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2025年5月20日火曜日

『スーパーアドベンチャーゲームがよくわかる本』 vol.1 FT新聞 No.4500

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『スーパーアドベンチャーゲームがよくわかる本』 vol.1

 (田林洋一)
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 FT新聞の読者のあなた、初めまして、田林洋一と申します。
 このたび、ご縁がありまして、1980年代半ばから1992年の間に東京創元社から刊行された「スーパーアドベンチャーゲーム(SAGB)」の一連のゲームブックの解説記事を書かせていただくことになりました。
 SAGBは質、量ともに日本を代表するゲームブックのレーベルだと思いますが、1992年に『ギャランス・ハート』が刊行されてからは尻切れトンボのような形で自然消滅してしまいました。SAGBは30年以上前の著作群ですが、今読み返してみても新鮮な試みと楽しさに満ちています。まさに、日本人作家が書いたゲームブックの最高峰のシリーズの1つと言ってもいいと思います。更に、国内で数少ないゲームブック・コンテストも精力的に行うなど、新人作家の発掘にも熱心でした。これらの名作が令和の今に至るまで埋もれているのは非常に惜しい、ゲームブック全般に復刊の動きがある現在だからこそSAGBに心を響かせる読者もいるはずだ、と信念を抱き、「自分でゲームブックが書けないのならば、せめてその解説と紹介をしたい」と強く感じるようになりました。拙い文章ですが、オールドファンには懐かしさとともに「あれは楽しかったよな」という思い出の喚起、ニューカマーには「昭和の時代にこんな素晴らしいゲームブックがあったとは」という新たな境地の開拓の一助になれば幸いです。
 「ファイティング・ファンタジー・シリーズ(FFシリーズ)」は既に社会思想社から出版された『ファイティング・ファンタジー・ゲームブックの楽しみ方』で安田均先生が優れた解説をされているので、この記事ではSAGBを中心的に考察しています。なお、「ソーサリー」シリーズと『スティーブ・ジャクソンのファイティング・ファンタジー』については、安田先生が同書で既に扱っておりますので、本連載からは割愛いたします。全13回を予定しており、第1回は斬新的な試みである「双方向移動」を日本のゲームブックに初めて取り入れた『ゼビウス』と『ドラゴンバスター』を中心に解説します。
 最後に私事ではありますが、ゲームブック関連でAmazonにて『セイバーズ・クロニクル 精霊と女剣士』というファンタジー小説と、そのスピンオフのゲームブック『クレージュ・サーガ 魔法と長銃の使い手』の2冊を上梓しています。ご興味がおありの方は、是非ともAmazonで検索してみてください。


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1.ナムコのコンピューターゲームの原作 -日本人作家の創世

 主な言及作品:『ゼビウス』(1985)『ドラゴンバスター』(1987)
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 古川尚美著『ゼビウス』は、日本人作家による初の本格的なゲームブックであると同時に、「双方向移動」というゲーム的特徴を前面に押し出した初の作品でもある。これまでの(特に海外産)ゲームブックは、スティーブ・ジャクソンとイアン・リビングストンの共著になる『火吹山の魔法使い』を嚆矢とするファイティング・ファンタジー・シリーズが強烈なインパクトを持ってゲームブック界に颯爽と登場した影響からか、ほぼすべてが単方向型(一方通行型)であった。
 単方向型のゲームブックは、その名の通り方向先が一方通行的に決定されていることで、ある場所に行ってある道筋の選択肢を選ぶと、再び同じ場所に戻ってこられないという欠点を持っていた。つまり、「右へ行くか、左へ行くか」という選択肢を前にして、もし右に行くことを選択した場合、左に行く道筋とイベントは事実上排除されてしまう。「左に行った場合はどうなるのだろう」という疑問に答え切れない構成になっているのである。実際の冒険やTRPGであれば、「引き返してもう一方の道を探ってみる」という行動が原理的に取れるはずであるのに、欧米産であるファイティング・ファンタジー・ゲームブックのほとんどでは、一度決めた道をベルトコンベアーのように進んでいくしかないのである。安田均が『ファイティング・ファンタジー ゲームブックの楽しみ方』でも述べているが(p. 103, p. 142)、これは基本的にファイティング・ファンタジー・シリーズのゲームブックがストーリーを重視している(逆に言えば、ゲーム性や自由度を犠牲にしている)ためである。一度決めた道のりを「逆走」できるようにすると、条件分けが複雑になり、辻褄の合わないところ���拭構个討�襪�蕕任△襦��� 特にリビングストンの作品で顕著なのだが、単方向型のゲームブックにおいて、この何のヒントも考察の余地もない「右へ行くか、左へ行くか」の選択肢が後々重要なアイテムを取るための決定的な進路になっていたりした。そもそも、こうした偶発的なイベントで、運頼みにのみ裏打ちされた「正しい道のり」を選択しないとクリアできないという理不尽さが備わっていたこともあった。せめて分かれ道の前の冒険や探索において、ある程度のヒントなり手がかりなりが提示してあればこの手の不満はなくなったであろうが、リビングストンも(そしてジャクソンも)「ヒントなしの選択によってクリアの是非が変わる」ことにあまり注意を払っていない。となると、プレイヤーは、ある選択肢を取った際に起こった結果を記憶しておいて、再度同じ作品をプレイするときに今度は別の道を辿るという「繰り返し」が要求されることになる。

