人に内在する良心神(神言会)

神は言葉なりき。言葉は言霊で構成され、その言霊による神の仕組みを解説する神言会(kamikotokai.com)のプログです。
神言会では人に内在する良心神(この世の閻魔)とは何かを説明しています。

日本神道に教義は無けれども教えはある。世の為人の為に尽さしめ給え

世界の三大宗教と言いますと「キリスト教・イスラム教・仏教」を指します。キリスト教は旧約聖書と新約聖書を聖典として、イスラム教は旧約聖書とコーランを聖典とし、それに旧約聖書のみを聖典とする「ユダヤ教」を加えて、同じ旧約聖書を聖典とするユダヤ教・キリスト教・イスラム教は「三姉妹教」とも言われています。
しかし、この三姉妹教の争いは常に悲惨な戦争をもたらす原因となっています。同じ旧約聖書を聖典の元としながら争うのは、聖典たる旧約聖書の教義の解釈が違っているからです。それもイスラム教の中でも「シーア派とスンニ派」で教義で戦争をし、キリスト教でも「旧教と新教」で教義を巡って戦争に入ったわけです。

教義を「協議」せず、「競技」の「狭義」に陥ったからです

私が小学校の一年生か二年生の頃、私に臨んだ声は私の「どなた様ですか?」の問いに、「私はアブラハムの神であり、そなたの神であり、旧約聖書の神」と答えられました。私はその声から「この世の幕引き」を告げられたのです。だからと言って「この世の幕引き」を信じたわけではありません。あまりにも途方も無い事だからです。だが、そのことは頭から離れませんでした。

私は昭和五十五年。私の身の上に起きた摩訶不思議な出来事から神霊世界に修業の足を踏み入れました。それは子供の時に臨んだ声から「この世の幕引き」を告げらたからです。その「この世の幕引き」に当たり、一人でも多くの人を新しい「嬉し嬉しの世」に移行させなければならないからです。それが本当になる可能性があるのだろうか?。そうした疑問からです。
その修行の踏み入れ先は「稲荷神界」でした。豊受様からも「この世は終わる」と聞かされました。だからこそ、必死になって人類が助かる道の模索に入ったのです。時には霊能者の方から「貴方は救世主様ですか?」と、あり得ない質問も受けて来ました。世の中には「自分が救世主です」と名乗っている方は数多くありますが、そんな「自分は救世主です」と名乗っても、人類が助かる道などあるはずもないのです。人類を助けられるのは唯一神とされる創造神様だけであり、私などもその下僕の一人に過ぎないからです。

各自の救世主は各自の魂の中に有り(天帝からの分魂たる直霊)


そこで私が見たものは日本神道は「旧約聖書の世界」かと思ったことです。ご承知の様にイスラエルの「ダビデの紋章」は、日本では「カゴメ印」で「豊受様の神紋」ともされます。カゴメ、カゴメ、籠の中のトリはいついつ出あるです。

稲荷神界における私の修業の面倒を見て下さったのは「伊勢の外宮神であり稲荷大神首座神である豊受様」でした。その豊受様から、貴方の本守護神様は「国常立尊」様ですと告げられ、その後も多くの霊能者の方の霊査を受け続けて、七~八名の霊能者の方から貴方の本守護神は「国常立尊」様。一名ほどは「天之御中主」様。一名からは「閻魔大王」様との指摘を受けました。
この「国常立尊」様と「天之御中主」様と「閻魔大王」様は同一神であり、西洋に行くと、これが「エホバ」の神ともなり、「アラー」の神となるのです。

私に大本教の出口王仁三郎聖師の霊が懸かられた時、私に回教(イスラム教)宣伝使の姿で出て来られました。私はその姿を見て、出口王仁三郎聖師は「アラー」の神の宣伝使?。それと大本教の「ウシトラ金神国常立尊」様と何の関係があるのだと首を傾げておりました。
それは大本教神諭予告「九つ花」を解読して「ラ」神論に辿り着いた時、やっと「アラー」の神の意味が解りました。エジプトにおける「アモン・ラー」は門を意味するアモンと太陽神の「ラー」で、その呼び方云々ではなくて「言霊」論です。日本語のアイウエオは「ア」の門から入って「ラ」に行くまで「41」です。

ア「門」から入って「ラ」に辿り着くアイウエオの「九つ花」です

大本教の出口王仁三郎聖師は、天帝は愛国では太陽たる「天照大御神」として現れて、霊国では月たる「素戔嗚尊」として現れると残しておられます。日本神話では月は「月読尊」で表現されていますが、一部の霊能者の方達が素戔嗚尊=月読尊と言われておりますが、これは同一神であって別神ではないのです。私もそれを知って驚愕しました。そこに天帝の偉大なる「神の計画書」が存在しているのです。

