スーパー戦隊大投票に限らず、あらゆるランキングものは一切信用ならない!騙されないようにするには「本質」を見抜け
昨日NHKで「スーパー戦隊大投票」なるものがあったそうなのだが、こういうニュースという名のノイズはなぜか嫌というほど入ってくるから、流石に飛んでくる火の粉を無視するわけにも行くまい。
単刀直入に言って「SNSをやってる戦隊オタクに媚びた出来レース」と評する以外あるまい、今やテレビなる「一億総白痴化」の象徴が影響力を失って久しいが、だからといってこういうことまでやるとはNHKも地に落ちたものだ。
そもそもランキングトップ10からして、いかにも「ネットでミーム化した(あるいはしている)作品」が並んでいるのはどうしたことだろうか?純粋な作品のクオリティーで言えば、罷り間違っても「ゴーカイジャー」が来ることはあり得ない。
私自身も2021年の時点ではA(名作)評価していたが、それは元々F(駄作)評価していたのを「二次創作としての利用価値はある」くらいには妥協できるようになったから「落とし所をつけてやった」だけのことだ。
90年代戦隊という激動期を原体験として過ごしており、今もってなおあの時代がいかにすごかったかを知っている私からすれば、とてもじゃないが『百獣戦隊ガオレンジャー』以降の作品などまともに見れたものではない。
だがまあそんな個人的嗜好を置いておくとしても、この結果に対して疑うことなく鵜呑みにしている奴はそれこそ小学校の国語ドリルと算数の計算からやり直してこいと言いたくなるくらいに事態は深刻だ。
59万6736票とあり、これだけを見ると確かに多そうだが、そもそも日本の総人口が1.245億人を分母として考えると、そもそも今回の投票は単純な計算だけ見ても日本の総人口の0.5%(四捨五入)程度しか投票していない。
そんな雀の涙程度のなけなしの投票が参考になるはずもあるまいし、スーパー戦隊に限らずハリウッドのアカデミー賞やカンヌ国際映画祭でもそうだが、こういうランキングものは必ず裏で票の操作や改竄・忖度といったものが入っている。
要するにブラックボックス化しているのであって、この票が本当にスーパー戦隊のファンの総意を真に反映させた結果なわけがない。
これは何も個人的主観で述べているわけではなく、算数分母と分子、そして高校の確率や期待値をわかっていれば頭の中で簡単に計算できてしまうものである。
投票の内訳が男性52.5%、女性41.8%、9歳以下が3.4%、10代が15.3%、20代が22.5%、30代が22.4%、40代が15.9%、50代が15.0%、60代以上その他が5.5%というのも怪しい。
男性と女性の合計値を足しても94.3%、残り5.7%はどうなっているのかという話だし、年代別のばらつきを見ても肝腎要の視聴者層である児童が3.4%しか投票していないのだ。
それに10代が15.3%、20代が22.5%とあるが、これとてやはり視聴率で数字が取れない今の時代にスーパー戦隊を積極果敢に見ようとする若い層がそんなにいるとも思えない。
20代と言えばほとんどがゆとり後期〜Z世代であり、それより下はα世代であり、そんな層が見てるのはスーパー戦隊よりも「鬼滅」とか、あるいはインフルエンサーの方じゃないのか?
