年金改革法案が閣議決定 「年収106万円の壁」撤廃が柱【QA】

政府・自民党で内容の調整が難航してきた年金制度改革の関連法案が16日閣議決定され、国会に提出されました。
パートなどで働く人が厚生年金に加入しやすくなるよう「年収106万円の壁」と呼ばれる賃金要件を撤廃することなどが柱となっていて、政府はいまの国会での成立を目指す方針です。

記事の後半では、私たちの暮らしへの影響など専門家がQ&Aで解説します。

法案では、働き方の多様化を踏まえ、パートなどで働く人が厚生年金に加入しやすくなるよう「年収106万円の壁」と呼ばれる賃金要件を、法律の公布から3年以内に撤廃するとしています。

また、従業員51人以上としている企業規模の要件も、2027年10月から段階的に緩和し、10年後になくすことが明記されています。

こうした厚生年金の適用拡大にあたっては、保険料負担が生じることによる働き控えも防ぐため、労使折半となっている保険料を企業側が3年間より多く負担できる仕組みを来年10月以降設け、企業側が多く負担した分は、全額、支援するとしています。

一方、厚生年金の積立金を活用して基礎年金を底上げする措置も柱の1つとして検討されてきましたが、自民党から厚生年金の給付水準が一時的に下がることへの懸念が出されるなどして調整が難航し、盛り込まれませんでした。

政府は、いまの国会で、法案の成立を目指す方針です。

ただ、野党側には基礎年金の底上げの措置を見送れば、いわゆる「就職氷河期」世代の将来の年金が十分確保できなくなるなどとして修正を求める声があり、審議の論点となる見通しです。

20日の本会議で審議入り

衆議院議院運営委員会の理事会が開かれ、閣議決定された年金制度改革の関連法案について与野党が対応を協議しました。

そして、来週20日の本会議で、石破総理大臣らに出席を求めて趣旨説明と各党の質疑を行い、審議入りすることで合意しました。

基礎年金めぐり調整難航

働き方の多様化や少子高齢化などの社会の変化を踏まえ、重要法案としてまとめられた今回の年金制度改革の関連法案について、政府は当初、ことし3月に国会に提出することを想定していましたが、自民党との調整が難航し、大幅に遅れました。

意見が分かれたのは、基礎年金をめぐる対応についてです。

去年行われた5年に1度の公的年金の財政検証で、過去30年間と同じ程度の経済状況が続いた場合、基礎年金の給付水準が、2057年度に、いまより3割ほど低下することなどが課題とされました。

政府は、この対応策として、厚生年金の積立金を活用して、基礎年金を底上げする措置を法案に盛り込む方針を自民党に示しました。

しかし、措置を講じると厚生年金の給付水準が一時的に下がり、年間1兆円から2兆円程度の国庫負担も追加で必要となることなどから自民党内で、夏の参議院選挙への影響を懸念する見方が相次ぎ、一時は法案の提出自体を見送るべきとの主張もありました。

こうした中、政府・自民党の調整が続けられた結果、法案は、基礎年金を底上げする措置は盛り込まない形で、国会に提出されることになりました。

これに対し、早期の法案提出を求めてきた野党側からは、基礎年金の底上げ措置を見送ればいわゆる「就職氷河期」世代が、将来受け取る年金が少なくなる見込みで、問題があるとして、法案の修正を求める声が出ていて今後の法案審議の論点となる見通しです。

また、厚生年金の適用拡大により、企業などの保険料負担や事務負担が増えることから、いまの法案内容では支援策が不十分だとの意見もありこうした点も議論されそうです。

そのほかの見直し

今回の年金制度改革の関連法案では、このほかにもさまざまな見直しが図られています。

【個人事業所の厚生年金の適用拡大】
厚生年金の適用拡大に関しては、5人以上の従業員がいる個人事業所のうち、2029年10月から開設される新規の事業所は、すべての業種で加入対象とする一方、既存の事業所は当面、任意加入にするとしています。
また、こうした個人事業所の短時間労働者についても企業のしくみと同様に、労使折半となっている保険料を、事業主側が3年間はより多く負担できるようにし、事業主側が多く負担した分は全額支援するとしています。

