謎の商人ロールプレイ   作:誰かさん

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遺跡と魔獣

 エルソスの遺跡と一口に言うが、その規模はちょっとした街ほどもある。というか、街が遺跡化したのだから、発想としては逆なのだろうが。

 中央には神殿に似た建築物が鎮座しており、その周囲を囲むようにして、いかにも昔ながらといった風情の石造りの家が並んでいた。当然完璧な状態などではなく、ほとんどが風化し崩れている。周囲が森であるため、植物の浸食もかなり強い。結果、どこか荘厳な雰囲気を醸していた。

 来ている理由が観光であったなら、さぞや感動できたのだろうが。残念ながら、これから行うのは戦争である。

 はっきり言って、この中に攻め込むのは難しい。そもそも神時代以前は、都市構造そのものが軍隊の迎撃を前提に作られている。つまり、極端に攻め込みづらいのだ。この中で戦うというだけで、かなり苦しくなるだろう。

 ましてやこちらは、可能な限りモンスターを外に出さないようにしなければならない。アンタレスを倒せたとしても、その子供をばらまいてしまったのではこちらの負けなのだから。恩恵(ファルナ)持ちが手こずるモンスターの、百を超える群れ。それだけで国家崩壊級の災害だ。

 つまり地の利を奪われた状態で、なおも侵攻しながら制圧せざるを得ず、その上でどれほどの強さを持っているか分からない敵のボスを叩く。数と戦力で勝っていてもやりたくない事を、あらゆる面で劣る側がせざるを得ない訳だ。

 そんな、いつ士気が崩壊してもおかしくない状況に合って、なお意気軒昂である仲間には、感謝しかなかった。

 エルソスの遺跡からいくらか離れた場所で、両ファミリアは結集している。彼女らの前に輝夜が進み出た。

 

「まずは皆様に、このような劣勢極まる状況にあって、なおも誰一人欠ける事無く集まってくれた事を感謝いたします」

 

 これがアストレア、アルテミス・ファミリアの片方であれば、団長が話すのが筋だっただろう。輝夜が前に出たのは、随一の知勇とカリスマを備えているからだ。彼女は、信頼の足りない集団を纏めるのがすこぶる上手い。口さがないライラは、シンプルに扇動が上手いだけと言っていただろうか。

 鋭い刃のような(かんばせ)。比較的高い身長と、そのために誂えたかのような恰好。よく通る意志の強い声は、揺るぎない自信を思わせる。意思を纏めるのにこの上ない要素を持った人物だ。

 

「事前の話通り、班を四つに分けます。アリーゼ班、ライラ班、アタランテ班、アレトゥーサ班、最後に私、輝夜班。組み分けは事前に話しておいた通りです」

 

 反対がないのを確認するように周囲を見回した後、彼女は続けた。

 

「アリーゼ班以外は、エルソスの遺跡を封じるために動きます。遺跡城下の四方に陣を張り、出てくるアンタレスの子を殲滅。流れは、まずアタランテ班にモンスターの誘因を担当して貰い、その後にライラ班が受け止める。ひとしきりモンスターを引っ張り出せたら、輝夜班が崩し、アレトゥーサ班が殲滅という形になります。が、ここで注意が必要です」

 

 気を引き締めるように、輝夜が声を張り詰めさせる。もちろんわざとだ。彼女はこういった手法を軽々とこなす。

 

「エルソスの遺跡は広く、我々はあまりにも少ない。なにより、モンスターが潜める場所が多すぎるのです。いいですか、一匹逃す事を恐れて無茶するよりも、まずは命を大事にすることを優先してください。多少逃げられたところで、後から追えばいいのです。一人欠ければ、その後に百匹見逃す隙と、仲間数人を命に晒す行為である事、承知しておいて下さい」

 

 輝夜の言葉に、何人かがごくりと唾を飲む。言葉は脅しでもなんでもないと分かっているからだ。

 はっきり言って厳しい戦いになる。単独偵察に向かったアタランテの話によると、敵は卵を産んで数を増やしているらしい。そして卵の数は、すでに孵化したものを引いても四桁を超えるのではないかという。つまり、最悪の場合は千を超える敵を、40人にも満たない少勢で相手しなければいけないのだ。さらにこの上、入り組んだ場所で戦うというのだからたまらない。

 市街地には罠を張っているものの、時間的制約から十分な量とは言えなかった。そもそも相手のが数が、ダンジョンで怪物の宴(モンスターパーティ)に遭遇しても、なかなかお目にかかれない規模なのだから仕方ない。

