人に内在する良心神(神言会)

神は言葉なりき。言葉は言霊で構成され、その言霊による神の仕組みを解説する神言会(kamikotokai.com)のプログです。
神言会では人に内在する良心神(この世の閻魔)とは何かを説明しています。

全国一の宮 伯耆国・因幡国・但馬国 出石神社の天日槍命とは

伯耆の国の一の宮は倭文(しとり)神社と言います。御祭神は「建葉槌命」となっていますが、配神の大国主命の娘とされる下照姫(シモテルヒメ)の名の方が有名になっています。
この下照姫に関しては大本教開祖の出口なおさんがその「下照姫」であるという演技がなされました。また、この下照姫は天照大神の妹の(稚日女尊)とする説もあります。
なお倭文(しどり)とは機織りのことです。写真は倭文神社の鳥居。
 

倭文神社本殿。
 

倭文神社の由緒書。
 

この地に留まった下照姫が出雲が恋しと見ていた高台を出雲山と呼び、そこから出雲の方を見ます。湖は東郷湖。この東郷湖付近は幾つかの温泉があります。
 

因幡国の一の宮は宇倍神社と言います。御祭神は武内宿禰(たけうちのすくね)。宇倍神社本殿。
 

宇倍神社側面。
 

但馬国一の宮である出石神社に行く道筋に「余部鉄橋」があります。否、もう鉄橋ではありません。コンクリート製です。昭和61年、鉄橋を通っていた列車が強風に煽られて落ちて多くの方が亡くなられました。その鉄橋の一部は残されていて観光線路道となっています。
 

出石神社の御祭神は新羅の国から来た「天日槍命(アメノヒボコ)」が持ち込んだ八種の神宝を出石八前大神として、また天日槍命(アメノヒボコ)」の大御霊を御祭神としてお祭りしており、この「天日槍命(アメノヒボコ)」の子孫として神功(じんぐう)皇后が出られるとあります。
この新羅の国から来た天日槍命(アメノヒボコ)」の子孫である神功(じんぐう)皇后とは、仲哀天皇の皇后で「日本書紀」では気長足姫尊(おきながたらしひめのみこと)、『古事記』では息長帯比売命(おきながたらしひめのみこと)等と呼ばれ、応神天皇の母親なのです。
日本の多くの神社で御祭神が「応神天皇」となっているところが多くあります。この応神天皇とは実在が確認された最初の天皇だとされています。それより前の天皇は本当に実在したのかどうか証拠的には定かではないのです。その実在が確認されている応神天皇の御先祖は新羅から来た「天日槍命(アメノヒボコ)」と言えます。

平成天皇が韓国を訪問された時の歓迎晩餐会で、天皇家の御先祖は「新羅」から来られたと言われたのも、歴史的に言えば正しいのです。この「天日槍命(アメノヒボコ)」の血が日本の天皇家に流れているからです。

播磨風土記には伊和大神(大国主命)と天日槍命(アメノヒボコ)」と土地を奪い合ったとあります。古代の出雲王朝とは現在の島根県の狭い地域でなかったことは、日本の皇室主観主義が説く歴史を頭から信じ込むでなければ見えて来る面があります。私が住む土地は丹波国と呼ばれたところですが、この丹波とは大国主命様が経営する「田庭」意味が丹波となったわけです。すなわち大国主命様が経営する土地です。
私達の地方では「三丹」と呼ぶ言い方があります。これは「丹波と丹後と但馬」の三国を称しています。大丹波です。その当時は大和朝廷の力はこの付近まで及んでいなかったのです。

すると、出雲の大国主様(伊和大神)と覇権を争っていたのは平成天皇御自身が皇室の御先祖と言われた新羅から来た天日槍命(アメノヒボコ)」だったのかも知れないのです。

出石神社鳥居。
 

出石神社本殿。
 

但馬国の一の宮には出石神社以外に「栗鹿神社」があります。
栗鹿神社鳥居。
 

栗鹿神社の勅使門。国家の大難の時には、朝廷から勅使が派遣されたほどの神社。
 

栗鹿神社の本殿。
 

 
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