人に内在する良心神(神言会)

神は言葉なりき。言葉は言霊で構成され、その言霊による神の仕組みを解説する神言会(kamikotokai.com)のプログです。
神言会では人に内在する良心神(この世の閻魔)とは何かを説明しています。

世に奇特(基督)な方あれども、「救世主」と「球制主」は別、鳥羽伏見の戦いで大政奉還

先だって就寝しようとすると、一体の黒龍神が私の元に来て質問を投げかけて来ました。
 
その黒龍神いわく。
【貴方が説いていることは魂論で魂は球体。その「球(九)」の制度の話をされている。魂の核たる主が天帝の分魂で「良心たる神」と言われる説は解った。それならば「救世主」ではなくて「球制主」だ。
しかし、これまで世に言われたのは自分達が何をしようが好き勝手をしようが、自分達がしてきた全ての罪の贖いは「救世主」たる奇特な人が世の終わりに出て来て、自分達の罪を全て被ってくれる。そして皆助けられる。それが今日まで説いて来られたものとは違うのか?。何時、万物の創造神の方針が変わったのだ!。それとも人類が「球制主」と「救世主」の意味を間違えたのか?。】そうした問いかけです。


私もその黒龍神のその質問と同様に、私が「九つ花」を紐解いた時、これは「球制主」論であってキリスト教徒などが待ち望んでいる人類の罪の償いする主たる「救世主」論でないことは、九つ花を紐解いた時点で疑問が生じた内容です。

大本教の出口王仁三郎聖師さんは最初の頃、「自分は救世主だ!」と名乗っておられました。だが、途中から「聖師」の呼称に変わりました。どこでそうした変化が起きたのかは解りませんが、大本教で出口なお開祖派とされ反出口王仁三郎聖師派とされる「友清歓真」さんに、大本教神諭予告の「九つ花」とはこうした仕組みだと「九の数理盤」を教えられた神があったとされます。
それを「友清歓真」さんが世に発表された。それでは出口王仁三郎聖師は自分が「救世主だ!」とやっていたことは、神霊界から冷水を浴びせられたようなものです。
だが、「友清歓真」さんは真ん中の「41」は天之御中主のことだで終わってしまったわけです。それは「友清歓真」さんは大本教神諭の【誠の者でないと「九つ花」のお世話が出来ない】に該当する誠の方ではなかったからだと言えます。

大本教神諭は「綾部で九つ花が咲いたならば、万古末代枯れぬ花であるぞよ」で、「綾部」という意味が秘められている為に他所でやっても意味が無いのです。

【九つ花】を見れば、自分が「救世主」ですなどあり得ないことになるのです。良心神の論からすると、良心神とは何をしようが好き勝手をしようが赦すとは真逆だからです。そこに来るのは常に「省みよ・悔い改めよ」です。人の良心とは自分が罪を犯せば、必ず自分でその罪の償いに走るからです。
 
そもそも「救世主」という言葉がおかしいのです。救世主とは世の一般に思われている概念は「世を救う」です。だが「救」の字を見ると、助ける意味がどこにも出て来ないのです。
 
救=求(もとめる)・攻撃の攵(ボク)は打つ、強いる、仕向けるに使われる部首です

字が「救世主」ならば、世の中を打つ。攻撃するになるのです。世の人々が何をしていても助けるとは真逆の漢字なのです。明らかに日本では漢字の使い方を間違ったのか?。それともそこに何か隠された意味があるのかです。

仏教では「カルマ」が説かれます。カルマは自分が過去世に犯した罪が今の世に降りかかって来ることです。イスラム教で説かれるのは「目には目、歯には歯を」も仏教のカルマと同じことです。ただ、イスラム教の聖職達は「輪廻転生」が解っていない為に、誤った使い方をしているのです。旧約聖書であれば、自分が播いた悪の種の果は自分で刈り取れです。どこにも貴方の罪を私が被って引き受けましょう等の論は基本的に無いのです。

