのは、多少なりとも霊的体験をして霊を見たり霊の声は聞いたことがある体験派です。その多くは幽霊に遭遇したり、心霊スポットなどで知られる場でカメラにオーブ等が写るで、浮遊霊とか不浄仏霊とか未成仏霊と呼ばれる霊が集まっている場所での霊との遭遇です。
そうした人達が見る霊的世界とは、本当の意味での霊的世界であったのかどうかなのです。そうした霊との遭遇は霊的世界が存在することを知らしめますが、それが本当の意味の霊界なのかです。広義の霊界であっても狭義の霊界ではないなのです。

前に何度か書きましたが、俗説として仏の声が聞こえる者は千人に一人は出て、神の声は万人に一人は聞くことが出来るとされています。そうした者が千人万人修行を積んでも、本物と呼ばれるものはたった一人しか出て来ないと言われていることなのです。霊感レベルでは霊に欺されてしまうなのです。

私自身もそうした霊界の欺しの中で欺されに欺されて、何が真実なのかを突き止めようとして来ました。

霊的世界が見える方は、確かに、その霊能力で霊を見ているし霊の声を聞いてはおられるのです。そこまでは疑いようがないわけです。問題はその先なのです。そうした人が千人万人修行しても本物と呼ばれる者は一人しか出ないとされる霊的世界で、その見る霊的世界とは如何なる世界かと言うことなのです。
私はこの部分を指して「仮の霊界(広義の霊界)」。「本当の霊界」とを区別する必要があるのではないかとの認識に立ったしだいなのです。怪奇現象等で知られる霊場の霊とは仮の霊界。それが私の個人的定義なのです。

私は少しですが「霊界見聞」をして来て、霊界は非常に嘘が多い。嘘を告げる霊が多いという事実に突き当たりました。
巷で自分の前世はお釈迦様であったとかイエスであったと名乗りを上げている方が多数おられますが、そうした方の背後に居る霊と、一般的に「未成仏霊」とか「不浄仏霊」などと呼ばれている欺しの霊と、それがどれだけ違うのかです。

もしも霊界が現実界に居る私達と深く関わっている世界ならば、私達は必要に応じて亡き父母と日常的に霊媒者を通してでも自由に会話が出来るはずです。ところが現実にはほとんどの霊との会話は出来ないのです。会話が可能な霊とは、本当の意味の霊界に旅立っていない霊浮かばれていない霊達との会話になったりするからです。


私の霊的修行の中で私の亡き父だと名乗って出て来た霊もありましたが、サニワをすると真っ赤なニセ者霊。私に見破られると今度は違う人の前でその方の父親霊だと名乗ったりする愉快犯霊でした。そうした霊がこの世に関わる霊界にウロウロ居るわけです。こうした霊を霊媒者が見破るではないのです。
霊との会話とは、この世に出て来ている御神霊とその眷属たる動物霊達や、本当の意味の霊界に渡っていない愉快犯霊とか未成仏霊とか不浄仏霊と呼ばれる浮かばれない霊とであって、天国界に渡った霊等を呼び出すは難しい話なのです。


実際に多くの人が見るテレビ番組での霊とは、この世を恨んでいる怨霊とか、浮かばれていない霊が集まる霊場での心霊現象です。これらの霊はこの世に生きている私達にかなりの災いを起こして来ますので、その解決は霊能者に頼るより方法はありません。どうしてもそうした霊界が番組となります。ポルター・ガイスト現象もそうしたものの一つです。その霊が本当の霊界に渡ればポルター・ガイスト現象は鎮まります。

もうその家は私が買収して更地にしましたが、私の家の前の家の住人の方は問題が多い方で、その方の魂を神から見せて貰ったらところ腐っていました。腐った魂など死後に助ける必要などありません。念のためにその方の魂を2番目の師匠に見て貰ったところ、「この者はミミズ」ではないかです、次の世では「ミミズ」になるとは腐った魂だからです。
その方が亡くなって一年後にその奥さんも亡くなられましたが、似た者夫婦だったので人としての来世は無いだろうとみていました。行くとすれば「ミミズ」の様な世界に転出です。ミミズは腐ったようなところに涌きます。

