謎の商人ロールプレイ 作:誰かさん
高度百数十メドルからの自由落下というのは、覚悟をしていても、なかなかに恐怖を感じさせた。
体を大きく広げて、無理矢理に落下方向と速度を調整。ついでに左手はリューと繋げられており、距離が離れないようにしている。
地上が近づいてくると、モンスターの数が上で見たときより多いことが分かった。というよりも、死んだ木に隠れていたモンスターが見えるようになったのと、周囲から戦闘の音を聞いて集まってきて、さらに増えているためか。
「リュー! 合体技やっちゃう!?」
大声で、そう叫ぶ。
近くにいるが、風がうるさいのでそうしないと聞こえなかった。
「実践で使うのは初めてでしょう!? それに、まだ未完成だ!」
「どんな事にも初めてはあるものだって! 恐れてた何も始まらないでしょ! 詠唱初めて!」
「ああっ、もう! あなたはいつも強引だ!」
ぶつぶつと文句を言いながらも、最後はこちらを尊重してくれる。だからリューは好きなのだ。多分、こういう所が甘やかしていると言われる原因なのだろうが。でもリューだって自分を甘やかしてくれるので、おあいこだと勝手に思っている。
「――【星屑の光を宿し敵を討て】」
生粋の魔法戦士であるリューの詠唱は早い。元々が長文詠唱を戦いながら平気でするのだ。落下中とはいえ、体を動かさないなら苦労すらないだろう。
「『ルミノス・ウィンド』!」
彼女の周囲に、旋回するようにして風の弾が無数に現れる。それらに向けて、アリーゼは手をむけながら叫んだ。
「燃えろ!」
彼女の手から溢れた炎が、風の弾に吸い込まれていく。すぐに風は炎と一体化し、煌々と輝く火球になった。しかも炎と風が互いに小さく圧縮させていき、さながら無数に浮かぶ小太陽の衛星といった風である。
「燃えろ! 咲け! 開け!」
「水面に浮かぶ華のように!」
正確に言えば、これらは詠唱ではない。ただ己の精神を整え、鼓舞するだけの言葉だ。しかし、たかだかその程度の事で、魔法が強化されたり、上手く扱えるようになったりという事はある。
験担ぎ以上の意味は無くとも、合体技などという無茶をするのだから、それくらいしておきたかった。
「いくよ、リュー!」
「ええ!」
「「フレア・バースト!」」
二人で同時に、手を地上へと向ける。同期して、小さな太陽が光の筋を残して墜落した。
そして。アリーゼは、音がなくなるという経験を、生まれて初めてした。
まず太陽が見えなくなった瞬間、視界の全てが白に包まれる。続いて感じたのは、めちゃくちゃな衝撃。着地体制に入るほど地面に近かったとは言え、体が引きちぎれるのではないかと思うほどの衝撃が体を叩いた。思い切り煽られて吹き飛ばされ、地面をごろごろと転がる羽目になる。音が復活したのはその後で、大地の悲鳴としか表現方法のない音が、自分の体と土が擦り合わされるそれを打ち消すように響いた。
泥だらけになった体を払う。体中痛いはずだが、逆にどこもかしこも痛すぎて、どこが痛いのか分からない。そうしているうちに口の中にまで泥が入っていたのを知り、ぺっと吐き捨てた。
改めて、合体技を落とした予測地点を見る。小太陽が落ちたのだろう場所からは、大きな煙が立ち上っていた。
「いやー、考えてたより断然やばい威力だったねぇ」
「よかった……! 念のため大きく距離を離して落として本当によかった! 危うく人を殺してしまう所だった……!」
「もー、リューは大げさだなあ」
「何が大げさですか! おばか!」
リューがいきり立っている。そんなに怒らないで欲しい。反省は……まあその、一応している。
などと思っていると、頭にがつんと強烈な衝撃が走った。再度地面にキスをする羽目になる。
「何をやっているのだこの馬鹿娘が!」
起き上がると、そこにはかつて無いほど憤怒した輝夜の姿が。さすがに抗議しようとおもっていたアリーゼだったが、相手があまりにキレているため、口は開けなかった。
助けを求めようとリューの方に視線をやるが、彼女ものライラに捕まった後である。
「おまえなぁ、ふざけてんじゃないぞ!」
「あああああ! イタイイタイイタイ!」
「痛くしてんだよ馬鹿たれ! こうしなきゃ覚えねえだろうが! というかこうしても覚えねえよなお前ら、頭の中に何が詰まってんだ!?」
拳の尖った部分でこめかみを挟み、思い切りぐりぐりとやられている。悲鳴を上げるリューだったが、しかしライラを諫めてくれる者はここにいない。
