『世界のメディアを支配する“隠れ共産主義”フランクフルト学派』(体制の内部に入り、その中から、「体制否定」の理論を繰り返すことによって、社会の内部崩壊をもたらそうという理論 田中英道)
- 2017/06/14
- 12:00
■ JOG Wing ■ 国際派日本人の情報ファイル ■
「正論」2003/8
「隠れ共産主義フランクフルト学派とは」要約
中山 善照
■ No.707 ■ H15.08.08 ■ 6,665部 ■
メルマガ「国際派日本人養成講座」4万部 http://come.to/jog
●ZNメールマガジン「雑誌記事から考える」vol(1)より転載
●友人・知人に転送されたし
“人間性を完全に破壊して何かがはじまる”この一派の日本の学者は言う。
「現在私達が持っている人間性を完全に破壊したところで初めて新しい何かが始まる」・・・必読。日本を破壊する最もラジカルな思想を手短に要約してご紹介!
隠れ共産主義フランクフルト学派とは
(まず、ひとことで要約すると)
共産主義理論は破綻した。そこでフランクフルト学派のコミュニストたちは路線を変更、「文化を破壊し、国を根っこから腐らせる戦略」を米国を基点に世界に流布した。日本はこの罠にはまっている!
______________________________
1,田中英道先生の論文
雑誌「正論」(2003/8月号)に東北大学大学院教授・田中英道教授(つくる会・会長)の寄稿論文がある。
「日本のメディアを支配する『隠れマルクス主義』フランクフルト学派とは」というものだ。
この論文の要旨、おおざっぱに要約すると以下のようになる。
(項目■2〜■8)
■2,共産革命は不成功、理論は破綻
ロシアの共産主義革命は1917年におきたが、じつは日本では知られていないことだが、それをまねてブダペスト、ミュンヘン、ベルリンでも革命が試みられた。 しかしすべて成功しなかった。東欧が共産化されたのは民衆革命ではなく、ソビエトの軍事占領による。この延長線上にアジアの共産化もある。
ロシア以外ではどこも革命が成功しなかったことが革命側にとって深刻な問題となった。期待されていた労働者階級(プロ レタリアート)はいっこうに立ち上がらず、理論上「必然」であった労働者階級による革命は必然ではなくなり、革命理論は破綻したのである。
また、西欧の労働者階級は多くが中産階級になり、日本においても95%の人々が自分を中産階級と考えているので、いわゆる労働者階級による革命がおこるはずがないと(現在も)彼らは考えざるをえなくなっている。
■3,レーニン主義は失敗に終わると判断
さて、共産主義者のアントニオ・グラムシというイタリア人は1922年、ムッソリーニのローマ進軍でロシアに亡命、つぶさにロシア革命を観察し、絶望感を抱いた。
「恐怖政治でしか体制を維持できないレーニン主義は失敗に終わる」と判断したのである。おまけにレーニンをついだスターリンに疎んじられ、幻滅と恐怖を覚えイタリアへ逃げ帰った。
グラムシは共産主義を断念したのか?いやそうではない。あらたな路線で共産主義を再構築しようとした。
■4,犯罪者まで革命の新兵
グラムシは労働者階級の蜂起が幻想だと知ると、あらたな新兵を想定した。それは「歴史的に反主流とされる層、経済的に虐げられた人々だけではなく、男性に対する女性、多数民族に 対する少数民族、犯罪者まで」すべてが含まれると考えた。
グラムシは「犯罪者が悪いのではなく、犯罪をおこさせた社会が悪い。被害者は安穏と暮らしてきた保守的な階層でしかない。新世代の若者はみんな疎外感にもがき苦しんでいるから犯罪に走る。黒人や貧困者、世の中の敗者・脱落者こそ英雄である」とも考えた。
おや、諸氏よ、どこかで聞いたことがあるような文句ではないか。「このような犯罪がおきるのは社会が悪い。若者は疎外感に苦しんでいる。大人が悪いから子供がこのような非行に走る」・・・。
テレビのコメンテーターやナントカ大学の先生がよく言ってる。ははん。あれ、グラムシの受け売りだったんだ。なるほど。(と田中先生がおっしゃってるわけではありません。念のため)
■5,革命路線の変更=文化の破壊
ともかく、彼らフランクフルト学派と呼ばれるコミュニストは労働者階級の蜂起をあきらめ、路線を切り替えたのである。学のマルクス研究所に由来する。
どのように路線変更したか?
労働者階級は相手にならない。というわけで知識階級(インテリ)を相手にしようとした。インテリを通じてその国の歴史や文化・伝統をじわじわと破壊しようと企てたのである。
破壊対象は、宗教、資本主義、権威、家族、家父長制、階級制、道徳、伝統、性的節度、忠誠心、愛国心、国家主義、相続、自民族中心主義、因習、保守主義・・・・ともかく何から何まで破壊の対象とした。
フランクフルト学派にとって「♪聞け万国のロードーシャ」はなくなり、知識階級を通じて世界にアナウンスした。
立ち上がれ女たちよ、子供を産むか生まないかは女の自由だ。性を開放せよ。不満をもつ若者よ世間に反抗せよ。犯罪者の人権を擁護せよ!戦え少数民族よ、テロリストよ。国家は敵だ。愛国心なんか価値はない。歴史と伝統を破壊せよ。伝統宗教を捨て去れ!(これ小生の説明です。念のため)
■6,人間性を完全に破壊して何かがはじまる
彼らはソ連型暴力革命は不可能とあきらめ、そのかわり、じわじわと文化に浸透し、国の根っこを腐らせようとしたのである。
日本のあるフランクフルト学派学者はつぎのように言う。 「現在私達が持っている『人間性』を完全に破壊したところで初めて新しい何かが始まる」と。・・・人間性の完全破壊!なんといういうラジカルで恐ろしい思想であろうか。
■7,過激な性教育
その目的のためか、共産主義下のハンガリーで教育人民代理人になった一派の学者は過激な性教育を実施した。当時のハンガリーの子供たちは学校で自由恋愛思想やセックスの仕方、家族倫理や一夫一婦制の古臭さを習い、人間の快楽を奪おうとする宗教倫理の「浅はかさ」を教わった。
現在、日本でのジェンダーフリー教育はこの一線上にある。性器の部分が強調された男女の人形などを教材とした性教育の授業が東京都内の小中学校と養護学校11校で行われていた。
教師は子供たちに以下の歌をつくって歌わせていた。(「からだうた」と言う)
(前略)
かたから うでひじ
またうで てくびがあって てがあるよ
むねーにおっぱい おなかにおへそ
おなかのしたに ワギナだよー(ペニスだよー)
(後略)
狂っている。まるで酒席の猥歌ではないか。おまけに教師歌に合わせて子供の体の部分を触ったという。
さらにこの学校、性器付きの男女の人形が計11体。うち1部の女性人形は子宮付きで、赤ちゃん人形が出入りできるような構造。海外からの輸入品を学校で購入したという。
コンドームの装着を教えるため、木製の男性器の模型も7つあった。さらに睾丸付きの男性器の中に管を通し、注射器とつなぐことで“射精機能”を備えた模型もあった。これは精通を教えるため、教員が自分で作ったという。(この項目の情報、「つくる会」会員及び日本再生ネットワークからのメールによる。田中先生の論文にはありません?
■8,アメリカでのフランクフルト学派と日本国憲法
ところで、彼ら一派は今になって活動をはじめたわけではない。フランクフルト学派はほとんどユダヤ人だったので、第二次世界大戦中、多くがアメリカに逃れた。
そしてコロンビア大学の援助を受けフランクフルト学派を設立した。アメリカでは政治的な意味での共産主義は根付かなかったが、その思想は流布した。
そのため、日本の憲法草案づくりにその一派の法律家がい としても不思議ではない。占領下において、日本人の表現活動を監視し、検閲した人々もこの派の影響下にあった。彼らは日本の過去を否定するのに懸命であったことはよく知られている。
フランクフルト学派もグラムシも「社会運動における最大使命は“文化の攻略”だ」と言っているにもかかわらず、保守派は政治と経済のことしか語らない。日本の自民党の大部分を見れば、これは明らかである。保守派はいつのまにか文化的教養も感受性も失っている、と田中先生は警告を発しておられる。
■9,常識人のいやがることを何でもやる
(ここからは私個人としての説明)
おそらく日本国憲法・法律は彼らの秘策で満たされている。
なぜ犯罪者の人権が過度に擁護されるのか。オウム真理教の首謀者の裁判がなぜあのように長引くのか。
諸氏はもうおわかりになっただろう。背後にフランクフルト学派の思想があるからである。
なぜ愛国心を否定するのか。愛国心は国境線のない国際共産主義構築に邪魔だからである。愛国心は歴史と伝統、国土と同胞への愛にもとづくが、彼らの目標はその破壊にある。
この一派の歴史学者たちが執筆する歴史教科書は、ことに明治維新以降の歴史を完全否定する自虐史観となっている。国民に自国を憎ませるためである。
夫婦別姓、ジェンダーフリー教育の背後にも「隠れ共産主義思想」がある。彼らは「家庭の倫理破壊」「日本の伝統破壊」をねらっているのだ。
俗に言えば、彼らは常識人のいやがることをなんでもやる。
家庭破壊、不良少年の増加、性道徳の乱れ、犯罪の増加。なんであれ、常識人がいやがることはなんでも歓迎する。人間性を完全否定するその先に彼らはバラ色の共産主義社会を夢見るのだ。
それにしてもわからないことがある。
彼らは独裁・恐怖政治以外の手段で共産主義社会を維持できると思っているのだろうか。平等を実現しようとすると必ず自由を制限しなければならない。自由の制限は強制あるいは暴力しかないではないか。もっとも邪魔になる宗教者はすべて抹殺するつもりなのだろうか。なんという恐ろしい愚か者だろう。
■9,仮面をかぶったコミュニスト・・・愚かなる賢者の群
彼らはコミュニストとしての顔を見せない。仮面をかぶっている。その仮面はごくまじめな環境保護論者であったりもする。大学教授、ジャーナリスト、教師、人権派弁護士、裁判官・・・・彼らはすべて愚かなる賢者の群・・・インテリである。
むろん政治家の中にもいる。この思想の影響を受けた政治家は自民党のなかにもいるだろう。
民主党の半分は該当するかもしれない。彼らはおのれを「近代精神に満ちた善人」と自惚れているからである。彼らはこの悪臭をうんぷんと発散させている。諸氏よ、顔を思い出せばわかる。
一部の新聞を除き、編集委員の多くは自分が意識しているか否かは別として、フランクフルト学派の影響下にあるとみてよい。この代表が朝日新聞であり、毎日新聞であり、共同通信なのである。共同通信の配信下にある地方紙も同様である。(たとえば広島県では中国新聞)
■10,保守政治家よ、宗教者よ目覚めよ!
