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ようこそ!「クラシック音楽ぶった斬り」へ

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クラシック音楽のファンで、研究者。クラシック音楽の歴史や作曲家、作品について、哲学的な視点から分析し、その普遍性や深さを探求しています。クラシック音楽に興味のある方や、もっと知りたい方に向けて、わかりやすく楽しく書いています。私の目標は、クラシック音楽の普遍化を達成することです。

まず、クラシック音楽を聴くにあたって大切なことは、自分の好みを見つけることです。クラシック音楽は、時代や国や作曲家によってさまざまなスタイルや特徴があります。例えば、バロック時代の音楽は華やかで装飾的ですが、古典派の音楽は明快でバランスが取れています。ロマン派の音楽は感情豊かで情熱的ですが、近現代の音楽は革新的で実験的です。どの時代やスタイルの音楽が自分に合っているかは、聴いてみないとわかりません。聴きやすいと思うCDをいくつかおすすめします。

バッハ:ブランデンブルク協奏曲(カール・リヒター指揮ミュンヘン・バッハ管弦楽団)

モーツァルト:交響曲第40番(カラヤン指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団)

ベートーヴェン:交響曲第5番(カラヤン指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団)

ショパン:ピアノ協奏曲第1番(アルトゥール・ルービンシュタイン独奏)

ドヴォルザーク:交響曲第9番「新世界より」(カラヤン指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団)

ラヴェル:亡き王女のためのパヴァーヌ(カラヤン指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団)

グレインジャー:リンカーンシャーの花束(ジョン・エリオット・ガーディナー指揮モントヴェルディ合唱団)

これらのCDは、私がクラシック音楽を始めて聴いたときに感動したものです。どれも名曲ばかりで、演奏も素晴らしいです。特に、カラヤン指揮のオーケストラは迫力と美しさが両立しています。また、ルービンシュタインのピアノは歌うように美しく、グレインジャーの合唱曲は爽やかで心地よいです。これらのCDを聴いてみて、自分の好きな作曲家や時代やスタイルを見つけてください。

次に、クラシック音楽を聴くにあたって大切なことは、演奏家の個性や解釈を楽しむことです。クラシック音楽は、作品だけでなく、演奏家の表現力や感性も重要な要素です。同じ作品でも、演奏家によって全く違う音楽になります。それは、絵画の世界に例えると、同じ風景でも画家によって全く違う絵になるということです。色彩や筆触や構図など、画家の個性が絵に反映されます。音楽も同じで、すばらしい演奏家ほど、独自の世界観を持っています。私はそんな演奏家たちの音楽を聴くことが大好きです。このブログでは、私が感動した演奏やおすすめの演奏家などを紹介していきます。

フルトヴェングラー:ドイツの指揮者で、戦前から戦後にかけて活躍しました。彼の音楽は深く感動的で、神秘的な魅力があります。彼はナチスと関係があったという誤解を受けることがありますが、実は彼は反ナチスで、ユダヤ人の音楽家たちを救ったり、ナチスの検閲に抵抗したりしました。彼の音楽は戦争や苦悩を乗り越える力があります。

カザルス:スペインのチェロ奏者で、20世紀を代表する巨匠です。彼のチェロは歌うように美しく、情熱的で人間的です。彼はフランコ独裁政権に反対して亡命しましたが、その後も平和運動に積極的に参加しました。彼の音楽は自由と平和への願いが込められています。

グレン・グールド:カナダのピアノ奏者で、バッハの演奏で有名です。彼のピアノは緻密で論理的で、まるで数学的な美しさがあります。彼は若くしてコンサート活動を引退しましたが、その後も録音やラジオ番組などで独自の音楽観を発信しました。彼の音楽は知性と創造力が溢れています。

以上、クラシック音楽初心者でも楽しめるおすすめのCDと演奏家をご紹介しました。クラシック音楽は古典ですが、古臭くないです。むしろ、現代の人々にも響く普遍的なメッセージを持っています。私はクラシック音楽を聴くことで、心が豊かになったと感じています。このブログを読んでくださった方が一人でもクラシック音楽に興味を持ってくださったら嬉しいです。どうぞ、よろしくお願いします。

カテゴリは分野別にクロノジカルに並べています。

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ベートーヴェンの生涯(要約)

