病気治しとは本来は医師の役目です。霊能者が病気治しをすることは、法律的には医師法違反です。しかし、医師では治らない病も存在します。
人は本来、病になっても自然治癒力を持っています。この治癒力を高めることは大切なことと言えます。
野良猫などを観察していますと、自分で自分の病を治す行動をしています。猫の世界にお医者さんなどはありませんので自然治癒力。誰から教えられたのかは解りませんが、病に効く野草を口にしたりします。動物たちは本能的に薬草などを知っています。こうしたことは大都会の猫では見られない光景だと思います。
私の最初の師匠は「病気はまず医師の元に行ってください。医師でどうにもならないとなった時には相談を受けます」で断っておられましたが、まったく病気治しが出来ないではなくて、病気治しは「医師」という基本姿勢がありました。
自分に肺ガンが見つかった時、自分が御代をしていた豊受様にその治癒を頼むではなくて、アロエを大量に買って来て育てて、アロエ食でそのガンを消してしまわれました。アロエでガンが消えるとは思われませんが、自分で治すという強い意思力がガンを消したのかもしれません。
現実に起きた出来事ですが、家族の病で困っている方の夢枕に御先祖霊が立たれて、どこどこの医師の元に相談に行きなさいと告げられて、それで治癒した等の話もあります。どこに良い医師がいるかは、霊界からならば解るからでしょう。
それが一番ベターな話です。と言っても、どなたの枕元にも御先祖霊が夢枕に立たれて良い医師の名を告げてくれるなど、希な出来事とは言えます。
人が病になる原因としては、暴飲暴食や不規則な生活。働き過ぎ。寝不足。片寄った食事や毒を含む食物の摂取などがあります。また俗に言われる「血の巡りの悪さ」とか「悪い気」とかがあります。
気の病は病気の要因となるので、そこで元の気は「元気」となっているのです。この「気」は「精神」と同様にレントゲンでは写りません。つまり、医学では苦手とする分野です。だが、存在しないのではなくて「空気」のようなものなので解らないだけなのです。
そこに「気功師」などの方もおられます。また中国では太極拳などの方法で気功を高める健康法が行われています。この「気功」は腹式呼吸とも関わり、日本神道で説く「臍下丹田」とも関わって来ます。
この「気」は、誰でもやりかた次第で存在していることは確認出来るのです。気が溜まるとお腹に「熱」を持ちます。
日本で言われる「臍下丹田」を体験すると、お腹の中がポカポカすることに驚かれるでしょう。
そうした気の熱も一種の「光」とは言えるのです。
霊能者を看板に上げておられる方ならば「霊の汚れ」から病を発するを御存知のはずです。自分自身が発する悪しき想念。自分は悪想念を発していなくても他人からの恨みや憎しみを受ける場合。
特に霊媒質者は、誰かれではなくて世間にあふれている汚れた想念を受けてしまいます。あまり人混みに出られないが起きてしまいます。
また「自己のカルマを解消する為の病」もあります。この「霊の汚れ」や「カルマの解消」による病が、霊的要素によるので霊力で病を治せるがあるのです。
ただ、「自己のカルマの解消から来る病」を外部から手助けしてしまいますと、そのカルマが解消されないともなります。白光真宏会の教祖「五井昌久」師が病はカルマ(業)が消えていく姿だと説いておられることは、一つの真理でもあるのです。
その霊の汚れから来る病の治し方として、その霊的汚れを解消するで、「神霊からの光を直接に受ける」。あるいは「御経や祝詞」などの「言霊」の力で治す。「手当」として手を患部に当てる。そして新興宗教で見られるところの「手かざし」等があります。
非常に強い恨み憎しみ霊などは蛇霊化していますので、その蛇霊から来る病を取り除く為にはその蛇霊剥がしがあります。その蛇霊剥がしには、より強い蛇霊をもって剥がすがあります。
蛇霊を剥がせるということは、逆に蛇霊をつけることも出来るわけです。
私のブログに「霊界マッチポンプ」を書いておりますが、悪しき霊能者は相談者の蛇霊を剥がしておいて、その蛇霊を他の相談者に憑けたりもします。こうしたことは私以外にもブログ等に書いて紹介されている方もあります。
高い金額のスピリチュアル講習会に行って、蛇霊を憑けられて帰って来た等も現実には起きている事象なのです。