 この「ヒントなしの選択肢」という点は、安田均が的確に指摘しているように(前掲書、p. 79)、例えばジャクソンの『バルサスの要塞』やリビングストンの『盗賊都市』でも如実に現れている。例えばジャクソンの『バルサスの要塞』では、要塞に侵入する際に「薬草医者」を選択すると、「治療に来た衛兵の名前を教えろ」という理不尽な選択をヒントなしに迫られることになる。同様にリビングストンの『盗賊都市』でも、ほとんどの道筋にヒントがなく、行き当たりばったりに行く先を選択しなければならない。この傾向が顕著なのは、最後のザンバー・ボーンを倒すという決定的かつ重要な場面で、ノーヒントの三択を突きつけられることにも表れている。はずれの選択肢二つを選ぶと、問答無用でゲームオーバーになるため、トライ&エラーで挑むしかない。まさに運の要素が満載である。
 なお、安田均はリビングストンの『死のワナの地下迷宮』について、同書を絶賛した上で「選択の際に手がかりが与えられている」(前掲書、p. 77-79)との評を下しているが、間違った選択が即デッドエンドに繋がる『死のワナの地下迷宮』でも、かなりの部分で「繰り返しプレイして選択の是非を覚える」作業が要求されているように思われる。例えば、主人公がダイヤモンドと倒れた戦士が転がっている部屋に到達する場面。ここで「ダイヤモンドを取りに部屋に入る」という選択をすると、即座に死の罠にはまってゲームオーバーになるのだ。事前に「この部屋にはこのような危険がある」という情報は皆無と言っていい。あるとしても、ただぼんやりとした直感に頼らざるを得ない。しかし当然、実際の冒険では、事件の前にご親切にも「ヒント」が置かれていることはまずない。だからこそ、雰囲気が抜群のゲームブックと言えるのだろう。
 一方で、『ゼビウス』に始まる一連のSAGBは、ノーヒントによる理不尽な「死」がほとんど影を潜めている。もちろんサイコロを振ることによる運の要素や手がかりがほとんどない状態での選択を強いられることは多々あるが、それによってただちに死に直結することは少ない。双方向移動ということは行動に自由があるのとほぼ同義で、その分だけ行く先に関する情報を数多く手に入れることができることを意味するから、こうした特徴が付随するのはある意味では必然だろう。
 さて、この双方向移動型のゲームブックは、日本人作家による作品の特徴かつお家芸ともなっていく。ファイティング・ファンタジー・シリーズ第八巻の『サソリ沼の迷路』が欧米産初の双方向移動の作品であるが、『サソリ沼の迷路』の社会思想社からの翻訳の初版が1986年2月21日で、『ゼビウス』の初版が1985年12月27日だから、微妙な差ではあるが日本における双方向移動の本格的なゲームブックは『ゼビウス』と言っていいだろう。因みに『サソリ沼の迷路』の原書"Scorpion Swamp"は1984年にペンギン・ブックスから出版されているが、『ゼビウス』の著者の古川尚美が『サソリ沼の迷路』の原書を当たっていたかどうかは定かではない。
 とにかく、『ゼビウス』はこれまでになかった双方向移動と情報の収集、そして知恵を絞る必要がない直感的かつ気ままな選択を排除したという点でよりゲーム的であり、また、読者にも納得できるような形で物語の展開や結末を提示することに成功したパイオニアなのである。
 双方向移動型のゲームブックで重要なのは、マッピングの手法である。現在でこそゲームブックをプレイする際に非常にポピュラーになったマッピングだが、元祖の『火吹山の魔法使い』や「ソーサリー」四部作といった作品が(基本的に)マッピングの手間を取ることなくプレイすることができるのに比べ、『ゼビウス』では作品全体においてマッピングの労が要求される。『火吹山の魔法使い』の後半でかなり複雑な双方向の迷路が登場するが、正直なところ、読者をただ惑わせるばかりで、安田均の言による「意味のある迷路」(前掲書、p. 38)にはなっていない。単に迷路を行ったりきたりさせられるだけの、難易度を上げるためだけの措置であり、ストーリー面に寄与しないどころか、初心者を遠ざけるだけのマイナスの結果になっていると言わざるを得ない。
