スピリチュアルでは人は自由であり、何をしても神の愛で救われます。それがまるで決まり文句の様になっています。
そうなりますと、何をしてもかまわないのですから今日までの宗教が説いた【天国と地獄】論は存在しないことになります。何をしても神の愛で赦されるのならば、論理として当然に地獄などは元から存在「し得ない」ことになります。
そうしたことからか、
スピリチュアルを標榜する方達の中に、盛んに「地獄」などは存在しない。地獄は宗教の脅しですと説いている方達が見受けられます。昔、悪党から同じ様なことを言われました。
その悪党は、
【神は人が困ったから助けてくれとお願いに行けば助ければいいのであって、自分達がする悪は黙って見ていろ】と脅されたことがあります。悪党と同じ論理が今のスピリチュアルの大半かと思われます。
その悪党は、次の様に続けました。
【地獄があるならば、俺は間違いなく地獄に落ちる。だが、地獄などは存在していない。人は死ねば終わりだ。死ねば終わりならば悪行をしなければ損だ。地獄などは宗教のでっち上げに過ぎない】。
宗教の世界では、我が派の教えを信じる者は天国で、異教徒は地獄に落ちると平然と説いている宗教家達がいますが、それは「大嘘」です。一番問われるのは、貴方はこの世で何をしたかです。
そこには仏教で説かれる【因果応報】の原則があり、「目には目を、歯には歯を」で、自分が播いた悪しき種の果(作物)は、自分で刈り取れです。カルマの原則が支配するのです。
宗教が自分達が信じる教えだけが正しいに進んで、世界制覇を狙う為に、神の存在は認めても、地獄など宗教の大嘘だとなります。為か神の存在は信じても宗教は嫌いだとなります。
この悪党の前世を見ると、地獄とこの世の往復。どの人生においても悪を犯しています。
別に地獄に落ちたからと言って、次の世がないのではないのです。地獄にいくら居ても「更生」は出来ないのです。「更生」が出来るのは「この世」だけです。
人は【更生】する為に、この世に【よみがえるの甦(更生)る】なのです。
それが「後世(こうせい)」で、現に皆さんは前世を知らずにこの世に居るのです。
更生とは=堕落したり 自活能力を失っていたり していた人が一般の社会人としての生活が送れるようになること。
皆さんを「黄泉(よみ)の国から帰らせる」の「黄泉帰り(よみがえり)」において「輪廻転生」もあるのです。これらの働きは死者の維新であり【羅】の一字になりますので、輪廻転生は「ラ(良・羅)」で説明出来るのです。閻魔大王=羅王。
言葉を読めないスピリチュアルでは、どこまで行っても、間違ったことを言い続けることになるのです。
そうした時にスピリチュアルを標榜する人達に「本当に地獄は無いのですか?」と聞くならば、自分の霊視ではそうした世界を見た事が無いと言うことなのでしょう。
私が子供の頃、臨まれた声は次のように言われました。
【人の一生とは長く見えても短い。その短い一生で何もかも知ることなどは出来ない。だが、自分が知らないことでも他の人が経験したり体験している。そうした他の人の体験や経験で得た知識を学ぶならば、同じ体験を積んだことになる。他の人の体験や経験を無視してはいけない】。
古来の宗教が説いて来たことも、全てが迷信や間違いではないのです。それは本当なのか見る力が要求されるのです。自分が霊的に見たものだけが正しいではないのです。間違った物を見せて来る霊達も多数いるのです。
それは、自分は見ていないから【地獄】などは存在していないと言うのでなく、自分はまだそうした世界を知りません。まだ見た事がないと言うのであれば、この人は「謙虚」だとなりますが、そうでなければ「謙虚」が無いとなります。
問題は、自分の霊視では「地獄」を見た事がないから存在していないと言い切れるかどうかなのです。
つい先日、良心神の【世根となって他を救いなさい】の教えを実践している方から、「自分は大地の筒のような穴から無間(むげん)地獄に落とされました。真っ逆さまに落ちていく途中に岩場があり、そこに大きな大きな鬼さんがいて、自分をひょいと手で掴むと上の世界に上げてくれました。自分は死ねばその無間地獄に落とされるのでしょうか」と言う問い合わせがありました。
私はそれに対して、否。落とされるのではなくて、そうした地獄があることを閻魔大王様から見せて貰われたのですよと、答えておきました。
この「無間(むげん)地獄」とは、辞典を開けば八大地獄とか十六地獄の一つとされ、
時間が無いほど長い責め苦を受けるという意味から無時間の「無間」ですが、恐ろしい内容を言っています。仏教で本来は「阿鼻地獄」と言っている様です。阿鼻では何の意味かがさっぱり解りません。また、仏教の「無間(むげん)地獄」の説明はかなり疑問符が付きます。私が他の方から聞いた中では、時間が無いほど長い意味との解釈がありました。
以前、私は無間(むげん)地獄とはどんな地獄かと見ると、地底に向かって抜いたような円筒形の大穴があり、大地をくり抜いているので壁には岩などがあり、そうした岩場を足場にして体を乗せることは可能ですが、とんでもないスピードで降下したのですが、降下しても降下しても底に行き着かないので、諦めて反転して帰って来ました。
