私達はよく「正義」が無いことに対して、神や仏は存在しないのか?と言います。
それは私達の中に神とは「正義の権現」だという潜在意識がどこかに存在するからなのでしょう。
今の神の世界を見渡しますと、現世御利益として商売繁盛・病気治しの神々は間違いなく居られます。私達が神の存在を知るのに現世御利益とか病気治しの神の存在は有意義ではあるのです。神の世界を知る入門編と言えます。そうでないと、なかなか霊的世界を知ることは難しくなります。しかし、正義の神はどこに行ったのかとなると、見当たらない現象にぶつかります。
神々の心から「正義」心は消えても
人に内在する「良心」神から、「正義」心は消えない
それは日本では創造神とも言われている「国常立尊」様が正義の権現たる神で有りながら、あまりにも正義心が強く、それを快く思わない諸神達によって「主の神」の座を追われたと言われています。すると合点がいく話ではあるのです。
しかし、そこには大いなる疑問が生じて来ます。それは創造神たる神をいくら諸神達が結束したからと言って、追いやることが出来るのか?、です。
旧約聖書の箴言(知恵の書)24:16に【正しい者は七たび倒れても、また起き上がる。しかし、悪しき者達は災いによって滅びる。】とあります。大本教神諭にはウシトラ金神国常立尊様は【達磨(ダルマ)大師として現れた】とありますが、邪神達が国常立尊様に対して、手足(部下の天使達は追放された)を奪われて何も出来ないだろうと揶揄した姿がダルマだともされています。
その達磨大師とはダルマ(真理)の意味であり、【ダルマの七転び八起き】。七度目の世までは邪神達に勝たせるが、八度目の世はないぞです。今の世は七度目の世で在って、七度目の世までは正義は勝利しないことになります。しかし、七度目の世が終わって八度目の世では正義が勝利しているのです。
私は子供の頃、夜空を見上げていて、夜空に輝くどこかの星が私の生まれ星であり、その星に帰りたいと泣いていました。幼い頃から誰に教えられたわけでもないのに、自分は天津と呼ばれる存在で、天から密命を帯びてこの地球に降ろされた。そうした意識が自分を支配していたからです。
そうした時に、私に声が降りて来ました。あまりの不思議に、その声に対してあなた様はどなたですかと聞いたところ、私は私であり、旧約聖書の神で有り、アブラハムの神で有り、そなたの神でもあると言われます。
小学生の頃は、その神の教えを聞いていましたが、中学生ぐらいになるとその声も聞こえなくなりました。
数えで三十五の時、実に不思議な霊体験をして、神霊世界に修業に踏み込んだしだいです。そして、当時伏見稲荷大社に属する霊能者としては実力№1とも№2とも言われていた方を最初の師匠として、いろいろと霊界見聞をさせていただきました。
私が子供の時に臨んで来た旧約聖書の神と名乗った神は本物なのかと気になりまして、師匠を通じて豊受様に聞いていただいたところ、私の本守護神は「国常立尊」と呼ばれる神で、あなたは「言葉の○」と呼ばれる存在ですと告げられます。
しかし、どこまで信用してよいのかも解らず、幾多の霊能者の方に見ていただいたところ、6~7名の方から私の本守護神は国常立尊様。他に天之御中主様、閻魔大王様、妙見様だと指摘される霊能者の方も居られました。それで、信じると言うよりも、かも知れないと考えるようにはなりました。
国常立尊、天之御中主、閻魔大王、妙見様と呼ばれているのは別の神ではなくて同一神であることは解って来ました。天之御中主と呼ぶのは天の主宰の方で、地の主宰神の方を国常立尊様と呼んでいるのです。
日本神話に詳しい方ならば御承知ですが、日本書紀には宇宙の初めに現れた神を「国常立尊」と言うとあり、古事記では宇宙の初めは「天之御中主」であり、地の初めに現れた神が「国常立尊」であり、次ぎに「豊雲野尊」とします。その国常立尊から「イザナギ・イザナミ」尊までを神世七代と言います。今は七度目の世の意味でもあるのです。
大本教という宗教が起きた時、その御祭神を艮(ウシトラ)金神・国常立尊としました。その大本教霊界物語では、大国常立尊が天地を別けられた時、自分の魂の半分を割って天の主宰神を天之御中主の「君」系と定め、残り半分の魂は地に降り立たれて「臣」系で国常立尊となられたとあります。ですから、天之御中主と国常立尊は同一神ということになります。それならば日本書紀や古事記との整合性も取れて来ます。
日本では「天之御中主」とか「国常立尊」を祭った神社を見るというとはあまりありません。大本教という宗教が出て来て、退くの艮(ウシトラ)金神の名の元にその神名が世に知られて来る様になったわけです。