ひぃ、とアリーゼは小さく悲鳴を上げて、すぐ正座した。これはかなりまずい怒らせ方だ。
輝夜は何かを言いたそうに息を吸ったが、一瞬迷った後に吐き出した。気を殺がれたからではない。何かを堪えるようにしている。
「できるならば、ここで貴様に一晩中でも説教してやりたいのだがな。あいにくと、今はそんなに暇ではない。早くアルテミス・ファミリアの救援に行くぞ。向こうも似たような状態な筈だからな」
「はいっ! すぐ動きます!」
「言っておくが、許したわけではない。一段落付いたら……分かるな?」
人を殺せそうな視線に射貫かれて、アリーゼは背中にびっしりと冷や汗を掻いた。こんな怒られ方をするのは、それなりに長い付き合いでもほとんど見たことがない。
半ば死刑囚のような気分で、しょぼしょぼと輝夜の後をついていった。リューは未だに怒り覚めやらないライラに、耳を引っ張られている。
市中引きずられるような形で、戦闘集団に近づいていく。先ほどまで戦いが起こっていた場所は、別の意味で終末じみていた。
そこは、悉くが消し飛んでいる。あるのはクレーターばかりで、草木も、当然モンスターも、一切が残っていない。ただ地面に焼けた後があるのみ。
(うわぁ……)
自分でやらかした事ながら、アリーゼは引いていた。
ダンジョンのような閉所でこれを放っていたらと思うと恐ろしい。まず間違いなく、爆発の余波でひっくり返るくらいではすまなかった。
もこもこっ、と地面が盛り上がる。土をかぶって姿が見えなくなっていた人たちが、身を起こしたのだ。
「うぅ、一体何が」
一番最初に顔を出したのは、女神である。青色の長い髪を振りながら、未だ状況を把握しきれていないと言った様子で、周囲を見回している。
そんな彼女の前に、アリーゼはすっと一歩前に出た。同じようにリューも続く。そして、同時に伏せた。
「この度は、大変申し訳ございませんでした」
「言い訳のしようもありません」
渾身の土下座である。いきなりの光景を見せられて、女神は目を白黒させていた。
さらに輝夜とライラも、土下座こそしなかったが、深く頭を下げる。
「今の攻撃は我々……というか、このアホどものものです。そちらにまで被害を与えてしまって、申し訳ありません」
「完全にこちらの落ち度です。ただ、この子らもあなた達を助けようと思っての行動だという事だけは汲んで上げて下さい。ただ馬鹿は馬鹿なので、こいつらは煮るなり焼くなり好きにしていただいて構いません」
扱い酷くないか、と思わないでもなかったが。やらかした自覚はあるので何も言えない。
女神は未だ状況を理解し切れていない様子だったが。とりあえず最低限の汚れを落とし終えた後は、女神としての威厳を取り戻していた。
「いや、こちらは礼を言わなければいけない立場だよ。うん、まあ……やり方はかなり乱暴だったけど。あのままだったらこちらの全滅は時間の問題だったし、やり方にどうこうと言う筋合いではないよ。……とても乱暴だったけど」
「寛大な御心に感謝いたします」
「一発ずつくらい殴っても罰は当たらないと思いますよ。それにいちいち痛い目見せないと、こいつら調子に乗るんで」
ライラの言葉に、女神は顔を引きつらせる。空気を変えようと言葉を選んでいる様子が、逆に苦しかった。
のそのそと他の団員が起き上がってきたところで、女神は一礼する。
「改めて。私はアルテミスだ。この度は救援に来てくれて感謝するよ。あなた方も、どうか頭を上げてくれ」
許しを賜ったところで、顔を上げる。
その後も少しだけ、本当に申し訳ありませんでした、いやそんなこと、いえいえ、いやいやいや……みたいなやりとりがあったが割愛。アルテミス・ファミリアの面々が掘り起こされ(比喩ではない)、仲間が飛竜の着陸場所を見つけてやってくる頃には、概ね落ち着いていた。
アルテミス・ファミリアとアストレア・ファミリア。両方が集まっても、大した数にはなっていなかった。どちらも少数精鋭の組織であるためだ。ただしその分、平均レベルも高い(アルテミス・ファミリアはオラリオ外のファミリアだと、飛び抜けて平均レベルの高い組織である)。
とりあえずアストレア・ファミリア側の自己紹介を終えた後、相手側が名乗りを上げる。
「この度は、我々を助けて頂きありがとうございます。力不足ながら、アルテミス・ファミリアの団長を拝命させていただいております、カリストと申します」