隠れ共産主義・フランクフルト学派・・・。
彼らの正体がわかった。ジェンダーフリー教育は単なる男女平等社会をめざすものではない。社会破壊が目的だ。そのことがよくわかった。
良識派よ、連帯しよう。事あるごとに抗議をしよう。数の力で保守政治家を目覚めさせよう。我々の方が圧倒的多数なのだ。
頭の先っちょで考え出された浅はかな近代社会思想より、何百年、何千年という伝統の智恵や常識がはるかに優れていることに目覚めよう。
宗教者よ、仏教僧侶よ目覚めよ。お気づきでないかもしれないが、彼らに最も挑戦されているのはあなた方なのだ。
根本的に言うと、コミュニズムは宗教を敵として生まれた唯物思想なのだから。じつは(要旨では省略したが)アメリカでも同じようなことがおきていて、保守派が警鐘を鳴らしている。
しかしながら、アメリカにおいてはキリスト教の力が大きく、このような思想があっても、一神教・キリスト教にもとづく保守派の反撃があり、バランスがとれるだろう。(と私は考える)
しかしながら日本においては、伝統的祖先のお祀りに大きな中和力はあるものの、教義・教典がないため、彼らに反論する顕教性としての論理性をもたない。(※注)
仏教には膨大な経典があり、世界をどのように見るか、人生 をどのように考えるか、そういった哲学・思想に(キリスト教 にもはるかに勝って)満ちているではないか。
仏教僧侶たちよ、国民の祖先の祀りに奉仕するだけではなく、今こそ目覚めて国民を導くべし。この国は崩壊の危機にさらされている。
●くわしくは雑誌「正論」2003/8月号をお読み下さい。
なお、私の説明が田中英道先生の論旨を損なうようなことがあったとすればお詫び申し上げます。どなたかご訂正下さい。ご感想をお寄せ下さい。(中山善照)
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(※注)日本人は真の意味での仏教徒ではない。
●日本人のほとんどは太古からの習俗としての祖先のお祀りを仏教の形式を借りて行っているのであって、現在の僧侶はそのことに奉仕するだけの存在となっている。
●(以下・付)さらに仏教僧侶のなかには、希にだが、共産主義者がいるとも聞くからお笑いでもある。
●首相が参拝したからとの理由で、靖国神社神官を裁判に訴えた真宗大谷派の僧侶もいる。なんという物知らずな! そこまで真宗教義に厳格なファンダメンタリストなら、葬式や法事をして金をもらうようなことは絶対してないだろうな?
僧侶よ目覚めよ! 日本が唯物論や、隠れ共産主義思想に侵される最大原因は仏教界の眠りにある。
●神道連盟よ、国民とさらに強く連帯しよう。日本という国の根幹をつくっているのは神道という古代からの素朴な習俗・宗教心なのだから。
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東京裁判とOSS「日本計画」 田中英道著『戦後日本を狂わせたOSS「日本計画」』(展転社)が発行さる! OSSを牛耳ったフランクフルト学派(隠れマルクス主義)
『戦後日本を狂わせたOSS「日本計画」―二段階革命理論と憲法 田中英道』
第二章 アメリカOSSの「日本計画」(「戦後日本は「隠れマルクス主義」によって作られた」)
第四章 日本国憲法は社会主義憲法である(渡部昇一編『日本は憲法で滅ぶ』(総和社)に加筆)
第五章 GHQの占領政策をお膳立てした左翼工作集団 「OSS」(『正論』平成二十一年四月号)
第十章 世界のメディアを支配するフランクフルト学派(『正論』平成十五年八月号「日本のメデ 支配する”隠れマルクス主義”フランクフルト学派とは」改題)
テロリズム肯定の思想とは何か
最初に個人的なことを述べるのも恐縮だが、拙稿を書くひとつの原因になったのでご容赦願いたい。 平成十五年、私はベルリン大学から招聘を受け、ベルリンに滞在した。 前年の十二月に手紙をもらい、半年間、日本の歴史とくに文化史を講義するように依頼された。招聘の手紙には前年出した拙著『国民の芸術』 について触れられ、それを評価する言葉もあって嬉しく思った。
ベルリン大学といえば、以前はフンボルト大学という名称で、一八〇九年に設立され、ドイツの一流の学者がここで学んだことでも知られる。 フィヒテ、ヘーゲル、マルクス、 アインシュタインからグリム兄弟といった人々までここで学んだり、教えたりした。なにせ歴史学のランケという泰斗がいたところである。私はヨーロッパではローマ大学やボローニャ大学など伝統のある古い大学でも講演をしたことがあったが、ここで日本の歴史を教えるならやりがいがあると思った。多少とも日本文化の流布にもなり、「つくる会」の宣伝にもなると思えた。
ところがこの招聘は撤回されてしまった。それは私が「つくる会」の活動をしているから、という理由であった。拙著にそのことがすでに書かれていたから、招聘者がそのことを知らなかったはずはない。その教授は日本学の専門で、日本語に堪能であることが知られている教授である。
あきらかに雑音が入ったのだ。それも一度出した教授の公式の手紙を撤回するだけの、相当の反対があったことになる。 撤回を告げる手紙には、「つくる会」の運動が政治的な団体で、そのような団体の会長が講義をすれば、どんな騒動がおきないとも限らない、と述べていた。何やらこの団体が極右の政治団体というような情報が入ったらしい。
私はこの撤回が、およそ天下のベルリン大学たるものにふさわしくないと思ったが、まだこの大学には、東ドイツのマルキストが残っているようで、それを気にしたのだな、とその時は考えた。 この大学は東ドイツに帰属していたため社会主義下に入り、学問もその支配下で沈滞していたことも知ってはいた。学会がやれないほどそのレベルが下がっていた。何よりもまだ社会主義の悪夢をやっと通りこしたばかり、という感じであることも、数年前のベルリン学会のおりに聞いていたので、それならそれで致し方ない。
困惑していた矢先、同じベルリン大学の美術史学の方から、東洋の西洋美術への影響というテーマで招聘状が来たので、渡りに船でほっとした。 全く別個の学科だったので、日本学の教授が依頼したものとは思われなかった。このテーマで私を中心にして学会を開くとさえいってくれた。この主題も、私はすでに本や論文を出していたので、それを評価してくれたと思われたので嬉しかった。 美術史の方は、東独マルキストたちの影響は少ない学科だったのかもしれない。それで私は「つくる会」にも相談して承諾を得た。仲間がその間、助けてくれることになった。
それにベルリン大学で、あらためて東西の歴史学について調査することも多少「つくる会」に寄与することができる。 ヘーゲル、ランケ、マルクス、ウェーバーなど、日本歴史研究に方法論として影響を与えた歴史家はドイツが主流で、彼らを研究することによって、その影響下にある日本の史学を根本から考えなおす機会になろうと思った。
しかしこれだけの経緯なら、あくまで個人的なことに属する。 実はベルリンに来て、日本の歴史学講義の依頼の撤回が、単に教授一人の臆病さだけによるものではないことがわかった。というのも、 私の日本の文化史講義は、もともとフランクフルト大学の教授がやるはずであり、それが断られたので私の方にお鉢が回ってきた、という経緯があったらしい。その教授の代わりに私を招くということが知られた途端に、反対の声が上がったというのだ。その教授が猛反対したばかりでなく、その声が大学理事会において多数を占め、私の講義は中止になったという。私のことを聞いて喜んでいたベルリン大学の学生たちが残念がっている、といった情報も入って来た。
その教授のいるフランクフルト大学の名で思い起こされたのが、フランクフルト学派のことであった。マルクス主義学派の牙城である。その教授がどのような思想の持ち主か直接知らなかったが、ドイツではこの学派の影響が強いことは知っていた。拙著で展開したような、日本の伝統とその文化史的価値、そして何よりもそれを通じて、日本の文明の歴史が現代と連続しているという思想は、彼らにとってはナショナリズムの典型のように思われたのであろう。しかし最初に招いてくれたベルリン大学の教授は決してそのように読まなかったのである。
すでに述べたようにフランクフルト学派などというと、日本では一部のドイツ専門の社会学者以外に馴染みがないし、左翼の学者でさえもあまりふれない。しかし西欧におけるこのマルクス主義学派の重要性はつとに指摘されている。注目すべきはこの思想が政党政治家たちや労働組合のマルクス主義ではなく、知識人のマルクス主義である点で一般に知られていないことである。 これは労働者階級ではなく、今や人口の多数を占めるふつうの中産階級の変革を目指している思想である。つまり単に文化に関心をもつマルキストというのではなく、文化そのものがマルキストの戦いの中心だと考えているのである。この学派の思想が、学界、ジャーナリズムを軸にして現代を世論の上でリードしており、たとえ内部での論争はあろうとも一致してマスメディアを占領し、その 「批判理論」を展開しているのである。体制の内部に入り、その中から、「体制否定」の理論を繰り返すことによって、社会の内部崩壊をもたらそうという理論といってよい。
そして現在、この思想が、テロリズムを肯定するインテリの思想をささえている、といってよい。二度のイラク戦争のことでたびたびジャーナリズムに登場するチョムスキー、サイード、ソンタークなどアメリカの学者は、大きな意味でフランクフルト学派の中にいるといってよい。ニューヨークの九・一一テロを見てひそかに喝采し、各地で頻繁に起こるテロを共感して見ている人々の中に巣くう思想を支えているのが、この学派である。戦後、一時サルトルをはじめフランス左翼がはやり、その後フーコーやアルチュセール、 デリダといった新しい動きがあったが、それよりもアメリカの大学に食い入ったフランクフルト学派の影響が大きいのである。