それは「神の目」は二つ

イスラム教で言う「アラー」の神とは、アブラハムを受け継ぐ宗教(ユダヤ教・キリスト教・イスラム教)のヤハウェのアラビア語による呼称なのです。私が子供の頃に臨まれた声は私のどなた様ですかの問いに、「アブラハムの神であり、そなたの神であり、旧約聖書の神」と答えられたことは、日本においては別の呼称がなされていることなのです。

キリスト教が世界宗教となったのは「イエス」という存在があり、イスラム教が世界宗教となったのは「マホメット」があり、仏教が世界宗教になったのは「お釈迦様」と呼ばれる存在が出たからです。
だが、日本神道が世界ではローカル宗教に甘んじているのは、皇室神道で終わっていることと、「お釈迦様やイエスの様な存在」を出せなかったことにあります。為に日本神道には教義が存在しないとなります。
確かに一般的に神社に参拝しても、ほとんどの方は二礼二拍であり、祝詞を上げても祓詞や天津祝詞程度です。そうした祝詞類に特別に重要な教えなどはありません。これらは「言霊」の働きをさせるものだからです。

しかし、日本神道の根底にはある教えがあるのです。下記の物は某神社で使われているものですが、簡単なものですが神の教えの根本が入っています。こんな簡単な内容でいいのです。一般的に解りやすいので借用しました。どの神社でも通用します。ただ、少しそこに隠された意味があるので解説します。



最初は神と呼ばれる存在に対しての感謝です。○○の部分をどの氏神社にしてもいいわけです。

直き正しき真心とは、日本神道の「一霊四魂」の一霊(直霊)。天帝からの「分魂」を指した言葉で、私はこれをお釈迦様が悟られた「人に内在する良心神」の「ラ」神論で説明して来ました。そして私達の魂に内在する良心神こそ「誠」の道を歩かせるものだからです。
私達が持つ「負い持つ業」とは、狭義的には今を生きる為の負担の業。広義的には仏教で説かれた輪廻転生の過去世から持つ「カルマ(業)」を背負っている意味になります。

問題は「スメラミコト」を仰ぎ奉りなのです。

日本では天皇と書いて「スメラミコト」と呼びます。日本の国家皇室神道に狂いすぎている方達は、この天皇を日本の皇室のことだと決めつけて来られるでしょう。それでは創造神から遠くなります。
日本における天皇家が天皇と言う称号を使い出したのは第40代「天武天皇(七世紀後半)」が最初だと現代の学説はします。それ以前は使われた形跡が物証としてないのです。また日本に仏教が入って来たのは、西暦538年と西暦552年説がありますが、早くから日本の皇室は仏教徒となっているわけです。

法隆寺を建立された聖徳太子。奈良の東大寺を建立された「聖武天皇」や「後白河法皇」や「後鳥羽上皇」や「後醍醐天皇」でも解るように、天皇家で脈々と信仰されたのは「仏教」であって日本神道ではないのです。天皇家のどこに日本神道があったのかと言うのが実体なのです。その証拠に天皇家の皇子達を大寺院の「門跡(皇族が住職を務める特定の寺院)」として出しましたが、伊勢神宮の斎宮として皇女を差し出していたのは鎌倉時代の終わり頃までです。

日本の天皇家が日本神道に切り替わったのは明治天皇からです。そして明治政府による「廃仏毀釈令・神仏分離令」において、それまでは寺に仕えていた僧侶から神職への転向が行われたのであって、伏見稲荷大社でも江戸時代は真言宗東寺の末寺の「愛染明王」としてのお寺でした。その名残として、伏見稲荷様として「愛染明王」を祭っておらる霊能者の方もありました。


明治の半ばに出た大本教神諭に「仏の世は終わったと」とあるのは、明治維新の意味合いが出ています。天皇が神だと言い出されて来たのは明治からです。それまでは「天子(てんし)」様とは呼んでいますが、天子とは天帝の御子で国の君主と言う意味です。その明治維新の旗は「○十の薩摩紋」からなびいて来たのです。

