今回、そなたの前世は誰であったのかを世に告げるべしと出て来ました。
私が子供の時に私に臨んだ旧約聖書の神と名乗る声は、【そなたの前世は悲劇の武将であった。そなたはあまりにも心根が優しく、人を疑うことをしなかった為に、そなたを利用しようとする者達の魂胆が何一つ解らずに、それらの者達の魂胆によって結果的に悲劇の武将となってしまった。
今生のそなたにとって必要なことは、【人の魂胆を見抜く力である】と告げられたのです。
しかし、その武将が誰であるかは一切言われませんでした。前世は前世であり、大切なのは前世の自分云々では無く今生の自分です。今生の名をもって演じるべしなのです。
いくら自分の前世は某(なにがし)だと言ったところで、その時代と環境が再び戻って来るなどあり得ないことだから意味がないわけです。昔に戻ってやり直しなど出来ないからです。ですから前世にこだわる必要はどこにも無いわけです。
私は豊受の神様から【貴方は言葉の神】とお呼びする方ですと告げられて、これまで日本語に仕組まれた「言葉の仕組み」の解説に従事して来たしだいです。そこに自分の前世など要らぬことだったからです。
今生の私に課せられたのは、過去世で失敗した人の魂胆を見抜く力を磨くでした。すると不思議なもので人の表面ではなくて、その人の心の内を知るに向かって行きました。表面はいくら善人ぶっていても、中味は悪が見えるようになって来たのです。人が持つ魂はその汚れを隠すことなど出来ないからです。
また、人の魂胆とはそれが正しいとか悪とかではなくて、自分の家を守ろうとか地位を得ようとか世の中のしがらみの中に置かれてしまって、人が本来持っている大切なものを失うに入って来るのです。そこに「魂胆」があるのです。
私が【人に内在する良心神】を説けたのも、その人を外見や学歴や職業等の表面で判断しないで、全てはその人の魂胆を見るがあったからだとも言えます。
誠や義の者に裏表は無いが、誠や義が無き者には裏表(魂胆)がある
私が豊受様の命により現在地に引っ越して来て5年ぐらい経過した忘れもしない平成2年の大晦日の夜の0時直前から、私の家に大ラップ現象が生じました。その当時はその師匠の元を離れていたので、他の霊能者の方を頼って、その大ラップ現象を鎮めてくださる神々を探しましたが、どなたも鎮めることが出来ませんでした。
稲荷様とお不動様の行者をされていた霊能者の方から、この大ラップ現象は日本国中のどの神をもってしても鎮めることなど出来ない。その土地に行けと言ったあんたの最初の師匠が、それを言った豊受様が責任を取るべきことだ。これを鎮めることは出来るのはあんた以外には無理だと言われて、やむなく自分で鎮めるに入ったのです。
約40日間ほどは夜はほとんど眠ることが出来ない有様で、幸いに仕事は机に座っている仕事でなかったので、仕事の合間を見て少し眠っていました。それでも車で外に出なければいけません。睡眠不足で電柱にぶつかりそうになったりガードレールにぶつかりそうになったり崖から転落しそうになったりで、よく命が保てたと思います。
その家から引っ越そうかと幾度も考えましたが、豊受様から命じられて母親共々全財産を注ぎ込んでの家であり、他に財産は無し。そんなラップ現象を起こしている家を、霊能力が無い方なら何も感じないかも知れませんが他人さんに売るなども出来ません。必死の思いで祝詞や経典を上げ続けていたのです。そこまで追い詰められたと言えます。
あるサイキッカーの方から、そこを鎮めることが出来たのは貴方だからであり、他の人や神々には出来ないことだったのです。しかし、今度起きたらもう貴方にも止められません。貴方がこの世を去られる時が三次元世界の終わりで、なんとか貴方がこの世を去る日まではそこを死守してくださいと言われましたが、私も老いたので今度起きたら止めることなど出来ないでしょう。体力的にも難しいのです。
その夜は眠れないほどの大ラップ現象は約40日間ほどで終了しましたが、ラップ現象そのものは「平成3年4年5年」と丸3年間も起きていました。今にして思えば【345(みよいづ)】の型演技だったのかも知れません。
その後、私にをその地に行けと命じられた豊受様に話を聞く為に最初の師匠のところに行くと、【やっぱり豊受様が言われた通り。どの神様にも出来ないことを貴方はされてしまわれた】と言います。確かに最初からこの神業が出来る者は神では無理で、人間であるそなた一人と言われてはおりましたが、詳細を言われないのであまりよく意味は解りませんでした。私にすると、過ぎ去ったことはどうでもいいなのです。