この脅威をいうのは、無論、私だけではない。 アメリカの評論家・政治家のパトリック・J・ブキャナンが『西洋の死』(二〇〇二年一月刊行)という衝撃的な書を出してアメリカでベスト・セラーになった。 西洋先進諸国の没落が子供の減少にあり、それが貧困な周辺の移民によって代置され、二〇〇〇年代の後半には、アメリカも西洋もそれで崩壊する、という本の内容だが、その中でこのフランクフルト学派の影響を強調しているのである。まさに人口減少で 「悩むアメリカ、 滅びゆく西洋」をつくり出しているのがこの学派の危険な思想だというのだ。この書のフランクフルト学派を信奉する民主党の左派や、それを支持する少数のジャーナリズムへの批判は激烈である。
日本でも『病むアメリカ、 滅びゆく西洋』(宮崎哲弥監訳・成甲書房)という邦題で出されたが、日本のことはあまり触れていないせいかさほど評判にならなかった。西洋世界の復活の条件として何よりもキリスト教の復権が必要であるというから、もし日本を論じたとすれば、キリスト教の優越性が論じられなくなるからだろう。つまり先進諸国がすべて「世界最高の宗教、キリスト教」に支えられて復活すべきなのに、日本だけは例外になってしまう。というよりも日本の論壇はまさにその亜流のフランクフルト学派で占められているから、といった方がよさそうである。
フランクフルト学派とは何か
日本にとってもこの学派の影響は大きい。とくに一九六〇年代から七〇年代に学生であった世代は、この学派の影響下にあったといってよい。全共闘世代とか団塊の世代といわれる人々である。 マルクーゼとか、ライヒ、フロム、ホルクハイマーなど、当時にぎわした名前の記憶がある方もいるかもしれない。あるいはルカーチやグラムシといった名前でおわかりの方々もいるだろう。そこから革命思想が、別の形をとって資本主義社会に潜行する。今日の反戦運動、差別撤回、フェミニズム、ジェンダーなどのこともすべてこの学派から出た理論によっているのである。
日本ではマルクスやレーニンなどの名に隠れて、この学派の名は傍流として考えられた節がある。構造改革路線や修正主義と思われていたかもしれない。日本ではもともとの原典は読まれず、ただある種の雰囲気が主流となるから、この学派の名があまり表に出ることはなかったかもしれない。しかし共産党、社会党といった政党下の勢力以外の左翼の大部分はこの学派の影響にあったといってよい。 これらの政党が衰微するに反比例して、学界ではこの勢力は根を強く張っていった。まともな労働者の闘争を叫ばず、学生、インテリをターゲットにした運動といってよい。
何だそのことか、といわれる方もいるかもしれない。しかしアメリカに移ったフランクフルト学派の影響がそれより古くアメリカ政府の中にも入りこんでおり、それがすでに日本の戦後の憲法作成にも影響を与えているというのだから、問題はかなり深刻である。 元来日本の憲法などというものは慣習法で十分なのだが、それを契約法にしてしまったのである。 戦後の日本というものを、それまでの日本の歴史から切断させようとしている内容は、この学派の意図であることは明らかである。 将来の社会主義革命をやりやすくするための布石だ、といってよい。
フランクフルト学派の思想を 『広辞苑』で引くと次のように出ている。《ヘーゲル・マルクス・フロイトに依拠して、市民社会批判を展開した。 この思想は一般的に「批判理論」と呼ばれ、学際的な立場から唯物論を展開し、現実の社会における抑圧や支配の構造を分析し、人間をそうした不正の状態から解放することを目指すものである》と。これでマルクス主義の闘争理論とは異なった難解な理論だと考えてしまう。 が、 実をいえば決してそういうものではない。そこにはインテリをねらった知的な革命思想があるのである。だいたい全共闘世代や団塊の世代に植え付けられたムード的な左翼思想を思い起こせばいい(そこがこの思想の恐ろしいところともいえる。 その学派の名前など知らなくても、秘儀めいた革命思想なのである。日本でも何やら新しいマルクス主義を難解な言葉で語る新左翼はみなこれの亜流である)。
日本のあるフランクフルト派学者がこういっている。それは《理性的なものを次々と破壊していく》という思想である。あるいは《現在私達が持っている「人間性」を完全に破壊したところで初めて何か新しいものが始まる、というラディカルな思考》というものだ。その先にはテロリズムの肯定があることはいうまでもない。 この学派の《マルクス主義というのは、資本主義下でつくられた人間を破壊したうえでないと共産主義にいけない》という考え方である、と『フランクフルト学派の今を読む』 情況出版、平成十一年)。
どうしてこんな思想が生まれたか、繰り返しをいとわず述べておこう。
この学派の誕生は、一九二三年にドイツのフランクフルト大学で、マルクス主義者ルカーチ(一八八五一一九七一)らが設立したマルクス研究所からはじまる。これはソ連のマルクス・エンゲルス研究所にならってつくられたものだ。つまりもともとがマルクス主義の牙城としよう、とするものであった。それがドイツ社会学研究所となり、この学派から出た社会学者、歴史学者がナチス批判の流れにのって戦後、ドイツの大学ばかりでなく、アメリカにまでおよんでいることも知られている。この学派から出た戦後のマルクス主義が、以前のマルクス・レーニン主義の政治革命路線と異なった路線として知的なインテリをとらえたのだ。あの一九六八年の「五月革命」や日本の全共闘の動きも、このフランクフルト学派の影響下にあった。日本でも一九六八年に最初に紹介されているが、雰囲気はすでにつくられていた。その後本家は第二、第三世代に移り、マックス・プランク研究所の社会科学部門となって、名高い社会学者ハーバーマスらがいることでも知られている。しかし第一世代から生まれた学者・ジャーナリストが欧米世界に散っており、多くの学者・知識人を輩出しているのである。
この辺の経過は先ほどのブキャナンの本がわかりやすく書いている。 今、彼の書によって分析を進めよう。
《まず一九三〇年マックス・ホルクハイマー (一八九五一一九七三)が同学派の中心的存在となった。ホルクハイマーもまたマルクスの分析は現状と異なることを認識し、労働者階級は革命の前衛にならないと考えた。すでに西欧の労働者たちは中産階級に移行しつつあったのである。憎むべきはブルジョワである。彼はマルクス思想を文化用語に翻訳し始めた。古臭い闘争マニュアルを捨て、新しいマニュアルが執筆された。旧マルキストにとって、敵は資本主義、新生マルキストにとって敵は西洋文化。旧マルキストにとって権力掌握の手段は暴力による政権転覆であり、それは一七八九年のフランス革命や、一九一七年のペトログラードにとって権力掌握の手段は暴力によるものだ。 新生マルキストにとって、権力掌握に暴力は不可能、長期にわたる忍耐強い作業が必要で、西洋人がキリスト教精神を捨てること。 文化教育制度を握ること。 まずは文化 「堅牢堅固な要塞」を支配せよ。 そうすれば国家――「外堀」は労せず崩壊する。そのために「批判理論」を提唱した。》
二十世紀が「社会主義革命」の世紀であったことは誰でも知っている。 現在でも中国、北朝鮮、ベトナムのような国がまだ社会主義国の名を付していることでも脅威は残されている。しかし西欧では、一九一七年のロシア革命以後、本当の意味での革命は起こっていないという認識がある。 第二次大戦以後、勝利国側に立ったソ連の軍事占領により、東欧諸国が社会主義国になったが、自ら革命を成功させた国はないという認識である。
西欧では一九一七年十月のロシア革命に続いてブタペスト、ミュンヘン、ベルリンでも「革命」が試みられたことは日本ではあまり知られていない。ドイツのミュンヘンでも共産政権が試みられたが、ドイツ軍にまたたく間に鎮圧されたし、ベルリンではローザ・ルクセンブルクやカール・リープクネヒトに率いられたスパルタクス団の蜂起も失敗に終わり、二人は政府義勇軍に殺された。一九一九年のベラ・クンによるハンガリー人民革命は数カ月で崩壊している。トロツキーは革命推進のために、赤軍を組織し、ポーランド進攻を試みたもののヴィスワ川で敗れている。ソ連以外はどこにも革命は成功しなかったことが革命側に深刻な影響を与えたのである。期待していた労働者階級、プロレタリアートは一向に立ち上がらず、一部の蜂起もみな成功しなかったからである。彼らにとって必然のはずであった労働者階級の革命は必然ではなかった。
ハンガリー革命に参加したルカーチはソ連に亡命したが、彼は革命が起こらない原因を考えた。それを人民の伝統の文化の存在である、としたのである。つまり彼らに、キリスト教的思考がしみつき真の階級利益に気付いていない、と思えた。ルカーチは著書 『歴史と階級意識』で、近代資本主義下の人間の「自己疎外」を説き、労働者階級だけの問題から、人間全体の物象化という事態を重視している。彼は共産党のコミンテルンの主導者になったが、《古い価値の根絶と、革命による新しい価値の創造なくして世界共通の価値転覆は起こりえない》と考えた。ハンガリーのベラ・クン体制で、教育人民委員代理になったルカーチは自らの思想を実践に移した。
その一環として彼は過激な性教育制度を実施したりした。当時のハンガリーの子供たちは学校で自由恋愛思想やセックスの仕方、中産階級の家族倫理や一夫一婦婚の古臭さ、人間の快楽のすべてを奪おうとする宗教理念の浅はかさについて教わった。もしこれと同じことが現在日本で行われているとすれば、まさに共産主義教育の実践といってよい。
また女性を当時の性道徳に反抗するように呼び掛けた。 こうした女性と子供の放縦路線は西洋文化の核である家族の崩壊を目的としていたのである。ルカーチが祖国を捨てた五十年後、彼の思想は「性革命」で生き続けているのである。 その彼がその後ドイツ、フランクフルト学派の基礎をつくったのだ。