お釈迦様など、最初から助ける気がないので、助かりたいのであれば「観音」を呼べで「観音経」です。



では、どうして「攻撃する。打つ。強いるの存在が【助ける意味の救世主】になるのでしょうか」?。

******************************
最後の審判は西洋では「火の審判」とされますが、日本では「真性天照皇太御神」が出て来ることです。

私達が持っている魂の「核」は天帝の分魂であり良心神ですが、各自の魂の中にある「真性天照皇太御神」でもあるのです。ですから「ラー」は太陽神の意味があるのです。

その「天の岩戸」が開いたならば、各自の魂の中からその「光が放射」されます。

その放射された光は、人に食い込んでいる蛇霊を攻撃する。打つ。強いるの働きなのです。

自分の中に存在する蛇霊の食い込みが少ないと、早い段階で蛇霊達は去る(巳帰る)でしょう。

しかし、自分の魂に完全に蛇霊が食い込んでいると、それは激しい光の攻撃となり打つ強いるなのです。

救世主とは「人たる身の方ではなく」、人の魂の中に存在する「真性天照皇太御神」のことなのです。

それが「世を救う」なのです。
******************************

大本教神諭。天の岩戸が開いたならば、光輝く人とあまりの苦しみでのたうち回る人があるなのです。
私自身も修業の中で自分の内に「真性天照皇太御神」の存在を霊能者共々見て来ています。が、その意味が完全には解っていませんでした。

【救世主】の言葉の意味が解りましたか!


スピリチュアルで盛んに何をしてもいいのです。神は愛だから何をしても赦されますなどと言われますが、旧来の宗教書を見ても見当たらないわけです。ただ、キリスト教ではイエス一人だけ主の一人御子と信じれば、イエスによって救われると説いている程度です。
 
これらの問題は先を見通す力を持たれた「国常立尊」があまりにも厳格の神であられた為に、面白おかしく楽な道を選びたい神々が数の力を頼りにして、天帝に国常立尊の引退を強訴したことにより天帝が地上神界の紛糾を治める為に、国常立尊を地上神界の表舞台から退かされたから来ていることであり、神は愛だから何をしても赦されるのだとする神々の方が数的には多いと言うことなのです。

以前、スピリチュアルの世界で自分は500万次元だ!。自分にはミカエルやガブリエルのメッセージが降りて来るでブログの世界で上位にあった女性霊感者が、そのブログの中で「国常立尊」は悪神の親玉だと盛んに書かれておりましたが、それらは「国常立尊」追放劇の時の追放派の神々が自分達の主張を押し通すことで、【勝てば官軍・負ければ賊軍】で悪神の汚名を着せただけの話に過ぎません。
どちらが邪神だとか悪神だとかの罵り合いではないのです。その霊感者の方の背後は大蛇霊であったことは見通しています。見る視点を間違えてはいけないのです。
 
問題は、終(つ)いに天帝が世の大立替を決意されたなのです

何をしていても救うと言う救世主の存在があるとすれば、自己かつての我れよしの今の現状を良しとする者達を全員救うであり、天帝が自ら指揮される大立替そのものに何の意味も価値も無くなってしまいます。それならば最初から立替等しなければいいのです。今の世を天帝がかまわずに捨てて置かれれば、間違いなく人類は自然消滅の形で滅びます。
 
こうしたことに関して、以前テレビにも出ておられたかなり名が知られた某霊能者の方が、自分達の好き勝手をしたい邪神達が天帝に要求されて「国常立尊」を地上神界の主宰神の座から追い出させた。
そして、邪神達の天下にする為に人間を堕落させる。テレビなどのマスメディアを握って漫才師ばかりが出て来る「低俗娯楽番組」ばかりを流したり、子供を勉強させずにダメにするゲームを流行らせる。もっとも大切な性の乱れを誘う為に、どれだけの異性とセックスしたかを自慢げにすることが行われている。そうした意味合いのことを書いておられます。原文のままではありません。そうした意味合いのことを言っておられます。

