世の大立替論において、精神世界でよく言われている「一厘」の秘密とは、何を言っておられるのか私も勉強不足で意味が掴めないところがありました。大本教で説かれた「一厘の秘密」とは、大本教霊界物語の中に「国常立尊」様がみろく神業に使われるところの「神宝」を、誰にも解らないように「シナイ」山に隠されたとなっています。世を立替る時にその神宝を使われることが「一厘の秘密」となっています。
私が出したのは大本教神諭予告「九つ花に咲く一輪の言霊の経綸」であって、大本教の出口王仁三郎聖師さんが世に説かれた後に猫も杓子もの「ス」神論ではなく、お釈迦様の悟りを受け継ぐ「みろく」の五六億七千万の意味を紐解く「ラ」神論です。その「一厘の秘密」とは別物となります。一輪と一厘では、漢字の当てようでは別のものとなります。
どうも皆さんが言われている
「神一厘の仕組み」とは、大本教からのものではなくて岡本天明氏の「ひふみ神示」からのようです。
ひふみ神示に「九分九厘まで進まねば後の一厘は判らん」とありますが、そうしたこととを言っておられるかと思います。
日月神示にあります「イワト開け」とは、日本神話の岩戸に隠れられた天照大御神を出す天の岩戸開けではなく、「一(い)八(わ)十(と)」の岩戸で百八十度のでんぐり返しをする意味が存在するものです。
日月神示に何度も出て来ます「九分九厘」と「一厘」は、神霊世界が「九分九厘」まで邪神達に支配されても、残った「一厘」の神のチカラでそれらをひっくり返して見せましょうというものなのです。
現在のスピリチュアルの状況は、九分九厘まで邪神達に支配されている現状になっているとも見受けられます。日本に住み西洋のキリスト教徒でもないのに、自分には大天使ミカエルだとかカブリエルが降りて来る式で、そこには何の根拠もないわけです。それを何の疑いも持たずに支持し、まともに受けている人があまりにも多すぎるわけです。
一般的にはほとんどの人には解らない精神世界の実在。それを世に知らせる役があるのは霊的存在が解る者の役目ですが、そうした者達が邪神に支配されているとなると、天帝から見れば【大掃除】の時期に来たと判断されてしまうかも知れないのです。
では、民主主義で見られる今後のことは神々の多数決で決めましょうとなれば、いくら「天帝」でも数では邪神達に圧倒的差で負けてしまわれるでしょう。国常立尊様の御引退劇の時は神々の数の差、多数決で邪神達による追い出しが成功したからです。だが、
最後の最後は「チカラ」勝負で数の差ではないのです。邪神達が天帝の「チカラ」がどれほどの物か解っているかどうかです。終わりの時は創造神が現れるはそこにあるのです。
まず神界の高山は「十合」で表現されるように、大きな区分として十段になります。そしてその構成は「ピラミッド型」となります。これを西洋の方では「識界」として説く方達もあるようです。識界で説く場合は、お釈迦様は第七識界。イエスは第五識界。弘法様は第四識界と言われているようです。識界レベルで言うと、ほとんどのスピリチュアルの方は識界レベルでは非常に低いのです。
霊的世界の構造を知らない方達は、この世に現れて来る霊はそのほとんどが迷い霊とか不浄物霊とか愉快犯霊であったりで、霊的には低い段階の霊達です。そうした低い霊に対処にするには、識界レベルが高い方は適さないのです。そうした低い霊がよく見える。会話が出来るはそうした意味で優秀な霊能者ですが、高次元の神霊世界には関われないのです。高次元の神に関われる能力は識界レベルが高くないと無理なのです。
そうした低級霊がよく見えると助けることが出来ますが、だからと言ってその方に高級霊が臨むかとなると、これは眉唾物になるのです。
あなたはお釈迦様やイエスや弘法さんに匹敵しているほどの魂なのか?。なのです。
私はある霊能者から、第十識界に入って下さいと言われて、「とんでもないことを言わないでください。お釈迦様でも第七識界で届かなかった世界に私如き者が行けるはずがないじゃないですか。第十識界とは天帝の御座所ですよ」と驚いて言ったことがあります。
その第十識界まで行かないと、天帝のことなどよく解らないのです。
十は神記号で、天(テン)と言う
西洋では、ワン、ツゥ、スリーと数えれても「テン(Ten)」が「十」の字だと知るよしもないのです。
この「九分九厘」と「一厘」を足すと「百厘」だと考えると意味が解らなくなります。「百」では「モモ(桃)の花」で止まってしまいます。大本教の演技、三月三日は桃の花。五月五日は桃の実で、伊弉諾尊と伊弉冉尊の神話、黄泉の国から逃げる途中の「黄泉比良坂」で投げた桃の実。西王母の桃。また「桃太郎の悪鬼退治」から先には一歩も進めなくなるのです。
私は大本教神諭が予告した「九つ花」は図式すれば意味が解けることを説いて来ましたが、
その「九つ花」と「日本語という神の言葉」を合わせないと、「みろく」神の意味も、「五十六億七千万」も、今の世が「七(質)」の世であることも解けません。そして、次は永遠の「∞(無限)」を意味し、大本教神諭にあります末で広がる「八の世」となるわけです。