このフランクフルト学派にはホルクハイマー、アドルノ、 フロム、ライヒ、ベンヤミンなどの学者がいたが、すべてユダヤ系であったために、ドイツのナチスの勃興とともにアメリカに亡命した(ベンヤミンは途中で自殺した)。そしてコロンビア大学の援助を受け、アメリカでフランクフルト学派を設立したのである。アメリカには政治的な意味では共産主義の理論は根付かなかったが、このフランクフルト学派の存在によって、その思想が流布したのであった。そしてその中には日本の憲法草案づくりに参加した若手のハーバード大学の法律家がいたとしても不思議ではない。さらに占領下日本において、日本人の表現活動を監視し、検閲した人々もこの派の影響下にあった。日本の過去を否定するのに懸命になったことはよく知られていることだ。
その理論はマルクス主義の用語をそのまま取らない。たとえば彼らの理論に「批判理論」があるが、これも《現代の技術的合理性が、自然支配と社会支配という二重の疎外を惹起していることを批判し、独自のユダヤ的ユートピア意識 (革命、メシア思想)のもとに理性の復権を目指す》(『広辞苑』)ものだ。つまり現代の人間がすべて自然からも社会からも疎外されているという、マルクスの疎外という言葉を重要視した理論である。ここにはルカーチの理論の影響がはっきり窺える。
社会からの疎外を否定するといえば、文化の主な要素を完全否定する批評ということになる。 その批判対象は《キリスト教、資本主義、権威、家族、家父長制、階級制、道徳、伝統、性的節度、忠誠心 、愛国心、国家主義、相続、自民族中心主義、因習、保守主義、何から何まですべて》という。これをやさしくいえば、「批判理論」は、社会のすべての現象を批判することになる。よく考えると、キリスト教を除き、日本人が戦後批判してきたすべてがここに含まれている。つまり、この理論こそが、戦後のアメリカと日本が共有するひとつの思想であったことになる。
ブキャナンは彼らのキリスト教非難を重視しているが、そればかりではなく「西洋社会は、人種差別、性差別、移民排斥、外国人嫌い、同性愛嫌い、反ユダヤ・ファシズム・ナチズム」など、そこにもっている偏向をことごとく西洋社会の特質にして、批判していることに注目している。 ナチズムそのものを西洋社会の疾病と考え、それを西洋文化から出たものとして否定するのである。これは日本においては、同じ事を中国や朝鮮でしたととらえ、日本の戦争を「侵略戦争」であり、「南京大虐殺」をつくり上げて日本人の疾病とする思想と 通している。
この学派の影響を考えてみると、いかに平成十四年の『新しい歴史教科書』の反対運動が、彼らの主戦場であったかがわかる。「子供と教科書全国ネット21」などという組織が組まれ、共産党不破議長が率先して、『新しい歴史教科書』の批判の本を書いた。 この教科書検定に通ったときも、朝日、毎日、赤旗などすべて一面トップでその非を唱えたのも、まさに選挙などの政治的運動よりも、こうした教育問題の方が中心的な戦いであったからなのだ。 この教科書の採択が零に近かったときも、それが主として中学生のレベルで使いにくい教科書であったにすぎないのに、あたかも近隣諸国への侵略戦争の記述が悪かったのだ、という政治問題に勝利したような記事を書いて大喜びをしていたのも、まさにこの戦いが彼らにとってどれだけ主要なことであったかを示している。
無論、彼らはフランクフルト学派のことはあまり知らないし、報道もしない。しかしそれはこのような傾向がすでに既成のものとして根付いていたからだ、といってよい。日本人が戦後、経済において高度成長を遂げたあと、その豊かさと自由を享受しながらも、《疎外感、絶望感のようなものを覚え、社会や国家は差別的で邪悪で忠誠を誓うに値しないと思いはじめた》のも、このフランクフルト学派の理論どおりの状態である。 そしてこの「批判理論」が、これらマルキストたちにとって、将来の「革命の必須条件」なのである。
この「批判理論」の影響を受け、戦争もない西側の平和の時代でさえ、六〇年代の多くの西洋、日本圏の人々は自分たちが疎外の中におり、堪え難い地獄に生きていると教えられ、そのように感じるようになった。長髪で髭をはやし、 ギターを奏でるヒッピー世代の反戦運動が生じたのもこの頃である。 学校では《試験やテストは暴力の一種、体育の強制も苦手の者や不安な者にとっては暴力と同じ。生徒は許可もなく廊下にでてはいけないという規則も暴力なら、無理やり授業を聞かされるのも、自習室での勉強を強制されるのも暴力》ということになる。放任、登校拒否も自由ということになり、学級崩壊も当然のこととなる。そのために 「ゆとり」 教育も生まれることになる。 教科書のレベルを下げなければ生徒たちはついてこない。
《エーリッヒ・フロムの「自由からの逃走』も、ライヒ (一八九七一九五七)の『ファシズムの大衆心理』も『性の革命』もこの「批判理論」 を反映している。 最も影響を与えたのが『権威主義のパーソナリティ』で、これにより、経済決定論が文化決定論に置き換えられた。裕福で一家そろってクリスチャン、父親が権威主義的という家庭に育った子供は、独裁的な人種差別主義者に育つという決定論をぶつ。これを「ブルジョア社会に対する断固たる告発だ。ちょっと前まで単なる時代遅れとみなされていた事象を、ふいにファシスト的かつ歪んだ形態とこじつけた」と評された》とブキャナンは指摘する。
《ファシズムの営巣を家父長制家族に見出したアドルノは、今度はその生息環境――伝統文化――をこう分析した。「ファシズムへの感染は中産階級に典型的な現象で、その“文化に内在する”といえる。よってそのような文化にすっかり順応した中産階級こそ、最も偏見に満ちた層と考えられる」と。アドルノが《アウシュヴィッツのあとで詩を書くのは野蛮である》といったとき、それを支持した中産階級の文化の圧殺を意味していた。いわゆる「ナチ、ファシズム」は絶対的悪、それを生んだ中産階級はみな悪にしたて上げた。
アラン・ブルームの『アメリカ・マインドの終焉』という本では、アメリカの高校生はほとんど教養がなくなった、ということを述べているが、それは日本でも同じである。 古典は読まれず、軽い反抗的な現代小説が読まれる。自国の過去との連続性、父母、祖父母…と代々受け継がれてきた伝統的な思想の切断こそ、彼らの新しい抽象的な市民社会形成の基本なのである。古臭いことは悪いことだという宣伝は戦後徹底した。 中産階級に自由な時間を与えて、「ファシズム文化」を避けさせるためだ、という口実なのである。
《性に関してもマルクーゼは『エロス的文明』 で、 「快楽文明」を提唱し、文化的規範をすべて拒絶せよ(「偉大なる拒絶」という)、そうすれば「多種多様な邪悪」の存在する世界が見えてくる、創出される、という。ホルクハイマーがマルキ・ド・サドの崇拝者であったことはむべなるかなである。 「戦争よりセックスを」と述べたのも彼である。》
このフランクフルト学派の代表的な論者 《マルクーゼの『一元的人間』は、「右翼に対する不寛容、左翼に対する寛容」を要求し、 そこに「教育的専制」を行い、一方で「解放的寛容」を要求した。 これが一元的態度である。 逆ファシズムである。ベトナム戦争で、戦争擁護派を黙らせ、戦争反対で、そのくせベトナムの旗を振る過激派を支持した。 右翼の暴力は許さないが、左翼なら何でも大目に見る。これでなぜ左翼がテロを行い、右翼に対しては絶対許さない態度をとることが当然であるかがわかる》とブキャナンは述べてる。一見フェアのような学者の理屈も実をいえば党派的なものなのだ、と。
彼らは「プチ・ブル批判」をしなければならない。民主主義を生んだのはこの中産階級であり、日本社会が維持されているのもこの中産階級の存在である。日本では九五%の人々が自分を中産階級と信じていることは知られているが、労働者階級の革命が起こるはずがないので、彼らを何とかして革命の側に呼び込まなければならない。権力への反抗の側にひきずり込むためには、彼らの安定した考えを否定し、不安にさせなければならない。伝統的に親から継いできたことを断絶させなければならない。それを学校で、大学で早くから叩き込まねば、彼らは反抗しない。
ブキャナンは《フェミニスムもマルクスの『ドイツ・イデオロギー』の中で、家父長制家族は、 まず妻子を財産と考えると述べているところから始まる。物質的所有と同じと見る。 エンゲルスは『家族、私有財産及び国家の起源』で、女性差別の根源は家父長制にあると論じ、これが基礎となった。 エーリッヒ・フロムは、性差(ジェンダー)は固有なものではなく、西欧文化によって創出される、と主張し、フェミニスムの始祖となった。ライヒは「権威主義的家庭は権威主義的国家の縮小版……帝政家族は帝政国家で繁殖する」と述べる。 アドルノにとっては家父長制家庭はファシズムのゆりかごである》という。
彼は家族から父親を追放するために、母親が父親と役割を交換させることを提唱した。 女性が男の役割を演じることができる、ということもソ連で早くも実現していたが、ソ連の人口の停滞を招いたことはその影響である。 子供を生まない、という女性が多くなったのは、まさに男性と性の役割は相対的だとする考え方に立っており、フランクフルト学派の考え方が元になっている。
《西洋社会というコンテキストにおいて「長期的制度改革」とは、マルクーゼ流にいうと「すでに確立した制度内に身を置いての働きかけ」を意味していた。 主としてそうした手法対決というよりむしろ徐々に侵入、潜入する によって、マルクーゼらの急進派が目指すカウンター・カルチャーの夢が実現した》(ロジャー・キンポール)のであった。 この思想は、内部からの解体をすすめることである。日本の官僚にこの傾向があるのもこの思想からということができる。
