ノラ猫と保護猫専門のお手伝い屋さんをする中で一番多い仕事は、ノラ猫さんを捕獲、避妊去勢手術を施したうえで元の場所に戻す、TNRと呼ばれる依頼です。
早朝や夜、ターゲットの猫さんが現れる時間に現場に伺い、保護専用のカゴを設置して隠れて見守ります。現れた猫さんがカゴの手前から点々と置かれた餌を食べ進むと、体全体がしっかりカゴの中におさまったあたりで入り口の扉が閉まります。
猫さんが怖がらないよう、布で包みます。外が見えている状態では暴れていた猫さんも、視界が暗くなるとおとなしくなります。包んだカゴごと車に乗せて動物病院へ連れて行き、避妊去勢手術を受けさせます。
退院可能になった猫さんを迎えに行き、捕獲現場に連れて戻ります。依頼主さんと見守りながら扉を開けると、ダダッと一目散に走っていきます。それでも、翌日にはいつもの場所にご飯を食べに戻ってきてくれることが多いです。
耳には不妊手術済みの印のV字カットが施され、TNR済みの猫さんであることが誰が見ても分かるようになります。カットされた耳の形が桜の花びらに似ていることから「さくらねこ」とも呼ばれます。この一連の取り組みをTNR(Trap/捕獲して、Neuter/不妊手術をして、Return/戻す)と言います。
「せっかく保護した猫をまた外に放すの? それのどこが保護活動なの?」と思う方も多いと思います。私も活動を始めた当初は、一度保護した猫をまた外に戻すなんてつらすぎる…と思い、保護譲渡を中心に取り組んでいました。
18年ほど前、高校生だった私は弱っている子猫を見つけては自宅で保護、ケアをして譲渡し、その数は3年間で計20匹に上りました。自分では精いっぱい頑張ったつもりでしたが、当時の環境省の発表を聞いてがくぜんとしました。
1年間に日本国内で殺処分された猫は20万1千匹もいたのです(平成19年度)。20匹の保護譲渡では、太刀打ちできていないにもほどがあります。だからといって活動をやめるつもりはありませんでしたが、取り組み方を考え直す必要があると思いました。
殺処分をなくすための活動は大きく分けて2つあります。保護譲渡とTNRです。
猫さんは1度の妊娠で平均4匹の子猫を出産し、それを1年間で2回ほど繰り返します。ノラ猫の寿命が飼い猫の3分の1程度の5年しかないと仮定しても、5年間で生まれる子猫の頭数は少なくとも40匹以上に上ります。
つまり、5年スパンで考えると40匹の子猫の保護譲渡と1匹の親猫へのTNRの殺処分に対する予防効果は同じです。親からはぐれた子猫の保護をいくら頑張っても、親猫の過剰繁殖という根本原因と向き合わないなら、自作自演の保護活動ではないか…と目が覚める思いでした。
今は依頼を受けて毎月100匹ほどのノラ猫さんのTNRをお手伝いしています。TNRを推進する自治体も増え、環境省の最新の発表では令和4年度の1年間で殺処分された猫の頭数は9472匹でした。減ってはいますが、殺処分される命が9千匹もいる現在では、予防効果の高いTNRをなるべく多くのノラ猫さんに提供していく必要があります。
とはいえ、手当たり次第TNRすればいいというわけでもありません。猫にもメリットがあるようにTNRを行うには、餌の管理も重要です。実際、TNRをしているのに猫が増えてしまう現場があります。成果が出る地域と出ない地域を調べてみると、違いは餌の管理方法にありました。次回は、案外〝深い〟、ノラ猫さんの管理について書いていきたいと思います。
◇
大阪を拠点に、猫にメリットがあると思えることなら何でもお手伝いする「猫の便利屋さん」を営む小池英梨子さん。ネコの目線で取り組む活動から見えるあれこれを、月1回つづってもらいます。
小池英梨子
立命館大学大学院応用人間科学研究科対人援助学領域修了。「ねこから目線株式会社」(大阪市)代表、「人もねこも一緒に支援プロジェクト」(NPO法人)代表。平成16年から猫の保護譲渡やTNR活動をスタート。大学院でノラ猫をテーマに「共生と共存社会のリアリティ」について研究し、29年に猫の多頭飼育崩壊など、ヒトの福祉と猫問題への並行支援が必要なケースに対応するため「人もねこも一緒に支援プロジェクト」を立ち上げる。30年に保護猫・ノラ猫専門のお手伝い屋さん「ねこから目線。」を設立。京都、福岡、沖縄にも拠点を置き、ライスワークもライフワークも猫にまみれている。