当然に何の光も届かない真っ暗闇です。その底から這い上がって来るとなれば、魂は腐ったり破砕されなければ死はありませんので、その壁を登って上がるには100万年ぐらいかかるかるも知れません。その間はいくら泣いても喚いても上がりきれません。それ自体が責め苦です。
無間(むげん)と書いても「無限」ではないかと理解しました。
私は閻魔大王(国常立尊)様の差配下にありますので、そうしたところに落下しても自力で反転が出来るわけです。
私が2番目の師匠の元に居る時、眠ろうとすると目白押しに言い訳ばかりする霊が押し寄せて来るので眠れないので2番目の師匠に言うと、「それはおまえが閻魔庁の者だから、地獄に落ちる霊が言い訳をして来るのだ。夜は言い訳を聞かぬと宣言すれば治まると言うので宣言したところ、ピタリと止まりました。
その師匠から、おまえは地獄界(閻魔庁)の天使だと言われて、その当時は地獄の天使など嫌な言葉だなと思っておりましたが、
天国界で天使をしているよりも、地獄に行って落ちている者を救う方がやりがいがあるに変わりました。
そんな時に【落語】が聞こえて来て、なるほど「落ちた者の言葉(語)」のことかと変な納得をしていました。
綺麗な所にしか行けぬ天使よりも、汚き場所にも行ける天使の方がより笑いも暖かみもあるです。
私の母親が死ぬ二ヶ月ほど前、無間(むげん)地獄に落下して円筒形のようなところをもの凄いスピードで落ちて行き、底が無いかと思ったけれども底があったと言います。
それを聞いた私はエッー?。でしたが、その母親の横を見ると、豊国姫(俗にヒツジサル金神)が立っておられます。その時に私の母親の本守護神は豊国姫様であったのかと知ったしだいです。本守護神が豊国姫様ならば、地獄の底まで見て来たと言う母の話も、私も同じ物を見たのでまんざら作り話ではないなと聞いておりました。
私と母親は同じ家に住んでいましたので、その為なのか母親と同じ夢を幾度も見ているがありました。
私の2番目の師匠は「国常立尊」の現身(うつそみ)と名乗っていました。龍神と呼ばれる存在を自在に操るほどの神力を持っておられましたので、当時はまさかニセの「国常立尊」とは思ってもおりませんでした。本当は「神仙界」の仙人であったのです。仙人ともなると飛び抜けた神力はあるのです。
その師匠が私に地獄界を見せようかと言うので、お願いしますと頼んだら、氷の世界に送り込まれてしまいました。まったく居られた物ではありませんでした。ただ、どんな人達が氷の世界に送り込まれのかまでは解りませんでした。だが、私の体験ではあるということです。
ある霊能者グループがお釈迦様の再来だという教祖に出会ったところ、お釈迦様とは比較には成らない低い存在。その信徒達を見ると、皆さん頭に白の三角ずきんが着いています。こりゃ教団の全員が亡者道に入る。
さりとて、その教祖の元に私を案内された方は自分には霊能力があるのでお釈迦様の再来だと信じておられるので、どうにもならないです。
ある意味スピリチュアルの霊能力など、当てにはなりません。
その教祖様がある事件で刑務所に収監されて、その信徒達に自分はイエスと同様に刑に就いたと信徒さんに話をしているので、霊的に見ると死後はマグマの中に放り込まれると解りました。
だが、その信徒さん達は教祖様はキリストだから刑務所に行かれたとより信仰が深くなっておられて手がつけられません。その教えは一貫して「愛」一辺倒です。
愛さえ言っていれば地獄の刑が免除されるはありません。
その教祖様は信徒である霊能者の方に、自分は死後にマグマの世界に落ちる。自分の信者を全てそのマグマの中に連れて行く。あなたも一緒に行こうと誘われたそうで、その霊能力がある方も教祖はマグマの中に落ちると見えて、さすがにその霊能者さんはお断りされたそうですが、メールの頼りにその教祖があまりにもしつこく霊的に縛っているので、どなたかその霊能者教祖と手を切らせてくださいとお願いしたところ、仏界の神将さんが動かれて、手を切らせましたと報告がありました。その神将さんの言葉以後、本当に手が切れたようです。
地獄など無いと思うのは自由です。あると思いなさいと強制はしません。だが、スピリチュアルで見る世界など、霊界のほんの一部分に過ぎないのです。また、どんな神名や天使名を名乗って出て来ても、それが本物だという確証もありません。そうした霊が本人にそう思い込ませるだけです。
もしも地獄界が存在していて、落ちてから泣いても手遅れなのです。
ならば、最初から地獄に落ちないことを言うべきです。
何をしても自由な世界など常識で考えたらあり得ないことなど、誰にだって解ることではありませんか。自分が最高権力者の暴君でもならない限り、あり得ない世界なのです。
スピ馬鹿(理解力が世間一般の人に比べてひどく劣っている)に成らないようにしてください。
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