こうした思想を大学時代に教えられると、その破壊的な傾向が、大学に残った学者にも報道機関や出版社に就職していったジャーナリストにも受け継がれていくのである。それは必ずしもフランクフルト学派の書物を読んだ、読まなかったにかかわりがない。 難解さで学者でさえ辟易するものを、若い学生が理解できるものではない。しかしその真意は容易につかみとれるから、それが日頃の言動にもあらわれる。恋愛をしても夫婦生活となると破壊的になり、家族生活を十分に営むこともできない。自分自身が組織で権力を得ても、その責任はわきまえず、政府やそれ以上の権力に常に批判的になる。秩序を形づくってきた伝統文化を否定する。 大学での歴史学、社会学は、そこからの離脱を教えられる。出版もできるだけ批判的な書を出すことが、進んでいると感じるようになる。そして子供をもったとしても、その子供にその反抗的気分が受け継がれていく。 現在の多くの子供が、日本に戦争があったら「逃げる」と答えるのも、この影響といってよいだろう。国家はもともと否定されているのだから、それを守ろうとする意志もない。
官僚でさえ何らその思想的な変更を強いられぬまま官庁に入るから、当然それに即した法律なり、規則がつくられていく。戦後の法律の多くがそれであり、日本が内部から社会主義化していったのもよく理解できる。 戦後、アメリカによってつくられた憲法や教育基本法から、近ごろの男女共同参画法案やジェンダー・フリー教育まで、ひそかにフランクフルト学派の影響がしのびこんでいる、と見ることができる。
イタリア共産党書記長グラムシの思想
ここで、そんな思想がマルクス主義なのか、と疑問を感じる向きもあるかもしれない。マルクス主義は経済分析の方法であり、共産党を中心とする政治活動をいうのであって、そのような文化認識はマルクス主義ではないのではないか、と。
しかしこのフランクフルト学派と全く同じ時期に、あい呼応してイタリアのアントニオ・グラムシ(一八九一一一九三七)がいることでも理解できる。最近のフランクフルト学派もしきりに彼を引用する。グラムシは一九二二年ムッソリーニのローマ進軍により、イタリアからロシアに亡命した共産主義者である。しかし彼はつぶさにロシア革命の情況を見開すると、そこにある絶望感を感じざるを得なかった。 つまり恐怖政治でしか体制を維持できないレーニン主義は失敗に終わる、と判断したのである。それでレーニンを継いだスターリンに疎んじられ、幻滅と恐怖を覚え、イタリアに戻った。彼はイタリア共産党書記長となり、ムッソリーニによって投獄され、獄中で膨大な『獄中ノート』を著し、それが後に出版されて新しいマルクス主義の教典のひとつとなった。 そこで西洋における社会主義革命の成功の青写真を詳細に記している。 肺結核を患ったグラムシが釈放された一九三七年、四十六歳で死んだこともそのカリスマ性を高めている。
ブキャナンはやはりグラムシの役割を重視し、次のように述べている。《グラムシは労働者階級が、幻想だと知ると、革命の新兵として、「歴史的に反主流派とされる層、経済的に虐げられた人々だけでなく、男性に対する女性、多数民族に対する少数民族、犯罪者まで」 すべてが含まれると考えた。犯罪者が悪いのではなく、犯罪をおこさせた社会が悪いのだ、と。 加害者が逆に保護される。 被害者は安穏と暮らしてきた保守的な階級だ、とばかり。 「新世代の若者はみな疎外感にもがき苦しんでいるからこそ」 犯罪に走るのだ。 「黒人や貧困者、世の中の敗者」脱落者こそ英雄なのだ》と。
グラムシは「市民社会」がすでに確立している西欧を分析し、《ロシアでは国家がすべてで、市民社会はそのなかに内包される……。 一方、西欧では国家と市民社会は適切な力関係を保っており、国家が揺れるときこそ市民社会の揺るぎなき構造があきらかになる。(西欧における)「国家」は単なる外堀に過ぎず、その背後に堅牢堅固な要塞のごときシステムが控えている》 (『獄中ノート』)と考える。
ふつう左翼は「闘争至上主義」にはしり、権力を奪取し、上から文化革命を押し付けようとする。しかしグラムシは《発達した資本主義社会では機動戦から長期間の陣地戦への移行を必然とする》と考える。 まずは市民社会の文化を下から変える必要がある。そうすれば熟した果実のごとく権力は自然と手中に落ちてくる、と主張するのである。
そのために、文化変革には種々の制度――芸術、映画、演劇、教育、新聞、雑誌、さらにラジオという新媒体――転換のための 「長い長い行程」を要する。 それらを一つひとつ慎重に攻め落とし革命に組み込んで行く必要がある。そうすればやがて人々は徐々に革命を理解し、歓迎さえするようになる、と。
イラク戦争で反戦を主張してメディアにしきりに登場した『オリエンタリズム』の著者サイードも、グラムシの《現実は悲観的であれ、理想は楽観的であれ》をよく引用する。 「カウンター・カルチャー」(対抗文化)を標榜した一九七〇年代のベスト・セラー『緑色革命』で、著者のチャールズ・ライクはグラムシをそっくりそのまま真似していた。 《革命がやって来た。 昔とは異なる革命が起点となるのは個人であり文化であり、政治制度に影響を及ぼすのは、最後のほんの一筆。 成功のために暴力を要せず、暴力による鎮圧も成功しない。 驚異の速さで広まり、すでに法律や組織、社会制度を変えつつある……新世代の革命が》と。
ブキャナンは次のように結論づけている。《グラムシの理論は正しかったと証明された。 七〇年にわたり世界を振動させた社会主義革命思想はついに崩壊した。 結局レーニン・スターリン主義は、 本来の目的――絶対的権力掌握――をごまかすためにマルクス思想を政治的に利用するという当初の考えから抜けだすことができなかった。レーニン方式は疎んじられ、誰にも嘆かれることなく死を迎えた。が、グラムシの革命は脈々と受け継がれ、今なお多くの賛同者を獲得し続けている》。
日本のグラムシ主義の第一人者片桐薫氏もまた次のようにいっている。 《日本の左翼は、戦前・戦後を通じてコミンテルンの強い影響下にあり、しかもその公式としての資本主義の「全般的危機」や「停滞性」、そしてその最終的な衰退を信じて疑うことは一度もなかった。その日本の左翼が、アメリカやフォーディズムに関心を寄せるようになるのは、やっとこの数年のことであり、そのなかでグラムシにも目が向けられるようになった。そして資本主義の危機的状況が続いているにもかかわらず、なぜ資本主義が存続しているかに注目するようになるのである》(「日本の左翼文化とグラムシ」)。
私が歴史家としてとくにグラムシの言論の危険性をいうのは、彼の「全面的歴史主義」、つまり、道徳、価値観、真実、規範、人間の在り方はみな歴史的に異なる時代の産物であるということ。 《歴史を飛び越え、人類普遍の真実とされるような絶対的規範は存在しない。 道徳観は一社会によって構築される》といっているからである。 この歴史において、普遍的な価値を否定する考え方は、まさにイタリア人のイタリア文化否定である。キリスト教文化だけでなく、ギリシャの古典文化も、イタリア・ルネッサンス文化も何も価値がないことになる。日本の祖先がつくりだした文化・芸術も意味がない、という考え方を導くのだ。
ブキャナンもこうした彼の二大原則を非難する。一つはこの世の絶対的価値、美醜の基準、善悪の基準は存在しない、ということ。二つめは、「神の存在しない世界」では人間の行動規範については最終審判者たる左翼がルールを決定するようになること、である。まさに現代の言論が、あたかも左翼知識人のルールで決められているようにさえ見える、といっている。
ソ連崩壊後、アメリカも「右派の勝利」を考えた。今や左翼から文化を奪い返すことだと考えなかった。 保守派が、社会主義勢力に政治、軍事で勝利したと思っているとき、すでに文化は縄張りを失っていたのである。 もっと保守派は文化闘争に関心を持つべきだ、とブキャナンはいうが、保守派はこの叫びを無視している。
フランクフルト学派もグラムシも、社会主義運動における最大使命は「文化の攻略」だと述べているにもかかわらず、保守派は政治と経済のことしか語らない。ブキャナンは保守派は金儲けと政治戦略だけを好んだ、と述べている。日本の自民党の大部分を見れば、これが明らかとなろう。経済と政治しか保守派の話題にはない。 保守派はいつのまにか文化的な教養も感受性も失っているのである。
なぜか。ひとつには、左翼知識人が文化理論を武器に、一般の文化・芸術愛好家を芸術から遠ざけたからである。 保守政治家たちの文化音痴、芸術への無知は覆いがたい欠陥を示しているが、そこに追い込んだのは、現代文化が左翼リベラルに握られ、その言語についていけない保守派は何も発言できないからである。 美術、演劇、文学、音楽、バレエから、映画、写真、教育、メディアまで彼らの手中に収められている、といってよい。NHKの多くの文化番組も、新聞の文化欄もほぼ彼らによって支配されている。ブキャナンはアメリカでは文化支配によって回答はおろか質問まで左翼が指示する、という。要するに、これまでアメリカ人が依拠してきた全機構を左翼が支配するということなのだ、とさえいっている。
フランクフルト学派は多文化主義を肯定し、価値観の上下を否定する。 すべて平等なのだ。こうした隠れフランクフルト学派によって、日本の論壇は左右を問わず、支配されていることになる。日本の若い学者がとびつく 「カル・スタ」 (カルチュアル・スタディーズ) とか、「ポス・コロ」 (ポスト・コロニアリズム) ジェンダーなども、マルクス主義を標榜しないマルクス主義方法論である。左翼リベラリストと呼ばれるものも、ほとんどこの範疇に入る。 歴史における価値観を粗末にあつかい、誠実な理解をおちょくるようになる。いちいち名を挙げないが、文化、教育、芸術に気のきいたことをいう文化人はだいたいこの思考方法の持ち主である。ただフランクフルト学派の根底にある熾烈な革命思想があいまいになっているのでどちらかわからないだけだ。 現在のところ 『正論』 などの雑誌以外の商業雑誌はほぼ隠れフランクフルト学派に支配されているように見える。