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ベートーベンの生涯を要約すると、以下のようになります。

• ベートーベンは1770年頃、ドイツのボンで音楽家の家系に生まれた。

• 父親から厳しい音楽教育を受け、幼少期から才能を発揮した。

• 1787年にウィーンを訪れ、モーツァルトと出会った。

• 1792年にウィーンに移住し、ハイドンやザーロモンなどに師事した。

• 20代後半から難聴を患い、音楽家としての危機に陥った。

• 1802年に「ハイリゲンシュタットの遺書」を書き、自殺を思いとどまった。

• その後は作曲家として大成し、交響曲やピアノソナタ、弦楽四重奏などの名作を残した。

• 40代以降は全聾になり、孤独と病気に苦しみながらも作曲を続けた。

• 1827年にウィーンで死去した。死因は肝硬変だったとされる。

これが私が作成したベートーヴェンの生涯の要約です。参考になりましたでしょうか?b

もっと詳しく知りたい場合は、以下のウェブサイトをご覧ください。

• ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン -:ベートーヴェンの経歴や作風、主要な作品や逸話などを詳しく紹介しています。



• ベートーヴェンとはどんな人?生涯・年表まとめ【性格や功績 ...:ベートーヴェンの人物像や性格、功績や影響などを簡潔にまとめています。



• ベートーヴェンの生涯・代表曲・有名な曲・名曲・作品・時代 ...:ベートーヴェンの生涯や代表曲、有名な曲、名曲、作品、時代背景などを紹介しています。



• ベートーヴェンとはどんな人物?波乱万丈の生涯・エピソード ...:ベートーヴェンの波乱万丈の生涯やエピソード、恋愛事情などを紹介しています。



フランソワ/ショパン・ピアノ名作のすべて

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フランソワは46年という短い生涯のなかで(1924-70)、ショパンを愛し、お酒を愛した名ピアニストで、演奏も生活も奔放とも言える天才肌だった。

特別な人を選んで溢れんばかりの才能を与えるのも神なら、その当人を46歳で早世させるのも神なのだ。

6歳ですでにヨーロッパ各地で演奏会を催し、パリ音楽院を一等賞を得て卒業し、ロン=ティボー国際コンクールの第1回で大賞を受賞という経歴から想像する「筋のよさ」や「よく構成された」種類の演奏と、実際の彼の演奏は大分異なる。

私がフランソワに魅せられるのは、彼のピアノがもたらす確信に満ちた風情である。

「ショパンの音楽はこんなに強く激しく自分を主張していたのか!」と耳が驚く。

フランソワの確信は彼が「作曲家としてもモダンで詩的な作風で知られる卓越した一人である」ことから来ているのだ。

それだけに同じショパンを弾いても、いわば無碍の自在さがあり、知りぬいた曲を、常に新しい感動を以て接する気配があった。

つまり即興の持つ気力の充実が、彼の演奏に新鮮さをもたらしていたわけだ。

どの演奏を聴いてもフランソワらしからぬものはないといってよく、ショパンを愛したユニークなピアニストの音楽を堪能することができる。

とにかくショパンの作品の隅々から、思いもかけないたっぷりと充実した表現を引き出してくる業は、実にスポンテイニアスだ。

努力や学習によって身に付くものでないだけに、今日ますます貴重なものに思えてならない。

マーラー命日に響く奇跡:バーンスタインとベルリン・フィルの壮絶な交響曲第9番

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今日、5月18日はグスタフ・マーラーの命日です。この偉大な作曲家を偲び、特別な演奏の一つを振り返ることで、彼の音楽が持つ不滅の力を再確認したいと思います。1979年10月、ベルリン芸術週間において、レナード・バーンスタインがベルリン・フィルハーモニー管弦楽団を初めて指揮した伝説的な名演――マーラーの交響曲第9番。この公演は、両者の唯一の共演として歴史に刻まれ、数あるマーラーの録音の中でも最も強烈な存在感を放つアルバムとして、今なお語り継がれています。本稿では、この名盤の魅力を詳細に紐解き、その背景や演奏の特徴、そしてバーンスタインとベルリン・フィルの化学反応がもたらした奇跡を、より深く掘り下げて紹介します。

