私の元に一通のメールが届きました。それはその方が見られた夢ですが、夢の内容が非常にタイムリーなものなのです。そこで、その方が見られた夢に関して少し書かせていただきます。
私に届いたメールの原文です。
もう半年以上も前のことになりますが、夢の中に出口王仁三郎聖師が現れました。聖師が炊飯器からしゃもじでご飯をすくわれて、私の掌にのせて下さるのです。私はそれを両手で受けさせて頂いた為に、どうしようか、このままかぶりついて食べるしかないな、などと思っていたところで目が覚めました。
そこで、目が覚められたとのことですが、たぶんこれは「おにぎり」にして食べなさいの意味だったと思われます。
そして、メールの続きは
先月、〇〇家が古代において仕えていたとされる、天香語山命の御神廟のある新潟県の弥彦神社に参拝にいきました。その帰りに言葉の君様のホームページに出合わせて頂きました。
以前にも何回か開いてはいたのですが、まだ未熟であった為か、スルーしていました。(後は略)
※〇〇家はメール主さんの苗字です。
私が出した「米」教は、大本教神諭に「この神は煮ても焼いても食べられる」とありますように、「米」で煮ても焼いても食べられる「メシヤ(飯屋)」の教えとなっています。大本教は「米」の仕組みを隠して、仕組みが紐解けるように教えをして来たのです。
それを如実に出口王仁三郎聖師が、御先祖が神に仕えておられた方の御子孫の夢に出られて、「飯」を差し上げられたわけですが、これには他にみろくの世に【神の元に召し(飯)出す】者と霊界から認定された意味があります。
今回の立替は、世の底辺に居る人達の中から大抜擢がおきます。神が見るのはその方に「真心」があるか否かなのです。
この世に居る私達はその方が本当に「真心(誠)」の人なのかどうなのか表では判別出来ない面があります。しかし、霊界から見ると、その方に「真心(誠)」があるのかないかは解るものなのです。
出口王仁三郎聖師が霊界から、そうした方達を見つける作業をなされていることが解ったしだいです。
「米」の教えは、ある段階までは見てもほとんど意味が解らない状態が続きます。しかし、ある段階を越えてきますと、これはすごい教えだと言うことが解って来ます。それが御本人の気づきにつながるのです。
徐々に解って来ると、この仕組みのスケールの大きさがとてつもないものと解って来るのですが、何分にも現世御利益とか病気治しが神の仕事だと思っている段階では、そのスケールの大きさがまったく見えないとなります。
そうした気づきを得る段階に導いて下さるのは各自の信仰神さんなり御守護神さんしだいとなります。
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