【標準報酬月額の上限引き上げ】
将来の年金財源を確保する観点から、収入の多い厚生年金の加入者に、より多くの保険料を負担してもらおうと、保険料の算定のもととなる月の給与水準の上限を、2027年9月以降、現在の65万円から段階的に75万円に引き上げるとしています。
給与水準が最も高い場合、ひと月あたりの負担は、およそ9000円増えるということです。

【在職老齢年金の減額基準引き上げ】
65歳以上の人が、一定の収入を得ると厚生年金が減らされる「在職老齢年金」制度も見直し、高齢者の働く意欲をそがないように、減額される基準を、来年度からいまより10万円あまり引き上げて、62万円にすることも盛り込まれています。

【遺族厚生年金】
共働き世帯が増えていることなどを踏まえ、会社員などが亡くなった際に配偶者らに支給される「遺族厚生年金」について、現役世代で子どもがいない人が受け取る際の要件の男女差を解消する措置も明記されています。
現在、女性は夫が亡くなった時点で30歳未満の人は5年間、30歳以上の人は生涯受け取れる一方、男性は妻が亡くなった時点で55歳未満の人は受け取れません。
これを、すでに受給している人に不利益が出ないよう、2028年4月から20年かけて移行を進め、最終的に受給期間を男女とも原則、5年間にした上で、収入が少ないなど、配慮が必要な場合は、最長で65歳まで受け取れるしくみに改めます。

【子への加算など】
年金を受給し始めたあとも、主に18歳以下の子どもを育てている人を対象に加算する措置についても見直すとしています。
今は、子ども1人あたり第2子までは年額23万4800円、第3子以降は7万8300円を加算していますが、2028年4月から一律で28万1700円に引き上げるとしています。
一方、扶養している65歳未満の配偶者がいる場合の支給加算については、2028年4月以降に年金を受給し始める人は、現在の年額40万8100円から36万7200円に引き下げるとしています。

【iDeCoの加入年齢】
公的年金に上乗せする個人型の確定拠出年金=「iDeCo」の見直しも盛り込まれていて、法律の公布から3年以内に加入年齢の上限を、いまの65歳未満から70歳未満に引き上げるなどとしています。

福岡厚生労働相 “速やかに審議を”

福岡厚生労働相
「今回の法案には、被用者保険の適用拡大や在職老齢年金制度の見直しなど、将来の受給者の給付も充実させながら、現在の受給者の年金を増額させる措置も盛り込んでいる。今の国会で速やかに審議をいただくようお願いしたい」

Q.基礎年金の底上げ措置を盛り込まなかったことについて
「法案の早期提出を重視した。就職氷河期世代以降の人が年金を受け取るのは、2030年代半ば以降だ。その間も、引き続き、就職氷河期世代を念頭に置いたさまざまな支援を行いながら、次の財政検証の結果も踏まえ、必要な措置を検討していきたい」

各党反応

立憲民主党 野田代表
「基礎年金の底上げの部分が抜けていて、あんこの入っていないあんぱんだ。
なぜこのようになったのかも含めて厳しく指摘し、あんこが入るような修正を求めていきたい。
年金制度の話が先送りされることは、将来に禍根を残すことになるので、真剣に向き合って議論し、成案を得るという姿勢で審議に臨んでいきたい」

日本維新の会 前原共同代表
「基礎年金を引き上げる対応がなされておらず、就職氷河期世代の不安はますます高まる。
財政検証の結果も、前提としている経済情勢が極めて楽観的だ。
会社員の配偶者などが一定の年収を超えるまではみずから保険料を支払わなくても基礎年金を受け取れる『第3号被保険者制度』は、働く女性の意欲を阻害しかねない仕組みでフェードアウトする方向性を決めるべきだ。
到底賛成できず、国会の議論の中でしっかりと考え方を述べていきたい」