それらが落ち着くと、真っ暗闇の中に首だけが晒された武将の頭だけがあり、私はその武将の首に向かって「弥勒の世は間近です。もう過去の恨みや辛みは忘れましょう」と言ったところ、上空から黄金の光が入ると周囲は明るくなり、その武将の首はカット目を見開き、私に向かってニッコリと微笑んだのです。それを見た私は「よし」の一言です。
その翌日、その武将の霊は緋色の鎧を身にまとい、私の家の仏壇を拝んでいます。その配下に弁慶のような姿の者達もいます。私にすれば何故に私の家の仏壇を拝んでいる?。です。
ただ弁慶さんらしき霊がその武将霊に従っていることから、もしかするとこの霊は「源の義経」さんかの疑いが生じました。
その武将霊が私の横に来た時から、私に言葉の【発想飛び】が起き出したのです。私の言葉の解釈はこの【武将霊】の存在から起きたのです。それが仮に「源の義経」さんだとしても、どうして言葉の仕組みの解読とつながるのかよく理解は出来ませんでした。
そして私が見せられた物は「戦艦陸奥と長門は同型艦」。陸奥の国から長門の国の下関まで本州の端から端へと転戦したのは「源の義経」となります。
その後、この武将霊は私の家の神棚に移り、この武将の配下霊と思われる侍姿の者達がその武将霊のことを【御館(おやかた)】様と呼ぶことから、私も何時しかこの武将霊を【御館(おやかた)】様と呼んでいました。
その武将霊を見ていて、これは単に「源の義経」だと言う霊では無いことが解って来たのです。それは剣を持てば神界随一の剣の神である【御劔(みつるぎ)大神】がその従属神としての儀礼を取られたからです。 御劔(みつるぎ)大神を従属神として従えるといことは、今から800年ほど前の平安末期に出られた武将の「源の義経」さんではどうにも説明が不可能なのです。
いったいこの「源の義経」霊は何者だ!。神々や諸神よりも霊界では格上ではないか!。
その兜には太陽と月があしらわれ、その旗は「○十」の薩摩紋で軍馬を並べる轡(くつわ)紋。白馬に跨がり、霊軍や無数の白狐達を従えるその姿は、単に「源の義経」霊とは言えないのです。
私が東京の著名な霊能者に霊査を受けたところ、【貴方の背後には神界を統一できるだけの力を持った存在が居られます】と言われます。神界を統一出来るだけの存在と聞かされて、「国常立尊」様のことだろうかと思い。どんなお姿ですかと尋ねしましたところ、たいへん若い侍姿の方だと言われます。
私はたいへん若い侍姿に首を捻っていましたが、その白馬に跨がった武者姿は非常に若々しいものでした。美少年と言うのか美青年です。無論、私とは似ても似つかない姿の存在です。
私が21~22歳の頃、平泉の毛越寺に行った時、あまりの懐かしさに泣いていました。自分はこの地を知っている。住んでいたことがあるです。しかし、それ以上のことは解らないです。私が最初の師匠と伏見稲荷山で修業している時、その師匠に御神霊が降りてその師匠がふらふらになったことがあります。
その時、その師匠に降りたのは「木曽御嶽山の神」であり、私に吉野山の脳天大神の元に参拝せよです。その吉野山に入った時、私はまたもや泣いていました。初めての吉野が自分には何故か懐かしい土地だったからです。
私の元に自分は「国常立尊」様に仕える者だと言う方からメールが来まして、その国常立尊様が「貴方の前世は明智光秀」だと言っておられますと言われましたが、確かに明智光秀も悲劇の武将ですが、その方が私に言われる「国常立尊」の神示よりも、私の前に現れた武将霊は自分は何者とは何一つ言いませんが、私にはその霊が「源の義経」霊だと確信が出来たのです。
巷には、自分の前世は「源の義経」であったと称しておられる方達は多数いられます。私はそうした自称の方を別に「ニセ者」とは言いません。逆に私の前世は「源の義経」だと言ったならば、そうした方達から今度は私が「ニセ者」と言われてしまうのが霊的世界の実情です。自分の前世など確かめようがないからです。
私はその武将霊を見ていて、自分の前世は「源の義経」であったとは言いません。ただ神の芝居の舞台の上では、その若武者姿の霊は間違いなく「源の義経」の役割を演じておられるなのです。
その霊が本当の「源の義経」であるのかどうかの真偽は別として、その霊から解って来たことはその魂は源の義経として世に出る前には【素戔嗚尊】と呼ばれていた時代があったなのです。
何故にそれが言えるかと言いますと、源の義経の生母であった「常盤御前」の魂は【豊国姫】の系譜であったことが掴めたからです。
大本教神典においては、【素戔嗚尊】は【豊国姫(坤金神)】の子であったと記されています。それが時代が降って、「源の義経」と「常盤御前」として再度親子関係が演じられたということなのです。時代を超えて繰り返される「霊界物語」となるわけです。
