2年間続けたヒゲ脱毛 男らしさの行方は?
同院へのヒゲ脱毛の来院者は徐々に増え、1か月に12人訪れたこともあったという。光谷院長は「ヒゲ脱毛後は、前より若く見られるようになったという声をよく聞く。日々のお手入れの時短から仕事上の身だしなみ、美の追求など男性の意識が変化し、ニーズも多様化している」と話す。
コロナ禍で時間 体毛を意識
東京未来大の鈴木公啓准教授(社会心理学)らが2023年2月に男性約1500人に行った調査では、医療機関やエステでの脱毛経験は20代が16%、30代、40代も1割を超えた。「興味関心あり」は20代34%、30代31%、40代25%だった。特に20代はコロナ禍での脱毛経験が1割近かった。
鈴木准教授は「コロナ禍で時間に余裕ができ、自分の顔や体に向き合う時間が増えたことも大きい。特に若者はソーシャルメディアなどを通じて、体毛処理の広告や韓流アイドルらのツルツルした外見などが、日常的に目に入る。そのことによって、自分の体毛を意識するようになることもある」と話す。現代社会の底流としてあるのは男女平等や清潔、健康志向だ。男性の場合、パートナーの女性から勧められることもあるという。「若い男性は、今はまだ、ヒゲ脱毛をしたい人はするぐらいの段階。『皆するのが当たり前』となると息苦しい世の中になる」と鈴木准教授は指摘する。
脱毛トラブルも増加傾向
男性脱毛の料金は、女性より高く設定される傾向がある。毛が濃く、量が多いため、施術回数も増える。美容産業は、女性市場が飽和状態のため、当然男性もターゲットに入れている。電車内やインターネットの広告で「脱毛」を目にしないことはない。ただ、脱毛とは言え、費用は高額で身体に危害が及ぶリスクも伴う。国民生活センターによると、ヒゲなどを含む脱毛エステの男性からの契約・解約を巡る相談件数が増えている。2014年度には112件だったのが、24年度には約10倍の1016件。やけどなど身体被害の相談も寄せられている。
たかが毛、されど毛 薄毛と脱毛に資本主義の構図
かつてコンプレックスを刺激する大量のテレビCMや広告で集客するのは、育毛・カツラ産業が有名だった。薄毛をテーマにしたテレビディレクターの多角的な取材によって、コンプレックスをお金に換える資本主義社会の構図を描き出したのがルポ「ぼくらはみんなハゲている」(太田出版、2005年)だ。薄毛に悩み、男らしい自分を求めて植毛手術に踏み切って失敗した人たちにも話を聞いている。著者の藤田慎一さんは現状について、「たかが毛、されど毛。毛に罪はないけど、どこに生えるかで喜ばれたり、悲しまれたりする。人間自らが一つ一つの毛に価値を付け、翻弄(ほんろう)されもする。基本的に老いによる喪失である頭の薄毛は選択ができないし、歴史上格好いいとされたこともない。それに対し、脱毛はファッションと同様に、お金を回していくために資本主義のシステムが作り出す流行の一つとも考えられる」と話す。
完璧な人間はいない「完全勝利目指すな」
同書の出版から20年たつが、美容産業が時代の一つ先を読み、『脱毛はマナーです』などと、人々の心に踏み込む広告を打ち出してくる点は変わらないという。ヒゲ脱毛が進むと、記者には思わぬ副作用があった。ヒゲのそり残しによって覆い隠されていたシミやそばかすが気になるようになったのだ。看護師にも勧められ、「脱毛の次はレーザーでシミ取りかも」と考え始めていた。藤田さんは言う。「コンプレックスや美意識との闘いに完全勝利を目指してはいけない。効果ゼロだとしても許せる範囲で資金を投入した方がいい。少しだけ闘うとか、上手な付き合い方を学んだ方が有益。完璧な人間などいないのだから」