人に内在する良心神(神言会)

神は言葉なりき。言葉は言霊で構成され、その言霊による神の仕組みを解説する神言会(kamikotokai.com)のプログです。
神言会では人に内在する良心神(この世の閻魔)とは何かを説明しています。

9999迄嘘であっても、万に一つの為の警告は神一筋の少途川

私は子供の頃、旧約聖書の神と名乗る声から、【私はこの世の幕を閉めるにあたって、そなたをこの世に使わした。そなたは人類を助けなさい】と言われました。私は子供心にも驚いて、この世が終わるなども信じることが出来なければ、人類を助ける等もとても出来る話ではありません。
で、私にその為の何か特別な力でも下さるのかと思ったら、【そなたには何の力も与えない。そなたに私の力を与えるのは最後の最後の時である】と言われます。
そんな最後の最後の時に力を与えると言われても、それまでの間、いったいこの私にどうしろと言われるのかさっぱり解りませんでした。豊受様から貴方は天帝の詔を教える「言葉の○」と告げられて、言葉の意味が解る様になって来ただけのことです。

ただ、旧約聖書の神と名乗る声は、今の世の幕が降りて新しい世が来ると説くのはそなた一人だけでなく、他の神司(かむつかさ)達も説くであろう。だが、そうした神司達は、そなたが神司(天使)の長であることまでは知らないし、そなたも誰が私の神司(天使)なのかを知らないと言われたのです。
遙かなる昔、国常立尊様麾下のかっての天使(神司)達も、国常立尊様が表舞台から退かれてからは私も含めて皆墜ちてしまったのです。今、どこで誰がどう生まれ変わって生きているのかは国常立尊様だけが御存知なのです。

昭和五十五年に私の身の上に起きた摩訶不思議な出来事。それで覚悟を決めて神霊世界の修業に飛び込みました。
私は子供の頃に臨んだ旧約聖書の神と名乗る声から聞かされた【私はこの世の幕を降ろすが、その後に、誰もが嬉し嬉しの未来が来る」と、新しい喜びの幕開けを言われたことを信じてやって行くより道はないのです。だが、それはこの地球上ではなくて、聖書の黙示録にある新しい地球という存在です。
そんな内容を人々が信じるとか理解するということは、途方も無い作業となります。信じて貰うことは不可能に近い作業なのです。

そうしたことの為に創造神は昔よりそうしたことを述べて来てはおられますが、そうしたことを言って来た者達は誰しも自分の時にそれが起きると思います。考えますと、イエスも自分の時だと思っていたでしょうし、大本教の出口王仁三郎聖師さんも自分の時だと思って来られたでしょう。そう思わないと、とても新しい神の世の宣伝など出来るものではありません。
だが、結果的にはその時には何も起きない。現実的には「嘘」になった。いったい自分は何を演じて来たのだろうとなります。それよりも、起きなかったことで誰もそうしたことを信じなくなるが起きます。旧約聖書の神=国常立尊と呼ばれる神が言う言葉はデタラメで大嘘つきの神であるとなります。
大本教神諭に、「どの神も世の立替があることを御存知なれども、肝心要のことは御存知ない」がありますが、私は稲荷神界で修業のお世話になったことで知るのですが、豊受様、豊川様、御劔様、権太夫様(大国主命)様などは立替があると言われる神派ですが、熊鷹稲荷などはまったく知らない有様でしたし、末端の稲荷神などもほとんど知らない状態なのです。
私もこれで本当に立替等あるのかと疑問符を打ちましたが、【万が一】の例えがあります。その「万に一」に対する備えは絶対必要なのです。 私はいくら立替があると説くのは嘘つきだと批判されても「警告」をしていかなければならないと思ったのです。

