謎の商人ロールプレイ   作:誰かさん

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ファイヤーガール

 遺跡の中は、まさに異界という言葉がぴったりの状態だった。壁面は抉られてそこら中に植え付けられた卵の残骸があり、気色の悪い紫と緑の液体がまき散らされている。一言で言って、吐き気を催す。

 生理的な理由を抜きにしても、あまり触りたくない残骸なのだが。そうも言っていられないというが現状だ。

 

「見る影もないですね……」

 

 リューのつぶやきには、同意しか出ない。彼女の言葉は比喩ではなく、本当に見たままなのだ。

 内部のどこをとっても、かつて遺跡だった痕跡を見つけるのが難しい。どちらかと言えば、ダンジョンでもかなり深い層に近いのではないだろうか。

 というか、えげつない色をした産卵場の隙間から見える石壁、その位置から見るに、本来の通路はもっと狭いはずだ。

 

「ずいぶんと喰われてしまっていますね」

「ここのモンスターは石を食べるの?」

 

 嫌悪感を丸出しにしたカリストに問いかける。彼女は違う、と言葉を否定した。

 

「いいえ。わたくしも詳しく知っているわけではないのですが、モンスターの構成物質として、石をとりこんで変換するようなのです。もしかしたら他の物質でも同様のことができるかもしれませんわね」

「あー、異様な増殖能力の理由はそれかぁ」

 

 モンスターの生態は未だ謎に包まれている。疑問として大抵の者が思っているのは、どうして食べなくとも活動できるのかだろう。また、何を原動力にして生み出すことができるかも。

 学者はいろいろと理屈を並べるが、大体はダンジョンと魔石に秘密があるという点で終始している。端的に言えば、つまり生産にはダンジョン、生存には魔石が必須なのだ。

 ここエルソスの遺跡には、要素のうち一つ、ダンジョンが足りない。一般的な生殖活動でないなら、生み出すためのエネルギーが足りない事になる。それを、いくら強大な魔獣とは言え、一個体でまかなうというのは疑問点だったが。

 

「なるほど、卵に触接物体を摂取させて、生産力と成長速度を両立させていたわけですか」

「もっと少数の頃は、吸収している姿を直接見ることもできましたよ。あれはとてもおぞましい光景でした。まるで世界を侵食されているような……これならば、いずれ世界を滅ぼすことができる、そう思わせるものでした」

「じゃあ、なおのこと早く倒さなきゃね」

 

 会話の中では黙っていたが。アリーゼは、すでにそれどころの話ではないと確信していた。

 あれだけの物量を放った割には、石材の減り方が少ない。つまりこれは、もう物質を直接取り込むどころの話ではなくなっているのだろう。地面から遠地にまでエネルギーを、生命力とでも言うべきものを収奪できるほどに進化、あるいは力を取り戻している。

 これは全くの予想だが、事態はすでに、数など何ら危険な要素にならないほどに進展しているのではないか。アンタレスという怪物は、次の段階に移っている。

 

(危なかったぁ……。間違ってアルテミス様の案を実行させたりなんてしてたら、これどころの話じゃなかったかも)

 

 現状を確認するほど、思わずにいられない。アルテミスの考えは、楽観的に過ぎたと。

 アルテミスの言った通り、吸収に時間が掛かる上大幅に弱体化したら、大過なく倒せた可能性はある。が、最悪の場合、遅滞なく吸収が完了し、神の力を行使する魔獣という最悪の存在が生まれていた可能性だってあった。しかも、決して低くない確率でだ。

 自分たちだけに止まらず、危うく世界が終わりかねなかった、と思うと恐ろしい。つくづく、輝夜が上手く纏めてくれてよかったと思う。

 

「しかし、モンスターが全然居ませんね。もう少し残っていると思っていたのですが……」

 

