日本に、歴史上初めてウォーターシュートがお目見えしたのは意外と古く、明治36年(1903年)というから、上のコニーアイランドに世界初のウォーターシュートが登場してからわずか数年程度という早さでした。場所は大阪で開かれた第5回内国勧業博覧会という博覧会でした。(ちなみにコースターのほうの日本登場はこれより少し前の第3回内国博覧会---東京上野でしたね。)
これは会場となった大阪天王寺付近の茶臼山という山の斜面を利用して作られたもので、その前年にイギリス・グラスゴーで開催された博覧会にあったウオーターシュートをまねて作られたものでした。高さ12mくらいの台の上から95mほどの軌道を滑り降りて池に突入するもので、艇は8人乗り。名称は当時の記録によれば「舟すべり」とか「ウォーターシュート」と呼ばれていたようです。
ちなみに料金はというと、同じ頃、蕎麦1杯食べるのに要する料金の10倍程度だったというから、かなり高いものだったようです。しかも博覧会の入場料もこれと同じくらいの料金だったとのことですから、今でいえば、入場料に5000円、ウオーターシュートに5000円、あるいはそれ以上の出費をしていると思えばいいでしょう。それでもけっこう人気があったということですから驚きです。
このウォーターシュートには客と同時に係りの人も一人乗り込んだらしいですが、もちろん後年のような飛び跳ねる「船頭さん」というのはいなかったようです。ちなみにこの第5回内国博覧会では、回転木馬(メリーゴーランド)も日本に初登場しています。
さて、それから4年後の明治40年(1907年)には東京上野で今度は東京勧業博覧会というのが開催されていますが、そこにもウォーターシュートは登場しました。きっと大阪での盛況が評判となっていたのでしょう。
さらには同じ明治40年には六甲山の麓に香櫨園という西日本最古ともいえる遊園地が開園しましたが、そこに何と本格的なウォーターシュートが常設されているのです。コースターのほうは博覧会での初登場でもあまり評判にはならず、その後、50年ほどの長い間、闇に埋もれたままだったことと比較すると、何だか不思議な気がします。のろのろと走る初期のトンプソン型コースターよりは、一気に下って豪快に水しぶきを上げるウォーターシュートのほうが乗っても、眺めていても、より楽しかったのか、あるいはインパクトが大きかったということかもしれません。
残念なことに香櫨園というのは開園からわずか6年後の大正2年に諸般の事情で閉園してしまったため、この常設ウォーターシュートは短命に終わってしまいましたが、それに代わるように大正15年(1926年)に開園した豊島園には、開園の翌年にウォーターシュートが設置されています。ですから、いずれにしてもウォーターシュートというのはコースターよりはずっと早く日本に定着したといえますね。だから、こちらこそ「日本の絶叫マシンの元祖」と言えるかもしれません。
私自身が昔(昭和30年代)、実際に目にしたことがあるのは、向ヶ丘遊園のもので、昭和27年に東洋娯楽機(後のトーゴ)が作ったものだそうです。あの着水時の音と水しぶき、それにポーンと高く飛び上がる船頭さんのカッコイイ姿が印象的でした。
日本国内でどれくらいの数が設置されたのかは定かではありませんが、日本が戦後の高度成長期を迎えた昭和40年代以降、だんだん少なくなったようで、まず、豊島園のものは昭和42年、向ヶ丘遊園も昭和59年には営業を終了。昭和60年代になると西武園くらいになってしまったらしいです。そして西武園のものが営業終了したのと入れ替わるように、今度は横浜八景島に初期の形のものが「復活」した、というような流れかと思われます。
初期の型のものは乗船の効率も悪いし、船頭さんの熟練も必要なことから、今後再び見られるようになるということは期待薄ですが、グレート・ザブーンのようなタイプや、各種の「急流すべり」に今後ともその流れは生き続けるものと思われます。こういった歴史を振り返りつつ、これら現代のウォーターシュートをあらためて堪能してください。