人に内在する良心神(神言会)

神は言葉なりき。言葉は言霊で構成され、その言霊による神の仕組みを解説する神言会(kamikotokai.com)のプログです。
神言会では人に内在する良心神(この世の閻魔)とは何かを説明しています。

全国一の宮 駒形神社・岩木山神社等

私は今回の東北方面の一の宮巡礼にあたって、一の宮とはまったく関係はないのですが、私がまだ22歳程度の若い時、会社の慰安旅行で中尊寺と毛越寺に行ったところで、皆で毛越寺の池を背景に記念写真を撮りました。
その時、私を襲った思いは、自分はこの場所を知っている。昔のことではあるが私はこの土地に住んでいた遠い記憶です。そして、懐かしさのあまりにボロボロ涙を流しました。自分は誰だったのだろう?。そして、必ずこの地を再度訪れようと思っていました。
私が子供の頃、私に臨んだ声は「そなたの前世は悲運の武将であった。人の魂胆が読めずに悲劇の武将を演じてしまった。今生のそなたは人の魂胆が見抜ける者とならないといけない」と、告げられたのです。だが、それが誰であったかは知る必要がないと告げられたのです。前世は前世で有り、今の世において前世の欠点を直して行くです。

私が神霊界修業に入って少し経った頃、伏見稲荷山の御膳谷で最初の師匠がもうろうとなってしまい、どうしたのですかと聞いたところ、その師匠が言うのに「木曽御岳山のイザナギと名乗る神が出てこられて、貴方にお母さんを連れて吉野山の脳天大神様の元にお参りに行きなさいと告げなさいと言われました。」と言います。
そこで母親を同行して吉野に向かうと、吉野に近づくと私に懐かしい感情がわき上がって、自分は吉野に居たこともあると涙がボロボロ出て来ます。そうか!。自分に憑いている霊が懐かしさに泣いているのだと解りました。
しかし、吉野脳天大神の元に行っても、そこには大きな蛇(龍神)の像が飾られているだけで別に何も無し。何をしに吉野に来たのだろうと母親と話していると、山中から花の香が一面に匂って来ました。それは同行している母親にも解って、その花の香の匂いを放っている場所に行くと、野原の中にお堂も祠にも祭られていない野ざらしの石仏からで、一願不動明王という名がありました。結局、花の香をかぐ為だったのかと吉野から帰って来たのです。

そうした感情は自分に憑いている霊が作用していると解って来ましたが、再度毛越寺の池を訪れたかったのです。
写真は毛越寺の池。亀石と呼ばれる付近。

 

以前に行った毛越寺と中尊寺。それに40年以上昔の時には行かなかった義経最期の場所と呼ばれるところを回って来ましたが、今回は何の感情も湧いて来ませんでした。

陸奥国の一の宮ではありませんが、岩手県には陸中国新一の宮と言われる「駒形神社」があります。
写真は駒形神社の神門。

 

駒形神社の御本殿。


 

東北の旅は距離が長いので、翌日青森県たる津軽国の新一の宮の岩木山神社に入りました。


写真は岩木山神社の大鳥居。鳥居の横に見える家は温泉宿となっていました。
 

岩木山神社の参道。

 

岩木山神社。


岩木山神社には他の神社と違う特色があります。それは手水社でなくて手水場となっていることです。ひしゃくで水をすくいます。

 

岩木山神社本殿。


次に秋田に向かうにあたって、少し遠回りですが五能線に沿った道を行きました。その途中に海に面した「不老不死の湯」がありますので、その温泉に立ち寄って来ました。黄金色とされていますが、金泉だと思われます。これは温泉好きでしたらお薦めです。


海に面した不老不死温泉。湧きだしている温泉が黄金色と言われるのが解ります。浴衣は入湯料とは別で200円で貸してくれます。
 

秋田県には一の宮とか新一の宮と呼ばれ神社が存在しません。そこで古四王神社を秋田県の一の宮と見立てて参拝させて貰いました。
古四王神社鳥居と参道。

 

古四王神社本殿。



 
 精神世界

にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ
にほんブログ村

この内容がよければ、応援のクリックをお願いします。
この記事のトラックバックURL
トラックバック機能は終了しました。

» この記事へのトラックバックを見る

このブログの人気記事ランキング

JUGEMおすすめブログ

S M T W T F S
    123
45678910
11121314151617
18192021222324
25262728293031
<< May 2025 >>