それは大本教神諭、ユダヤの悪鬼がこの世を泥海にする仕組みです。
 
現在のスピリチュアルの世界はまさにそうした邪神達の手先となっている女性霊感者が多いと言えます。それでも、そのままに行けるのであれば何の問題もないのです。私はこのユダヤの悪鬼が敷いた線路をの行く先を見た時、愕然としました。このまま行けば人類は自然滅亡です。後先の考え無しの線路を敷いてしまったからです。
一部の方達から、そのユダヤの悪鬼達が敷いた線路の撤去が行われている夢を見ましたと来ましたが、このまま進まないように線路の撤去は一部行われています。だが、それは線路の一部を撤去しただけであって、その先に新しい線路が敷設されていない。それでは未来が出て来ないとなるのです。人類が自然消滅の線路は撤去出来ても、どこに人類を導いて行かれる主神たる神がおられるのかとなってしまいます。

これまでの地上神界の主宰神【ゼウス(ジュピター)】たる「盤古大神」は形式だけになっているのです。

私は鍾馗神の御案内で数千体の将軍霊を並ばせている「盤古大神」に拝謁した時、まったく意味が解りませんでした。そもそも盤古大神を知らなかったのです。おそらくは私にその力を誇示されたのでしょう。そして後にその盤古大神が「遁走」して行かれる霊的光景を見ていて、意味が解らないので首を捻っていました。
今の地上神界の主宰神が遁走される光景など、私は大きな「だまされ」の中にあるのではないかと思ってもいました。

大本教霊界物語では【盤古大神から日本の国祖神「国常立尊」に神界の大政奉還】と書かれていますが、地上神界の主神の座の引き継ぎ式もなくて「遁走」???。その時は、その光景がまさか「遁走」とは思ってもいませんでしたので首を捻り放しでした。

私の正守護神たる方が白馬にまたがり官軍の指揮官姿で、その周りを【○十の薩摩紋】の旗竿を掲げた白狐達が従っている光景。それが立替とどう繋がっているのか理解が出来ていませんでした。

私が紐解いて出したのは【鳥の羽根の意味と、伏見の稲荷と言う米の教え】

○十の薩摩紋を掲げて、言葉の仕組みで【鳥羽伏見の戦い】を押さえたわけです

その後の明治は、月(月夜見尊=素戔嗚尊)と日(真性天照大御神)で治める維新です


私自身、自分で「鳥の羽根(十里の八根)」で「米」教を出す為に「伏見稲荷」で長年お世話になった修業の道。そして「ス神の素戔嗚尊(月夜見尊と同体)」と「ラ神の真性天照皇大御神」を出す明治では無く、月と日(太陽)で治める御一新の維新。その戦いに勝利する為に「○十の薩摩紋」。
鳥羽伏見で負けた徳川将軍は「遁走」して江戸に逃げ帰って「大政奉還」でした。私は大本教霊界物語の「大政奉還」をそこまで読み切っておりませんでした。ただただ言葉の仕組みに唖然とするのみなのです。

大本教神諭は、この仕組みに「3000」年かかった。枝葉の神が出来る仕組みではないわけです。大政奉還なので、何をしても自分の罪を被ってくれる「救世主」など存在しないのです。


今の地球神界は主宰神の盤古大神が居られず、先の未来が見えて来ない

今の人類の未来が見えていないことに、一部の霊能者の方は未来は白紙だと言っておられますが、白紙だという問題ではなく、今の世に出ている神々に未来図が描けないなのです。