(うっわ、超絶美少女……)
今までは、荒れた恰好であるため分からなかったが。しっかりと汚れを落とした彼女は、アリーゼをして思わず息をのむほど美しかった。
オラリオには美男美女が多い。というのは、エルフの数が多いからそう思えるのだ。美形揃いのエルフを見慣れていると、自然とそういった方面に対する目が肥える。アリーゼも例に漏れず、ちょっとやそっと綺麗なだけでは、ふーんとしか思わないのだが。
はっきり言って、カリストの美しさは次元が違った。
年齢は十代前半といった所だろうか。長く癖のない髪は金色だが、リューのものとは全然違う。こう言ってはリューに失礼だというのは分かるが、リューの髪が木綿なら、カリストは絹だ。顔立ちは儚く可憐で、思わず守ってあげたくなる。それこそ、腰に差している細剣すらアンバランスに感じる程だった。
アリーゼとてオラリオ出身なのだから、美の女神くらい見たことがある。しかしカリストは、それらと比べてもなお美しいと思える容貌だ。
(これだけの美貌があって、オラリオ外屈指の実力を持つんだから、天は本当に与える人には二物も三物も与えるんだなあ……)
こんな子がオラリオに来たら、大騒ぎになるだろうな、とアリーゼは思った。美の女神の嫉妬という意味で。
続いて小さく前に進み出てきたのは、カリストより一回り小さなダークエルフの少女だった。こちらも顔は整っているのだろうが、よく分からない。というのもうつむき加減な上に、いかにも魔法使い風な恰好で、帽子で顔を隠すようにしているからだ。
「あ、あの……アレトゥーサです。それだけです、はい……。おもしろくなくてすみません……」
小さな声でそれだけ言ったあと、彼女はさっとカリストの背後に隠れてしまった。
ずいぶんシャイな子だな、と思っていると。アタランテが付け加えてくれる。
「アレトゥーサが道中で話した、優秀な魔法使いだ。アンタレスの封印強度を修正したのも彼女で――残念ながら、愚か者のせいで意味を失ってしまったが。こう見えていざというときの転機は人一倍効き、エルソスの遺跡を無事脱出できたのも彼女のおかげだ」
「い、いえ、そんなこと。あれは皆が力を合わせたからの結果であって……」
「謙遜するな。お前の実力は誰もが認めるところだ」
「あぅ……」
「それに、彼女は普通の魔法使いと違って、精霊の寵愛を受けている。『白い牙』の里出身なんだ。分かるか、『白い牙』」
「うん。数年前に現れた、精霊のための塔だとかいうあれだよね。「せかいのふしぎ」っていう本に書いてあったよ」
「なんだその子供の絵本みたいな題名は……」
みたいなというか、完全に子供向けの本である。この手の本は詳しい事は書いていない代わりに、変な主義主張のないシンプルな事実のみが記されているから、割と重宝するのだ。まあこれを輝夜に言ったら、そもそも情報というのは自分で取捨選択するものだ言われてしまった。悲しい。
ずいぶん引っ込み思案な子だが、反面、ファミリアの中では愛されているのが分かった。この瞬間にも、四方からつんつん頬を突かれて恥ずかしがっている。
「ちなみに、アルテミス・ファミリアで唯一の能力者でもある」
「へえ、どんな能力? ……っと、聞くのはマナー違反だったね」
「いや、まあ、そうだな。協力して貰っておいて黙っているのもなんだし、どうせすぐに分かることだからな。アレトゥーサの能力は……」
そう言いかけたところで、唐突にアタランテの言葉が止まった。一瞬で意識の切り替わった鋭い視線が、別の方へ向く。
「来るぞ!」
声を上げる頃には、彼女の様子から、全員が何か異常事態があるのだと気付いていた。声が向けられた先を追うと、そこには木々を盾にするようにして、蠍型モンスターがいる。数えるのも馬鹿馬鹿しいほど大量に。
「生き残りが結集した上、横撃を仕掛けてきたのか!?」
「こいつら、思ってたより全然知能が高い! しかも統率されてる!」
輝夜とライラが絶叫し、武器を構えた。
奇襲をしかけてくる、集団行動を基礎とする、どちらかならばダンジョンでもそれなりに見る事ができた。が、両方を、しかも高度に行うモンスターは初めてである。
これでは陣形を整える暇もない。負けはしないが、犠牲者が出る可能性は大いにあった。
(仕方ない、ここは私が……)
多少派手だが、一気に全てを薙ぎ払おうと前に出ようとして。しかし、アリーゼより先にアレトゥーサが動いた。