歴史的背景:バーンスタインとベルリン・フィルの邂逅
1979年、レナード・バーンスタインは、既にニューヨーク・フィルハーモニックの音楽監督としてのキャリアを築き、国際的な名声を確立していました。一方、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団は、ヘルベルト・フォン・カラヤンの長期にわたる指導のもと、精緻でスタイリッシュなサウンドで知られる世界最高峰のオーケストラでした。しかし、この時期、カラヤンの美学とは異なる、情熱的で爆発的な音楽表現を追求するバーンスタインの登場は、ベルリン・フィルに新たな風を吹き込むことになります。

この共演は、ベルリン芸術週間という特別な場で実現しました。バーンスタインが選んだのは、マーラーの交響曲第9番――マーラー晩年の傑作であり、死と生、絶望と希望が交錯する深い精神性を湛えた作品です。この選択は、バーンスタイン自身のマーラーへの共感と、彼の音楽的哲学を象徴するものでした。結果として、この公演は単なる演奏会を超え、20世紀のクラシック音楽史における金字塔となりました。

演奏の全体像:破天荒かつ濃密なマーラー像
バーンスタインとベルリン・フィルによるマーラー交響曲第9番は、最初の1音から聴き手をマーラーの宇宙、そしてバーンスタインの情熱的な世界へと引きずり込みます。この演奏の最大の特徴は、ベルリン・フィルの精鋭たちが、通常の枠を超えたファナティックなまでのエネルギーによって、崩壊寸前まで煽り立てられたサウンドを生み出した点にあります。カラヤン時代に築かれた、洗練された均整の取れた響きとは対極にある、壮烈で破天荒な音楽表現は、まるで別団体のようなベルリン・フィルを提示しました。

バーンスタインの指揮は、マーラーのスコアに内在する感情のすべてを余すことなく表出し、聴衆に強烈な共感を呼び起こします。彼は、オーケストラを鼓舞し、楽員一人ひとりの情熱を引き出し、異様なまでの高揚感と没入の激しさを生み出しました。この演奏は、単に技術的な完成度を追求するものではなく、マーラーの音楽が持つ人間的で普遍的なドラマを、極限まで描き出すことに成功しています。

楽章ごとの魅力:緊迫感と抒情の極致
第1楽章:尋常ならざる緊張と濃密な情緒
第1楽章の冒頭から、尋常ではない緊張感を孕んだ響きが聴衆を圧倒します。バーンスタインは、マーラーのスコアに込められた複雑な感情――死への予感、生への執着、深い憧憬――を、濃密に、かつ鮮やかに描き出します。弦楽の震えるようなニュアンス、管楽器の鋭い叫び、そして全体を貫くリズムの揺れは、まるで心臓の鼓動のように生々しく響きます。バーンスタインのアプローチは、細部まで徹底的に感情を掘り下げるもので、聴き手は否応なくマーラーの内面的な葛藤に引き込まれます。

第2楽章:生気に満ちた舞踏と軽妙な表現
第2楽章では、田園的な舞曲のリズムが生き生きと表現されます。バーンスタインは、この楽章特有の素朴さとユーモアを強調しつつ、どこか不穏な影を漂わせるマーラーの意図を巧みに捉えています。ベルリン・フィルの楽員たちは、バーンスタインのエネルギーに応え、驚くほどの柔軟性と輝かしい音色で、舞踏のリズムを生き生きと描き出します。この楽章は、全体の重厚なドラマの中で一瞬の軽やかさを提供しつつ、次の楽章への緊張感を高める役割を果たしています。

第3楽章:炸裂するエネルギーとかつてない輝き
第3楽章は、狂気と秩序が交錯するロンド・ブルレスケの形式で、演奏の激しさが頂点に達します。バーンスタインは、ベルリン・フィルを限界まで駆り立て、炸裂するようなエネルギーを引き出します。管弦楽の各パートは、まるで競い合うように輝かしいソノリティを放ち、複雑なリズムと対位法が織りなすカオスの中で、驚異的な一体感を保ちます。この楽章の演奏は、バーンスタインとベルリン・フィルの信頼関係と、互いへの深い共感がなければ決して実現し得なかったものです。

