精神障害者の事件 焦点になる「責任能力」とは、必要な治療とは?

聞き手・新谷千布美

現場へ! 刑務所の「IPPO」(5)

 容疑者や被告に精神障害があるとわかった時、焦点になるのは「刑事責任能力」だ。

 連載では、「責任能力がある」と判断された受刑者たちに向けた刑務所の新しい取り組みを描いてきた。

 精神障害のある犯罪者にどう向き合えばいいのか。札幌刑務所と隣接する専門機関で、容疑者らの精神鑑定をしている、北海道大学病院附属司法精神医療センターの賀古勇輝センター長(52)に聞いた。

 ――そもそも「刑事責任能力」とは何ですか。

 善か悪かを判断する力、自分の行動をコントロールする力、この二つの能力がポイントになります。どちらか一つだけでも、欠けていれば「心神喪失」、著しく低ければ「心神耗弱」です。

 ――刑法39条は心神喪失を「罰しない」、心神耗弱を「刑を軽くする」としています。喪失か耗弱か、精神鑑定で判断するのでしょうか。

 いいえ、違います。最終的に判断するのは、検察官や裁判官です。鑑定では、犯行時に精神障害があったかどうか、犯行にどのような影響を及ぼしたのかなどを評価します。検察官や裁判官が判断するための材料を提供する形です。

 ――精神障害がある人が逮捕された場合、必ず精神鑑定を受けるのでしょうか。

 いいえ、むしろ少数かと思います。精神鑑定は、責任能力に問題があるのではないかと疑われた場合に実施されます。

 例えば、精神障害がある人が万引きをしたとします。「悪いことをした」「お金がなかった」「店員に見つからないようにバッグに入れました」と反省し、動機なども説明する。こうした場合は、責任能力があると判断され、精神鑑定は実施しないことが多いように思います。

 鑑定をしていると、刑事責任能力が認められるかどうか、紙一重の差だと思うこともあります。

 ――「司法精神医療センター」は刑務所とは違うのですね。どんなセンターですか。

 刑事責任能力が認められ、実刑判決を受けた人が行くのが刑務所です。

 私のいる司法精神医療センターは、重大事件を起こしたものの「心神喪失」や「心神耗弱」が認められて、不起訴や無罪、執行猶予になった人へ医療を行う医療観察法の指定入院医療機関です。精神科医、看護師、精神保健福祉士、作業療法士、心理療法士など複数の専門職によるチーム医療に取り組んでいます。

 退院後に再犯する人は全国で1%程度とされており、ゼロではありませんが、この制度ができる前や諸外国と比較してかなり低く抑えられています。

 ――チーム医療は効果があるのでしょうか。

 事件当時は「心神喪失」とされるほど重症だった人でも、センターでは1年半~2年半ほどで改善して退院し、通院に切り替える人が大半です。

 精神障害の治療では、医学的な視点だけではなく、心理的、社会的な側面からのケアも非常に大切です。多職種で、多面的に治療することで効果を上げられると思います。

 2022年4月にこのセンターを開設してから40人近く入院しましたが、大部分の方は病状が改善し、すでに社会復帰したか、その準備を進めています。

 チーム医療は、私たちのセンターに限らず、一般の患者向けの精神科病院でも、広く取り組まれています。

 ――全国初の専門プログラムが札幌刑務所で始まりました。

 そもそも「常勤の精神科医がいる刑務所」は全国的にも少ないと聞いています。ほとんどが非常勤で、市中の病院から往診のような形で来ています。精神医療が必要な受刑者が「チーム医療」を受けられる十分な枠組みはありませんでした。

 「刑事責任能力あり」となれば刑務所で服役しますが、出所後の再犯率の高さが指摘されています。刑務所に入る精神障害のある受刑者のうち、6~7割が再犯者というのは、あまりにも多すぎるのではないでしょうか。札幌刑務所でもモデル事業のように、多職種チームで手厚く対応すれば、必ず再犯防止につながると思います。=おわり

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