「ノロノロビーム!」
少女が掲げた両手から、円形の何かが打ち出される。その円に射貫かれたモンスターは、例外なく止まっているのではないかと思うほど動きが遅くなった。
「皆さん! い、今です!」
全員が即座に動き出し、どんどんとモンスターを殲滅していく。アリーゼもそれに参加しながら、なるほどと思った。
判断が速い。動き出しが速い。何より行動の選択が的確だ。これが年少でありながら、頼りにされている理由なのだろう。
残党を討伐し終わった後、アタランテが粗野な笑みを浮かべながら、アレトゥーサの頭をがしがしと撫でる。
「な? うちの軍師殿は優秀だろう?」
「ぐ、軍師だなんてそんな……」
張り上げた声すらか細かったのに、再び小さくなってしまう。
「精強ですね」
「うん。私達も負けないようにしないと」
確かに全体のレベルでは勝っているが、組織としては間違いなくアルテミス・ファミリアの方が上だ。それぞれが別個の人間だとは思えない連携をしている。
だからこそ、気を引き締めた。彼女達をして、逃げるしかなかった相手。それが魔獣アンタレスという存在である。
ましてや――。
気が抜けたのか、団員の一人がふらりと倒れそうになる。さすがにそうなったのは一人だけだが、頭をふらつかせている者は多かった。
アリーゼは軽く手を叩いて宣言した。
「アンタレスは可能な限り早く対処すべき敵です。ですが、まずは休息を取りましょう。しっかり休んでから挑むべきです」
「しかし……」
言いつのろうとするアルテミスに、アリーゼははっきりと首を振って否定した。
「アルテミス様、逸る気持ちは十分理解できます。しかし相手も古代の魔獣、こちらも全力で挑めるようにしなければ危ういです。どうかここは、私の顔を立てていただけないでしょうか?」
「……いや、すまないな」
言うと、アルテミスはあっさりと引いてくれた。
彼女も頭の中では分かっているのだ。このまま挑んでも、アルテミス・ファミリアは足手まといになるだけ。下手をすれば何もできずに、アストレア・ファミリアを巻き込んで全滅すると。
「一晩ゆっくり休息を取ることにする。体も汚れてしまったし、水浴びもしよう。翌日に決戦をしかける。それでいいかな?」
「うん! やっぱりちゃんと休んどかないと体動かないいね!」
そんな話に、真っ先に飛びついたのはカリストだった。
「そうしましょうそうしましょう! アルテミス様、お背中を流させて頂きます。……フヒッ」
…………。
なんか。台詞の最後がおかしかった気がするのだが。
もしかしたら気のせいだったかも知れない、と思って周囲を見回してみる。なぜかアルテミス・ファミリアの面々は、気まずそうに視線を逸らしていた。
「あー……じゃあ、アルテミス様は先に入ってください。ああ、君達も一緒に頂いてくるといい」
と、なぜかアタランテに背中を押される。それも、かるくポンという感じではなく、ぐいぐいとかなり強い力で。
「え? でも……」
「いいから! そうだ、私達は後から来るアストレア様の護衛がてら一緒に入る! それでいいだろう!」
「なら最初から私達がアストレア様と一緒に入ればいいんじゃ……」
「い・い・か・ら!」
なんでだから知らないが、やたら強弁してくる。その勢いたるや、ちょっと恐怖を感じるほどだった。
確かに昨日今日知ったばかりの相手に主神を任せるのは不安だが、別に女神の周囲を全員他派閥で固めるわけでもなし。これ以上抗弁するのは、むしろこちらの方が不自然と言うことで了承した。最初からアルテミス・ファミリアの様子が変なのだけ気になっていたのであって、別に彼女らや、ましてや女神アルテミスに含むところなどあるわけないのだし。
のだが。
「チッ!」
………………。
またしても、カリストから可憐な容貌に似つかわしくない舌打ちが聞こえた。今度はさすがに気のせいではない。これはアリーゼだけでなく、アストレア・ファミリア幹部級の皆が気付いていた。
彼女は、ひたすら忌々しそうに……というか、視線で人を殺せるのならそうしていただろうと思える目を、こちらに向けている。普段、態度が悪ければ噛みつく輝夜やライラが怯むほどには、彼女の目は昏い。
何が気に入らないのかは分からなかったが、なんとなく分かった。アルテミス・ファミリアの皆は、女神ではなく彼女と一緒に水浴びをしたくないのだと。
とんでもないことを押しつけられたのでは、と思い至ったときにはもう遅かった。
