第十九話 カンガルー三連星
『カンガルゥ!』
『カンガルゥゥ!!』
『カンガルゥゥゥ!!!』
奇怪な鳴き声をあげて巨大なカンガルー三連星が、足元の地形を踏み砕きながらのそのそと進撃を続けている。
見るからに強靭な2本の後ろ足で跳躍する気配は微塵も見られない。
茶褐色の毛並みは見るからにゴワゴワしており、白目のない瞳はサイコパスじみた虚無性を醸し出す。
そして今、3体合わせて6個の瞳には、空中を駆ける漆黒の人影が映っていた。
「—— カトンジツ!」
その人影、アルベルティーヌ・イザベラ・メアリー・シュバリィーことNINJA白影は堂々と技名を叫ぶと共に、両手を凄まじい速さで組み替え、複雑な手順の末にニンニンポーズの印を結ぶ。
同時に頭の中では、体内で練り上げた氣を一気に放出していた。
次の瞬間、一体一体が全長数百mもの巨躯を誇る巨大魔獣、識別コード『カンガルー』が3体丸ごと赤黒い業火に飲み込まれた。
それはまるで巨大火山の火砕流。
飲み込んだあらゆる生命をいとも容易く奪う恐ろしい大自然の猛威は、1000℃を超える高温でカンガルーを蒸し焼きにし、周辺の酸素を根こそぎ奪い尽くす。
ちなみに火炎放射を出す為には。技名を叫ぶ必要も無ければ、両手で複雑に印を組む必要もない。
体の中に氣なんてものも存在しない。
実際、白影は空中を移動する際、カトンジツを用いたロケット推進により移動しているが、カトンジツなんて叫んでないし印も組んでいない。
なんだったら常人が四肢を動かす様に、無意識化で制御しているので氣を練り上げるなんて頭の中で意識すらしていない。
「カトンジツッ!!」
白影は火炎が消えるのを待つことなく第二射を放つ。
第二射は先程のように広範囲を覆いつくすことなく、糸のような極細の白熱した光線となり、未だ拡大を続ける火砕流を横一文字に一閃した。
赤黒い炎と燃焼ガスの壁が上下に切り裂かれた次の瞬間、先程を上回る爆圧により炎の壁は一瞬の白熱後に暴発する。
周辺の地表を展開していた魔界軍ごと薙ぎ払った爆風を障壁のように展開したカトンジツで難なく凌いだ白影は、ロケットエンジン同然の轟音を撒き散らしながらその場で滞空を続ける。
油断なく爆炎を見つめるその姿はここぞとばかりに目立っており、全く忍んでいないNINJAだった。
『—— やったか、白影?』
白影の耳元に装着していた無線機から、彼女が自身の主と慕う上野群馬の声が届く。
その間、夥しい数の砲弾が甲高い滑空音を響かせながら、カンガルー3体を包む巨大な黒煙の中に次々と飛び込んでいっている。
彼は欠片もこれで倒せたなんて考えていないようだ。
「っ、トモメ殿…… いえ、まだでござるっ!」
『カンガルゥ!』
黒煙の中からのっそりと大型魔獣が姿を現した。
全身が煤で汚れ、腹部には横一文字に深い傷跡があるものの、依然として健在なその姿は大型魔獣という脅威を悠然と語っている。
『カンガルゥ!』
『カンガルゥゥ!!』
『カンガルゥゥゥ!!!』
心なしか先程よりも猛り狂った鳴き声を上げながらカンガルー三連星は進撃を続けようとした。
『―― それならもう一押しだな』
次の瞬間。
数十の黒塊が空からカンガルーに叩きつけられた。
黒塊はカトンジツでボロボロとなったカンガルーの表皮を易々と食い破り、皮下組織を貫通、筋肉を掻き分けその身の半分を進入させたところで爆発した。
着弾箇所が瞬時にめくりあがり、血飛沫と共に火柱が突き上がる。
『カンガルゥ!?』
『カンガルゥゥ!!?』
『カンガルゥゥゥ!!!?』