 だが、暢気にちまちま誘因している余裕がなければ、ましてや失敗して貰うわけにはいかなかった。

 

「そしてアリーゼ班には、空になった遺跡に突入し、魔獣アンタレスを討ち取ってもらいます。分かりますね? つまり、我々がモンスターをおびき寄せられなければ、その分までも突入部隊が負わなければならなくなるのです。一人一人が作戦の成否を左右していること、しっかりと自覚してください」

 

 正確に言えば、アリーゼ、リュー、カリストの三名。これが突入班だ。

 最初はノロノロの実の有用性を考えてアレトゥーサを入れようという話もあった。が、これは廃案。さすがにLv.2の、しかも魔法使いを入れるのはリスキーすぎるという事になった。彼女の指揮能力を腐らせるのも惜しいし、どうせ遺跡上部には四名の指揮官が必要だったし。

 最終的にLv.5のアリーゼとリュー、Lv.3ではあるものの敏捷と力が飛び抜けて高いカリストが選ばれた。

 

「なお、本陣はライラ班に置き、ここに女神様方も居て頂きます。アルテミス様に関しては、申し訳ありませんが、こちらの判断で拘束しています」

 

 言葉に、少なくない人数がざわめいた。これはアルテミス・ファミリアに多く、特に数名が声を上げる。

 

「拘束とはどういう事だ!」

「そうです! なぜアルテミス様が捕らえられなければならない!」

 

 当然のように噴出する不満に、輝夜は少しの圧をかけながら手を上げて、それらを制した。逆に言えば、たったそれだけで喧噪を納めてしまう。

 

「貴方方の不満も、大いに理解できます。しかし、私とてもアルテミス様の行いは許しがたく、やむなくこのような行動に出てしまった事、まずは謝罪させて頂きたい」

 

 輝夜が頭を下げる。と、圧力で無理矢理黙らされた面々も、とりあえず話を聞こうという気になったようだ。

 

「私は、アルテミス様からある作戦を提唱されました。それは、魔獣アンタレスの『捕食』という能力を利用した弱体化です」

 

 言いながら細まった輝夜の目からは、確かな怒気が溢れている。

 

「アンタレスは精霊等を含む超越存在(デウスデア)を捕食して吸収し、それを自分のものとする力を保有しています。しかし、対象の力が強ければ強いほど消化には時間がかかり、また能力も低下すると予想されています。……例えば『神』などは絶好の餌であり、より確実にアンタレスを弱体化できる、などと」

「まさか……」

 

 幾人かのアルテミス・ファミリアの面々が、ばっとカリストへ視線を向けた。彼女は口を開かない。代わりに、小さく頷くだけである。

 状況を理解した団員達に、輝夜は十分に間をおいた後、再度口を開く。

 

「そうです。女神アルテミスは、自分をアンタレスに()()()()()と仰いました。当然私達はそのような蛮行を実行するはずもなく、しかしアルテミス様は自分だけでも実行しかねなかったため、やむなく拘束を行ったのです。現在はアストレア様に監視して頂いているのでご安心を」

 

 アルテミス・ファミリアの団員に、二つの感情が渦巻く。怒りと悔いだ。

 アンタレスに勝てると信じて貰えないほど弱い自分たちへの怒り。そして、女神アルテミスに自殺を決断させるまで追い詰めてしまった悔しさ。

 これは同時に、士気を燃え上がらせる結果にもなった。

 当然、輝夜の計略である。情報の手順を調整し、より力を引き出す。こういったことを、彼女は容易く思いつく。つくづく頼りになる副団長だ。

 

「皆の気持ち、十分分かります。私とて、アストレア様にそのような決断をさせてしまえば、忸怩たる思いを抱くでしょう。――なればこそ、勝利を。我々は勝って、女神アルテミスに、そんなことをする必要は無いと証明する必要があるのです!」

 

 言葉はない。だが、確かに意思は一つに纏まっていた。

 

「それではこれより、アンタレス討伐作戦の実行を宣言する! 各自準備せよ!」

 

 言葉と同時、驚くほど一体感のある動きで人が散っていく。

 その場に残ったのは、アリーゼ班と輝夜だけだ。アリーゼ達は組織的な動きがほとんど必要ない(もとい意味がない)上、アンタレスの能力によってアドリブで動かなければならい。そのため、必要なのは心構えだけだった。

 まあだからこそ、総司令とでも言うべき輝夜が残っているのはおかしいのだが。

 場当たり的なやり方になってしまうとはいえ、打ち合わせが必要ないわけではない。アリーゼも向かおうとしたが……。

 

「リュー、少しこいつを借りるぞ」

 