 不気味だ、とリューがうめく。

 遺跡内のモンスターは、本当に散発的にしかいなかった。内部の警護というよりは、ただ迷って取り残されたと言ったほうが正しそうな様子である。おかげで、魔法を使ってまで突破しなければならないような状態でないのはありがたかった。

 

「釣りだしが上手くいったにしても、ちょっと怖いよねえ」

 

 こういうとき、希望的観測をするとろくなことがない。アリーゼの経験則であり、同時にダンジョンでの原則でもある。

 

「どうなのでしょう。少なくともわたくし達が対峙した時は、攻撃を歯牙にも掛けていませんでした。一番高い可能性は、たかだかLv.2程度の取り巻きなどあってもなくても同じくらいに強い、という事なのでしょうが」

「分かってたけど、改めて迷宮の孤王(モンスターレックス)以上の力を持ってると思った方がいいなあ。いや、現時点で既にウダイオス以上なんだけど」

 

 アストレア・ファミリアの到達階層は、未だ50階層にも達していない。つまり、51階層に出現するウダイオスとは戦ったことがなかった。逆に言えば、まだそのレベルの敵と戦うのは早いという意味でもある。それよりさらに上を想定しなければいけない。

 遺跡内はかなり入り組んでいた上に、崩れている場所も多く、まっすぐ目的地へとはいかなかった。アルテミス・ファミリアが作った、かなりざっくりとした地図も、アンタレスの影響でほとんど意味を成さない。内部をさまよい走り、時には壁を崩したりしながらも、目的地である地下大講堂へと到達する。

 ここは地上にある聖堂の直下にあり、大規模な儀式をするために建築されたと予想されている。機能的にも利便性の面でも、頻繁に使うところでもないのだろう。見た目は、ただ円形の広場だ。

 大講堂に限って言えば、産卵の跡がない。ただし、中央に大きな穴が開けられていた。大きく、深く。それこそ大型のモンスターでも十分に動けるスペースだ。

 

「この下に居るね」

 

 穴の縁に達ながら、アリーゼは断言する。姿を確認するまでもなく、びりびりとした強烈なプレッシャーが漂っていた。強力な――それも格上のモンスターからよく感じるものだ。

 

「さて、戦う前に言っとこうと思うんだけど。私を盾にしようとしないでね」

 

 言葉に、カリストが不思議そうに眉をひそめた。

 

「そのような事、考えもしませんでしたが。さすがに我が身可愛さにそのような真似をすると思われているのは、心外でございます」

「ああごめん、言い方が悪かったかも。私にタンクとしての役割を期待しないでねって事。例えば敵の攻撃と私が直線上にいた場合、絶対私の後ろにいないで」

「はあ……分かりましたけど。耐久のステイタスが低いのですか?」

「そういう訳じゃないんだけど……うーん、ねえリュー、どう説明すればいいんだろ」

「始まればすぐ分かる事なのだから、いちいち言葉にしなくてもいいと思いますが」

「そうかな。そうかも」

 

 まあ見た方が早いと言われればそれまでだし、その通りでもある。細かい条件や特性まで伝えようとすれば、それはもうひたすらに面倒くさいし。そもそも説明が上手くない(控えめな表現)アリーゼでは、正しく伝えられる自信も無かった。

 

「では、わたくしからも一つ。分かってはおられるでしょうが、わたくしはあなた方と比べると、能力が二段も三段も劣ります。所詮はしがないLv.3でしかないので。ですから、わたくしにできるのはせいぜい足下をすくう程度、あまり過大な期待はなさらないようお願いします」

「えー、全然期待してるよー」

「本当にやめてくださいまし」

「アリーゼ、あまり無茶を言うのは感心しませんよ」

「えへー」

 

 などというやりとりの最中に、それぞれが武器の汚れを払い落とす。

 さて、と最初に動いたのはリューだ。

 

「アリーゼ、どうしますか? このような状態なら、あの合体技でまるごと薙ぎ払っても、被害は出ないと思いますが」

「うーん、それは多分駄目だねえ」

 

