人に内在する良心神(神言会)

神は言葉なりき。言葉は言霊で構成され、その言霊による神の仕組みを解説する神言会(kamikotokai.com)のプログです。
神言会では人に内在する良心神(この世の閻魔)とは何かを説明しています。

寿(ス)の神に秘められた、人類救済の意味

私は大本教が出した「ス」の神に、多くの新神道で使われている「主」とか「素」の漢字ではなくて、寿(壽)の意味ですと申し上げました。


そうした中で、自分は「寿」より「壽」の字が気になると読者メールをいただきました。メールではなくて、こちらで返答させてもらいます。


【ことぶき】とは、目上の存在にコトバを吹くと言う意味合いです。で、長寿の祝いとなるわけです。
だが、そんな辞書的なことでは意味は解りません。


よく、皆さんは神社に行って【祈祷(きとう)】を受けられると思います。

祷(示すと寿)

神に対してお祈りすることが、本来の【寿】なのです。


神に向かってお辞儀と言う「礼」をします。この礼の異字体に「禮」がありますが、神に豊穣を祈ることも「寿」なのです。
寿だけだと、豊穣の意味が解りませんが、【壽】で田の疇(うね)が解るのです。
また、鉄器等を「鋳鉄」と言いますが、やはり「寿」が入ります。


大本教が予告した世の大立替における五六七神の仕組みが、「米(人に内在する良心神)」と聖書の「パンたる麦(神の愛を働かせる)」は解るのですが、「芋(十三里)」の意味がまるで解りませんでした。いくら第十三に「ス」があると言えども、「寿」の意味を解くのにここまでかかってしまいました。

米も麦(聖書)も芋も「田の示しであり【疇】があるのです」。


そして、私達はあるコトバを言います。「波涛(波濤)」を言います。海の「うねり」です。波しぶきです。
大本教の出口王仁三郎聖師が一時期【海潮】と名乗っておられました。私はこれは「法華経」の中から拾われたのかと思っていましたが、大本教が言った「女子」には「龍宮の乙姫」の役割があります。この龍宮の乙姫たる存在の役割に「潮」があるのです。魂の汚れを海の彼方に運び去ってくれる。
また「寿」の漢字は「老」の字から来たともなっています。それを示すのが「海老」なのです。海翁です。


「ス」神の意味そのものは、創造神に対しての祈りであり、創造神の栄光を讃える意味合いなのです。
 
やがて来るであろう創造神の人類に対する最後の審判において、主を崇めて主の栄光を讃える者は主の御国にへと向かい。主の存在を亡き者とした者達は別の世界にと向かうのです。
自己の魂の中に主の存在(人に内在する良心神)の働きを示す者は五六七の世において上位に駒を進めて、自己の魂の中に主の愛を働かせる者は中位にと進み、主を崇めて主を讃えるだけでの者あっても、神の御国の下位にと進めるのです。


すなわち、主の存在を認めて主に対してお祈りをするだけでも、やがて来る永遠の神の世(みろく世)に進める意味合いが「ス」神ともなるのです。


そうした観点から言いますと、寿(ス)神そのものが救世主の役割を持っていることになります。出口王仁三郎聖師が「ス」の神と名乗り、救世主と名乗られたこともコトバの型であったことになります。


誰が考えたとしても、「ラ」神だ「ス」神だと言って、そんな言霊の単音で神は語れる存在ではないからです。
大本教は何故に「ス」の神を出して来たのか?。そこに隠されているものが重要だったわけなのです。



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