7月に本州の一の宮神社を海沿いに8の字型に回りましたが、その時に時間的なことから越中・能登・加賀・越前・若狭国が回れませんでした。8月にその5ヶ国を回りましたので、今回ご紹介します。
能登国一の宮は「氣多大社」となっています。能登の国は越中の国から分離されたものであり、この氣多大社は元は越中国一の宮となります。この氣多大社で、少し面白い事実に出会いました。
氣多大社鳥居。
氣多大社由緒書。北陸道総鎮護となっており、御祭神は「大国主命」となっています。これは古代出雲王朝は北陸までその勢力が及んでいたとも思われます。日本の歴史書からそうした事実は消すことが出来たとしても、こうして全国のお宮を回っていると私達が教えられていない事実があったと解って来ます。
そして、そこには表からは消されても、脈々と流れる霊的世界で何が起ころうとしているのかを知る助けにもなります。
氣多大社門。非常に古い建物ですが文化財となっていて、そうした関係からも立替も難しいのかも知れません。
氣多大社本殿。まさに古社の趣。
その氣多大社の横に氣多大神宮寺が存在しています。昔は氣多大神宮の別当寺と呼ばれていた寺です。
その元の別当寺由緒書に面白い事が書かれています。この別当寺にも【八咫の神鏡】が存在しているとなっています。
越中の国から能登の国が分離され、その越中国に能登国となった氣多大社から分霊を勧請したのが越中国一の宮である氣多神社になります。その参道。
越中国一の宮たる氣多神社の本殿。
氣多神社の由緒書。
この越中国一の宮たる氣多神社がある高岡市には、同じく一の宮とされる射水(いみず)神社が存在します。
私のカーナビでは高岡古城の中にあるとは解るのですが、その城内に入る道を的確に案内してくれなかったので、ウロウロして同じ古城公園の中にある別の場所に車を止めて古城内の公園の中を歩くことになってしまいました。
射水神社の鳥居。
射水神社の本殿。
越中国一の宮としては、他に南砺市(なんとし)に「高瀬神社」があります。御祭神は氣多大社と同様に大国主命さまとなっています。
高瀬神社鳥居。
高瀬神社本殿。
高瀬神社由緒書。
越中国一の宮としては、他に「雄山神社」がありますが、これは前回にご紹介済み。
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