スピの系の方達の中には、自分は宗教が嫌いだと言う声がかなりある様に見受けられます。ユダヤ教・キリスト教・イスラム教を見れば、3教とも「旧約聖書」を聖典としながらも、宗教戦争と言うべき殺し合いの中にあります。
キリスト教徒はイエス一人だけを神の子と信じ、イエスと言う個人崇拝をしています。ユダヤ教徒は、そのイエスを「メシヤ」と認めないことから、キリスト教徒から迫害を受けて来ました。イスラム教もイエスは偉大な預言者と認めていても、メシヤとはしないことからキリスト教徒とは敵対しています。そして、ユダヤ教とイスラム教は聖地エルサレムを巡って争います。互いに宗教が自己の優位性を誇示して戦って来ました。
宗教の教義を「競技」として「狭義」になってはいけない。
それこそ「狂義」と化す。
為に教義を巡って殺し合いをする宗教などは要らないという声はもっともな話ではあるでしょう。
しかし、ひるがえって見るならば、神が殺し合いをさせているのではなくて、聖職者と呼ばれる宗教家達がそれをしているわけです。一部に、聖新約書は初期の段階で邪神に支配された聖職者達によって別の物に書き換えられて、イエスを偶像化することで人々はそれを神の子と信じているなどの話もあるわけです。
人類によるもっとも「愚」は、自分が信じる宗教の教義は絶対で異教徒は殺せの考え方です。
それを正すには、唯一神の元に「世界の宗教は一つ」が理想なのです。
明治に発祥した大本教神諭に、「末で世界の宗教は一つに統一される」があります。すると、もう末なのにどこにも世界の宗教が統一されるような流れが見当たらないと、大本教神諭を解説している私にお叱りの声もあろうかと思います。
それを知るには、ある「予言」が存在するのです。
西暦1945年。極東の「火」を意味する国で、世界の宗教を一つに統一する男子が誕生したです。誕生するのではなくて既に誕生したなので、出たことが判明してからの予言のようです。
問題は、その極東の「火」を意味する国がどこかです。その「火」は火ではなくて、ヒマラヤの「ヒ」のことだとする人達がありました。そうした一人に「ペンジャミン・クレーム」と呼ばれる方がいます。
そのペンジャミン・クレームによれば、その人物はヒマラヤ神界で1945年に光で合成された肉体をもって誕生した「マイトレーヤー(キリスト)」だとしています。メシヤです。その人物を彼等は「世界教師」と呼んでいます。現在、世界で活動中とのことです。
ヒマラヤ神界と呼ばれる神界は、霊的世界に関わっている者ならば耳にする言葉です。
ただ、ペンジャミン・クレーム氏は聖書にある「人の子が雲に乗ってやって来る」を飛行機だとされたことには、私は少々違和感を生じます。
http://www.sharejapan.org/maitreya/mai_01_01.html
一方、それは2000年前に出たナザレのイエスではなくて本当のキリストであるので、キリストが出るとすれば当然にキリスト教国家であり、極東のキリスト教徒の国で「ヒ」を意味する国は「比国(フィリピン)」だとする説も有力視されました。その場合、その守護霊は「ワン・ツー・スリー」であると。
一般的に「ワン・ツー・スリー」霊とは聞き慣れない話ですが、この「ワン・ツー・スリー霊」とは、二千年前にこの世に出たナザレのイエスのことだとされています。
日本でGLA(ジーエルエー)を立ち上げられた高橋信次師は、自己の守護霊さんがその「ワン・ツー・スリ霊(ナザレのイエス)」だと言っておられました。しかし、高橋信次師は西暦1945年生ではなくて、西暦1927年なので、その予言される人物とは違っては来ます。
高橋信次氏に関してはインターネットの検索で見ていただくと、ウィキペディアに載っていることは載っているのですが、そこを貼ると「現在この名前の項目はありません」と別の場所に案内されます。これは某宗教団体の横やりでもあったのでしょう。
その宗教団体は高橋信次氏が当時は称していた「エル・カンターレ」等の称号は、その宗教団体の開祖が本物であり、高橋信次氏は悪霊に支配されてその名を名乗っていたの論理です。
その後、その宗教団体が「エル・カンターレ」を商標登録してしまったことで、他の宗教家はその名を名乗ることが出来なくなりました。高橋信次氏を語る時、その「エル・カンターレ」が商標登録された以上、書けなくなって来ます。が、この開祖さんは1956年生なので、その予言された人物でもないわけです。
しかし、宗教において神名を表す名前を「商標登録」するなど、自分が仏陀だと名乗る者がすることではありません。
この1945年誕生説は外国のみならず、大本教の出口王仁三郎聖師も終戦の年(西暦1945年)に「みろく下生」が起きたと残しておられます。その点に関しては、ペンジャミン・クレーム氏の説と同根の要素を言われているわけです。
が、その人物がペンジャミン・クレーム氏が説く世界を講演しておられるところの「世界教師マイトレーヤ」で、世界の宗教を末で統一される人物かとなりますと、実際とのところはよく解りません。
いくら世界で活動されているとしても、日本に来て説いた話もなければ、それで世界の宗教の統一には向かっていないからです。
いくら説いたところで、各宗教が覇権争いをして各宗教の聖職者と呼ばれている方達が、自分の宗教が自分の宗教がとやっている限り、宗教世界の統一など絶対に不可能であり起こりえないからです。
