人に内在する良心神(神言会)

神は言葉なりき。言葉は言霊で構成され、その言霊による神の仕組みを解説する神言会(kamikotokai.com)のプログです。
神言会では人に内在する良心神(この世の閻魔)とは何かを説明しています。

寿のス神 最後の時は十三(富)山に逃げなさい

大本教が世に出した「ス」の神。この「ス」の神は新神道系の宗教では【主】の字が「ス」と読めますので、「主神」と書いて「ス神」にしています。確かに解り易いですね。

大本教が「ス」神を出した時は、「いろは歌」の終わりは「ス」で、全ての言霊の始めも「ス」の言霊だった。つまり、言葉はスースースーから始まったです。そして西洋で言うところの「始めにして終わりの神」に当たる。こんな論理だったのです。
そして出口王仁三郎聖師が自分は「素戔嗚尊の魂」だと称されたことから、その素戔嗚尊の最初の漢字が【素】で「ス」神。【素】は分解すれば「主の糸」で、それが主の意図(糸)だと考えた方が多かったようです。

特に大本教が出した○の中に黒丸の記号。あれは「マルス」の意味で軍神のことだと、間違える人が後を絶たないことでしょう。かく言う私も、最初の時は「マルス」かなと思ったこともあるので他人のことは言えません。
だが、漢和辞典を調べていて、あの記号は「米」を計る意味だと解ったしだいです。米の検査では、袋にあの記号が打たれます。だが、さらに調べると【良】の漢字の源と出て来ました。

私は神言会のHPを出しておりますが、最初はHP形式ではなくてプレゼンテーション方式でした。それから少し経ってHP形式にしたのですが、それが書き上がったのは西暦2005年(平成17年)の正月でした。私に最初は青い玉に白十字の紋が降りて来ましたので、それを神言会のマークとしましたが、すぐにあるマークが私に降りて来ました。
下記のマークです。大本教霊界物語に、〇に十字は弥勒の神の御紋章というものがありますが、単に〇に十字では何の意味が解りません。



私に出て来たのは○に十字でも俗に言う【薩摩紋】です。ところが、その下に【寿】の字が入っていたのです。寿とは、一般的に「祝い」として使われる言葉です。そして長生きを意味するのです。ですから、「寿の命」で寿命と言います。貴方の寿命は尽きたなどと。

現代の私達は根本的な忘れものをしていたのです。

それは【寿命】の言葉でです。

すなわち「ス」の命です。

そして薩摩紋とは、薩摩は薩摩芋。芋を「十三里」と言います。つまり、「十三」の「す」は、「寸」の字から起きるのですが、その「寸」が入るのが「寿」の字です。

が,寿とは「言葉を吹く」から「ことふき」であり、言葉で神をお祝いするで祝詞となるわけです。

これだと「ス」神の意味がガラリと変わってしまうことになります。


大本教の出口王仁三郎聖師が出された「ス」の神論は、「素」しか頭に浮かばないのであれば、神の計画書が見えてこないとも言えます。

だが、当時は私は何の意味かさっぱり解りませんでした。解らないままに、HP上で神言会のマークとして出してはおりました。

西暦2012年一杯で「米」の教えは終わった終わったという意識が私を支配していましたが、西暦2013年に入ってから私に出て来るのは、「みのおわり」に入ったという意識でした。たぶんの話ですが、「巳」の年としてはこれが最後の年なのかも知れません。次の「巳」の年は無いのかも知れません。

為に「ラ」神論から、今度は「ス」神論に戻す必要が出て来たのです。このス神論は,素(ス)神論ではなくて寿(ス)神論なのです。
神の千年王国ではなくて神の「万年王国」に向かってなのです。人の寿命は「万歳」となります。ただし、今の私達の肉体は万歳用ではありません。万歳も持ちません。別の肉体が必要とはなるでしょう。
大本教の出口王仁三郎聖師は「亀岡」の方だったので、「亀」で「万年王国」の演技だったのかも知れません。

一度、大本教基本宣伝歌にあります【三千世界一度に開く梅の花。開いて散りて実を結ぶ】。これが来るのです。

なお、私が今回掲げています「神紋」は、薩摩紋でも「青色」です。これは私に降りた神紋ではなくて、ある【観音様】がこの神紋を額に掲げておられました。私にはその観音さんがどなたなのかは解りかねますが、救世観音様なのかも知れないと思いまして、出してみたしだいです。

単に「ラ」神論、「ス」神論に囚われてしまいますと、人類の上にその姿を見せておられない創造神が何を考えておられるのかが解りません。

薩摩紋は、天文学で言うと【地球記号】です。青い地球?。それは私達が今住んでいるこの地球とは限らないのです。別の地球(まだ人類が住んでいない地球)に移行なのかも知れないのです。

ヨハネの黙示録。【私は新しい天と新しい地とを見た】。

だが、地球記号が【薩摩紋】とは、
知らぬ仏のお富(十三)さん。

みのおわり(美濃尾張)より、
富(十三)山は国道「四十一」号線の終着

富(十三)山に逃げなさい
ス(寿)神に向かうは、主の存在を信じる心

大本教、出口王仁三郎聖師のス神論は甦る。

だが、肝心要の女子が見えていません。

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