公明党 斉藤代表
「『就職氷河期世代』の年金の底上げは、必ずやらなくてはいけないが、まだ時間的な余裕もあるので、引き続きしっかり議論していくということで、今回の措置となった。
基礎年金の底上げを法案から外したことを野党が批判しているが、今後、国会で意見も聴き、修正が可能であれば、議論を進めていきたい。
公明党も合意形成の要になる」

国民民主党 榛葉幹事長
「歯を食いしばってこの国や家族、地域を支え、老後に不安を持っている就職氷河期の方々の年金の救済にどれだけなるのか。
つまりは基礎年金の引き上げをどこまで盛り込んで、いつまでに、具体的にそれを形にするのかを確認しながら、この法案に対応していきたい」

共産党 山添政策委員長
「物価高に年金が追いつかず、暮らしを支えきれなくなっているという困難に応えるものになっておらず極めて不十分だ。
安心して老後を暮らせる制度へ変えていけるよう提案し、論戦したい。
残された国会の会期の中で審議が十分進まなければ、就職氷河期世代や年金生活者が抱える問題も参議院選挙の大きな争点として問うていかなければならない」

専門家【Q&A】

私たちの暮らしへの影響など年金制度に詳しい慶應義塾大学の駒村康平教授に聞きました。

Q.法案では厚生年金について、「年収106万円の壁」と呼ばれる賃金要件の撤廃や、従業員51人以上としている企業規模の要件の緩和が明記されました。
この適用拡大はどのような意味を持ちますか?

「基礎年金だけだと生活が心もとないところはあり、短時間で働く人が厚生年金にカバーされることは老後の準備という点でもいいことで評価できる。

また、最低賃金が上がってくるなか、『106万の壁』があると働く時間をより短く調整しなければいけなくなる。

多くの人に働いてもらって年金を支えてもらい年金を増やしてもらうという考え方が大事なので、今回の法案は大きな1歩になるし、人手不足の問題についても大変いい効果を与えると思う」

Q.65歳以上の人が、一定の収入を得ると厚生年金が減らされる「在職老齢年金」制度の見直しも盛り込まれました。
減額される基準が今よりも10万円余り引き上げられることになりますが…。

「これから高齢者も健康状態がよくなっていくとみられ、65歳まで働く人が増えてくると思う。

収入が上がったら年金を削るというのは働く意欲を阻害するので一歩前進だと思う」

Q.厚生年金の積立金を活用して基礎年金を底上げする措置は盛り込まれませんでした。

「このままだと年金水準が3割ほど下がってしまうことになる。

所得保障政策が成り立たないような状態になっていくおそれがあり、大変大きな問題だ。

特に就職氷河期世代は、学校を卒業したタイミングで非常に不利な経済状態を経験し非正規雇用で働き、厚生年金の加入期間が短く賃金も低迷して期待される年金額がほかの世代に比べれば低い。

また、未婚の人も多く持ち家など資産形成がほかの世代よりもよくない。

氷河期世代が引退する2040年よりも前に基礎年金の水準を引き下げる「マクロ経済スライド」の仕組みを止めておかなければならず、そのタイミングがぎりぎりまで迫っている」

Q.今後、国会などではどのような議論を期待しますか。

「氷河期世代は1700万人から2000万人と人数が多く、社会の大きなインパクトを与える。

このまま何もしなければ生活保護を利用する人が急増し、社会に対しての不信感や不満感、年金に対する失望感が広がるおそれもある。

高齢者の消費が抑制されるので地方経済にも非常に大きなダメージが出てくる可能性がある。

ボリュームの多い氷河期世代にどういう安心感を保障し、そのことが社会全体にとってどういう意味があるのかを考えることが大事だ。

社会の中でお互いにカバーし合うという発想で、見かけの損得の話ではなく社会の安定性という点からもどういう対応が必要なのか国会で議論してほしいし、国民の側もそういう姿勢がある政党なのか政治家なのかという点で評価する必要があると思う」

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