それから更に2年後。私の前にその夫婦霊が並んで立ち。深々と私に頭を下げて、本当にありがとうございました。あなた様のおかげをもちまして私達夫婦はこのほど【本当の霊界】に渡ることが出来ることになりましたと感謝を述べます。
それを聞いた私は【本当の霊界】に?と首を傾げましたが、【本当の霊界】とは次の世にも人としてまたもや生まれ出してもらえる「霊界」のことです。言うなれば、その日から本当の三途川を渡る霊界へと旅立ちなのです。


魂が腐っていたので、普通ならば人としての来世は無いはずです。しかし、私の背後の神霊がその腐った魂を次の世に渡る魂迄戻して、本当の霊界へと送られたわけです。その期間が3年間もかかったなのです。一度腐った魂等は神霊と言えども、簡単には元には戻しようがないのです。

私の本守護神は豊受の神や7~8名の霊能者達から「国常立尊」様であると聞き及びます。その国常立尊様とは「閻魔大王」様とも言われておりますが、鬼と云う「牛虎(ウシトラ)」神としても語られるように、「魂」そのものを復活させるとか再生させる力を持った神です。その点が神社や仏閣に鎮まっている御神霊とは、まったく神界での格が違う神となるのです。


新聞の私が住む地方版に「幽霊が出る列車騒ぎで、警察が出動」が報道されて、私がたまたまその列車に乗車して、私が座る車窓に添って火の玉が飛んでいました。その火の玉と40分ほど付き合って、ある理由で鉄道自殺をした可哀想な女性霊と解って、本当の霊界へと送ったことがあります。それは私の背後にあると告げられる国常立尊様とは、別名閻魔大王とも言われている存在の神だから、私にもそれが出来たなのです。

幽霊が出て来るような霊界(この世と関わる霊界)と、本当の霊界(次の世をいただける霊界)は別の霊界なのです。私が言う本当の霊界とは、その世界に入ればもうこの世のことは思い出しません。この世の肉体の子孫が霊媒者を通じて呼び出そうしても簡単には出来ないのです。
その本当の霊界に入った霊がこの世の霊界に出て来る時とは、神社などの神霊としてこの世の霊界に赴任して来る時などに限られて来るのです。それがこの世に出ている神霊です。

大本教神諭に、「この世に出ている神々の心の持ち方が悪かったから」とあります。それは神とはこの世に出ている神だけが神ではなくて、この世に出ていない神と呼ばれる存在もあるのです。どちらかと言いますと、この世に出ていない神の方が神界での位が高い神が揃っているのです。

例えば、自他共に日本一だと認められる様な霊能者の方がありましても、その方が言われる神示の内容に100%の確率は存在していません。部分的には外されているはずです。
某有名霊能者の方でも、その方の神霊のお告げが外れている話はチョコチョコ聞きますし、テレビなどの行方不明捜査でも失敗されています。神は何でもお見通しならば、行方不明の人の透視を外してしまうでは神霊らしくありません。その霊能者の当たる確率は75%などの話も囁かれていますが、その数字そのものは神霊のお告げの確率としては非常に優秀ではあるのです。


神霊のお告げとは易学ではありませんので、当たるも八卦。当たらないも八卦ではないのです。より困難な分野を見て行くからです。
大本教の出口王仁三郎聖師が広島や長崎に新型爆弾が落ちて火の海になると予言されて的中しましたが、それは易学で言える話ではありません。易学ではどんなにやっても新型爆弾で広島や長崎が火の海になるなどが予測すら出来ないわけです。

しかし、日本一の御神霊であっても、その御神示に100%の確率がないという事実に突き当たるならば、霊界にはそれ以上の御神霊が存在するなのです。もしもその予言の確率が100%であれば、それはとんでもない神なのです。
会社でワンマン社長になれば会社内では自分の意思が通せるかも知れません。しかしそれは自分の会社のみであって、社会全体の中で自分の意思が通せるではありません。いくら神霊でも他の神霊も多数おられる中で、自分の意思だけが通るではないのです。