ただ日本ではそのような西欧の左翼的な考え方は、欧米信仰と重なっており、二重のつくり物であることが問題である。実をいえばこの思想は学者の中でさえムード的なものにすぎない。日本ではほとんどの知識人があくまで欧米に追従する発想をもっているから、そのおかげで自己責任を逃れ、議論が宙に浮いてしまうのである。 フランクフルト学派によって輸入された論理が日本の歴史、現実の実情に合わないことが大半なのに、それを認識する言語を発見できていないのである。西欧の大半は、実は保守的なのである。日本も同じだ。しかしそれを保守派が知的に表現していない。日本の神道や仏教をとっても、日本人はそれを自分の知力で把握していない。しかしその伝統は根強く人々の心にあるにもかかわらず。
これまでブキャナンの本をたびたび引用してきた。氏の本は政治家としての欧米の文化に対する危機感を感じて書かれたものであるが、彼が西欧復活はキリスト教復活だ、といっていることが唯一私と異なる点である。日本におけるキリスト教の信徒が人口の一%しかいないという問題は別として、そのような宗教が保守派の基本となるとすると、やはり左翼の思う壺になろう。
グラムシはこの点での批判を用意している。 《「哲学」の立場からみて、カトリック教で得心がいかないのは……悪の原因を個体としての人間自身のうちにもとめていること、すなわち、人間をすでに完全に規定され限定されてしまっている個体とみなしていることである。 すべての既存の哲学はカトリック教のこの立場を再現しているといってよい。 ……人間の概念を改革しなければならないのは、この点に関してである》(『人間とは何か』)。彼は自己の個体性は《諸関係の総体》というマルクス主義的な回答を準備している。 彼らは社会、自然という人間が生きる総体を、 人間を規定するものと考えており、そこから社会変革に向かおうとするのである。
しかしわれわれが主張すべきなのは「個人は諸関係の歴史の総合」である点である。すなわち個人は過去全体の要約である、という考え方に立たねばならないのだ。 リンカーンは、人民は「記憶の琴線」でつながっていると説いた。日本も同じである。
フランクフルト学派やマルクス主義者は伝統ある歴史を恐怖し否定的にとらえ、それを現代から断とうと試みる。彼らには未来にしか解決法がない。 その 「文化理論」 を見ると、いかにも文化は実用的なものを目指していないし自由だ、などという。しかし彼らが、現代芸術がもっている破壊的傾向を支持し、そこに芸術の自由の在り方を見出すとき、それは歴史を忘れようとしていることなのだ。ホルクハイマー、アドルノなどは「アヴァンギャルド芸術」が示す世界の「日常性への理解の幻想を粉砕する」政治性を支持しているが、しかし芸術は現代だけで表現されているのではない。いくら現代で破壊的な文化理論をつくろうとも、人々は過去の遺産や歴史を大事にし、それと共存しているのである。彼らは結局、政治的党派性を文化にもちこむ愚を冒している。
歴史は当然、史料だけでなく生きた形、文化や宗教の形で残されている。 そこには現代文化に欠けている崇高な概念が存在し、われわれはその精神文化を通して祖先たちと出会うことができる。現代でも過去の芸術がもっている高い地点に我々が立ち合うことができるのだ。それら多くが宗教、神道、仏教、キリスト教、イスラム教あるいはアミニズムなどによって生み出されたものが多い。またナショナリズム、パトリオティズムなど共同体性に依拠しているものもある。それによって人間の物語がつくられている。精神表現の高みにはかならず宗教精神、あるいは共同体の精神が宿っているのである。それは東西古今を問わない普遍的なものだ。文化相対主義の「歴史主義」は芸術には成り立たない。
彼らは基本的には人間社会は事物の社会としか考えられない唯物論者だから、説明できないものから眼をそらす。 彼らは科学を重視するが、その「啓蒙主義」は宗教の創造神話や奇跡というものを否定することができるかもしれないが、それらがもたらした精神文化やその結晶である芸術を否定することはできるものではない。それはイデオロギーを超えている。それがその基本である経済主義唯物論の限界であり、その終焉であることを示している。
『ほそかわ・かずひこのBLOG ユダヤ的価値観の超克~新文明創造のために』
文化革命型の「白い共産主義」の脅威1
2018-11-13 09:36:37 | 日本精神
11月11日、私は東京・渋谷で行った講演で、文化革命型の「白い共産主義」の脅威に関して述べた。その概要を3回に分けて掲載する。
●共産主義とは
今年は、明治維新から150年であり、平成の御世の最後の年でもある。来年5月、日本は新しい時代に入る。しかし、いま日本では、知らぬ間に伝統文化の破壊が進み、家庭・社会・国家の全般に深刻な問題が広がっている。その背後には、新たな共産主義の存在がある。
平成3年(1991年)にソ連が崩壊した。その後、共産主義は世界的に退潮になっている。しかし、共産主義は死んではいない。
共産主義の元祖は、マルクス、エンゲルスである。共産主義は、私有財産制を廃止し、生産手段を社会の共有にして、貧富の格差を解消することを目標とする。それによって階級支配がなく、自由な個人の結合による社会を目指すものである。そのために、共産主義者は、階級闘争を通して、革命を起こそうとする。
革命は、1917年にロシアで初めて成功した。以後、多くの国が共産化され、一時は世界人口の3分の1が共産主義の勢力下に置かれた。
ところが、ソ連は、革命の理想とは程遠く、共産党官僚が労働者・農民を支配する官僚支配の国家だった。自由と権利は抑圧され、生産性が低く、生活水準は上がらなかった。
ついにソ連は革命の70年後に共産主義体制を放棄するにいたった。相前後して東欧諸国も共産主義を捨て、共産主義は世界的に大きく後退した。
だが、東アジアでは現在も中国が共産党の支配下にある。そして、我が国では、今なお先進国で唯一、共産党を名乗る政党が存在し、堂々と政治活動を行っている。
共産主義には、二つの種類がある。一つは、ロシア革命のように、武力によって革命を起こし、政権を奪取するものである。もう一つは、伝統的な文化を破壊し、人々の意識を変えることで、社会を共産化していくものである。前者は武力革命型、後者は文化革命型である。前者を「赤い共産主義」、後者を「白い共産主義」とも呼ぶ。
ソ連の解体後、先進国では、武力による革命を目指す「赤い共産主義」は、大きく後退している。しかし、その一方、伝統文化の破壊による文化革命を目指す「白い共産主義」が、教育・マスコミ等に深く浸透し、知らずしらずに日本の家庭や社会が蝕まれている。
●恐るべき破壊の思想
マルクス、エンゲルスは、社会の諸悪の根源を私有制と階級支配に見ていた。彼らは、その見方で家族をとらえた。彼らは、近代の家族は、ブルジョワ的私有に基礎づけられており、私有制を廃止すれば、家族は消滅する。女性の解放は、私有制の廃止によって、初めて実現すると考えた。そして、結婚という制度を廃止し、家族を解体することを図った。
マルクス、エンゲルスは、家族を解体するための方法として、男性が婦人を共有することを打ち出した。彼らは『共産党宣言』で、次のように宣言した。「共産主義者は、公認の、公然たる婦人の共有を取り入れようとする」「共産主義者は自由、正義などの永遠の真理を廃棄する。道徳を廃棄する」と。
これは、従来の性道徳や家庭道徳を真っ向から否定するものである。目指すのは、性の自由化がされたフリーセックスの社会である。家族が解体されると、すべての人間は、夫婦・親子の関係すらない個人としてバラバラに分解される。そうした個人を改めて集合した社会が、マルクス、エンゲルスの考えた共産主義社会なのである。
レーニンは、ソ連でマルクス=エンゲルスの家族廃止論を実践し、発展させた。家族を解体するために、1927年に登録された結婚と未登録の結婚を同等とし、重婚さえも合法とした。また女性を家庭から出して労働者とし、育児の社会化を進めた。その結果、どうなったか。家庭が乱れ、少年犯罪や非行、離婚が激増し、社会に混乱が広がったのである。
そこで、スターリンは、政策を根本的に見直し、逆に家族を「社会の柱」とする方針に切り替えた。憲法に家族尊重と母性保護を規定し、未登録結婚の制度を廃止して、嫡出子と庶子との差別を復活させ、子供の保育・教育における親の責任を重くした。レーニンの政策は、大失敗に終わったのである。ところが、この失敗を認めず、今も家族解体を進めようとしているのが、文化革命型の「白い共産主義」である。
文化革命型の「白い共産主義」の脅威2
2018-11-14 09:32:51 | 日本精神
●「白い共産主義」の系譜
ロシア革命後、ドイツ・ハンガリー等で革命運動は、すべて鎮圧された。労働者の大半は立ち上がらなかったのである。ヨーロッパの共産主義者は、労働者が蜂起しなかったのは、キリスト教の考え方が染み付き、真の「階級利益」に気づいていないからだ、と考えた。そして、キリスト教とそれに基づく文化を破壊しない限り、共産主義は浸透しないと考えた。
キリスト教は、一夫一妻制である。ハンガリーのルカーチは、これを破壊するため、過激な性教育制度を実施した。ハンガリーの子供たちは学校で、自由恋愛思想、セックスの仕方を教わり、一夫一妻制は古臭く、宗教の理念は浅はかだと教えられた。女性も性道徳に反抗するよう呼びかけられた。
1960年代の後半、ルカーチの思想は、アメリカで若者たちに熱烈に受け容れられた。アメリカで小学校から性教育を行うようになったのは、ルカーチの影響である。
イタリアのグラムシは、西洋の共産化には、まずキリスト教を除くことが必要だと考えた。まず文化を変えよ、そうすれば熟した果実のごとく権力は自然と手中に落ちてくる、と主張した。芸術、映画、演劇、教育、新聞、雑誌、ラジオ等を、一つ一つ攻め落とし革命に組み込んでゆくことが肝要だ。そうすれば人々は徐々に革命を理解し、歓迎しさえするようになる、と説いた。こうしたグラムシの思想は、西欧諸国のユーロコミュニズムや、アメリカのカウンターカルチャー運動に影響を与えた。