 案としては悪くないし、むしろ妥当なやり方である。普通に使うのでは被害が大きすぎる科料も、深く広い穴の中なら、全て無駄なく利用できるのだ。

 ただしそれは、相手が黙って攻撃を受けてくれればの話である。

 

「うっすらとして分かりづらいけど、この気配、気付かない? 既にこっちを知覚しているよ。この状態で合体技が決まるとすれば、それはアンタレスが地下から動けない理由がある、かつ遠距離攻撃手段がない場合だけ。どう思う?」

「それは……楽観的に過ぎますね」

 

 でしょ、と肩越しに視線だけを送って。

 

「成功すれば見返りは大きいけど、失敗した時のリスクを考えてまで取ろうとは、ちょっと思えないな。輝夜がここにいたら、ブラッシュアップして実用的なレベルまで持って行ってくれたかもだけど」

「どうでしょう。根本的にアストレア・ファミリア(わたしたち)は、策略に向いていません」

「あはは、そうだね。私達、基本的にまっすぐ突っ込んでぶっ飛ばすしかやってこなかったし。……自分で言ってて、ちょっと悲しくなってきた。カリストは何か思いつく?」

「いいえ。そもそも私では、あれを倒しきる方法すら思い浮かびません」

「じゃ、やっぱり普通に戦うしかないか」

 

 どうせ何もさせず一方的に殲滅などというプランは、状況が幸運すぎて思いついてしまっただけのもの。廃案となって惜しいと思うことすらおこがましい。

 それに、現時点で状況は大分好転している。

 そもそもアリーゼ達にとって絶対に防がなければいけない状況とは何か。それは、アンタレスを外に出してしまい、殲滅部隊との混戦になってしまう事だ。分断が成功しなければ、こちらの全滅率もアンタレスを逃す確率も、格段に上がる。最悪、敵を押さえつけなければ戦わなければいけなかった事を考えれば、討伐にだけ集中できる分遙かにマシだろう。

 相も変わらず厳しい状況だ。が、所詮そんなことはいつものこと。こういった状況を覆し続けてきたからこそ、アストレア・ファミリアは『正義』を名乗れる。

 

「いつもより強い敵だけど、いつも通りに切り抜けて、いつもと同じように帰りましょ」

「ええ、そうですね」

「なんだか……アルテミス様があなた方に救援を求めた理由が分かる一言ですわね」

 

 一呼吸分、意識を集中するために使った後。全員が一斉に、奈落の壁を走り始めた。

 壁を走って半ばほど、一番最初に跳ねたのはアリーゼである。まだ底も明朗でない中、中央に位置すると唱えた。

 

「【花開け(アルガ)】!」

 

 両手足、そして右手に持つ武器にまでも炎を纏う付与魔法(エンチャント)。さらに開いている左腕を真上に掲げると、今度は腕そのものが炎になった。

 

炎蓋(えんがい)!」

 

 円形に広がった炎が、奈落を牢獄に変えた。これを通過するのはLv.6でも難しいというのは確認済み。いかにアンタレスと言えど、突破には時間が掛かるだろう。

 せっかく都合がいい地形なのだ。まずは動きを封じる。それを成した後に、大火力の一撃をたたき込むのが一番だ。

 

火走(ひばしり)

 

 両足にかけた付与魔法(エンチャント)が弾ける代わりに、空中での方向転換と高加速。一度きりではあるが、有用性は絶大だ。アリーゼは密かに、瞬間的な速度であればヒュアキントスに匹敵するのではないかと思っていた。空中でも可能という自由度を考えれば、価値はさらに上かも知れない。

 炎蓋により明るくなった奈落の底には、アンタレスの姿がくっきりと見えた。

 大きさは、はっきり言ってそれほどでもない。大型モンスターの範疇には入るだろうが、人間たかだか数人分というサイズは、名に反していかにも頼りなかった。アリーゼは、ざっくりと見たことがある限り一番大きなモンスター、ゴライアスの三割程度だろうと計算した。

