人に内在する良心神(神言会)

神は言葉なりき。言葉は言霊で構成され、その言霊による神の仕組みを解説する神言会(kamikotokai.com)のプログです。
神言会では人に内在する良心神(この世の閻魔)とは何かを説明しています。

全国一の宮、住吉神社、筥崎宮。九州で「ス」の神業???

私に全国一の宮を回るようにと指示が出て、本州を「8」の字型で回って来ましたが、他にも用務があり、中々先行きしませんでした。ようやく一段落して来たので、九州と四国を回ることにしました。

すると、今回の九州行きは「ス」の神業だと出て来ます。エッー!。「ス」の神業とは何だ?。です。九州と書いて「九」に「州(ス)」なので、その意味かと首を捻っておりました。今さら大本教神諭が予告した「九つ花」に「ス」神論など出せない以上、九に「ス」は置けないはずです。

九州と四国の最後を淡路島の伊弉諾宮として終えた後に、やっと今回の「ス」の意味が理解出来ました。
 

大本教が出した「ス」の神は、多くの新興神道で「主(ス)」神の意味だと信仰されています。スの大神です。しかし、そこに「十三」の意味が秘められていたことの気づきはあまりなかったようです。
私は「○十の薩摩紋」から、この「ス」の神に隠された隠語は「九+四=十三」の「串(九四)」であることを知りました。
今回、「九州+四国」を回ることが「ス」の神業と出たことで再度気づいたしだいです。私は何時も終わってから気づくことがほとんどで、動いている最中は意図しているのでなくて、自分では気づかずに動いていることが多いのです。私に出た「ス」は「九州+四国の十三」です。一般的にこの「九四」は「苦死」につながると嫌われる数字の意味を持ちます。

キリスト教ではイエスは人類の罪を背負って磔(串刺し)になったとします。それは本人にとってはとても苦しい「苦死」です。西洋のキリスト教で「13」の数字を嫌うのは、「9+4」を知らずに言っているわけです。
いくら立替で各自に罪の贖いがあるといえども、そうした苦死(串)は起きない方がいいわけです。そこに「九+四」で十三にすれば、富(十三)が出て来ます。
大本教の出口王仁三郎聖師は霊界物語第「十三」巻において「みのか尾張の国の中」を予告されました。この「みのおわり」は「身の終わり」として今では知られておりますが、そこに神の高山に上がる「41」の数字が秘められています。
それが「369(みろく)の米教」の真髄ですが、朝鮮に残された予言でも解るように「米教」は最後の審判前迄の救世の為の教えであり、最後の審判に入った時に慌てて米教を学んでも間に合いません。

私が日本語の仕組みですが言葉を紐解いて出した米型の「九つ花」は、朝鮮に残された救世の為に最後の教えとして米一字の教えが起きる。それだけのことですが、国常立尊が三千年に渡って仕組んでこられた言葉による仕組み。それを紐解いて多くの人に知らせなさいであって、それ以上ではないのです。いざ立替に入って私に泣きつかれても、私には何もして差し上げられる力は保有しません。

ほとんどの方が「米」教の良心神など教えて貰わなくても自分は良心の大切さを知っているから、貴方に良心を教えて貰わなくても結構と言われますが、どなたも私が単に良い心の良心を説いているのだと勘違いされているようで、「言葉を創った神」の存在。創造神を知る為の言葉の仕組みを説いていることを理解されようとはされません。
日本人という限定は入りますが、現実に私達が使っている言葉をもって、存在しないと思われる創造神が言葉でここまで仕組みをされている。それは神社や仏閣に祭られている神ではない創造神と呼ばれる神の存在を認識することにあるのです。

救世の意味の「41」は国道41号線で解るように美濃か尾張から出て神の高山に入っても、その終着は「富山」となります。当然に富山は「十三」で「ス」神論の基本となって来ます。
だが、富山の「十三」では、「ス」神論の意味が完全には解けません。大本教の出口王仁三郎聖師は「最後は火の雨」だと予告されましたが、この「火の雨」の越中に人々を逃がすことが富山(十三)のス神の仕掛けとなっています。
しかし、神の高山が飛騨の高山市に入る意味でないのと同じように、終着に入る十三は富山県の富山市のことでもないのです。これらは言葉の「型」として、神が仕組んでこられた話にしか過ぎません。
私が全国を回っているのも「言葉の型」がどのようになされているのかを知る為であって、神社に祭られている御神霊がどうのこうのではないのです。例え日本国中の神々が束になっても創造神の力には遙かに及ばないからです。

では、私が九州と四国を回った「九+四=十三」のス神は如何なる型なのか?。その点はもう一つよく解りませんでした。何か別の物が出て来て、それと繋がった時にはその意味がはっきり解って来ます。

筑前国の一の宮としては住吉神社と筥崎宮があります。一般的には住吉神社は大阪の住吉大社が総本社とされますが、博多の住吉神社が最初の住吉神社であり、古書ではこらちが住吉本社とされています。
住吉大神とは伊弉諾尊が「筑紫の日向の橘の小戸の阿波伎原」で禊ぎをされた時に出られた神とするならば、神功皇后に降りた神託による大阪の住吉大社を総本社とするのは後の話になります。

住吉神社鳥居。
 

住吉神社の随神門。
 

住吉神社の御本殿。御本殿を拝していますと本殿の中から一体の龍神が姿を見せられましたが、人型であれば翁のお姿で出られる存在ではないかと見ました。私個人としては、ここは凄く神気を感じることが出来ました。
 

この御本殿の横の立て札には西暦1623年に黒田藩主「黒田長政」の再建となっています。国指定重要文化財となっており古い建造物なのでしょうが、その古さを微塵にも感じられませんでした。
 

この住吉神社の境内には小さな稲荷社が二つあり、一社は宇賀乃魂大神となっていて拝したところ、この社から豊受姫が出て来られて一言と貰いましたが、その社の裏にも稲荷社があり、少し覗いて素通りしようとしたら、白装束の白髪の御老神がせっかく来たのだから挨拶して行けと言われるので、祝詞をあげさせてもらいました。
額を見ると白髪稲荷大神となっていましたが、これまでほとんどの神社に行っても誰も出て来られないが多かったので、私にとっては今回はびっくり旅になりそうな予感がして来ました。

住吉神社境内の宇賀乃魂大神社。この社の裏側が白髪稲荷大神社となっていましたが、住吉神社の公式マップにはその社は記載されていません。白髪稲荷大神をインネットで検索してもほとんど解りませんでした。神名の名乗りがなかったので、そのお姿から白髪大神と呼ばれているだけであって、そのお姿から推察するとかなりの大身の稲荷大神と思われます。

私が若い頃に修業した伏見稲荷山の○○社の○○大神であったかも知れませんが、その当時にお出会いしたその大神の面影を今ではすっかり忘れていますので断定は出来ませんが、その大神だったかも知れません。白髪の大神だったのです。
 

住吉神社の境内に力士像があり、何でと思っていましたら、境内には土俵もありました。
 

住吉神社境内にある土俵で力士達が稽古をしていました。ジャージ姿は親方のようで、髷を結っていた力士は一人だけで、後は新弟子達のようでした。11月9日から九州場所なので、ここを稽古場としている部屋なのでしょう。
 

住吉神社から、同じく一の宮である箱崎宮に行きました。別名箱崎八幡宮。日本三大八幡宮の一つとされています。
箱崎八幡宮鳥居。


箱崎八幡宮御本殿。住吉神社でいろいろ出て来られたので、もしかすると誰か出て来られるかと思ってましたら、単に神主さんの霊が出て来てお祓いをしてもらっただけで終わってしまいました。
 


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