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渓流詩人の徒然日記

知恵の浅い僕らは僕らの所有でないところの時の中を迷う(パンセ) 渓流詩人の徒然日記 ~since May, 2003~

早朝原付散歩 ~新品エンジンならし運転/第5弾~

2025年05月20日 | open



ナラシ運転第5回。
早朝原付散歩。

市街地を西に行く。
ここが備後国と安芸国の
国境。


石碑が建立されている。


「これより東備後國
 これより西安藝國」


左は県立広島大学。

小高い丘の峠の地点に旧
国境がある。備後国西部
と安芸国全域は広島藩領。
備後国全域と安芸国全域
は関ヶ原の戦以降福島正
則が統治したが、城郭無
断改築の嫌疑により転封。
江戸幕府により備後東部、
備後西部と安芸国に行政
分割され、備後福山城に
は徳川家康の従弟の水野
勝成が10万石で入封。福
山藩となった。
備後西部(尾道三原を含
む)と安芸国全域には紀
州から豊臣秀吉の五奉行
の浅野長政の次男長晃が
42万6000石の領主として
入封した。

三原要害(三原城)統治
の石高は3万石。
これは本藩42万6000石に
含まれる。三原城はあく
まで要害として認可され
ており、三原城士は全員
が広島藩士だった。三原
は藩ではないので「三原
藩士」という者はいなか
った。武士は全員が浅野
家中。藩庁の広島城は三
原から遥か70km以上も西
に在った。

西南に向かう。
国道2号三原バイパスは自
動車専用道路なので原付
(小二輪)は通行できない。
なお、自動二輪であっても
免許取得3年未満および20
才未満は二人乗り通行禁止。


田園地帯を行く。
開けた場所がある。
ここは好きな景色の場所だ。
46万6000石というのは大藩
であり、国内有数の石高と
家臣団を擁するのが広島藩
浅野家だった。
46万6000石というのが分か
るような開けた田園地帯の
風景。ここは安藝の國。


あの左奥の山を越えて行く。

この付近の用水路には野性
の亀(多分クサガメ)が大
量に棲息している。
水路脇の農道を行くと、ポ
チャン、ポチャンと水に亀
が飛び込むが、それがその
うちウエーブのような集団
飛び込みとなる。
最近では外来種のヌートリ
アの大量生息地ともなって
おり、生態系の破壊も懸念
されている。

上掲の遥かかなたに見える
山はさして遠くない。
すぐに峠道に達する。
三原城郊外の北側から南の
海側へ車が通れる道はその
峠と筆影山の峠しか無い。

ここが峠=道の尾根越しの
頂点。向こうも下り、来た
道も振り返ると下り。その
ピンポイント地点を日本語
では「峠(とうげ/たお)」
と呼ぶ。





この峠道には大ヘアピンが
2個所ある。
以前、広島市内の走り仲間
と原付2台でこの峠道を走
っていた時、私はビーノを
ペタンと寝かせ過ぎて二つ
のヘアピンで2回ともセン
タースタンドをこすってし
まった。
海側からの下りで、左ヘア
ピン、右ヘアピンと続く。

この峠道を山を越えて抜け
ると三原市幸崎の海に出る。
途中、ハタの山(竜王山)
からの未舗装林道が接続し
ている。

ハタノヤマに繋がる林道。
気に入っている林道だが、
現在は全面通行止め。
復旧予定時期も記載されて
いない。ほんのつい先日ま
で通行可能だった。




通行可能だった時期の同
林道。オフ路の楽しさ全
開の道。




通行止めの林道には入らず、

幸崎へ出る峠道を下る。
快適ロード。


完全に山越え。


眼下に集落が見えて来た。
ズドンと国道185号には
出ずに、集落内の山肌の
狭い道を海を右手に東に
進む事にした。
生まれて初めての道。
下に今治造船が見える。




どんどん行く。
かなり長く続く道だ。




このロードもなかなか良い。
四輪普通車は離合困難だが、
地元の生活道路のようで、
時々軽自動車とすれ違う。


なかなかのビューポイント
だ。






数キロ、山あいの道路を
通り抜け、エンド。
坂を下って踏切が出て来
た。JR呉線。線路の向こ
うはR185だ。


国道185号と海上に浮かぶ
無人島の有竜島。


この島の付近は小型クジラの
スナメリの回遊エリアでもあ
る。


スナメリってかわいいよ。
瀬戸内海に船を出してい
ると、ボートの横に寄っ
て来て一緒に泳いだりす
る。私も経験がある。
ただし、スナメリ君やマ
ッコウ君が出ると魚は釣
れなくなる(笑


国道185号をほんの僅か
東に走り、三原市の幸崎
久和喜という地区の路地
に入って行く。

正面はハタノヤマ竜王山。
いつも走っているワイン
ディングだ。低速ロード
であり、タイヤの皮剥き
専用道のようなロード。
2017年整備開通。
それまでは獣道のような
道だった。

山越えの道を行くが、途
中「これ以上は進まない
ほうが無難」との判断で
引き返した。


一本東側の谷沿いの道を
登って行く。
だが、道路が塞がってい
て実質通行不能。


ソテツのような棕櫚の木
がある。
これは関東ではあまり見
ないかも知れないが、中
国地区には多く見られる。
植樹だ。
山間部の木々の多い場所
で民家の位置を示すため
だろうか、民家がある山
の中には必ず背の高い棕
櫚の木が植えられている。


あたりを見回すと、大昔
民家があっただろう痕跡
が見られる。石垣があり、
雛壇で整地されているの
だ。


江戸期から明治にかけての
痕跡だろう。


呉市の野呂山の遺跡に似て
いる。野呂山の跡地は、明
治「維新」後に秩禄処分で
禄を解かれ無職となった浅
野家旧家臣団の下級士族支
援のためと称して、まるで
北海道の屯田兵のように荒
地の山岳に家臣たちを追い
やって開拓団とさせた政策
で移住した士族たちの廃墟
跡地だ。


山すそを下って戻る。


途中、ハタの山みはらし
ラインのワインディング
入口がある。

なんだよ。
この前、桜の時期には通行
止め解禁で開通していたの
に、再び全面通行禁止だよ(笑
まあ、道路を整備してくれ
るのはありがたい。
ここは県内随一の絶好ワイ
ンディングロードだから。
県内広島市内や県外からも
多くのライダーが集まる。
絶景と絶好のロードの峠道。

丁度ここで、メーターは
45,600kmを回った。


国道185号線に出た。

赤い自販機がある建物は
最近まで美味しいたこ焼
き屋の「だいちゃん」だ
ったが、廃業した。残念。

ところが、抜群にウマい
たこ焼きを売っている処
がある。
それが須波港。
ここのたこやき、まじも
んでおいしい。


つーことで須波港を通って
R185で帰還して、早朝原付
ナラシ散歩終了。
須波港からは速度を50km/h
まで上げる走行にシフトし
た。

帰還後のメーター。


本日早朝の走行距離、ジャ

スト30km。
5月20日、ナラシ第5回終了。

5.20といえば1978年5月20
日は三里塚出直し開港の日
だ。


 


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