 その点、『ゼビウス』では、ゼビウス星での全ての探索にマッピングが要求される一方、幻惑的な地形やイベントが効果的な形で挟まれており、「うろうろと迷わされる」だけの迷宮になっていない(そもそも、舞台がゼビウス星という広大なもので、迷宮のような閉鎖空間ではない)。それぞれのイベントやアイテムが相互に関連していることもあり、いかにも「探索」という雰囲気を醸し出している。更に言えば、パラグラフ番号と方眼紙を用意してにらめっこをしなくとも、勘の良いプレイヤーならば冒頭の地図と記憶力を頼りにクリアすることも可能なのだ。後述する「ドルアーガの塔」三部作や『スーパー・ブラックオニキス』のような鈴木直人の作品ではマッピングがほぼ不可欠であるのに対し、『ゼビウス』は敢えて言えば「緩い」(記憶力だけでも十分に対処できる)地理的構成で作られていると言えるだろう。
 ここで『ゼビウス』のルール的及びストーリー的な特徴を概観しよう。まずルール面での特徴だが、「ソーサリー」四部作や『火吹山の魔法使い』タイプと同じように、(1)敵の戦力ポイントにサイコロ二つの目を加算する、(2)自分の戦力ポイントと使用する武器のポイントにサイコロ二つの目を加算する、(3)両者を比較し、点数が多い方を勝利とする、というシンプルな戦闘システムが導入されている。違いとしては、敵が持っている高い体力ポイントをゴリゴリと削るために、何度も(1)〜(3)の手順を踏まなくてよくなり、一瞬で勝敗が決まるシステムになっていることだ(最後のボス敵ガンプとの戦いは例外的に、敵の体力が戦闘に直接反映されている)。
 この方法は(安田均の言を借りれば)瞬間の興奮度こそ高いが(前掲書、p. 26-27)、敵の耐久力が戦闘に反映されないという欠点も併せ持っている。同じ著者による『ドラゴンバスター』や、後述する鈴木直人の傑作SAGB『スーパー・ブラックオニキス』などがこのシステムを(部分的に)採用しているが、考えてみれば敵の体力ポイントが高くてなかなか倒しにくいという側面も「戦力」として考慮に入れると、言わば体力ポイントの能力も戦力ポイントに内在化したとも言える。その点を踏まえれば、この「一回きりのサイコロ勝負」も味わいがあり、なおかつ無駄にサイコロを振る手間が省けた素晴らしい戦闘システムと言えるだろう。極端な話、例えば敵の体力が一六点あったとしたら、どんなにこちらの技術点(や戦力ポイント)が高かろうと最低八回は上記(1)〜(3)の手続きを踏まねばならず、途中でだれてしまう可能性が高い(ファイティング・ファンタジー・シリーズのほとんどは、一撃で奪える体力ポイントが二点のため)。誰でも一度はしたことがあるであろう、ろくにサイコロも振らずに「勝利した」の選択肢を選ぶという(ルール的に言えばあるまじき)行��戮癲△海離轡好謄爐硫爾任老禪困垢襪世蹐Α9垢妨世┐弌△海僚峇屬寮鐺�縦蠅砲�い堂召防蕕韻燭箸靴討眥召舛忙爐膨招襪垢襪海箸肋�覆�⊆��梁領魯櫂ぅ鵐箸魏薪世�錣蕕譴襪世韻悩僂爐里世�蕁△修諒�餔彭戮眥祺爾垢襦K寨茵∪鐺�呂匹舛蕕��Δ襪�Δ蕕譴襪�世韻寮こΔ任呂覆い�蕁�点郛鞍��儷謀�房茲蠧�譴拭崕峇崚�鐺�轡好謄燹廚箸任盡討屬戮�海離襦璽襪蓮⊆造枠鷯錣僕�謀�辰討い襪海箸砲覆襦��� 更に、キャラクターごとに異なる「運」の概念も、ジャクソンやリビングストンはキャラクターの強さとして「運点」を導入しているが、『ゼビウス』をはじめとする他のSAGBでは、キャラクターの特性として「運点」を取り入れているものは少ない(『パンタクル』のような優れた例外はある)。その代わり、『ゼビウス』では主人公は最初に一つ超能力を駆使できるようになっており、ストーリーを進めていくと他の超能力も自然にいくつかは習得できるようになっている。これらの超能力は相対的に役に立つものと立たないものがあるが、少なくともどこかの場面では必ず持っていればプレイヤーに有利になるようになっている。この程度のルール添付ならば、プレイヤーの負担になることもまずないだろう。
 こうして、『ゼビウス』は『火吹山の魔法使い』や「ソーサリー」四部作に見られた欠点を補いつつ、戦闘の手順を極力簡素化し、運点などを削った代わりに武器ポイントや超能力を織り交ぜることで、理想的なシステムを構築した。これ以後、SAGBはファイティング・ファンタジー・シリーズの要素も取り入れながらルール面やストーリー面、そしてゲーム面でも独自の発展を見せるようになる。もはや、ジャクソンやリビングストンの後塵を拝するだけではなくなったのである。