世界の民族の中で唯一つの民族が「神の言葉」を使用しています。この神の言葉は宇宙を支配する「音」でもあるのです。その言葉を使っているのが私達日本人なのです。それで日本語はそうした「神の仕組み」が紐解けるのです。その日本ではミカエルだとかガブリエルだと名乗る霊は必要としないのです。なまじそんな霊を出していると、【言葉は神と共にあった】が解らなくなるのです。
日本は【世界の大陸の雛形】となっています。日本が「神国」と言うのは、別に日本に天皇家があるからではないのです。世界の雛形となっている大地の国に住み、神の言葉である「日本語」を使っているから「神国」なのです。
では、「九分九」厘と「一厘」は何を意味しているかです。
やはり「図式」しないと解りません。「十」の記号は中心となる神。元たる天の神を語ります。で、この位地は「天元」とします。
九分九厘に対して、何故にこの「一厘」は絶対なのかとなった時、この「図式」だけでは読めて来ません。その鍵となるのが「岩戸(一八十)開け」なのです。
大本教の出口王仁三郎聖師は、正神界「百八十段」に邪神界「百八十段」。それに絶対神(天元)を加えて百八十一段と説かれています。
正直言って、私にはこの「百八十一」の意味がこれまで解けませんでした。円は三百六十度です。半分だと「百八十」です。だが円で考えると、「百八十一」の答えは出せないからです。
私は子供の時に臨んだ声から、日本神話の天の岩戸開けの話はこの私が創作させたものであって、その様な事実はどこにも無いと言われました。豊受様の御代をしていた最初の師匠からも、豊受様は日本神話の天の岩戸開けの事実はどこにもないと言われていると教えられました。天の岩戸開けとは、日本神話の内容とはまったく別の意味なのです。
私が修業に入った間もない頃、京都府大江にあります元伊勢から私に来るようと出たので参ったところ、御本殿にどなたもおられません。果て、人に来いと呼び出しておいてどなたも居ないとは何事かと首を捻って、元伊勢の中の天の岩戸神社に行きましたところ、御神霊が並んで出てこられて、「そなたに、天の岩戸開けの仕組みが解るか?」と聞かれるので、そこは天の岩戸神社がある場所ですが、私は神々に天の岩戸開けとは、ここの磐座を開けるような話ではないと言って憮然として帰って来ました。
九州の日向の高千穂にも行って来ましたが、ああした「岩戸」の話ではないのです。それは私が子供の時に聞かされていたからとも言えます。
その答えは、180の「一八十(イワト)」にあったのです。すなわち、大本教出口王仁三郎聖が告げられた創造神は「181」なのです。
私は「九分九厘」と「一厘」の違いの「一厘」が「181」であると理解出来ましたので、私がこれまで背負っていた謎の紐解きはこれでほぼ終わりました。やっと私の役目の終了が見えて来ました。ただ、この図だけではその意味が他の方には解らないでしょうから、その分は次回にしますが、何故に円周は360度であらねばならなかったのか?。なのです。
私達はそうしことに、今日まで何の疑問も持っていなかったということなのです。
私が最初の師匠に連れられて伏見稲荷山に上がった時、豊受神はその師匠を通じて「あなたは言葉の〇と呼ばれる方です。あなたは神々に対して教えをされる立場の方です。あなたの言葉による教えは天帝の「詔」と同じ事であり、その言葉による教えが聞けないと言う神達は如何なる神であろうとも天帝に対する反逆者として、天帝によって裁かれます」と言われたのです。
私はそれを聞いて、とんでもないことを言われる。そもそも私は「言葉の〇」と言われても、何も知らない者ではないかです。
そうした時、西洋に残されていたある予言を思い出したのです。それは、異国の人が異国の言葉で主を語る。その人はその国では「言葉の君」と呼ばれている。言葉の君は自分は主を知らない言うが、主は言葉の君を御存知で、
終わりの日、万軍の主は裁きを終えると言葉の君を主の元に召しい出す。その日をもってユダヤ人は救われるとありました。
ユダヤ人と言うのはユダヤ教を信じる人達のことです。そのユダヤ教徒はイエスが救世主だとするヨーロッパ諸国のキリスト教徒から甚大な迫害を受けて来ました。それはイエスを救世主として認めていないからです。本当は、イエスは救世主ではなくて偉大な預言者だったのです。ましてや、イエスは主の御子等でもなかったのです。
旧約聖書においては、キリストの登場の前には男女の預言者が出なければなりません。大本教の出口王仁三郎聖師はその男女を、出口なお開祖と出口王仁三郎聖師の男女の二人の預言者だと述べておられます。出口なお開祖も出口王仁三郎聖師も預言者としての役割は果たされました。だが、イエスの場合はその預言者たる女性が存在していなかったはずです。なのにキリスト教の牧師達はイエスを「救世主」に仕立て上げてしまったと言えるでしょう。