太陽(日)と月を治める「明治」は○十から


私の伯父が某神宮を参拝した時、叔父の前に何故かその神宮の衛士さんが来られて、叔父を「勅使門」から本殿にと導いたそうです。そして天皇家以外昇段禁止の場所から招き入れられて、あまりの不思議に宮司さんに尋ねたところ、その神宮の御神霊からの命令で、天皇家の勅使と同様にするように指図を受けていると告げられたそうです。
叔父は幾つのかの場所でそうした不思議に出遭い、霊能者の方に頼んで霊査を受けて調べて貰ったところ、貴方の家系は天皇家から出た家系だと言うことでした。清和源氏の流れですと指摘されたと言います。清和源氏は清和天皇の皇子で「臣籍降下」によって源氏と名乗った一門です。
私は伯父のその話を聞いて、何を言っているのだでした。私が住む地方は古代は「秦」氏が住み着いた場所であり、漢からの帰化人達が住む部の意味で古代の地名は「漢部」です。それが「綾部」と言う地名に変化しただけです。元々漢から帰化人達が居た場所です。秦氏が居たことは古文書からも解っています。その秦氏は「波多野」となり、やがてその名字は現在の私の名字等に変わっていった場所です。
また物部郷の地名などがあり、物部氏の荘園などもあった場所なのです。そして「イカルガ郡」と呼ばれ、奈良の斑鳩(イカルガ)とは漢字の当て字が違うだけです。

また足利尊氏(丹波国上杉荘で生誕とされる)が京都に向かって進撃した時、その部隊は足利氏の関東の源氏の兵力では無く「丹波の源氏」を集合させて京都に向かったのです。その丹波の源氏も「清和天皇」からの流れです。ですから、足利尊氏にも従ったのです。丹波で天皇家の血が流れていると言ったならば、そんなことはこの地域の人達は皆そうであり、臣籍降下で先祖を辿って行けば日本の国民の皆が天皇家とはどこかの段階で繋がっているものなのです。

この「皇」は「すめら」と言いますが、別に日本の天皇を特定しているのではなく、神その方に冠する用語なのです。問題はどうして「すめら」と呼ぶかなのです。
大本教から「九つ花」が予告されました。これは「九分九厘」で「百-(引く)-(いち)」は「白」であり、「九十(と)九」の十(と)は縦横掛けるの「王」なのです。「九つ花」そのものが「皇」の教えでもあるのです。
すると中心に「41」が来ます。日本語の言霊の数字読みは「ひふみよ・・・」となり、ひふみの場合は41に「ス」が来ます。大本教から出された「ス」の神です。その演技は素戔嗚尊となります。
だが、アイウエオで行くと「ラ」となり、ラの神。天照大御神となります。これが出口王仁三郎聖師が言われた主は愛国では太陽たる天照大御神と顕現され、霊国では月たる素戔嗚尊として顕現されるとなるのです。
日本神話にある伊弉諾尊、禊ぎ洗いし時に成りませる二つの目は「天照大御神と月読尊(素戔嗚尊)」で「月日」を指すのです。すなわち、スの目とラの目があるのです。そこで「ス目ラ」の御言。

大本教で予告された「ダルマ大師」として現れるのダルマとは、「真理(ダルマ)」のことですが、ダルマには目は二つ。最初から一つの目は入っています。それが「ス」の神です。
私は大本教の出口王仁三郎聖師が出された「ス」神論と私が「九つ花」から紐解いた「ラ」神の二つの仕組みに、最初はその「謎」が解りませんでした。
子供の頃に私に臨んだ「旧約聖書の神」と名乗る声は、日本神話の神話の部分は事実ではなくて、この私が「仕組んだ」もの。そなたは日本神話から「私の意図」を紐解きなさいと言われていました。大本教「霊界物語」が存在しなければ、この謎を紐解くことは不可能でした。大本教神諭に「ダルマ大師」として現れたとありますが、ダルマとは仏教用語で「真理」のことです、



大本教神諭にあります。一つの魂を東西に分けて御用をさせてあるは、東は天照大御神の意味であり西は素戔嗚尊の意味なのです。ですから「ス」神論と「ラ」神論の二つがあるのです。

そして「神社拝詞」にあります【世のため人のために尽(盡)さしめ給え】。私はこれを「米」教で、

他(田)を救(鋤く)いて、世根(米)となれ
と説いて来ました。

世のため人のために尽く(盡)さしめ給えの自分を犠牲にする「義」がないと

我れは「羊」の【義】とならないのです

義の教え(教義)を間違えるのです

神は偉大なりと讃えても、神から離れた狂義者となるのです


世界の三大宗教と言えども欠落していたのは、「世のため人のために尽くさしめ給え」。


大本教神諭予告、「末で世界の宗教は一つになる」。
旧約聖書、仏教、日本神道を合わせないと紐解けない仕組みとなっていたのです。

日本神道系からも仏教系からも旧約聖書系からも、「みろく世」に進むことは可能となっています。



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