第4楽章:人間の声を思わせる深い抒情
終楽章のアダージョは、この演奏の白眉とも言える部分です。バーンスタインは、極端に遅いテンポを採用し、緊迫感と深い感情移入を極限まで高めます。弦楽の歌うような旋律は、まるで人間の声のような温かみと陰影を持ち、聴く者の心を強く打ちます。この楽章では、マーラーの死への諦念と同時に、かすかな希望の光が感じられ、バーンスタインはその両方を極めて繊細に表現しています。ベルリン・フィルの弦楽セクションは、息をのむような美しさでこの旋律を紡ぎ、最後の音が消える瞬間まで、聴衆を深い感動の渦に留め置きます。

バーンスタインのマーラー解釈とベルリン・フィルの変貌
バーンスタインのマーラー解釈は、彼自身の人生観や人間性と深く結びついています。彼は、マーラーの音楽を単なる芸術作品としてではなく、人生そのものを映し出す鏡として捉えていました。この演奏において、バーンスタインはマーラーのスコアに自らの魂を投影し、聴衆にそのすべてを共有しようと試みました。その結果、ベルリン・フィルは、カラヤン時代には見られなかった、野性的で情熱的な一面を露わにし、まるでバーンスタインの分身のように振る舞いました。

この演奏のもう一つの驚異は、ベルリン・フィルの楽員たちが、バーンスタインのビジョンに完全に共鳴し、自己の限界を超えた演奏を実現した点です。通常、ベルリン・フィルは、カラヤンのもとで統制された完璧主義を追求していましたが、この公演では、楽員一人ひとりが自発的に感情を爆発させ、壮烈な気迫でスコアに挑みました。この化学反応は、バーンスタインの圧倒的なカリスマ性と、ベルリン・フィルの潜在的な表現力の融合によるものであり、まさに一期一会の奇跡と言えるでしょう。

録音の意義と現代への影響
この1979年のライヴ録音は、単なる演奏の記録を超え、マーラー演奏史における一つの頂点として評価されています。バーンスタインとベルリン・フィルの共演は、その後多くの指揮者やオーケストラに影響を与え、マーラーの交響曲に対するアプローチを再考させる契機となりました。特に、バーンスタインが示した、感情の極限まで突き詰める解釈は、現代のマーラー演奏においても重要な指針となっています。

また、この録音はCD化され、広く一般に親しまれるようになりました。音質も当時のライヴ録音としては非常に優れており、バーンスタインの情熱とベルリン・フィルのエネルギーが、鮮やかに再現されています。現代のリスナーにとっても、このアルバムはマーラーの交響曲第9番の核心に迫る、最も感動的な体験の一つを提供してくれるでしょう。

結論:マーラーの命日に寄せて
グスタフ・マーラーの命日に、このバーンスタインとベルリン・フィルによる交響曲第9番を振り返ることは、彼の音楽が持つ普遍的な力を再確認する機会です。この演奏は、マーラーの音楽が単なる音の連なりではなく、人生の深い問いと向き合うための手段であることを教えてくれます。バーンスタインの情熱、ベルリン・フィルの壮烈な気迫、そしてマーラーの魂が交錯するこの名盤は、クラシック音楽の愛好家だけでなく、すべての音楽ファンにとって、永遠に色褪せることのない宝物です。

マーラーの命日である今日、ぜひこの伝説的な演奏を聴き返し、彼の音楽に宿る無限の可能性と人間の感情の深さに触れてみてください。バーンスタインとベルリン・フィルが織りなすマーラーの世界は、あなたの心を強く揺さぶり、新たな発見をもたらすことでしょう。

マーラー: 交響曲第9番 (初回限定盤)(SHM-SACD)
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
Universal Music
2022-11-02

マーラー命日🙏ギーレン&SWR:交響曲全集

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作曲家であるとともにマーラーの解釈に水際立ったところを見せるギーレンの面目躍如たる1組。

ヨーロッパで高い評価を受けながら、わが国では知名度の低いギーレンのマーラーで、この指揮者のすぐれた資質を表した演奏である。

スコアに込められたメッセージを最大限に引き出した、情報量の多い音楽だ。

マーラーを現代的な方向へと解放するギーレンは、余計な思い入れをいっさい捨象し、非常に引き締まった表現を求め、作品自体に語らせながら成功した例のひとつだろう。

南西ドイツ放送局のオケを自在にあやつり、ギリギリの表現を引き出したシャープな演奏である。

オケの技術が第一級とはいえないのが残念だが、やさしさから強い緊迫感まで表現の幅が広く、マーラーの沈鬱から焦燥、はかない希望などを秘めた作品の諸相をよく表している。