 その前に、輝夜に肩を掴まれた。今更何なのだろう。

 

「少しだけですよ」

「ああ、すぐ返す」

「ちょっとー、ものみたいに扱わないでよー」

「実際似たようなものだろう。お前の頭で考えられる事などたかがしているのだし、実質的なリーダーはカリスト、参謀をリューが行い、お前はただ命じられるままに突っ込むことしかできまい」

「うわーん、輝夜が私をお荷物みたいに扱うよー」

「その……もう少しオブラートに包んであげてください」

「一番ひどい」

 

 リューに、さりげなく輝夜の弁が正しいと言われ、さすがにへこむ。

 そんなわけで、脱力しながら声が聞こえない程度の距離まで引きずられた。物陰に隠れるでもなく、リューとカリストに背中だけ向け、小声で耳打ちされる。

 

「アリーゼ、編成部隊ではお前が主力だというのは分かるな?」

「そこまで馬鹿だと思われてる!?」

「真面目にやれ」

「はいごめんなさい……分かってます……」

 

 さすがにふざけすぎたと反省し、背筋を改める。

 話の内容が気になるのも確かだった。このタイミングでなければいけない何かというのは、ちょっと思いつかない。

 

「『火』はアンタレスに接触するまで使うな」

「なんで?」

 

 やけにきっぱりした物言いに、アリーゼもさすがに眉をひそめた。

 ここにいるメンバーの中でのみという区切りになるが、彼女はぶっちぎりで最大火力を持っている。それは対個人でも、範囲攻撃でもだ。

 はっきり言ってしまうと、アリーゼはこの作戦に懐疑的だ。全体的な流れとしてはいいと思う。だが、アタランテ班の吊り出しが成功した時点で、自分が薙ぎ払うべきだと思っていた。そうやって相手を削り、前線指揮官から輝夜とアレトゥーサを抜いて、アンタレスへと挑む。これが一番勝率の高いやり方だと思っている。

 だが、それを口にはしなかった。この程度の事、輝夜が真っ先に思いつく程度の事なのだから。

 

「アタランテからアンタレスの子については聞いているな?」

「そりゃあ輝夜達と一緒の時に聞いてたし。それがどうかしたの?」

「奴らは学習した事を仲間内で共有し、それを前提にして進化をしている」

 

 言葉の意味が分からず首をかしげると、輝夜は呆れる風でもなく続けた。

 

「いいか、アルテミス・ファミリアが一番最初に接触したアンタレスの子は、Lv.1の団員でも余裕で倒せる程度だった。しかし、奴らはアルテミス・ファミリアを殲滅すべく進化して、今ではLv.1では複数人数で当たらなければ、一体すら倒せなくなっている」

「おかしな話ではないよね」

 

 ダンジョンの中と外では事情が違うと言っても、時間が経てば、モンスターが厄介になっていくのは変わらない。

 

「いいや、全然おかしな話だ。彼らの話では、遭遇したアンタレスの子は可能な限り撃滅している。つまり、集団と言えるほどの勢力は残っていないはずなのだ。にもかかわらず、現在遭遇するアンタレスの子はLv.2が多少手こずるほど。しかも、矢や魔法と言った遠距離攻撃にはことさら強くなっている。いいか、よく聞け。敵はこちらの能力や攻撃手段に対抗する形で、()()()()()()()()が進化しているという結論に、私は達した」

「…………」

 

 彼女の考え方が正しい保証はない。ただ現状を見ると、限りなく正解に近くはあるのだろう。

 

「お前がアンタレスとの接触前に火を使って、対応されない保証はない。奴らの学習能力は異常だ。お前の切り札は、我々全体の切り札でもある。だから堪えろ」

「でも……」

 

 自分が少し頑張れば、犠牲者を減らせるかも知れない。そんな考えは、顔に出ていたのだろう。

 千を超えかねない推定Lv.2の軍勢というのは、それだけの大事なのだ。

 だが。いや、分かっているからこそだろうか。輝夜は笑って、軽く背中を叩いてきた。

 

「自重しろだとか、多少の犠牲は覚悟しろ、などとは言わん。だから、私達を信じろ。この程度の相手に躓くほど、柔な鍛え方はしていない」

「……ずるいなあ」

 

 いつもの非憎げで、どこか相手を挑発する、挑むような笑み。思わず苦笑が漏れる。

 

「そんな風に言われたら、嫌だとは言えないじゃない」

「言わせないように話を持って行ったからな。勝敗はあなたに掛かっているのです。頼みましたよ、団長殿」

「こういう時ばっかりそんな口調になるのもずるいよ」

 

