このように、日本において、ローラーコースターが常設として定着したのは、昭和27~30年(1952~1955年)のことであり、そんな意味ではアメリカから見ると、約50年の遅れがあるということにもなります。
世界編と同じく、次にやって来るのは、宙返りコースターの時代ということになりますが、ここではまるでアメリカとの差を埋めようとするかのように、一気にスピードアップで設置されることとなりました。
アメリカのナッツベリーファームでコークスクリューが登場したのが1975年。日本ではそれに遅れることわずか2年の1977年(昭和52年)に千葉県の京成谷津遊園に同型機が設置され、大きな話題を呼びました。(余談ですが、私が絶叫系マシンを「かたくなに」拒絶して自分の中での絶叫暗黒時代を築くことになったのは、この谷津遊園のコークスクリューに打ちのめされた事が原因でした)。ちなみにコークスクリューの西日本初登場は翌1978年、奈良ドリームランドのスクリューコースターでした(同じアロー社製)。
コークスクリューの登場以降しばらくは、この時代、日本の経済状態が良好だったことも手伝って、次々と新しいコースターが登場しました。
1979年 サンダーコースター(那須:サノヤス・ヒシノ明昌)
---国産初のコークスクリューと思われる
ループ・ザ・ループ(東条湖ランド)
ループコースター(よみうりランド)
シャトルループ(横浜ドリームランド)
1980年 ダブル・ループ(富士急:サノヤス・ヒシノ明昌)
スカイループ(生駒山)---泉陽興業のアトミックコースター
1981年 トルネイダー(あやめ池遊園地)---スクリュー+ループ
1982年 よみうりランドのループコースターに
立ち乗り車両登場(世界初)
1983年 ムーンサルトスクランブル(富士急)
1988年 バンデット(よみうりランド)---当時世界最速110km/h
このように1980年代はバブル期にかけて各地にいろいろとコースターが設置され、これらのうちいくつかのものは、現在でも目にすることができます。ただし、1990年代はバブル崩壊の影響で日本経済も下降線をたどることとなり、新しいコースターの導入速度は鈍り初め、そればかりか、1990年代後半からは、遊園地の閉鎖が相次ぐ時代となったという流れは記憶に新しいことだと思います。
1992年 ジュピター:日本初の木製コースター(城島後楽園遊園地)
1994年 ディアブロ:日本初のインバーテッドコースター
(姫路セントラルパーク)
1996年 フジヤマ:当時世界最速
2000年 スチールドラゴン2000:当時世界最速
2001年 ドドンパ:当時世界最速
こうやって日本のローラーコースターの歴史を振り返って見ると、ローラーコースターの黎明期には、いち早くそれが我が国にも紹介され、また宙返りコースターが出現して第2次黄金時代が到来する際にも、かなり早い時期から新鋭機が導入されたという歴史があります。にもかかわらず、最近のわが国のコースター事情を冷静にに見つめて見ると、アメリカなどに比べれば、どうしても「お寒い」状態であると言わざるを得ません。そればかりか、遊園地そのものの存続すら問題となるような今日この頃となっています。願わくは、今後、経済復興とともに、再び新しく魅力的なコースターの繁栄する時代が訪れることを期待したいですね。
(尚、日本初の宙返りコースターだった京成谷津遊園のコークスクリューは、谷津遊園の閉鎖(1982年)にともなって、翌1983年、北海道のスルツリゾートに移設され、現在でもその姿を見ることが出来ます。)