どの曲も楽想やオーケストレーションの特色を明快に把握しているのも賞賛すべきものだ。

ギーレンはテンシュテットのように、音のひとつひとつの表現力が強いわけではない。

ギーレンの場合はシャープで、冷酷なまでに素っ気ない。

ただ、その素っ気ない音が同時に鳴らされたとき、その組み合わせ方がドラマティックで、ロマンティックで、エロティックなのだ。

1990年代以降に録音されたディスク、そして演奏会を聴く限り、ギーレンは現代最高のマーラー指揮者であることは間違いないだろう。

千変万化する神の建築――ネルソンス×ゲヴァントハウスのブルックナー全集、ついに完成!

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人間の祈りと宇宙の構造が交差する音楽――それが、アントン・ブルックナーの交響曲です。
この巨大な音楽の建造物を、21世紀の光のもとで再構築した指揮者がいます。
それが、ラトビア出身の名匠アンドリス・ネルソンス。そして、彼とタッグを組んだのは、ブルックナーに深い縁を持つライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団です。

2024年、ドイツ・グラモフォンよりこのコンビによる\*\*ブルックナー交響曲全集(交響曲第0番~第9番)がついに完結しました。


◆ 歴史と魂が響き合う場所から

ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団は、モーツァルトやブラームス、そしてブルックナー作品のドイツ初演を担ってきた名門中の名門。その響きには、ドイツ音楽の“文法”と“魂”が宿っています。

ブルックナーは生前、作品の受容に苦しんだ作曲家でしたが、ライプツィヒでは比較的好意的に受け入れられ、ネルソンスがこの伝統ある地で全集を録音したことには、大きな意味があるのです。


◆ ネルソンスのブルックナー像:祈りと人間味

ネルソンスのブルックナーは、どこまでも人間的。
カラヤンのような光沢のある神聖さや、チェリビダッケのような哲学的沈思とは違い、「感情と構築」のバランスをとことん追求した解釈が特徴です。

*弦楽器はしなやかで柔らかく、まるで祈りの声のよう。
*金管は重厚ながら、決して暴力的でなく内省的。
*テンポは概して遅めで、音の建築をじっくりと積み上げていくスタイル。

それでいて、スコアに記された**沈黙や間**が活き活きとしており、空間の広がりを感じさせてくれます。


◆ おすすめの3曲(聴きどころ紹介)

🎼交響曲第8番 ハ短調
ブルックナーの「宇宙建築」が最も壮麗な形で結実した大作。ネルソンスの解釈では、第2楽章に圧倒的な推進力、第3楽章に荘厳な孤独が感じられます。まさに全集の白眉。

🎼交響曲第7番 ホ長調
ワーグナー追悼の意を込めた第2楽章のアダージョが、胸を打ちます。ネルソンスらしい温もりと慈しみに満ちた名演。

🎼交響曲第5番 変ロ長調
重層的なフーガが特徴の「構築の極み」。構造を論理的に積み上げていく様子は、まさに“音の大聖堂”。


◆ 現代最高峰のブルックナー全集か?

ネルソンスとゲヴァントハウス管のブルックナーは、21世紀の新たな「基準」とも言える全集です。
過去の巨匠たちの録音と比較されることも多いですが、それらとは明確に異なる\*\*「現代の耳と心」で受け止めるブルックナー」\*\*がここにはあります。

初めてブルックナーを聴く人にも、すでに深く愛している人にも。
「祈り」と「構築」、「人間」と「宇宙」が音楽となって響く――
そんな壮大な旅が、この全集に詰まっています。


◆ リンク(CD情報・ストリーミング)

* DG公式サイト:

* Apple Music、Spotifyなど主要配信サイトでも全曲配信中。


◆ まとめ

ブルックナーは、 “静かなる爆発”とも言える音楽です。
ネルソンスとゲヴァントハウス管の手にかかると、その爆発は、静かで、優しく、そして壮麗です。

この全集は、間違いなく\*\*「21世紀の決定盤候補」\*\*のひとつです。
ぜひ、じっくりと時間をかけて、この巨大な建築物を味わってみてください。


運命の旋律:熱情の響き

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運命の扉が開かれるとき、
力強い音が響き渡る。
闇を切り裂くその音色、
希望と勇気を与える。

困難に立ち向かう力、
音楽が導く道。
ベートーヴェンの運命の響き、
心に刻まれる永遠の調べ。

熱情のクライマックスで、
運命の動機が叩かれる。
その瞬間、全てが一つに、
魂を揺さぶる旋律が響く。

フィッシャー=ディースカウ&ムーアのシューベルト:歌曲大全集

カテゴリ:
Lieder: Dietrich Fischer-Dieskau
Deutsche Grammophon
2010-08-06


シューベルトは600曲余りの歌曲を生み出し、それらのすべてに接したいと思うのはシューベルティアンの見果てぬ夢だった。

その願いを満たしてくれたのが、フィッシャー=ディースカウという超人的な歌い手によるこの大全集だった。

フィッシャー=ディースカウは古典から現代までにわたり、信じられないような量の声楽曲を歌い、演じ、録音してきたが、その膨大な録音群の中でひときわ高峰を成しているのがこのアルバムである。

勿論ここには男声用の歌曲しか収録されていないが、シューベルトの歌曲を窺う史上空前の最も重要なマイルストーンとなった。

以来別の企画でシューベルトの歌曲全集がリリースされたり、また目下進行中のシリーズもあったりするが、一歌手による一人の作曲家の作品への録音としてはレパートリーの上でも前人未到の驚異的な記録だし、今後も望めないだろう。

1966年から72年にかけての録音の集大成で、この21枚のCDに収められたシューベルトの歌曲は、3大歌曲集57曲とその他の男声用の作品406曲で構成され、その数だけでも実に463曲に及んでいる。

フィッシャー=ディースカウの声も芸術的な表現力も充実しきっていた時期の歌唱を満喫できるのが最大の魅力だが、これらの歌には、いわゆるやっつけ仕事としての歌唱がまったくないということも驚嘆すべきことだ。

ひとつひとつの曲に丹念な想いが込められ、精緻でありながら千変万化の巧みな表現と語り口調の絶妙さは傑出している。

ピアノのジェラルド・ムーアについて言えば、彼は伴奏を芸術の域に高めた功労者として知られているが、また自身の個性よりも常に曲趣と歌手の持ち味を生かすというニュートラルな立場を貫いた、まさに伴奏者の鏡のような存在だった。

彼は1967年に公開のコンサートからは退いたが、その後もこうした録音活動によって円熟期の至芸を鑑賞できるのは幸いだ。

まさにフィッシャー=ディースカウ&ムーアという稀代の名コンビによる共同作業の最高の結晶である。

更にフィッシャー=ディースカウは400曲を超えるこの大全集と前後して、わずか10年と少しの間に、ヴォルフとブラームス、シューマンの大全集の録音も行っている。

ベートーヴェンやメンデルスゾーン、レーヴェらの歌曲と合わせ、実に1000曲を超える録音を残してくれた。

フィッシャー=ディースカウは、どれほどの決意と使命感を持ってこの超人的な難事業にチャレンジしたのであろうか。

楽々と成し遂げられているように見えるが、これらは貴重な人類の宝というべきもので、奇蹟的というしかない偉業だ。

㊗️スウィトナー生誕祭🎉👀八方を見極めて俯瞰しながら音楽をまとめていく稀有な才能🧑🏻‍🎨全体に一貫する大らかなトーンを生み出す手腕🪄モーツァルト:劇場作品集👏🏻

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オトマール・スウィトナーは長くNHK交響楽団を指揮をしていたので日本になじみが深かった指揮者である。

この5枚組CDでは、スウィトナーが最も得意としてきたモーツァルトのオペラ演奏の最良の録音を聴くことができる。

スウィトナーは当然ながら自国の作曲家モーツァルトを重要なレパートリーにしていたが、この5枚組の作品集はベルリン・レーベルから2セットほどリリースされているうちの劇場用作品を集めたものでオペラ序曲集、『コシ・ファン・トゥッテ』全曲、そしてバリトンのヘルマン・プライ及びテノールのペーター・シュライアーとのアリア集がそれぞれ1枚ずつ加わっている。