 とはいえ油断していい相手では決してない。ましてやあの小ささに、階層主を軽く超える力が圧縮されていると考えれば、より警戒すべきだろう。

 だから最初の一撃は、相手の力量を試す意味も込めて、渾身の力で放つ。

 思い切り息を吸い、真下に加速する体に力を込めて、大声を叫んだ。

 

火剣(ひけん)!」

 

 引き絞った右手と、構えられた剣。それらが炎に変じて肥大化し、槍がごとく鋭くなった。

 ――自然系(ロギア)能力者。彼らが変換できるのは肉体だけであり、そのくくりにもある程度法則性があった。自然系(ロギア)能力者がぽつぽつと現れ始めたとき、真っ先に研究されたのはどこまで能力が適応されるかである。

 多くの超人系(パラミシア)と同じように、衣類は能力の影響下に入る。ただし武器や鎧、荷物などは駄目だ。研究者もとい生産系ファミリアは、これを武器と鎧までどうにか含められないかと思ったのである。

 結果から言えば研究は実り、それは発表された。武具が愛用品、かつ体の一部(多くの場合は血を利用している)を混ぜて打ち直し、接触している場合に限る。この条件で、自然系(ロギア)および一部の超人系(パラミシア)は、武器を己の能力下に置くことができるようになった。

 そうして、アリーゼの愛用する剣、クリムゾン・オーダーⅡは『炎になる力』の恩恵を十二分に得られるようになり。

 武器の攻撃力と能力の乗算、さらに付与魔法(エンチャント)の加算まで乗せられるようになって。正しく格上殺しの力を発揮できるようになった。

 

「はあああああ!」

 

 渾身の刺突が、アンタレスの背中に突き刺さる。接触部が甲高い異音を奏でた。炎と衝撃が四方へとまき散らされ、地面をまるごと煉獄へ作り替える。その熱波たるや、熱に強くなった炎人間であるアリーゼさえも暑さを感じる程だ。

 

「これはなんとも……!」

「相変わらずの火力ですね」

 

 まっすぐ着地したら、それだけで死にかねないと判断した二人が、壁に武器を刺して急停止。

 アリーゼも、攻撃の反動で勢いが消えた後、体を跳ねさせて近くの壁へと降りた。

 

「なるほど、自然系(ゾオン)……それもメラメラの実の能力者でしたか。なるほど、後ろに居たら危ないわけです」

「“受け流し”の時に火をまき散らすから、下手したら火だるまだからね。私自身、“受け流し”がどの程度影響をまき散らすかは、毎回違うからこれって言う安全範囲を設定しづらいし。あっ! ちなみに私の事は、火拳(ひけん)のエースにちなんで、火剣(ひけん)のアリーゼって呼んでくれていいからね♪」

「悔しいので絶対に呼びません」

「そんなー。しゅん」

「原作にちなん二つ名は非難囂々だと分かっているでしょうに……。ただでさえ原作に登場した能力は、やっかみを買うというのに。少しは学習してください」

「うぅ、リューが厳しいよぉ」

 

 下らないやりとりをしているうちに、目がくらむ程の炎を猛らせていた地面が落ち着いていく。赤黒く炭化したそこの向こう側から姿を覗かせるのは。

 

「ま、そうだよね」

「これに平然と耐えるのですか……なんという強度」

「つくづく、わたくし達が生き残ったのは、ただの運だったと思い知らされますわ」

 

 甲殻に大きな傷はできたものの、中身までは届かず平然としている魔獣の姿。伝説の名に恥じぬ偉容を僅かも違えず君臨する『蠍の王』。

 

「二人とも気張ってね、ここからが本番なんだから」

 

 その異質で冷たい単眼が、こちらを見据えていた。

 




あと1~2話でこのエピソードは終わります。退屈で申し訳ありません
ただそれで必要な情報を出し終わります
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