人に内在する良心神(神言会)

神は言葉なりき。言葉は言霊で構成され、その言霊による神の仕組みを解説する神言会(kamikotokai.com)のプログです。
神言会では人に内在する良心神(この世の閻魔)とは何かを説明しています。

霊界での夫婦・親子関係とこの世の夫婦・親子関係の違い

霊界での親子関係とは、魂の親子関係を意味します。霊界と言っても「天国・中有界・地獄」の三界で表現されていますが、魂の親子関係とは神界レベルで発生して来ます。一霊四魂による魂の分派活動があるからです。もしそれがなければ人類は増えないのです。人が増えることは魂も増殖しなければならないのです。

この世の親子は、魂からすると親の魂と自己の魂は霊界の親子の関係にはありません。ただ、希には肉体も魂も親子であるが存在するので、基本論としては無いなのですが、例外の例外としてはあり得るなのです。
為に「子は神からの授かり物」と言われるように、自己の所有物ではなくて他の魂を預かって、自分の子として育成しているのです。魂の育ての親にならさせて貰っているのです。
ただ、その親子関係は両親のどちなかの魂と霊界でなにがしかの縁があって、現世で親子になったりするわけです。決して産んでくれと頼んだわけじゃないの論理は成立しないのです。また、自分が産まれ出た家の家系に霊的つながりがあったりするのです。そこは多くのスピの方達が言われる通りなのです。

特に母親に見られがちなのですが、過度に子供に愛着する行為は仏教において目連尊者の母親が餓鬼地獄に行ったと説かれるように、地獄にへと向かってしまう可能性が起きて来ます。愛は過度(偏蛇)になれば天国への道を遮断します。愛は執着に結びつくと言われるのもその為なのです。
子供が幼い間は親の愛情をたっぷりかけても、大人になった子供に対しては大人に対する対処でないと行けないのです。そうしないと甘やかされた子供は魂が育たずに天国への道ではなくて、逆に地獄への道を選んでしまいがちです。
愛で道を間違えるなと教えても、解らない人が多すぎます。そのほとんどが「刹那的心」的な愛の溺れから来るのです。親が子離れをしていないのです。

親の字は、木の上に立って見る

親は木の上(高所)から見守ってやるの意味を間違えて、大人になった子に愛情の干渉をしてはいけないのです。子は親の持ち物ではありません。子は大人になれば自立して自分の魂を磨いて行かないといけないのです。その子が行きたい道が間違っていなければ、それを応援してやるでいいのです。

私達の魂は自分で一生懸命魂を磨いて行けば、やがて自分の魂の親神と出会うことが出来るようになります。それを肉体の親が過度に子に愛で干渉をすれば、その魂は自分の親たる魂には近づけなくなってしまいます。
人は誰しも守護神と呼ばれる存在があります。その段階には副守護神・正守護神・本守護神とあるのですが、自分の魂の親神と言われる本守護神は、【高所】から見守っているのであって、通常は本人に直接介在して来ません。手を差し伸べていれば本人の魂が成長しないからです。
霊的世界に関わっている人の間で知られていることに、高い御神霊の魂(ミタマ)を貰っている方の上には、これでもかこれでもかという試練が次々に課せられることが知られています。魂の親神は肉体の親と違って、容赦などしないのです。【愛の鞭】をくれるのです。

魂の修業場たるこの世で苦労を積んでいない魂は磨かれていない

愛の鞭は、魂を改革させて更生させる為です(革便)

次ぎに夫婦関係ですが、この世で仲の良い夫婦であり、次の世も一緒に出て夫婦になろうと約束するなどがありますが、可能かと言えば可能ですが、その前に知っておかなければならないことがあるのです。
私が知るあるサイキッカーの方は、霊界に自分の妻たる人が居る。霊界に帰ればその女性とまた夫婦になる。その霊界に居る妻を愛している。しかし、この世で一人で暮らすは難しいので、この世だけの縁となる妻たる女性を娶らなければならない。そのことでかなり悩まれたようです。あの世に自分の妻がいると今生で結婚した女性とは霊界で夫婦にはなれないからです。

また、次ぎに何時この世に出て来るかなどは解らない話です。この世での夫婦は、この世での縁だと割り切る必要があるのです。
そして、霊界は三千世界と言いますが、数えられない多様の世界がありますが、大きく大別すると三界。その天国でも地獄でも三段で説かれているように、この世で仲のよい夫婦だったからと言って同じ段階の霊界に行くとは限りません。霊界の各層は個々の魂の磨きで違うからです。第二天国と第三天国に進んだ仲だと、第二天国に行った方は第三天国に降りる必要があります。まして相手が地獄界だともなれば、せっかく天国界の籍を貰っても地獄界に行かなければあの世での夫婦は無理なのです。霊界の法則として下位に降りなければならないのです。

この世でもあの世でも夫婦であり、幾度「輪廻転生」しても夫婦で暮らせるは最高のカップルですが、数は少ないなのです。

その霊界での夫婦の特徴として、この世の夫婦と根本的に違うのは男が女を飲み込む形になります。つまり【一心同体】となるのです。辞書的に言えば、「異なったものが一つの心、同じ体のようになる」なのですが、神的に言えば【陰陽合体】した存在となるのです。この場合は霊界の籍としては夫婦で一体となるのです。

神道で、男神には〇〇〇〇比古。女神には〇〇〇〇姫。同じ名の「〇〇〇〇」を使っていることに気づかれるでしょう。これは夫婦神で【一心同体】なのです。陰陽が合体した状態なので、比古として出られた場合は男神。姫として出られた場合は女神として言うのです。
無論、夫婦神でも男神と女神とで神名が違っている場合もありますが、それらは神名が神の働きを意味している場合が多いのです。同じ神でありながら、その呼び方に何十通りの神名があったりするのは、その神の働きから来るからです。

この世の夫婦で喧嘩ばかりしているでは、霊界でも夫婦はあり得ないでしょう。この世で自分の魂を磨く為の相手であったりするわけです。仮初め(その時限り)の夫婦です。夫婦でも死ねば別の世界に行く同士が圧倒的多いのです。
別に死ねば一緒に墓の中で暮らすわけではありませんので同じ墓に入ることを気にする必要はないのです。誰しも死ねば元の霊界にと戻って行くのであって、その時限りの夫婦なのです。
また、何年か経てばこの世に出て来て別の名の者になりますので、永遠にその墓が必要なわけでもないのです。

ある方が夢の中で亡くなった母親と幾度か出会っておられた。ところがある日の夢で、その母親が枕元に立たれて、自分はさらに上の世界に行く切符が貰えることになった。もう上の世界に行ったら二度と貴方には会えません。これが最後となるので貴方に挨拶に来ました。もう私と親子であったことは忘れてくださいと言われたと言います。
そんなことがあるのですかと質問を受けましたので、上の世界とは中有界から天国界に進まれたので天国住人となられるのです。天国界に進めば、もうこの世の貴方との親子縁は切れます。貴方のお母さんはこれから天国界で仲間達と暮らされるので、別れの挨拶に来られたのです。貴方が同じ天国界に行けば出会うことも出来ますが、その時は親子の関係ではなりません。魂と魂です。この世の親子関係は縁によって生じたのですと答えておきました。
ですから、ある時は親子であった親と子の関係が、次の世では子であった方が親側となり、前世で親だった方が今度は子として出る場合もあるのです。

魂の修行場で肉体の親となってくれた魂に感謝。子となってくれた肉体の魂に感謝で、親子でも感謝でなければいけないのです。夫婦関係もまた互いに感謝でなければならないのです。


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