蛇霊を憑けられて霊が見える。霊の声が聞こえるで有頂天になっていたのでは、何をしに高い金を払ってセミナーに行ったのかとなります。霊世界とは興味半分に首を突っ込む世界ではないのです。
0(霊)懸ける(×)実存=0(霊)となりますので、霊(0)の世界を知るのです
言葉が何を教えているのか理解出来ないでは、蛇霊や狐狸霊に踊ってくださいとなります。
私の最初の師匠は霊能者など成りたくもなかった。普通の人が一番幸せですと言っていましたが、本物と言われる霊能者の方でしたら皆さんそうしたことを言われます。精神的にも辛い世界です。
誰も望んで霊能者をされているのではないのです。切った張ったの丁場にスピをやれば金儲けになると勘違いをされている方達があまりにも多すぎます。
これまでどれだけ多くの霊能者が霊的戦いの中で死んでおられるのか、そんなことすらスピは理解していなのかとなります。
私が豊受様の御代をされていた師匠の元で、その師匠に次ぐ霊力持たれていた霊媒さんと二人で伏見稲荷大社の前に居た時、本殿前で座り込んでいる女性が居られました。その霊媒さんがその女性に近づいて体に触っていると、その女性は元気になられてお礼を言って去られました。突然に腹に「さしこみ」が起きたとのことでした。
その霊媒さんがその手のひらを私に見せられると、その手から「白い糸くず」のようなものが無数に出ています。その霊媒さんは、これが「癪(しゃく)」の虫ですと言われます。当時は「癪の虫」と言われても意味が解りませんでした。
【癪】とは『医心方』に「陰陽の気が内臓の一部に集積して腫塊となって様々な病状を発するとし、内臓に積んだ気が腫瘤になって引き起こされるのが癪であると説明されています。突然に胸や腹に来る痙攣等のことで、俗には古来より「さしこみ」と言われるものです。
その霊媒さんは、その女性に存在した「陰の気」を自分の手に吸引させて物質化させたものを私に見せられたのです。それは「癪の虫」と言うことでしたが、私から見ていると白の糸くずのような物でしたが、一見すると虫にも見えますので虫と言われているのでしょう。それをその霊媒さんは手のひらで丸めてポイと捨ててしまわれました。こうした事例は霊媒質者であると、経験されている方も多くあろうかと思います。
こうした人の内部にある「悪い気」が溜まる患部の前に手を置くことを【手当】と言います。
手当=人の患部に手を直接に当てて病を治す
ただ、この手当に関しては相手の悪い気を吸い込むが起きるので、本人にそれを吸い込み浄化して物質化させて出す力が無ければ、手当はしない方がいいとも言われています。この患部に手を当てて、そこから「癪の虫」を取り出すことが出来る方は「霊媒質」者でないと出来ない分野でしょう。
ヒーラーと称してそうした施術を行われる方達がありますが、これは霊媒質の霊能者でないと出来ない分野であり、誰でも彼でも患部に手を当てれば出来るという部類のものではありません。マッサージとは別のものなのです。
アロマテラピーのようなことをするのが「スピリチュアル」ではないのです。死と向き合う世界であり、自分がいつ死んでもいい覚悟を必要とするのが、霊的世界に関わる者の姿勢なのです。少し前、少しは知られた若手の霊能者の方が早死にされました。霊能者でなければ、あんな若さで亡くなられるなどなかったでしょう。
いくら本人に自分は攻撃して来る霊に打ち勝てると思っていても、そんな生やさしい世界ではないのです。
私はヒーラーとスピリチュアルは混同しない方がいいかと個人的には思います。本当のヒーラーとしての能力が無い方が、スピリチュアルの名の下におかしな真似をするからです。「気功師」の名ではダサいのでしょうか?。中国にはとんでもない能力を持つ気功師さんが居られたりします。
私はある田舎の温泉地でマッサージを頼んだところ、男の方でスポーツ整体師が本職という若い方が来られました。普段は地元の学生相手とのことでしたが、それだけでは生活が出来ないので温泉地のホテルにも来るでした。その手の熱いこと熱いこと、凝っていた場所が一気に軽くなりました。御本人が自分はヒーラーの素質を持っていることに気づいておられなかったようです。