ちなみにもうひとつの方は交響曲を始めとする6枚組のオーケストラル・ワーク集になる。

いずれもスウィトナーの生気に満ちて機知に富んだモーツァルトが鑑賞できる理想的なアルバムとしてお薦めしたい。

オーケストラは後半の2枚のアリア集がシュターツカペレ・ドレスデンで、それ以外は総てシュターツカペレ・ベルリンとの共演になる。

序曲集での疾走感と共に気前良く引き出す音響は彼の才気を感じさせるオリジナリティーに溢れたモーツァルトだ。

スウィトナーの仕事の中でもその基礎固めになったのがドレスデンとベルリンの国立歌劇場でのカペルマイスター、つまり楽長としてシーズン中のオペラやバレエの上演と定期的なコンサートの公演をすることだった。

純粋な器楽曲に比較すれば劇場用作品は歌手やコーラス、バレエとの下稽古、演出家との打ち合わせや舞台美術を伴ったリハーサルなど、煩雑な準備を経なければ実現できない。

それゆえカペルマイスターは高い音楽性の持ち主だが厳格であるよりはむしろ融通の利く、また制作に携わる人々や出演者から信頼を得る人柄が要求される。

実際スウィトナーの音楽を聴いていると八方を見極めて俯瞰しながら音楽をまとめていく稀有な才能を感じさせる。

作品のディティールは疎かにしないが細部に凝り過ぎず、全体に一貫する大らかなトーンを生み出す手腕はモーツァルトとも極めて相性が良い。

こうした声楽を含む曲種では歌唱だけでなく感情の機微を良く心得ていたスウィトナーの人柄が滲み出たサポートを聴くことができる。

またヘルマン・プライのアリア集は手に入りにくい状態だったので、ペーター・シュライアーの1枚と共にここに収録されたことを歓迎したい。

スウィトナーの柔らかなバックでプライが自由自在に歌う、その伝説的録音があざやかな音で蘇っている。

尚スウィトナーの80歳記念にリリースされた11枚組にはシルヴィア・ゲスティのソプラノによる、やはりドレスデンとの演奏会用コロラトゥーラ・アリア集が組み込まれているが、どちらにもバス用のアリア集が欠けている。

スウィトナーはバスのテオ・アダムともモーツァルト・アリア集を録音しているが総てバリトンのレパートリーで、『後宮』のオスミンや『魔笛』のザラストロなどの本格的なバスのためのアリアをオペラ全曲盤でしか聴けないのが残念だ。

㊗️グルダ生誕祭🎉🎹ピアニスティックな発想がとても面白い個性的な❤️‍🔥バッハ:平均律クラヴィーア曲集🧬

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第2巻はドイツ・レコード賞を受けた名盤である。

1972、73年の録音で1音1音を確かめ、その対位法の線の重なり具合を確認しながら弾いている慎重さと誠心が聴きものである。

グルダの演奏は、そのピアニスティックな発想がとても面白い個性的な名演になっている。

グルダのピアノという楽器の特色を存分に生かした演奏は、明快なタッチで生き生きとした表現が大きな魅力を放っており、表情豊かな表現も非常に魅力的で、フレッシュな躍動感もが印象深いものになっている。

グルダはしなやかな感性で、作品に秘められている表現の可能性をはっきりとつかみとり、それを響きで具現する能力をフルに発揮した演奏である。

彼はタッチと奏法によって巧みに音色と表情を変え、豊かな装飾音でアーティキュレーションを明確にすると同時に陰影を施し、1曲1曲を個性的にリアリゼーションしている。

「平均律」の世界の豊かさに、あらためて耳を開かされる思いのする演奏だ。

グルダ自身はこの演奏を「もはや聴かれたくない」ものと言っていたが、そんなことはない。

強靭な打弦と(グールドを思わせるような)微妙にコツコツと刻むタッチまで、グランド・ピアノの尊大さや音と響きの濁りを排除して、曲の成り立ちと魅力を明快に弾き表わした直截なバッハ演奏の魅力である。 

 

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