私が言葉を紐解くようになった始めの頃、一つの夢を見ていました。そこに一台のパチンコ台がありました。そのパチンコ台は【デタラメ】という名の台。そのデタラメの台に玉がどんどん打ち込まれます。だが、当たりに入らない。それでもデタラメの台に玉が打ち込まれる。そして真ん中のチューリップが開くと、どんどん打ち込まれる球は中央のチューリップの開かれた受け口に溜まるように入り、もうそのチューリップが閉まらない大当たりの打ち止めと台となったのです。
仏教では万物は「虚空蔵」から出たとされます。その虚空の「虚」とは「嘘」の字を造ります。その虚空菩薩は「国常立尊」とされますが、【嘘から出る誠】と言われるように、言葉に「嘘は誠の皮なりて、誠は嘘の骨なりぬ。嘘を叩いて、誠の骨とする」があります。
つまり、神が出されるデタラメに、真ん中に玉を打ち込まないと大当たりとはならないのです。私は神々が出される「嘘」から、何故に神々には「良心」が存在しないのだろうという疑問に当たりました。これが色々な角度の検証から「人の中に存在する良心神」となって来たのです。

私がヤフーの輪廻転生の板で「良心神」論を張っていた頃、多くの霊能者の方達が私の論陣をロムされていました。そうした霊能者の方達の中から、人に内在する良心神を出す人達が出ることを期待していました。私は別に手柄は欲していませんから、手柄は差し上げます。しかし、根本の「米」型を抜かして貰った「人に内在する良心神」であってはいけないのです。それではどこにも「みろく」も「五十六億七千万」もが出てこないからです。
世には自分が「みろく」ですとやっている自称者が多々おられて、その自称を頭から信じておられる方達があります。彼等は56億7千万の意味すら解らずに、ただただ自分を「みろく」神だと自称するだけを続けておられます。

私も個人的には旧約聖書の神と名乗る声が告げられたこの世の幕を降ろす。そして新しい嬉し嬉しの世を創るは途方も無いことであり、今の人類が知ることのない神の力でないと現実論としては不可能だと思います。神社や仏閣に鎮座されている御神霊の力の限界を見ています。地球と言う星を一つ創り出すなどは、そうした神々や人智の及ぶことではありません。
しかし、それを頭から「嘘」だと決めつけるのではなくて、万が一、万に一つと言われる言葉のように、例えそれが「9999」まで嘘であっても、万に一つの可能性があるとしたならば、私は人々に「警告」を与え続けなければならないのです。

神など存在しない。霊など存在しないと言うのが一番簡単です。今の世が終わって新しい世が来るから改心しなさいと告げることを否定して、お前は邪神に騙されているとバカにするのも簡単です。だが、誰がこんな言葉の仕組みをされたのかと考えると、今の世に出ておられる神では無理です。いくら俺は凄い霊能者だと言っていても、言葉の仕組みは出来ません。また力がある邪神でも無理です。一番難しいのが、本当の創造神を知ることで有り、その神の言葉を信じて突き進むことなのです。

あえて、困難な道を行く。神一筋の少途川。神が見せられる「渓谷」を行く。一歩間違えれば「奈落の底」です。
少途川とは大本教の出口王仁三郎聖師も説明されていますが、創造神にお仕えして主の側に行く信仰者達の道です。

神を敬う言葉を告げるが「警告」

高次元には「言葉」が無い。言葉があるのは低次元と言う霊能者の方は、自分自身が低次元の存在であることの理解に至っていないのです。

言とは、自分の【口より出る自分の心】

今はあまり知られていませんが、PCの走りの頃、PCのソフトを終わらせるのにアルファベットの「Q」キーか数字の「9999」打ち込むがありました。Qは「Quit」の略で【これで終わります】です。それに代わって「9999」も終わりの意味でした。日本語ならば「 Q」も「9(キュウ)」なのです。      
私は子供の頃に臨んだ声から、【私は今の世を万年続けるつもりであったなれど、8000年縮める】と聞かされたのです。それで私は終わりの時は「10000-8000=2000で西暦2000年が立替年かと思っていました。言葉でも「二線」に分かれるとなります。そこに1999年に切り替えポイントがあることになります。立替が起きるの合図です。
ところが、西暦の1998年に今の西洋暦は計算式が「15度」間違っていると出たのですが、この15度の意味がさっぱり解らないのです。15年ならば西暦2015年が立替年で2014年に何等かの合図を見なければなりません。この「15度」がその意味でなければ、私にはそれを解釈するだけの能力がありません。

ただ、そうしたことが嘘であったとしても、言葉の仕組みを見た時、それらが自然に出来たと考えるのは無理があり、バベルの塔の話にある「どこかの民族」が神の言葉を使っていることになります。


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