そして
大本教によって説かれた内容は48音のイロハ歌の「四(ヨ)八(ハ)音(ネ)」でした。大本教は男女二人で「ヨハネ」の仕事をしたのです。
そんなことも解っていないで、自分には「マリア」霊様が出て来られて、我が子イエスが唯一なる神と信じているようでは、お先真っ暗な道を行くことになりかねません。
私はかなり旺盛な野次馬根性の持ち主で、それはユダヤ人ではなくて異国の人。私はヘブライ語ではなくて、異国の言葉の日本語で本当に創造主を語れるか?。取り組んでみたのです。すると、不思議なことにそれが出来たのです。そんなことから「言葉の君」などと名乗っておりましたが、実は言葉の君ではございません。豊受様が私に言われたのは「言葉の〇」でした。だが、「言葉の〇」はあまりにも恐れ多い名です。私はその名を名乗れる様な者ではありません。が、どちらでも日本の言葉で創造主を語ることは出来たわけです。
だが、世の中は広いもので、私を霊査してこの人は「言葉の君」ではない。「言葉の〇」だと言われた方もあります。
私が恐れることは、私はずっと「言葉の仕組み」を説いて来ました。しかしながらそれに耳を傾ける神は僅かであったなのです。豊受様は私が説く言葉の教えが聞けない神々は全て天帝の反逆者として裁かれると言われたことです。
朝鮮の予言に残されていたものに、【最後の審判前、救世の為に「米」一字の教えが起きる。その「米」の教えに従った者達の上には神の罰は降りない。が、従わなかった者達の上には神の罰が降りる】がありました。
誰が考えても「米」一字の教えなど出来ません。だが、現実にその教えを出せたわけです。無論、それは私一人のチカラではなくて、大本教出口なお開祖、出口王仁三郎聖師のチカラがあってこそです。
特に出口王仁三郎聖師霊は、最初の時は大きな「漢字」と書かれた浴衣で現れて、次には「回教宣伝使」姿を見せてくださいました。何も言われない。その服装を見て、国常立尊は日本語を「漢字」に変換することであり、イスラム教で「ラ」神を間接に教えられたわけです。
私は今日まで豊受様が言われた、「あなたの言葉の教えが聞けない神は全て天帝に対する反逆罪で裁かれる」という言葉をあまり重要視していませんでした。
だが、自分にはマリア霊様が大天使ミカエルが降りて来る一点張りのスピリチュアル全盛の現状を見た時、もうそれに従う人達を救う手立てはないなと思うようになって来ました。
私は子供の時に臨んだ旧約聖書の神と名乗る声から、新しい未来の世は今の地球ではなくて、この地球とまったく同じ新しい地球だと聞かされています。それはヨハネの「黙示録」と同じものかと思います。科学ではその地球の存在は解っていません。高次元界にある地球だからです。
その地球の存在を知る神通力者やサイキッカーの方達はありますが、スピリチュアルではとても無理です。アセンション(次元上昇)の意味すら間違えておられるからです。
もう、後は【野となれ山となれ】で、腹を括るより道はないのかも知れません。
泥海に咲く一輪の白い花。その花が咲いている間だけはこの世の保証はされますが、その白い花が枯れてしまえば、もう二度とこの世には、その白い花は咲かず。大本教神諭が説きました、ユダヤの悪鬼神がこの世を泥海にする仕組みの完成かも知れません。これすなわち【南無妙法蓮華経】なのです。
私の神言会のHPやブログを読んで応援下さっている方に関しては、豊川稲荷様から魂の点数の加点のお約束をいただいておりますので、私のブログを読んで私の元に悲観したメールを送っていただかなくても結構です。そうした方達には如何に悪的道を歩かれたとしても最後の審判に備えて
大本教神典、「国常立尊様の世の立替に白狐は下郎の役で奉仕する」で「白狐」達が守護に就きます。自分の目に白狐の姿は見えなくても安心して貰って結構です。
旧約聖書の神と名乗る声も、そなたを慕った者達は全て永遠の神であるこの私が神の御国に救おうとのお約束もいただいております。
それは蛇や狐や狸が化けた神霊の言葉ではなくて、ここまで私が「言葉の仕組み」を解き明かしましたように、言葉を創った神からの保証と言えるでしょう。みろく世に渡れる切符は出ますので安心されて、その時期は解らないのでこままに行ってください。
私は自分を世にさらす必要はない者で、単に神界のメッセンジャーなので、私に直接みろく世行きの切符は請求しないでください。
みろく世行きの切符は伊弉諾尊・伊弉冉尊様や豊受様や白山菊理姫様、木花咲耶姫様や大国主命様や御劔大神様、猿田彦の神様や三輪大神様、前出に書いた豊川稲荷様などがそうした切符の発行神と考えられます。国常立尊様に忠誠を誓われた神々です。但し、現世御利益を下さい式の信仰者ははじかれるでしょう。神に感謝の方と考えられます。
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