ドイツのフランクフルト学派は、キリスト教、家族、道徳、愛国心等を徹底的に批判した。彼らはユダヤ人が多く、ナチスの迫害を逃れて米国に亡命し、戦略情報局(OSS)で大衆操作の研究に参加した。彼らの最左派だったのが、マルクーゼである。「来るべき文化革命でプロレタリアートの役を演じるのは誰か」――マルクーゼが候補に挙げたのは、若者の過激派、黒人運動家、フェミニスト、同性愛者、社会的孤立者、第三世界の革命家などだった。労働者階級に代わって西洋文化を破壊するのは彼らだというのである。
マルクーゼの思想にはまったアメリカの学生たちは、ベトナム戦争の反戦運動を行いながら、キリスト教の価値観や道徳に反抗し、セックスとドラッグに興じた。この「性革命」「ドラッグ革命」に続いて、黒人の公民権運動が高揚した。黒人が公民権を求めるのを見て、白人の女性たちも権利の拡大を要求し、ウーマン・リブの女性解放運動が起こった。
この動向は、アメリカから西欧・日本に伝播した。マルクーゼの影響を象徴的に表わすことがある。昭和43年(1968年)、フランスのパリで5月革命が起った。この時に活動した学生・知識労働者の運動は、三M革命といわれる。三Mとは、「マルクス・マオ(毛沢東)・マルクーゼ」である。マルクス、毛沢東と並ぶほど、マルクーゼが強い影響を与えていたのである。
こうした文化革命型の「白い共産主義」が、1960年代後半以降、ヨーロッパ・アメリカからわが国に入って日本人を深く蝕んでいる。
文化革命型の「白い共産主義」の脅威3
2018-11-15 09:03:32 | 日本精神
●日本を蝕む共産主義
戦前の日本では、共産主義は危険思想と見なされていた。日本の共産党は、ソ連共産党の日本支部として作られ、皇室の廃止、国家の転覆を目指していた。それゆえ、共産主義者の活動は厳しく監視され、取り締まられた。
共産党が自由に活動できるようになったのは、わが国が大東亜戦争に敗れた後である。日本の占領政策を準備したOSSの影響のもと、GHQは獄中から共産党員を解放し、公然と活動できるようにした。日本国民の団結を弱めるため、思想的な分裂を画策したのである。
GHQにはニューディーラーと呼ばれる左翼思想を抱いた者が多数いた。彼らは日本を弱体化するための占領政策を立案・実行した。その中にはOSSの出身者がいた。マッカーサーの指示で英文で憲法が起草され、その憲法がわが国に押し付けられた。現行憲法には、日本の国柄や伝統が書かれておらず、天皇の役割が縮小された。国民の権利の保障が厚い一方、義務は少なく、個人主義・利己主義に陥りやすい内容となっている。また、GHQは民法を変え、伝統的な家族制度を壊すために、イエ制度を廃止した。
こうしたなかで、共産主義者は日本の各所で共産思想の浸透を図った。学界やマスメディアに浸透し、さらに教育界に入り込んで、日教組が左翼教育を行うようになった。
戦後日本の左翼は、レーニン流の暴力革命戦術を取らずともよい。当面、現行憲法の下で、「民主」「平等」「人権」「平和」などの教育・普及をやっていけば、日本の共産化を実現できると考えた。そのために、学校やマスメディア等が利用されている。こうした動きにさらに加わったのが、文化革命型の「白い共産主義」である。
共産主義者は、西洋でキリスト教道徳を破壊するように、わが国では我が国の伝統的な道徳を破壊する。日本人は、皇室を敬い、家族を大切にし、先祖に感謝し、子孫の繁栄を願い、ともに助け合う生き方をしてきた。そういう生き方そのものを、共産主義者は排除する。言い換えれば、日本人から日本人らしい精神をなくそうとしている。
皇室を敬う心を損なう。個人中心の考え方を広める。親子、夫婦がバラバラになるようにする。先祖への感謝や尊敬の念を持たないようにする。資本家と労働者が対立・闘争するようにする。日本人が民族や国家という意識を持たないようにする。国旗を掲げたり、国歌を歌うことに反対する。―――こうした伝統的な道徳を破壊する動きを一層、強力なものにしているのが、ジェンダーフリー、過激な性教育、夫婦別姓の導入、戸籍制度の改悪等である。
ジェンダーとは、生まれつきの男女の性別ではなく、社会的・文化的に作られた性差を意味する言葉である。そうした性差をなくそうとするのが、ジェンダーフリーである。簡単に言えば、男は男らしく、女は女らしくという考え方をなくそうという運動である。
今学校では、過激な性教育が行われている。日教組は、小学生の子供に性の知識を教える教育に力を入れている。
夫婦別姓を導入しようとする動きが続いている。結婚しても、夫婦が別々の姓を名乗ることができるようにし、個人主義を徹底するものである。
戸籍制度が改悪され、戸籍に書く子供の続き柄の欄に「子」とのみ記されるようになった。この動きは、嫡出子と非嫡出子の差をなくし、さらに法律婚と事実婚の差をなくし、最後は結婚という制度の廃止を目指すものである。
最近大きな話題になっているものに、LGBTがある。Lはレズ、女性の同性愛者、Gはゲイ、男性の同性愛者、Bはバイセクシュアル、両性愛者、Tはトランスジェンダー、性同一性障害の一種である。合わせてLGBTといい、こうした性的指向を持つ人々の権利を拡大しようとする動きがある。
これは少数者の人権を擁護する動きと見られるが、それを利用するものとして、共産主義があることに注意しなければならない。
今や人類が人間の自然な姿として大切にしてきた家族のあり方、男女のあり方、人間のあり方を変えていく文化の革命が、静かに進行しているのである。私たちは今日、知らずしらずに共産主義の浸透にさらされている。そのことに気づかねばならない。
●外からの脅威が迫っている
日本はじわじわと共産主義によって中から侵されているが、それだけではない。外からは大きな脅威が迫っている。中国である。経済大国、軍事大国となった中国は、南シナ海、東シナ海で覇権主義的な行動を強めている。
中国は、尖閣諸島を奪取しようとし、さらに沖縄を狙っている。北海道では森林・水資源・農地等が買収され、大きな問題になっている。また、日本全国で中国人の移民が急増し、日本国籍を取る中国人が激増している。日本に住む中国人は、150万人を超えている。このままいくと、日本は中国によって、呑み込まれてしまう恐れがある。政府は入管法を改正して、来年4月から外国人労働者を多く入れようとしているが、その政策を取るならば、流入する外国人の多くは中国人になるだろう。
ここに中国で作られた2050年の東アジアの予想地図がある。朝鮮半島は朝鮮省となっており、日本は西半分が東海省、東半分は日本自治区と書かれている。
もしわが国が中国に支配されたら、言論の自由、表現の自由は制限され、宗教は弾圧を受けるだろう。チベットやウイグルは中国の自治区だが、中国共産党はチベットやウイグルで、伝統文化の破壊、宗教への弾圧、民族の弱小化を進めている。日本も同じような目に合うことになる。
●日本精神を取り戻そう
「白い共産主義」によって伝統的な文化が破壊されたところに、「赤い共産主義」が武力で襲いかかる。こうした危険から日本を守るには、日本人が日本精神を取り戻すことが必要である。そして、日本人が団結して、日本の再建を進めていかねばならない。
日本を再建するには、国のあり方を立て直さねばならない。そのためには、日本人自身の手で、外国から押し付けられた憲法を改正することが不可欠である。現在、憲法改正の議論では、自衛隊の明記、緊急事態条項の新設等が課題に上がっている。さらに今後、憲法に日本の伝統・文化・国柄を盛り込み、本来日本人が持っていた団結力を回復していかねばならない。それが、21世紀の世界で日本の平和と繁栄を可能にする道である。
大塚寛一先生の著書に『真の日本精神が世界を救う』がある。日本精神を取り戻し、さらに日本精神の真髄を学ぶために、ご一読をお勧めする。(了)
参考資料
・OSSについては、下記をご参照下さい。
田中英道著「東京裁判とOSS『日本計画』」
http://hidemichitanaka.net/?page_id=321
関連掲示
・共産主義全般については、下記のページの拙稿をご参照下さい。
http://khosokawa.sakura.ne.jp/opinion07.htm
・文化革命型の「白い共産主義」の展開と、ジェンダーフリー、フェミニズム等の関係について、詳しくは、下記をご参照下さい。
拙稿「急進的なフェミニズムはウーマン・リブ的共産主義」
http://khosokawa.sakura.ne.jp/opinion03d.htm
・大塚先生の説く真の日本精神については、マイサイトの「基調」をご参照下さい。
http://khosokawa.sakura.ne.jp/keynote.htm
『日本人にリベラリズムは必要ない。 田中英道』(リベラルは「隠れマルクス主義」、「経済破壊」から「文化破壊」へシフト、「フランクフルト学派」の正体、文化闘争の新兵器 「批判理論」、「ポリティカル・コレクトネス」に苦しむアメリカ社会、リベラルの得意技は“言葉狩り”)
「反リベラル」の論客パトリック・ブキャナン
パトリック・ブキャナンは1938年、ワシントンD.C.生まれのカトリック教徒です。 ニュース・キャスター、 政治コメンテーター、作家として知られ、ニクソンやロナルド・レーガン、フォード大統領の「メッセンジャー」、つまり「イデオローグ(論理的アドバイザー)」として活動していた時期もあります。
ブキャナンはまた、1992年と1996年に共和党、2000年には少数政党であるアメリカ改革党(American Reform Party) から大統領選に立候補した経歴も持っています。 このときのアメリカ改革党予備選には、トランプも立候補していました。 トランプが大統領選中にたびたび口にした「アメリカ・ファースト」は、ブキャナンが使っていたスローガンでもあります。
ブキャナンは、2002年刊行の著作『The DEATH of the WEST』(邦題『病むアメリカ、滅びゆく西洋』宮崎哲弥監訳/成甲書房)のなかで、前述した “隠れマルクス主義”の代表 「フランクフルト学派」を徹底的に批判しています。
