安倍政権考

オウム死刑執行で胆力みせた上川陽子法相の処遇、党人事・内閣改造の焦点に

政治の世界に進もうと決意したのは「米国留学時代に海外から日本を眺め、改革の必要性を痛感したこと」という。

平成12年の衆院選で初当選し、19年8月に第1次安倍改造内閣の少子化担当相として初入閣。21年衆院選で落選するが、24年衆院選で復帰すると、総務副大臣、衆院厚生労働委員長などを務め、26年10月の第2次安倍改造内閣で法相に就き、約1年間務めた。そして昨年8月に2回目の法相に就任した。

党内では政策通として知られ、少子化担当相だった福田康夫内閣では初代公文書管理担当相を兼任し、公文書管理法の制定に尽力した。事務能力も高く、党憲法改正推進本部事務局長を務めた時期もあった。

派手なパフォーマンスとは無縁な地味な存在ではあるが、肝が据わった一面もあった。

現在衆院6期目の上川氏の初挑戦は小選挙区制が初めて導入された平成8年の衆院選だった。静岡1区に無所属で出馬したが、結果は候補者8人中5位の惨敗に終わる。

再起を期した12年衆院選は自民党公認の元職、公明党の前職らが立候補する中で無所属で出馬し、わずか572票差で初当選を果たした。与党分裂選挙にあえて挑戦したこともそうだが、実は当時、自民党所属で、党に反旗を翻した形になったため除名され、無所属として国会議員人生をスタートさせた。

13年に復党し、19年の初入閣時は衆院当選3回での大抜擢。衆院当選6回ながら、すでに3回閣僚に起用されている。自民党に「閣僚適齢期」の女性議員が少ない事情もあり、「女性枠閣僚」の側面もあるが、手堅く、安定した仕事ぶりも評価につながっているのだろう。

今回の人事は、法相として大きな責任を果たした実績の評価でもある。政府か党の枢要なポストへの起用の可能性は高いのではないか。

(政治部 田北真樹子)

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