そうした中で、大本教研究家の中で、このウシトラ金神・国常立尊と呼ばれる神の性格は、聖書の神に非常に似ていることが知られて来たわけです。私が子供の頃に臨まれた神は私に「旧約聖書」の神で有ると名乗られましたが、豊受の神は「国常立尊」様だと告げられましたので、同一神だと考えられます。
ただ、聖書で告げられるエホバと大本教で告げられた神との間には、大きな相違点があります。それは「国常立尊」は悪神の汚名を着せられて神の世界の表舞台から退いた神の扱いだからです。
精神世界のブログランキングの上位で人気を博していた方の記事の中にも、かなり「国常立尊」は悪神だと書き込んでいる方達がおられました。当然にその方達の記事ではエホバも悪神と書いておられるわけです。悪の宇宙人だという扱いです。
それらの悪の宇宙人説はシッチン博士が解読したと主張される古代シュメール文字盤からの話ですが、これ自体は他の考古学者達からどこをどう読んでもそんな内容の文章にはならないで、今ではシッチン博士のデッチ上げだったが相場になっているようです。
シッチン博士が解読したとされる解読法で他の考古学者が読んでその内容にはならないとすると、デッチ上げと言われても仕方がないわけです。考古学は他の考古学者が調査追認しないと本物ではないからです。
二ビル星とかアヌンナキ等を持ち出して来たら、今ではデッチ上げとされるシッチン博士の説を後生大事に自分で誇大妄想話にしているだけでしょう。それらの話の類の火元は必ずシッチン博士に辿り着くからです。
大本教神諭に、立替(七度目の世から八度目の世に移る)が始まると、人々はやはりウシトラ金神は悪神であったかと言うとあります。聖書では災いで滅びるですが、正義の神を追いやって悪の世にしたのは誰かとなった時、正義の神を追い払い地に落とした者達となるでしょう。
今の世は明らかに邪神界が優勢であり、正義派の神々は地に墜ちてしまっています。数の力で言えば、圧倒的に邪神が多いからです。しかし、神界の戦いとは国連総会で小国でも一票という数の多数決の論理の場所ではありません。力と力がぶつかる以上、力が強い方が勝つなのです。勝てば官軍。負ければ賊軍の論理です。
今日までは負けて退いていた国常立尊派が何故に勝利するのか?。それは天帝指揮下の天軍が国常立尊様側を支援するからなのです。
大本教神典では、この天帝たる神の存在を「天之峰火夫皇太御神」としています。大本教霊界物語では天之峰火夫皇太御神(天之御中主)と(括弧)括りにしていますので、天之峰火夫皇大御神と天之御中主が同一神のような捉え方が出来ますが、私が大本教神諭予告「九つ花」を誠で紐解かせる映像を見た限り、
この神は大本教で「みろく」様と予告された存在であり、天之御中主様その方ではないということなのです。
出口王仁三郎聖師は霊界物語発表以前に五六七(みろく)大神の命を持ちて、厳の大国常立尊と瑞の豊雲野尊の両尊が宇宙創造にお働きになったとあります。ならば、五六七(みろく)大神とは大国常立尊(天之御中主)様ではないということになります。大国常立尊に命を下した上位にある神の存在となります。
大神大本教以外からはこの「天之峰火夫皇太御神」の名は出て来ない為に、この神は誰も知らない天帝となります。単に「みろく」様と言いましても、仏典に記されるお釈迦様の弟子であったとされる「弥勒菩薩(マイ・トレーヤー)」のことではないのです。
56億7千万の仕組みをもって、第七の世から第八の世に移行させる宇宙の大天帝のことなのです。この「五六七」は大本教神諭予告「九つ花」を見ない限り、誰も意味が解けない話なのです。
この神の存在は、世に出ておられる神達が知る段階の神でもなければ、スピリチュアルで自分には弥勒さまからメッセージが降りて来るなどと称している方が言っておられるところの霊の存在でもないのです。
この神の世が「永遠」の世であり、第八の世なのです。それをどうやって証明するのか?。それは、大本教から「天之峰火夫皇太御神」として出された神名が語ります。その大宇宙の大天帝が天下る時、七の世は終わり、八の世となるでしょう。正義派は復権するのです。国常立尊様も復権となるのです。
私はノストラダムスはユダヤ人であり、この存在は旧約聖書の神エホバ(国常立尊)では天之峰火夫皇大神の説明は不可能なので、【恐怖の宇宙大王】として表現したのではないのだろうかと見ています。
大本教の出口王仁三郎聖師は【三千世界の大立替】と告げられています。三千世界とは、全宇宙のことであり、この地球を支配するという神の段階を越えているのです。

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