 次に、SAGBに特有のストーリー展開についても検討してみよう。『ゼビウス』だけに限ったことではないが、多くのSAGBでは主人公が無色透明ではなく強烈に色づけられていることが特徴的である。欧米産のファイティング・ファンタジーのほとんどが「無色透明の君」を主人公としているのに対して、『ゼビウス』では、まず土台となるナムコから発売されたファミコン用シューティングゲーム『ゼビウス』の世界観を受け継いでいる。そしてオリジナルのキャラクターであるポール・ジョーンズ(P・J)を主人公に据え、暗号解読の鍵としても機能する独自の世界を反映する「ゼビ数字」等が登場する事で、よりストーリーを引き締める効果を持っている。
 「主人公に個性がある」点をどう評価するかは完全にプレイヤーの好みの問題で、どちらが良いかという優劣をつけることはできないだろう。敢えて言えば、ジャクソンやリビングストンの海外産のゲームブックでは、まさに現実世界に生きる私たち自らが主人公として振る舞えるのに対し、国内産のキャラクターが前面に押し出されたゲームブックでは、「そのキャラクターになりきる」ことができる(こうなると、キャラクターの属性値としての『運』が組み込まれた「無色透明の君」と、逆に属性値となっていない『運』を読者自身が担わなければならないという矛盾が生じることになるが、それについては後述する)。『ゼビウス』ではその後に共同行動を取ることになる重要なサブキャラクターであるカーチャとの絡みを見ることができるが、ゲーム的な扱いは主人公P・Jとは完全に別個である。むしろ、カーチャの登場と共闘は、ストーリーにより味つけをする意味で付与されたものだ。
 ストーリー性の濃さという点では、元祖のファミコンソフト『ゼビウス』がそうであるように、コンピューター(アーケード)ゲーム版作者の遠藤雅伸が単なるシューティングゲームに独自の世界観「ファードラウト」を与えることによって、夢幻的な世界を構築することに成功した。ゲームブック版『ゼビウス』では、遠藤雅伸の世界観を更に発展させて独自の「後日談」を設定し、「地球防衛機構MARS」の工作員P・Jを生み出すことで、更に深みを持たせるような工夫が施されている。更に『ゼビウス』の冒頭に「ファードラウト」に関する説明文章を配置し、アナザーストーリーを組み込むことでストーリー面での深みを増そうという意欲的な試みが行われている。
 だが、実際にゲームブック版『ゼビウス』をプレイしてみると、「地球のスパイ」という役割こそ負ってはいるものの、ファミコン版と同じく「主人公P・J」が背面に隠れているのは明らかであろう。これは言うなれば「主人公は君だ!」というキャッチフレーズを持つゲームブックと、キャラクター物のファミコンソフトを舞台にしたストーリー展開との相克する特性の結果とも言えよう。