カンガルー三連星が己の肉体に幾つも開けられたクレーターに、痛々しい悲鳴を上げた。
その間にも砲弾は間断なく降り続けており、激痛に悶えるカンガルー三連星を着実に痛めつけていた。
「これは……」
『48機の1個爆撃飛行隊による27式地中貫通爆弾の爆撃だ』
白影の疑問の声に群馬が答える。
27式地中貫通爆弾、極東の斧。Axe of Far East.通称AFE。
お手軽バンカーバスターのコンセプトで開発された低価格・低重量・高威力の三拍子揃った日本兵器産業の定番商品。
その価格は地中貫通爆弾としては驚異の600万円/発でありながら、威力は倍以上の価格である地中貫通爆弾界の古参兵GBU-28と同程度。
開発されてから20年近く、世界中で長く愛されてきたロングセラー商品だ。
世界中の紛争地域にいるイケてる軍指揮官たちは、『今日もアフェっちゃう?』を合言葉に毎日敵に向かってポンポコ投下し合っていた。
「トモメ殿も遂にアフェっちゃったでござるな」
『ああ、今日が俺のアフェデビューだ!』
おめでとうでござる、と無線機越しに群馬を祝う白影。
心なしかいつもよりやけっぱちに思える主の返答に彼女は違和感を覚えた。
しかし、早くも痛みを堪えて進撃を再開しようとしているカンガルー3連星の姿に彼女は思考を切り替え、支援砲爆撃に続かんとばかりにカトンジツを繰り出した。
空中を駆け抜けながらも、この時の違和感を彼女は自身の心に深く刻んだ。
「ヘイヘーイ!」
『―― ンメ“ェェェェ!!??』
白黒の獣、識別コード『パンダ』は、出会い頭に己の腕を容易く切り落とした小さな蟲の存在に驚愕と恐怖が綯い交ぜになった悲鳴をあげる。
相棒である暴虐龍カラドリウスことコアラは既に三枚おろしとなり、糞不味いと評判の肉と贓物を大地に対して無償配布していた。
『暴虐龍に続き、堕天龍シナアイドルまでも斃すか……!!』
「ヘイヘーイ!」
『っ!? 閣下!!? なんてことだ!!』
『まさか、この距離で!!?』
『ば、化け物め!!』
『閣下の首を返せぇぇぇ!!!』
大物っぽい全身鎧の魔物は、並み居る軍勢を一直線に蹂躙してきた存在に呆気なく頭を引っこ抜かれる。
それは何の見せ場もない、ただただ無情な死の一つだった。
『魔界 において 第4層の解放 が達成されました
【日本 フランス共和国】 が達成しました
14日間 魔界 に侵攻することはできません
【階層制覇 13 】が達成されました 達成者には 特典 が 追加 されます
レコード は 2119時間56分25秒 です
【総合評価 S 】を獲得しました 特典 が 追加 されます』
「ヘイヘーイ!」
『—— あれ、高嶺嬢?
端末が色々表示してるんだけど?』
唐突に流れ出した魔界第四層攻略完了情報。
無線機からは困惑の声。
ついでに皆殺される周辺の有象無象。
魔物、魔人、上位階級、それら全てに意味は無く、物言わぬ朱い背景と化す。
魔界 第四層 棚田温泉郷パムッカレー
日本 フランス共和国 攻略完了
『魔界 は 第五層 が解放されました
魔界 は 武装 が解除されます
魔界 は 野戦軍 の投入が許可されます』
『えっ、またよく分かんない間に攻略されてる!?』
「ヘイヘーイ! ぐんまちゃーん! 私やりましたよー!」
魔界残存兵力、大型魔獣『パンダ』『カンガルー』3体、第24重装師団残存兵1913名、第31魔剣師団残存兵4475名。
刀折れ矢尽きた状態なれど、未だ抗戦継続なり。
「ヘイヘーイ! ピッチ上げていきますよー!」
『ッンメェェッッッ!!?』
大型魔獣『パンダ』、陥落。