「倭寇」はいまもいる? 明から習政権まで、600年の意外な中国史

構成・大内悟史

 「倭寇」といえば、14~16世紀にアジアの海を暴れ回った「海賊」が思い浮かぶ人も多いだろう。ただ、この「倭寇」、見方によっては現代アジアにも存在し、今も中国という国家を揺さぶっているという。近著「倭寇とは何か」(新潮選書)が話題の歴史学者、岡本隆司さんの大胆な見方とは?

 倭寇は東アジアで略奪や密貿易を行った海賊のような人々で、その担い手は、14世紀後半がピークの前期倭寇では主に日本列島の人々だったのに対し、16世紀の後期倭寇では、中国大陸出身者を中心に日本やポルトガルなどの様々な人々がいた――。歴史の教科書では、こんな説明が一般的だと思います。

 ただ実際は、倭寇は単なる海賊ではありません。「倭」は日本の蔑称、「寇」は襲撃・侵入を意味し、あくまで中国・朝鮮の政権側からみた言葉です。その正体は、権力・当局に服さず、国境を越えて活動する民間商人やその関係者の「ネットワーク」だったのです。

 歴史を振り返ってみましょう。

「孫文も『倭寇』の一人」

 前期倭寇の時代は、ちょうどモンゴル帝国が崩壊して明(1368~1644)が成立した激動の時代にあたります。

 戦乱による治安悪化がアジア全体に広がる中で、国家の統制に従わない海賊や貿易商人が活動し、中国・朝鮮の政権側は「日本からの脅威」とみなします。上下の秩序を重んじる朱子学を掲げた明は、貿易や渡航を制限する海禁政策を取る一方で、日中双方の政権が管理する勘合貿易をおこなって倭寇を沈静化させました。

 ところが16世紀の後期倭寇の時代になると、長江下流域の江南デルタの経済的発展に加えて、欧州諸国が世界の海へと乗り出す大航海時代が到来します。

 日本の石見銀山やアメリカ大陸でとれた銀が、中国やポルトガル、スペインなど「南蛮」との交易を支えます。海を越えて結びついた列島人や大陸人、南蛮人・紅毛人たちが、国家による国境や貿易の管理を超えた、いわば「境界人」として活躍するのです。

 つまり倭寇は、日本人か中国人かが問題なのではなく、沿海に出て商業を営む雑多な人々がアジアの海を股にかけて活動していたという「状況」であり「現象」として捉えるべきなのです。

 17世紀に入ると、豊臣秀吉の海賊禁止令を機に日本は海禁・鎖国への道を歩み、倭寇は消えたとされますが、その実体であった華人(中国系移民)の貿易ネットワークは、中華の正統な秩序(華夷秩序)の外で、異国と自由に結びつき、越境的に動く民間の運動体として、グローバル化の影響下でさらに発達していきます。

 そんな倭寇の末裔(まつえい)たちを抱え込むのか、押さえ込むのか――。中国は今に至る600年もの間、ある意味この「倭寇」的存在と向き合ってきたと解釈できます。

 清(1644~1912)の時代に入ると、シナ海貿易を大規模展開していた中国人の父と日本人の母を持ち、台湾を占拠した鄭成功らの海上勢力を武力で押さえつけた時期もありますが、その後は異国と結びつこうとする「倭寇」を政権側に取り込むため「互市」(貿易開放)政策へと転じました。

 19世紀以降のアヘン戦争や日清戦争といった大英帝国や日本の侵略も、中国側から見れば「倭寇」の流れに位置づけられる出来事でしょう。英国も日本も、中央(北京)の統制を受けないアヘン流通や作物生産の拠点を求め、それぞれ香港や台湾を手に入れようとしたわけですから。なお、香港や台湾は、古来、華人ネットワークの主要拠点である広東・福建両省と近く、周辺の海に開かれた場所です。

 「民」の経済活動の自由を放置すると過熱する。厳しく制限すると反発を呼ぶ……。中国の王朝・政権側から見れば、国家的統制を揺るがす「倭寇」は連綿と存在し続け、そこをどうコントロールするかに苦心してきたと言えます。中国を離れて日本で活動し、清朝を倒す辛亥(しんがい)革命(1911~12年)で活躍した孫文も、中華秩序の外から力を得て中華を変えようとした「倭寇」の一人と言っていい。

 「倭寇」の歴史は中国の歴史そのもの。戦後の中国共産党政権を含めた中国近現代史も、こうした倭寇と向き合ってきた歴史の延長上にあるとさえ言えます。

 では、習近平政権は「倭寇」とどう向き合っているのか。

 中国は鄧小平以来の「改革開放」路線で経済成長を遂げましたが、副作用として格差が拡大し、官僚の腐敗、治安の悪化などに直面。今も改革開放路線に連なる「社会主義市場経済」の方針は維持していますが、習氏はビジネスを通じて外国と過度に結びつく勢力の出現を体制を揺るがす火だねとみなし、経済の過熱を抑えて国家的統制を強める方向に舵をきっているように見えます。

 他国に割譲した香港や台湾と中国大陸との共存共栄を掲げる「両岸三地」の方針から転じ、「一国二制度」のはずの香港を弾圧し、台湾にも「一つの中国」を強要し軍事的に威圧する。どちらも、他国と結びついて行う自由な経済・政治活動を押さえつけるもので、「倭寇」対策のあらわれにみえます。結果として、経済成長で生まれた富裕層を中心に、不自由になりつつある中国本土から逃れ、日本などへ移住する中国人も急増しています。

 このような経済・政治活動の自由を求める「倭寇」をなんとかして押さえ込んで支配下に置こうとする習氏の試みは、さらに新たな「倭寇」を生み出していくかもしれない。アジアの歴史を知る者として興味深く見つめています。

おかもと・たかし、1965年生まれ。歴史学者、早稲田大教授。専門は東洋史・近代アジア史。著書に「中国の誕生」「属国と自主のあいだ」「近代中国と海関」など。最新刊は「二十四史」(中公新書)。

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この記事を書いた人
大内悟史
文化部|論壇・読書面担当
専門・関心分野
社会学、政治学、哲学、歴史、文学など