大本教霊界物語を読んでいますと、
国常立尊は今から約【35万年前】に邪神達によって地上神界の主神としての地位を退かされたとあります。その後、その主神の地位を襲ったのは中国で創造神ともされる「盤古大神」。盤古大神は木星の精霊神で邪神ではなかったが、穏やかで力で邪神を押さえるタイプの神ではなかったので、邪神達が我が世の春を謳歌するようになって来た式の記述があります。
この木星の精霊神で、木星の精霊神とは【ジュピター】だと気がつく必要があります。ジュピターはローマ神話での主神で有り、ギリシャ神話では全知全能の父なる神で呼び名で【ゼウス】となります
。つまり、
国常立尊とはゼウス以前の地上神界の主宰神ということになります。
私は鍾馗神の御案内の元、中国の武将を綺羅星の様に従えた皇帝の様な御神霊に拝謁しました。それは夢の中の出来事ではなく、自宅の神前で祝詞を上げている中で自分自身が肉体を離れて神界に突入していたのです。拝謁を終えて、ハット我れに帰ったら自宅の神前の前で坐っていたのです。その神は「盤古」大神と呼ぶ神でした。
当時の私は【盤古大神】などまったく知りませんでした。当時の師匠に盤古大神とはどのような方ですかと尋ねたら、そんな神など聞いたことも無い。あなたは日本の神でなく、中国の神ばかりを見ていると叱られたものです。その当時、西王母と呼ばれる女神にも拝謁していたからです。
未だインターネットも無い時代なので調べようもなく、子供の頃に大本教の神殿近くに住んで時に旧約聖書の神と称する声が私に臨んだこともあって、大本教霊界物語に盤古大神のことが書かれているかも知れないと考え、霊界物語全81巻。当時の私の給料からすると大枚を出しての購入でした。
霊界物語を読んでいるとまるで「あほだら長い経」でしたが、その霊界物語の中に
「中国の盤古大神から、日本の国祖神国常立尊様に神界の大政奉還」の記述がありました。それは西洋で父なる神とされている「ゼウス」から、日本の国祖神である国常立尊様に地上神界の大政奉還がなされるなのです。
日本で「国常立尊」と言っても、記紀神話に天地開闢の創造神として、その名が記載されていても私達日本人はそのことをほとんど知りません。まして、この日本の国祖神であるなど、大本教と言う宗教が起きて説くまでは、私達日本人にとってはほとんど無縁の神であったと言えます。
現代の自然科学では私達現人類は新人と呼ばれ、その祖先はミトコンドリアDANからアフリカ(九州が型)の高千穂たる高山から約16±4万年前に広がったホモ・サピエンスが起源であろうと考えられています。
それ以前に出たネアンデルタール人は、ミトコンドリアDANから私達人類の祖先ではなかったことが解って来ています。ネアンデルタール人は言葉すら持たなかっただろうと推察されています。
霊学の世界では、そうした存在を神が遺伝子操作で現代の様な人間に創り上げたという説と、本来は三次元世界には存在しない霊的な魂がそうした三次元の猿的な存在の肉体を魂の服として使い出した等の説があります。
いずれにしても、天地を創造したとされる国常立尊様がその座を盤古大神(ゼウス)に譲ったのが約35万年前としますと、それらの出来事は「三次元世界」で起きた出来事ではなかったことになります。やはり地上神界レベルとなります。
問題は、約35万年前に引退されていた「国常立尊」様が、大本教神典によれば時節が来て「御復帰」される意味です。
西暦1998年、自宅の神間に柱時計などないのに霊的な柱時計が見えます。これは何事かとその時計を見ていまして、神界における一時間はこの世の一年になると解りました。そこで霊界物語に述べられている主の神、約35万年前を一年で割ってみることにしました。
一年は365.24日とされています。時間にすると約8765.8時間となります。350000÷8765でも8766でもいいのですが、およそ「40」の数字が出て来ます。
ここまでだと、「何の気づき」も出ません。細かい数字に拘る人がいますが、別に物理や数学の試験問題ではないのです。
モーゼは「40」年間荒野をさまよって、「41」年目にイスラエルを目指す。
イエスは「40」日間荒野をさ迷って「41」日目に神の御子となる。
大本教の出口王仁三郎聖師は、「みのか尾張の国から現れる誠の女子」を予言しました。その「美濃か尾張の国より出る」国道は第「41」号線です。
大本教神諭が予告した「九つ花」を紐解くと、真ん中が「41」なのです。
何故に、主は地上時間に換算して約「三十五」万年間も御引退状態であったのかです。それは神界時間に換算して「四十」年間。主も彷徨いの期間であったということです。
大本教では「節分の炒り豆にも花が咲く」と宣伝しました。そして「神も時節には敵わない」があります。その時、その時節を「節分」と読むと意味が解らなくなるのです。
その節とは、「40」から」41」に入る時が節なのです。だが、それがこの世の時間で何時なのかは私達には解らないわけです。ただ、その時節が近づいていることを教える為に、妙霊、黒住、金光、天理の先走りがあり大本の流れとなったのです。大本教で最終の仕組みが完成されて、大本教は予告劇を演じる形となったのです。
主の御復帰とは、主がその「41」の位置に入られる時
大本教は35万年前までは地上主宰神であった「国常立尊」様が、立替で天の主宰神に復帰されると書いています。つまり「41」の天之御中主様と成られるのです。
元々、国常立尊は天地開闢の神であり、自分を割って天の部分を天之御中主として、自らは地上主宰神と下られたであって、自分が入れ替わるだけの話ではあるのです。
だが、その時をもって三次元世界の肉体を纏った魂達の「輪廻転生」の世も終わるわけです。元々、私達の魂は三次元世界の存在では無かったのです。私達の魂も高次元世界に帰還の時がやって来たのです。
それが「始めにして終わりの神」の意です。
モーゼの「41」年目。イエスの「41」日目。大本教神諭が予告した九つ花の真ん中にある「41」。
それは自分の霊感などで紐解けることではないのです。それは宇宙における絶対的な「真理」であり、神が私達日本人には「日本語で紐解ける」様に神は仕組んで下さっていたのです。
地球が365.24日で回っているのも、全ては神の仕組みと言えるでしょう
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