 『ゼビウス』と同じシステムを導入した、やはり古川尚美著『ドラゴンバスター』(1987)も同時に見てみよう。『ドラゴンバスター』の初版は1987年12月7日に出ており、この頃にはもうゲームブックの中で双方向移動を取り入れた作品が数多く出版されていた。本拠地ローレンス王国をはじめ、迷宮内も全てが双方向移動で探索が可能で、自由度は極めて高い。戦闘システムも『ゼビウス』をそのまま受け継いだ形になっているが、『ゼビウス』では武器ポイントしか戦力ポイントに加えられなかったのに比べて、『ドラゴンバスター』では、剣の他に盾と防具にまでポイントが与えられ、戦闘の際には戦力ポイントに組み込むことができるシステムになっている。
 武器だけでなく防具も含めてそのまま戦力ポイントに包含し、しかも戦闘自体は一発勝負というシステムには賛否両論があるかもしれない。鈴木直人の「ドルアーガの塔」三部作では、武器ポイントと防具ポイントは完全に分けられており、『ドラゴンバスター』とは好対照を成しているが、剣技におけるパリイ(受け流し)のように武器も防御として使えることがあり、同様に盾による攻撃(シールドラッシュと呼ばれる体当たり作戦や、スパイクシールドなどを装備していればその突起による攻撃)も現実的には可能であることを考えれば、それだけで不満を持つのはおかしいだろう。古川尚美の『ゼビウス』でも『ドラゴンバスター』でも、戦闘の際のルールは極めて単純かつ短縮されており、実際の戦闘に不可欠な要素をできるだけ内包し、かつ簡素化するという方針が見て取れる。このルールを採用すれば、強力な武器や防具を手に入れた瞬間に、確実に戦力の底上げに繋がり、見通しは良い。
 戦闘に際しては、下敷きになっているファミコンソフト『ドラゴンバスター』と同じく魔法が使え、魔法を使うと消費する魔力ポイントが体力ポイントとは別に用意されている。この魔法は、『ゼビウス』でいう超能力に相当し、冒険の最中で全て覚えられるような仕組みになっている他、呪文を唱える際にはパラグラフ・ジャンプをする必要があるなど、よりゲーム的になっている。魔法自体は(原作を反映してか)どちらかというと攻撃に特化しているが、ここ一番で見せる効果の高さは、いかにも魔法を唱えているという気分を醸し出している。
 一方、ストーリーの方も原作を忠実に踏襲しており、「あなた」が王国親衛隊長第一子クロービスとなって愛しのセリア姫を救出するというお馴染みのものになっている。『ゼビウス』が原作のファミコンソフトの外伝的な位置づけだったのに対し、『ドラゴンバスター』は扱いやすい題材だったせいか、特に変わったストーリーの添加はない。ついでに言うと、『ドラゴンバスター』には『ゼビウス』で扱われた賭け事のトランプゲーム(ヘキサカード)やキャラクターが登場するなど、作者の遊び心も存分に生かされている。
 いずれにせよ、『ゼビウス』程のインパクトではないが『ドラゴンバスター』も良く練られた佳作に仕上がっており、後に(2004年4月)中河竜都がシステムをそのままに新たにストーリーを大幅に書き換えた『竜の血を継ぐ者』(創土社)という作品を発表している(もっとも、非公式ではあるが「中河竜都」は古川尚美の別名義とされているので、「改稿」と言っていいかもしれない)。この作品では敵のデータがコンピューターゲームの画面のように表示される仕様になっており、魔法の名前が変更されていたり、いくつかのイベントが改変されていたりと、元ネタの『ドラゴンバスター』をプレイした読者でも楽しめるようになっている。
 『ゼビウス』は日本人著者による初めての本格的なゲームブックであると同時に、主人公キャラクターの創設、双方向移動、濃密な背景とストーリー展開など、後の日本人作家によるゲームブックの特徴もふんだんに取り込むこととなった。意識してかどうかは分からないが、これ以後の日本人作家のゲームブックやSAGBは、『ゼビウス』のこれらの特徴を多かれ少なかれ受け継いで執筆されていくことになる。

◆書誌情報
『ゼビウス』
古川尚美(著)
東京創元社(1985/12/27)絶版
『ドラゴンバスター』
古川尚美(著)
東京創元社(1987/12/7)絶版

■参考文献
『ファイティング・ファンタジー ゲームブックの楽しみ方』
安田均(著)
社会思想社(1990/8/1)絶版


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