私は2番目の師匠から、女性の相談者に対しては患部に手を当てると「セクハラ」と誤解されかねないので、一センチほど手を浮かせろと言われておりましたが、その師匠は若い女性が来ると直接に肌に触っていましたので、私達はその師匠を「セクハラ親父」と呼んでおりました。
私自身はヒーラーになる気はさらさらなく、その訓練もしませんでしたが、その師匠の手からは非常に熱を持ったものが放射されていましたので、ヒーラーと称する方も同じことだろうと見ています。
自分の手から「陽の気」を出すことによって、相談者の体内の「陰の気」を消して行くことによって病を治癒させるです。
神社に参拝して「神の光」を受ける。これは一般的には誰もが体験される分野でしょう。神霊から来るものは「光」として感じられますが、やはり「陽の気」とは言えます。但し、その神社に御神霊が存在しているとしての話です。
私は霊媒者の方と違って霊的には鈍感なので、ここの御神前は凄いパワーですと言われても、ほとんど感じません。
私はあまり霊媒者のようにパワーを感じないので、自分は霊能者ではないと思っておりましたが、霊能者の方から貴方自身がそうした御神霊よりも高い位置にあるので、そうした御神霊の光では何も感じないのだと告げられて、そういうものなのかなと受け取って起きました。
前回のブログに書きましたように病気治しは旧約聖書で説かれる「霊界で年老いた蛇霊」の龍神が圧倒的に強いことが知られています。この蛇系龍神の力を利用して病気治しすることは「手当」ではなくて「手かざし」となります。蛇霊神が出す光をもってして雑魚的な不浄霊を引き離すです。
スピリチュアルにおけるおおいなる勘違いとして、「光」は正神のみ発せられると思う錯覚です。邪神界もまた「光」を発することは出来るのです。「光」そのものには正神界も邪神界も関係ないのです。光は「火(か)水(み)」から出るからです。
世間には「手かざし」宗教がたくさんあります。そうした宗教団体の信徒さんから布教活動として、自分の「手かざし」を受けて欲しいと言われることがあり、試しに受けてはみましたが、何の光もパワーも感じませんでした。
教団内では教師とかであって、そんなはずはないのだがと額に汗して手かざしをされる様を見て、無駄な努力です。もう諦めなさいと申し上げたりします。神霊世界の張った切ったの修羅場を体験している者には、そんな手かざしは御本人に龍神が憑いておられるならばいざ知らす、蛇霊程度のパワーではまったく通用しないのです。
蛇霊達は「病気治し」をしてどこが悪いと言われます。病気治しをして悪いなどありません。問題はその先なのです。大本教から「ス」神が出されましたが、それでは本当の「五十六億七千万」の「みろく(369)」神が出せないのです。なのに誰かを使って教祖に仕立てて、その教祖が「みろく神」とか「メシヤ」等とデッチ上げる大罪です。
大本教神諭に「この神(ウシトラ金神・国常立尊)の仕組みは、どの神も御存じないぞよ」とあります。解らないようになっているのです。
ただ、大本教神諭に「九つ花に咲く一輪の言霊の経綸」。それを誠で紐解く者が一人出る。その者が出て来たならば解って来るぞとありまして、いくら「霊界で年老いた蛇霊の龍神」であったとしても、その仕組みが解っておられなかったでしょう。
それをあたかも知ったような振りして、その教団教祖が「みろく」様だとか「メシヤ」だとかやった宗教は、教団をもってして「悔い改め」ない限りみろく世には進めないでしょう。
大本教の出口王仁三郎聖師は自分が「みろく神」ですと名乗ってしまわれましたが、大本教神諭に「大化け者(出口王仁三郎聖)がすることを見習うな」と注意が出ていたはずです。それを性懲りもなく、教祖がみろく神とかメシヤとか真似しようとするから、化けの皮を剥がされてしまうのです。
出口王仁三郎聖師さんではなくて、大本教が出した型の仕組みに「みろく」神の意味が存在していたと言えます。
大本教神諭に、末で世界の宗教は一つに統一されるとあります。その時、当方の教祖が「みろく」様ですとか「メシヤ」等と言わさせない為、「言葉による五十六億七千万のみろく神」の仕組みであろうと推察するしだいです。
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