 
イエスは大変「奇特(きとく)」な人でして、その教えを「きとく(基督)教」と呼びますが、自分が自分をキリストと信じる人達の罪を全て被ろうです。で、イエスはキリスト教徒の罪を全て被り切れたかと言いますと、被りきれずに霊界で大変なことになっているのです。
私の2番目の師匠などは、世に出て来るイエス霊は、そのほとんどがニセ者霊で本物では無いと明言していました。キリスト教徒の数があまりにも多く、イエスが出た当時とは人の魂の汚れの度合いがまるで違っているからです。イエスが出た当時のイエスの信徒数だけであれば、三千人とか一万人という説がありますが、その当時のその人数ならばそうした言葉も発せられたでしょう。
 
私が子供の頃、旧約聖書の神と名乗る声が私に臨んで来ましたが、その声は【人の罪を自分が被ると言うのは簡単な話では無い。いかに神の子と呼ばれる立場にある者であっても、自分がこの世で払った犠牲に見合うだけの分しか、死後(霊界)の世界で他の人を救うことは出来ず。もし、そなたがあの世に帰って、多くの人を助けたいと思うのであれば、この世で生きている時に自分が多大な犠牲を払わないと行けない。それは前払いであって後払いは効かぬ】と告げられたのです。

一部の霊能者の方が私を見て、「救世主」様ですかと質問されることが希にあります。それに対して私の答えは常に「いいえ」です。私は全人類を助けるだけの犠牲を積んで来ていません。全日本人を助けるだけの犠牲も積んでいません。ですから、私に救世主を期待して貰っても不可能だと言います。
 
この世で犠牲を払う=霊界での救済力

そもそも私は、自己を悔い改めて省みない者の為に私が犠牲になるなど、いくら情が無いと批判されてもお断りします。そんな間抜けのお人好しではありません。私が助けたいのは正しい善人であり、世の為に人為に尽くしていたのに何かの過ちで落ちた者達。そうした霊達だけは救ってあげたいなのです。
私は自分勝手をして来て地獄に落ちるのは【自業自得】だと切り捨てます。


この前払いの犠牲の分を「徳分」と言います。この世に生きている内に積んだ【徳】です。そこで手に入れた「天国行きの徳分」が大量にあれば、他人にも回せます。イエスが刑場に引き立てられて行く時、自分と一緒に刑場に引き立てられている泥棒が、自分も天国に一緒に連れて行ってくれるかとイエスに問うた時、イエスが一緒に天国に連れて行ってあげると言ったのは、この自己の「犠牲」からの「徳分」の切符なのです。
 
何故、神は無情な「犠牲」を要求されるのか?。

その分だけ、霊界で他の人を助けることが出来るからです。

スピリチュアルと称して「神の愛で何をしても赦されます」などと説いているのは邪霊の支配下に入った者達の言葉です。
スピリチュアルの世界で「無料で鑑定」しますとあると、もう人が殺到します。そして「愛」と言われると、その言葉に酔いしれます。もしも厳しい内容を言われますと、それで人は寄りつかないものなのです。
国常立尊様は「厳しい主神」であったので、悪神だと嫌われたのです。それは今も昔も変わらないことです。甘い教えに【蟻】は集るです。蟻は「義を無視(虫)」なのです。


以前、ブログの世界で無料鑑定で会員が一万人集まればブログのランキングから撤退すると言われていた方が、一万人に集まったからとブログ世界から撤退されて宗教を起こされた。そこで何が行われていたのか?。会員は洗脳されておぞましいことが起きているとされます。
それられに引っ掛かるのは、撒き餌に飛びついて食べられてしまったからなのです。


私も今回黒龍神が質問して来なければ、【救世主】の言葉の意味に気づきませんでした。

日本語による「言葉の仕組み」は、恐ろしいほどの存在の神が組み立てているのです。


精神世界

にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ
にほんブログ村

この内容がよければ、応援のクリックをお願いします。
この記事のトラックバックURL
トラックバック機能は終了しました。

» この記事へのトラックバックを見る

このブログの人気記事ランキング

JUGEMおすすめブログ

S M T W T F S
    123
45678910
11121314151617
18192021222324
25262728293031
<< May 2025 >>