フランクフルト学派は、リベラルをイデオロギーとするユダヤ系学者グループで、ドイツでナチスが台頭した時期、反ユダヤ主義政策に追われてアメリカに亡命してきました。ブキャナンはその様を著書で「上陸」と表現し、 「フランクフルト学派が上陸したおかげでアメリカは悪くなった」と述べています。
実は、フェミニズムやジェンダー・フリー、カルチュラル・スタディーズや多文化主義など今日に至るリベラル勢力の運動はすべて、このフランクフルト学派から出た理論によっているのです。ブキャナンの言う「アメリカの悪化」に道連れにされるように、このフランクフルト学派の理論によって日本も悪くなった――と私は考えています。
特に1960年代から70年代に学生だった世代、全共闘世代や団塊の世代と言われる人々のほとんどはフランクフルト学派の洗礼を受けていると言ってよいでしょう。
日本ではマルクスやレーニンなどの名に隠れて、この学派の名は傍流として考えられた節があります。
日本ではもともとの原典が読まれることは少ないので、フランクフルト学派の名が表に出ることはあまりなかったのかもしれません。 しかし、共産党や今はなき社会党といった政党には属さない、ムード的な左翼思想まで含めた左翼リベラルの大部分はこの学派の影響を大きく受けました。
フランクフルト学派は、「プロレタリアート闘争」を叫ぶことなく、大学の教員および学生をはじめとするインテリ層を理論普及のターゲットとしていました。左翼政党の衰退に反比例するように、フランクフルト学派は日本の学界で根を強く張っていったのです。
『病むアメリカ、滅びゆく西洋 パトリック・J・ブキャナン』(フランクフルト学派 (トロイの木馬革命)、アメリカ上陸)
PSYCHO COUNTRY◆パトリック・J・ブキャナン著 宮崎哲弥監訳 病むアメリカ、滅びゆく西洋
日本版まえがき
序として
これが世界の終わり方
これが世界の終わり方
これが世界の終わり方
劇的ではなく、情けなく終わる
―― T・S・エリオット『うつろな人間』
ふと思いついたように彼女は感傷的な笑みを浮かべ、
ヴィクトリア女王の戴冠式に仕えたという祖父の話をしはじめた。
「別世界の話だな」。彼は言った。
「別な文明よ」。彼女は訂正した。
「その文明のなかに私は生まれたの。
もう死んでしまったけれど――
消えたんじゃないわ、死んだのよ。生き物ですもの。
家族が基本の文明だったわ。
今は影も形もないけどね――
心安さも温かみもないばらばらの混沌社会。
もちろん、昔はすべてがよかったとは言わないわ。
無知と困窮の時代だった。
だけど、こんな無秩序ばらばらな世界にはすべきじゃなかった。
家族という土台をもっともっと大事にすべきだったのよ」
――ストーム・ジェイムソン『スティーヴン・ハインドの青春』1966年
民族文化の破壊は家庭から。最高裁の非嫡出子を同等に扱えという判決は、フランクフルト学派の影響(ベトナム戦争を機に、フランクフルト学派の批判理論による秩序破壊が広がった。男女平等とか、ジェンダー・フリーに取り組んでいる連中はおおむねフランクフルト学派的な思考をする人たち)
『日本人が知らない洗脳支配の正体 髙山正之、馬渕睦夫』より
ジャーナリストに「言論の自由」がないのは常識
馬渕 私は、メディアの担い手であるジャーナリストの多くは心ある人たちだと思っています。しかし実は、いわゆるポリティカル・コレクトネス(言葉狩り)に縛られて「言論の自由」が与えられていないという現実も厳然としてあるのです。
これまでアメリカにおいても、心あるジャーナリストはポリティカル・コレクトネスでがんじがらめになってきたように思います。それだけに、旧態依然のメディアに対して批判的なトランプ新大統領の姿勢には、大いに学ぶべきところがあります。
髙山 一般的に「言葉狩り」という意味で使われているポリティカル・コレクトネスという言葉の発生についてはどうですか?
馬渕 元来、偏った用語を使わずに中立的な表現を使用しようという運動を指すようですが、こうした考え方は、自由とか民主主義、国際主義、人権、人道、人種・男女平等といった思想からきているんです。
髙山 あと弱者救済とかですね。
馬渕 これは、結局、ドイツのフランクフルト学派に行く着く話です。そうなると、またユダヤ思想に戻ってしまうんですが、実際そういうことなんです。
フランクフルト学派はご存知のように一種のマルクス主義です。フランクフルト大学の社会学の教授連中がナチスに追われて、亡命先のアメリカで彼らの批判理論、つまり既存の秩序を批判しろ、家族も破壊しろという理屈を流布したわけです。
よく知られているのがヘルベルト・マルクーゼで、彼らの影響を受けて、日本では社会学の上野千鶴子氏あたりがジェンダー・フリーなどを主張しているわけですよ。でも、彼女はマルクス主義の実践者だという自覚があるのでしょうか。
https://ja.wikipedia.org/wiki/上野千鶴子
(上野 千鶴子(うえの ちづこ、1948年(昭和23年)7月12日 - )は、日本のフェミニスト、社会学者。専攻は、家族社会学、ジェンダー論、女性学。東京大学名誉教授。
NPO法人ウィメンズアクションネットワーク(WAN)理事長、日本社会学会理事、元関東社会学会会長(2005年(平成17年度) -2006年(平成18年度))、日本学術会議会員、シューレ大学アドバイザー、「ヘイトスピーチとレイシズムを乗り越える国際ネットワーク」共同代表を務める。
慰安婦問題の解決をめざす会に所属。)
髙山 彼女は団塊の世代ですか?
馬渕 1948年生まれですから団塊の世代と言えますね。でも、団塊の世代ということと関係なく、男女平等とか、ジェンダー・フリーに取り組んでいる連中はおおむねフランクフルト学派的な思考をする人たちですね。
このことを認識している者もいるけれども、ほとんどが知らないで、男女平等はいいことだ、性差があってはいけないとか言っています。
『戦後、なぜ日本で左翼運動が活発になったのか(東北大学名誉教授 田中英道氏)』(「日本国憲法」は「共産主義革命」の第一段階だった、日本を共産化に導いたOSS「日本計画」、日本内部の分裂と混乱を狙った行動指針、共産化したアメリカによる情報戦、「二段階革命」がなぜ戦後日本で起こったのか、「人民に訴う」に酷似した日本国憲法、今の憲法があるから平和なのではない)
なんとルーズベルト大統領は社会主義者であり、スターリンの友人でもあった。そしてそのルーズベルトが創設したOSS(戦略情報局)の構成要員のほとんどが米国共産党、フランクフルト学派(名乗らない共産主義者)であった。そのOSSで1942年前半に日本に対する二段階(共産主義)革命を計画していたこともOSS文書で分かった。かつまたOSS、フランクフルト学派の多くがユダヤ人であった。日本国憲法の草案にもっとも大きくかかわったGHQ民政局次長ケーディスもバリバリの共産主義者でありユダヤ人でもあった。1945年から2年間はGHQ内部の共産主義者たちがあらゆる日本の精神的、制度的解体を策略した期間でもあった。後にレッドパージされるまで日本国憲法をはじめ、ほとんどの諸改革が断行されてしまった。すべては二段階革命の布石(特に憲法九条)であったのだ。結果的に革命は行われなかったが、そのつけは大きく、戦後左翼の台頭、あらゆる階層にフランクフルト学派が跋扈し、日本を蝕んできた。
ルーズベルトは、1945年4月に急死した。急遽、大統領に昇格したトルーマンはOSSの存在をまったく知らされておらず、驚愕した彼はこれを廃止した。やがて蜜月時代は終り、米ソ冷戦の時代となった。それとともに赤狩りが始まった。
フランクフルト学派は、名乗らないが共産主義である。文化的共産主義だと言ってもいいだろう。体制を批判するためにあらゆる社会矛盾を糾弾し、攻撃してくる。個人の人権を主張し、封建的だとして家族制度や、ひいては国家の弱体、解体まで展開してくる。しかし、そこからは生まれてくるものは自己中心であり、なんら建設的なものはない。ジェンダーフリーを展開し、家族制度を否定する。愛国心を削ぎ落とし、国家の弱体を図ってきた。伝統や秩序の破壊はあっても人間の不幸を助長するだけである。左翼思想の本質とはそういうものであろう。虚偽意識である。
それにしても、体制としての共産主義は崩壊してきたが、ユダヤ人たちが考え作り出したフランクフルト学派理論の脅威は戦後70年経っても続いている。ディアスポラのユダヤ人たちは世界でもっとも嫌われた民族として生きてきた。その人々が味わった苦難の中から、国を持たないが故に金融や経済で、思想の世界で隠然たる力を持ち続けてきた。田中英道氏は歴史から見た視点から、こういう世界との思想的闘いを展開してこられた。
『戦後日本を狂わせたOSS「日本計画」二段階革命理論と憲法 田中英道』(第五章 GHQの占領政策をお膳立てした左翼工作集団「OSS」(米国のOSSという謀略組織、OSS設立の経緯))
天皇の戦争責任は問わず、天皇は「象徴」という位置づけで温存する、というGHQの方針はこれまでマッカーサーの判断だと思われてきました。このことで戦後の日本人はマッカーサーに感謝してきました。しかし、これはOSSの情報工作の一つだったことが最近、明らかになりました。
OSSは中国共産党を支援していました。中国と同様、日本も共産化しようという意図はあったはずです。しかし1942年の段階で皇室を温存する方針はほぼ固まっていたようです。日本人の大多数が天皇を敬慕していたからです。そこで天皇と国民は平和を願っていたのに軍部に騙された被害者だ、悪いのは軍部だ、という宣伝をすることによって国民と軍部を切り離し、日本人を互いに争わせ、社会を混乱させるという戦略に切り替えたのです。
違う階級の間には利害の対立があり、それを煽れば混乱が起こり、やがては革命が起こる、というのが共産主義の「階級史観」です。しかし、実際には戦後の日本人は協力し合って復興を遂げました。日本に革命が起きなかったのは日本の歴史と伝統の厚みであり、皇室のご存在によるものと言えるでしょう。