大本教によれば大本教で聖地とする「本宮山」は豊受姫が降臨された場所としますが、それ以前に「素戔嗚尊」が母である「豊国姫」の亡骸を葬った場所としています。綾部という土地は素戔嗚尊と豊国姫が神代に存在した土地ということです。
大本教霊界物語に、「この仕組みに三千年」かかったとありますが、とんでもない長い歴史の仕組みの中で神の芝居は演じられて来ているなのです。
大本教の出口王仁三郎聖師はこの仕組みを演じる為に、「源の日出雄」と名乗って蒙古に渡られました。モンゴル大王(ジンギスカン)の型を演じる為です。日本における源義経は蒙古に渡ってジンギスカンになったの伝説です。無論そんなことは事実ではないでしょうが、何故にそうした仕組みがなされたかなのです。
出口王仁三郎聖師の蒙古への演技は既に「源義経」演技であることは知られていますし、また出口王仁三郎聖師は他に「素戔嗚尊」としての演技もなされたわけです。
そこにあるのは、
素戔嗚尊=源義経の神の舞台の演技なのです
出口王仁三郎聖師が蒙古に渡る時、源の日出雄と名乗られた理由は、大本教で日之出神の演技をされた出口日出麿さんの日之出神も予告の為のニセ型で、「源の義経」の演技に【真性天照大御神】役割も入っているからです。
大本教出口なお開祖の娘であった福島久さんに降りた「義理天上日之出神」などは完全に引っかけだったのです。私は「日之出神」の正式名を豊受様から聞かされて、正直唸りました。神界の機密はそこまで深いのかです。その豊受様が私に明かされた日之出神の正式神名は今日まで誰も言っていない神名です。また私も世には明かしていません。
為に源の義経とおぼしき霊の兜には、太陽(天照大御神)と月(素戔嗚尊・月夜見尊)があしらわれているのです。
では、何故に神の舞台に【源の義経】の演技が必要だったのでしょうか?。
それは聖書、【私は義の者が居るならば人類を滅ぼさないが、義の者が一人も居なくなれば人類を滅ぼす】の
最後の【義の者】の意味からです。義の経
私が驚いたのは、私の神霊界修行の初期の頃に私を守護してくれていた日蓮さんとその弟子達の霊が、その「源の義経」らしき霊の着替えのお世話をされていることでした。その衣装とは「白衣」ですが【白蓮】の意味する白衣でした。
南無妙法蓮華経とは、サンスクリット語で「私は白蓮の様な仏様に帰依します」の意味だとされています。別に「南無妙法蓮華経」と連呼するではないのです。
妙法蓮華経の「無量寿義経」を重要視される方の中に、この「義経」は源の義経のことだと言われる方もありますが、その霊的映像を見せられた時、必ずしも間違った解釈でもなかったようです。
義(我は羊)の経は無量なり
泥の中でも咲く、汚れ無き心に限度は無い
私が霊的に見て来た白馬に跨がった若い武将霊は日本では「源の義経」となりますが、聖書のヨハネの黙示録では白馬に跨がった「神の言(ことば)」と表現されている存在のことかと読みました。
貴方の前に緋色の鎧兜の美青年が現れたならば、それは【源の義経】役の演技霊
それが何故に【源の義経】役でなければならないのか?。他の役どころではいけないのか?。そこには、そういうことだったのかと後で驚くことが隠されているからです。為にこれは「源の義経」の演技がどうしても必要とされるのです。
大本教では役者不足で演じきれなかった「霊界物語」のスケールの大きさは、まさに無量と言えます。
今回、私にそなたの前世を世に明らかにせよと出ましたが、それが本当に私の前世が【源の義経】であったかの証拠にも証明にもなりません。ただ、私が見て来た霊界で【源の義経】の役を演じておられる若い侍姿の霊の行動で、私は「言葉の仕組み」を紐解いているということなのです。
それこそ、私が子供の時に旧約聖書の神と名乗る声から告げられた【神の舞台を演じる役者】達なのです。
そんなことは自分には何の関係も無いと言い方が圧倒的大多数のはずです。しかしながら、大本教と呼ばれる宗教が私達に何を教えようとしていたのか?。特に出口王仁三郎聖師の演技を見るならば、私は大拍手をします。
我さえよければそれでよいのか!。創造神がどうしてこんな仕組みをなされたのか?。何も考えないで、裁いていただいて結構ですと「悔い改めに」行こうとしないのであれば無限(∞)となる【8の世】においては、無限に置かれかねないのです。
僅かな瞬間の時間の為に【己の我を張るな】なのです
創造神は貴方の「感情」など何も聞いてはいないのです
自己の感情論に流されることは邪神の囁きに乗ったと同じ


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