ですから神にお願いすれば何でも叶うではありません。その神霊の持つ力の範囲内に限られたことだけが叶うとなるのです。

私の霊界修行をお世話してくださった豊受の神の私に対する神示はことごとく外れました。さすがに不思議に思った豊受の神のお代をしていた師匠に対して、豊受の神が言われたのは、【この者の背後には、この神をもってして見通せない霊界の壁の向こうに神界が存在しており、この者はその見えない神界の力にコントロールされている為に、この神でも遺憾ともしがたし」と答えられました。

巷には自分は創造神だとか、自分には創造神が降りて来る式の方が多数おられますが、大予言者として知られた大本教の出口王仁三郎聖師は、正神界180段。邪神界も180段。御神霊には180段もの階級があると説かれました。
さすがに180段というのは階級として分かり難いもありまして、行者の世界では神の高山の合目になぞらえて神霊の高さを10合で見るがあります。その中で、この世に関わっている御神霊は最高位で8合目とされていて、まだ人類は九合目の神とか十合目の神は見ていないともされているわけです。それは私達人類が未だ知らない位の高い神々が霊界には存在するということなのです。



人類が知らない位の高い神=世に出ておられない神

大本教神諭に、【神が解っていると言う者は本当は神が解っておらず、神など解らないという者は神が解っている】があります。スピリチュアルで自分に創造神(マスター)が降りて来ると言う方が多数居られますが、これらの方は実は神が解っていない部類の方なのです。
神が何たるかが解っていないから、自分は創造神(マスター)と名乗る霊に簡単に引っかかるのです。自分は神が解らないからと、その霊に質問攻めにしてやればいいのです。だが、その為にはこちらもある程度の勉強はしなければなりません。人間である私が知ることが、神である貴方に解らないのですかと切り返してごらんなさい。まず黙ります。


世の大立替論は神界上位の神霊からは出て来ますが、下位の神霊からは一切出て来ません。それは立替論そのものが神々ですら解らない段階の神霊界から降りて来たものだからです。そこにあるのは

神々ですら理解出来ていない神霊の存在がある

私はその存在証明を日本語だけかも知れませんが【言葉の仕組み】に見たなのです。

 


一部の行者間で【神霊の階級章】が言われます。それは神霊の○○大神なるぞの名乗りではなくて、その神霊の階級章が何であるかです。大本教の出口王仁三郎聖師が告げられた百八十階級でも神の高山で語る十の合目の神霊比較であっても、その階級が高いほど神霊世界では実質的に階級が上の神であることなのです。


例えばその神霊が天照大御神と名乗っておられても五合目の神で、方や素戔嗚尊と名乗っている御神霊が六合目であれば、六合目の素戔嗚尊と名乗る神霊の方が上位なのです。
私はそうしたことから、自分の前に○○大神とか天使と名乗る霊が出て来ても、その階級がどれほどの階級か解らなければ意味が無いと言います。


私も最初は豊受の神のお代をしていた師匠にお世話になりましたが、その師匠は同じ豊受神という名であっても、そこには順位がありますと告げられました。だが、そうしことはスピリチュアル標榜であれば、ほとんど理解がされていないのです。優秀な霊能者はそうしたことをご存じなのです。


そこにあるのは、自分は死後に


恨み霊や不浄霊や迷える霊として、この世に付随する霊界に留まるのか

次の人生が約束される本当の霊界に渡るのか

があります。

霊が見えたとか霊の声が聞こえたから本当の霊界に行けるではないのです。それは、多くの行者霊や霊能者霊がこの世の霊界で迷っている事実からも言えるのです。

私が霊的に見て来た内容は特別の内容ではありません。優秀な霊能者の方ならばご存じの事象です。ただ、私はそうした事象から論理的に導き出して来たなのです。そうした事象がありながら、誰もそこから論理を導こうとしなかったことに問題があったと言えます。

私が体験したのはヴェダー典にある【人の中に眠るコブラ(眼鏡蛇)が目覚めて走り上がる時、その人は「真理」に目覚める】なのです

 

コブラが目覚めて走り上がって坐るのは、アラーの神の頭上とされます

 

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