では、誰が世界の宗教を一つに統一するのか?。それは別に宗教論を説いて統一されるのではなくて、絶対的な天の武力において統一が行われるのです。いくら話しても解らないとなれば、最終的には力で「ラチ(目に物を見せる)」をつけるより道はないのです。
それは、今は過ぎたことですがノストラダムスが予言した西暦1999年7の月、モンゴル大王呼び起こす為に恐怖の宇宙大王が天下るがありました。だが何も起きなかったことから、それは当たらなかった予言で片付けられているようです。
私は西暦1998年に、1999年のノストラダムスの予言には「15」の間違いがあると霊示を受けましたが、それが「15年」の意味なのか?。別の意味なのか?。15年だと西暦2014年になるがと考えていました。ところが、
この西暦2013年9月に来年(西暦2014年)がその年であると霊示が降りましたので、やはり15年違って来年のようです。しかし、モンゴル大王と恐怖の大王の意味がよく解りませんでした。
この恐怖の宇宙大王が世界の宗教を一つにまとめてしまうのです。
ノストラダムスが恐怖の宇宙大王としか書けなかった意味は、一部で言われている核戦争とか宇宙から隕石が落ちて来るという生易しいものではないのです。その霊的光景は一部の人達は既に見られていると思います。天からの信じることが出来ない様な光景を見ることになるのです。それは一言で言えば「恐怖」です。
では、人類はそれを持って消滅するのでしょうか?。
否、そこに「モンゴル大王」と呼ばれる存在が在るのです。
大本教の出口王仁三郎聖師は救世主は「源日出雄」と称して蒙古に渡られましたが、衆目の一致するところそれは「源義経」の型演技です。
源義経北行伝説では、源義経は蝦夷から蒙古に渡ってジンギスカンと成った。無論、源義経とモンゴル大王ジンギスカンは別人です。だが、何故にそうした伝説が起きたのか?。そこに神の作為があるのです。源の義経=モンゴル大王なのです。
有名な「大日本史」(徳川光圀編)に記載されたほどなのてす。
こうしたことは既に解っている方達は何人も居られまして、ブログの世界で私よりもランキング上位にあるブログの中にも、自分の先生の前世が源義経だったと言っておられる方もあれば、他にも自分の知人の前世が源義経で自分の前世は弁慶であった等とブログに堂々と書いて居られる方もあります。
すると目につくブログ上でも
既に二人も自分の前世は源義経だったと名乗りを上げておられると解りますが、自分の前世が弁慶で自分の知人が義経だと言っておられる方が、他のブログ主の先生が義経だと名乗っておられることを肯定されることなどはないでしょう。それは世に無数の「国常立尊」と名乗っておられる霊が居ることと同じ事だからです。
たまたまブログのランキング上位なので目についただけですが、まだまだ多数の方が自分の前世は源義経であったと言われていると思います。
何故、そうしたことが起きるのか?。
現在の地上神界は本当の主の神はどこに隠れられたのか見当たらないことから、
我れこそはという神々が、覇権を争っているからです。
こうしたことは、いくら自分の前世が源義経や弁慶であったと名乗っても何の証明にもなりません。だったら、その証拠を出せと言われたならば出しようがないからです。
その源義経と称する相方に「静御前」霊でも居れば話は別でしょうが。それがはっきりするのは、西暦1999年+15年=西暦2014年になるからです。しかし、
何の為に過去世で「義経」であった存在を恐怖の宇宙大王が天下ってでも呼び起こそうとされるのかです。もしかすると、見つけしだい殺すのかも知れないのです。
邪神とか悪霊と呼ばれる存在は、救世主と思われる存在が判明すれば、これを抹殺してしまおうと謀ります。
そこに大本教出口王仁三郎聖師の演技に大きな謎が生じます。
どうして、救世主が源義経なのかです?。
それは今から八百数十年前にこの世に生きた「源義経」の魂は本当は誰であったのかが解らないと、この謎は解けません。単に平家追討軍の総大将「義経」では意味がまったく通らないのです。
これらは神の三千年に渡る仕組みの一環で、自分の前世が「義経」ですと名乗って済む話ではないのです。しかし、そこには後世を見定めた「神の芝居」が既に展開されていたのです。主の神の仕組みは恐ろしいほど仕組まれているのです。
皆さんでも解る「義経」に隠された言葉のキーワードを教えましょう。「牛若」。「虎の巻」。「鞍馬山」。「九郎判官」。「陸奥(みちのく)」。「下関(壇ノ浦)」。「八艘飛び」などです。
旧約聖書に、私は「義の者」が一人でも居れば、私は人類を滅ぼさないとあります。人類が助かるか助からないかは「義の者」。すなわち、そこには「義の経」の者が要るのです。もし、人類の中にその「義の経」の者が存在していれば、人類に滅びはないのです。
義の経は「義経」となるでしょう
これは旧約聖書の「我れは羊(義)」なりなのです
旧約聖書の神(エホバ=国常立尊)を信ずる者です
人類を新しい世に渡す役目が「義経」の役なのです
恐怖の宇宙大王は、「義経」を見つける為に天下るのです
故に、大本教神諭は末に世界の宗教は統一されると説いたのです。
ただ、救世主と呼ばれる存在は別に「源義経」だった魂のみではないのです。
また、一人一人の魂の核として存在する「良心」神も、個々の個人の救世主であるのです。
そして「萬(満)のス(州)」にと向かいます。
出口王仁三郎聖師の満州(蒙古)ではないのです。ヨロヅの「ス」です。
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