子供達は今や「画面の向こう側=虚構」にいるヒーローではなく「画面の中にリアルに実在するカリスマ」をヒーローとして崇めているわけだから、その現実を都合よく無視した印象操作以外の何物でもないだろう。
かの有名な作家マーク・トウェインが生前にこんな格言を残している。
Figures don’t lie, but liars figure. (数字は嘘をつかないが嘘つきは数字を使う)
そう、私たちが目にする数字には「嘘」はない、しかしそれを用いる人間は平気で「嘘」をつくという事実を我々は熟知しておかなければなるまい。
宝くじだって競馬だってそう、ああいう投機は基本的に数学の確立・期待値ができないと勝てるようにはできていないことなど誰しもがわかっているはずだ。
それでも人間は自分にとって本当に都合のいいことが起こった時だけやたらと数字を使いたがることを意識しておかなければ、簡単に詐欺に引っかかる。
出演しているキャストを見ても中川翔子をはじめとしていかにも「こいつら出しておけば受けが取れるだろう」という奴らばかりを出しているのだ。
まあ実際に出た役者たちを呼ぶのはまだいい、問題はMCの西川貴教や杉浦友紀がスーパー戦隊シリーズについてさして造詣が深い人たちではないことである。
そんな奴らを起用している時点で番組として信頼が置けるわけもないし、スーパー戦隊に限らないがNHKがやっているエンタメ系の評論番組なんてどれも的外れで幼稚な雑談ばかりだ。
しかもここぞと言わんばかりに中川翔子を出しているのも中川翔子が「戦隊オタク」という肩書きで浸透している人だからというあざとさが透けて見える。
私自身は別に中川翔子のことを好きでも嫌いでもないが、彼女は確かに「知識量」は凄いが鋭い視点での「批評眼」なるものを持ち合わせた人というわけでもない。
それこそゆっちーさんからもコメントをいただいたので触れておくと、渡辺範明氏がしていた次のコメントもそうだ。
「ジェットマンの本質っていうのはトレンディなところじゃなくて戦隊メンバー間の人間ドラマを本格的に取り入れたところ」
「トレンディではない」とわかっているだけまだマシだが、「メンバー間の人間ドラマを取り入れた」ことそのものは「手段」であって「目的」でも「本質」でもない。
この言い方だと、まるで『秘密戦隊ゴレンジャー』〜『地球戦隊ファイブマン』までは「メンバー間のドラマがなかった」と言っているように聞こえる、実際はそうではないというのに。
単純に「人間ドラマ」を描くだけなら別に「ジェットマン」以前に「マスクマン」でも「ライブマン」でもやっていることだ、何ならその時代の戦隊の方がよほど「トレンディ」だった。
『鳥人戦隊ジェットマン』を見ていればわかるが、井上敏樹と雨宮慶太は決して「人間ドラマ」を描いたから凄いのではない、それを用いて80年代戦隊をほぼ完璧に「脱構築」仕切ったことが凄いのである。
スーパー戦隊シリーズの系譜で見れば、『鳥人戦隊ジェットマン』がシリーズ最大の転換点であることなど誰にでもわかるだろうが、「なぜそうなのか?」を突き詰めて考えた人がどれだけいるというのか?
これならまだ「怒り新党」の方がまだきちんと「ジェットマン」のツボを押さえた紹介の仕方をしていたし、私はいまだにスーパー戦隊ファンも含めジェットマンの特徴が「人間ドラマ」ばかりを評価されているのが遺憾である。
とはいえ、これ以上文芸面に突っ込んだ話をすると本筋から脱線するので話を元に戻して、いずれにしても話題性となるものがないから適当にスーパー戦隊のファン・オタクに媚びた企画さえ出しとけばいいという魂胆が見え見えだ。
数字を使うなとは言わないが、数字を見るにもリテラシーというものが必要であり、そこを分からないとこのランキングの裏に隠された真意に気づくことすらないまま騙されて終わるだろう。
そもそもスーパー戦隊50周年なんていうが、私に言わせれば「たまたま50作続いてしまった」だけのことであって、盛大に持ち上げてアニバーサリーを祝うほどのものでもない。
むしろ、「タイムレンジャー」で早々に利確しとけばよかったものを、そうしなかったばかりに今なお「緩やかな衰退」が続いてばかりではないか。
そのことにすら気づかず、脊髄反射で生きているやつがほとんどだから、もう私は戦隊というものにほとほと愛想が尽きかけている。
今の日本はこんな知性も教養もクソもない番組で喜ぶほどに衰退してしまったということの証左であろうし、今後ますますこの傾向は顕著になるだろう。
良くも悪くも「時代の変化」が今年になって至る所に現れている。



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