 唇を尖らせると、肩をすくめられてしまった。

 

「すまないな。もっと早く言っておくべきだったのだろう。他のやり方がないものかと考えているうちに、直前になってしまった」

「いいよ。輝夜だって十分に考えての事なんでしょ?」

 

 悩みに悩み抜いた末、支障が無いギリギリで言ってきたというのくらい、長い付き合いで理解できる。

 輝夜の長所であり短所だ。頼るときは大胆に頼るが、限界まで解決案を悩む。

 

「あとは、分かっていると思うが……」

「倒せないと判断したら無理せず離脱、地上に引きずり出せ、でしょ」

「ああ。敵の強さが対応力に偏っているという予想が正しい場合、初見の技で無理矢理ねじ伏せるのが一番だ。お前ほどではないが、私のスキルと魔法の合わせ技もそれなりの威力がある。Lv.4のしかも対人技がどれだけ有用かは、ちょっと怪しい所だが」

「それでもなお倒しきれなかったら?」

「もうなりふり構わぬ離脱をするしかないだろうな。遅延作戦に移行し、『剣姫』なり『重傑(エルガルム)』なり『猛者(おうじゃ)』なり、オラリオ最高火力の誰かをひっぱて来るしかあるまい」

「そうならないように頑張らないとね」

 

 もしエルソスの遺跡を放棄する羽目になれば、アンタレスの子を止める手段がなくなる。繁殖猶予も限界まで与える事となり、数が今の何倍にまで膨れ上がるか、想像も付かなかった。下手をしなくとも、国の二つ三つが壊滅する。

 どちらにしろ。

 やることもすべきことも、いつも通り。勝って正義を通すしかない。

 軽く上げた拳に、輝夜が合わせてきた。特に意味は無く、示し合わせたわけでもない。ただなんとなく、たまにこうし合う事があった。気取った表現をするならば、再び集ってまた語らおう、とでも言ったところか。

 小さく手を降って別れる。二人の方へ向き変えると、彼女らはアリーゼを待っている状態だった。

 

「ごめんねー」

「いえ、構いません」

「誰が生き残れるかも分からない戦いの前、言葉を交わし合うのはおかしくないと存じます」

 

 カリストの言葉は、少々暗すぎる気がして苦笑が漏れた。そんな様子にも、彼女は全く気にしたそぶりがない。

 

「少し時間取り過ぎたから、私達も配置につこっか。すりあわせに関しては、ごめんだけど道中で話そ」

 

 反対意見は特に出ず、後を付いてくる。

 一瞬、カリストに主神へ挨拶をしなくていいのかと言いそうになったが、すぐにやめた。どうしたって、よからぬ事をやらかす絵面しか思い浮かばない。さすがにこの場面でそんな事はしないと信じたいが、どうしても無理だった。

 ひょいひょいと見通しのいい建物の上に陣取る。遺跡までは少しばかり遠いが、代わりに戦場の大半を見通すことができる位置だ。遺跡本体と旧市街の間にはそれなりにスペースがあり、火力の集中点でどれだけ数を減らせるかが作戦の肝となる。

 作戦開始の合図が輝夜から出され、アタランテ班が遺跡内に入る。暫くして、ごごご、と音が鳴った気がした。音は気のせいかも知れないが、地を何度も踏み荒らす振動は本物だ。

 先遣隊の帰還から少し遅れて、まるで溢れるようにモンスターが飛び出てくる。戦場はあっというまに、刃と魔法が飛び交うものとなった。

 その光景を少しばかり口惜しく見ながら、アリーゼは呟く。

 

「罠、役に立たなかったねえ」

「どうやら、あっという間に数の暴力で押しつぶされてしまったようですね。まあ仕方ありません。元から、無いよりマシという程度のものだったのですから」

「こういうとき、勇者(ブレイバー)のありがたみがよく分かりますね。イトイトの能力でしたら、これほどの数でもものともせず、一瞬で一纏めにしてしまったでしょう」

 

 雑談をしつつも、視線は遺跡入り口から離さない。

 モンスターはすでに千を超える数が出てきているだろうし、勢いこそ衰えているが、なお途切れない。

 これ以上の負担は許容できない。アリーゼが討伐失敗を覚悟して、一塊の魔物を殲滅しようと考えた、まさにその瞬間。やっとモンスターの数が極端に減る。物量が頭打ちを迎えてくれた。

 

「よし……行くよ!」

 

 あらかじめ設定していたルートを通って、アリーゼ達は人知れず遺跡の中に入っていった。

 

 

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