アルテミス・ファミリアは狩猟系ファミリアだ。この分類が正しいのかはさておき、遊牧民族みたく各地を転々としている。そのため、陣の設置は非常に迅速だった。
アストレア・ファミリアとてダンジョン内のキャンプでなら負けるつもりはない。が、野営で最低限
アルテミス・ファミリアはアストレア・ファミリアと同じく、女性だけで構成されている。彼女らにとっては、開けた場所での水浴びは日常で、のぞきへの対処もまた然りだ。遠征中は体の拭くの我慢しよう、と考えるのとは話が違う。
締め切られていない場所で服を脱ぐのに、若干違和感を感じながらも。
(やっぱり綺麗は綺麗なんだよね)
ちらりと視線を飛ばすのは、カリストの方だ。女神であるアルテミスが美しいのは当然として、驚くべき事に、カリストはそれより明確に輝いている。もはや美しすぎて手を出そうという発想さえ出てこない、彫刻的な美だ。
だが。まあ、その、なんだ。
本人の雰囲気が、どう考えてもおかしい。着替え始めてから、ずっとアルテミスをガン見している。ひえ……となるのも当然だろう。
とてつもなく微妙な気分になりながら、ひとまず水場に入る、のだが。
「アルテミス様、どうでしょうか」
「いつもすまないな。エルフは肌を許さないと言うが、君は違うようだ」
「アルテミス様だからですよ、ふふ……」
やたら甘くとろけた声でカリストがアルテミスの背中を洗っている。……肌で。そう、彼女は自分の胸で女神の背中を洗っていた。これには一同ドン引きである。
「おい、あれヤバくねえ? 誰か止めなくていいのか?」
「ではあなたが止めに行ったらどうです? 私は絶対に嫌だ」
「エルフって……大胆なんだね」
「やめてくださいやめてください、酷い風評被害だ」
普段なら怒鳴っていてもおかしくないリューも、今は弱々しい。それほどまでに衝撃的だという事なのだろう。
カリストの顔は、それはもう見るに堪えないものだった。目が血走り、表情はとろけきって。一体どうやったらこれだけ劣情にまみれられるのか、という有様である。素材が美の女神を超えるほどなだけに、なおさら不気味だ。スケベ心全開の中年男が可愛く見える。
女神への奉仕は忘れないままに、ふとカリストが、こちらに視線を飛ばしてきた。思わずぞっとする。
彼女の目は、蛇のそれを思わせた。じっとりと執念深く、それでいて一切こちらの都合を考慮しない、捕食者の瞳。
じっとりねっとり、四人は上から下まで観察された。手で体を隠したものの、あまり意味は無かっただろう。女神の御前という手前、無体なこともできず、その場で身じろぎする。
ひとしきりこちらを見終えた後、カリストはぺろり、と小さく唇を舐めた。
「……たまにはああいうのもいいですね」
「ひぃっ!」
「ヤバいヤバいヤバい」
これには、気の強い、というか気位が高い輝夜とライラも本気でおびえている。カリストの視線からは、下衆と一言で切り捨てられない執念が感じられた。かわいそうに、リューなどは涙目になってがたがたと震え始めてしまう。かくいうアリーゼも、似たような状態なのだが。
「ありーぜぇ……」
というか、幼児退行すらしてしまっていた。半泣きになりながら、普段は絶対見せない気弱さですがってくる。
(これは……もう間違いない)
いよいよ認めなければいけなかった。
今までは、女神アルテミスへの愛が強すぎるという事で無理矢理納得していた。少々態度が悪いのも、愛が重い故だろうと。
しかしこれは違う。自分に嘘をつき、ごまかし続ける事こそ難しい。
彼女はレズビアンだ。それも、誰彼構わず、見た目が好みであれば欲情するようなタイプの。
しかもこれの何が凄いって、アルテミスが欠片も気付いていない点だ。処女神ゆえか、そういった方面に鈍感なのかも知れない。なんにしろ彼女は、野獣が近くに居るのに、全くの無防備である。それこそ、遠からず食べられてしまうのではと思わせるような有様だ。無論、性的な意味で。
天は確かに、一個人に二物も三物も与える。ただし、それを台無しにするほどの欠点も同時に与えるが。
よりあえず、幼子のようになってしまったリューの頭を撫でる。
「よしよし、大丈夫だから、お姉ちゃんが守るからね。……一緒に食べられなければの話だけど」
「なんでこわいこというんですかぁ」
リューは、ついにべそべそと泣き始めてしまった。頭がオーバーフローして、完全に幼女である。問題は、これを可愛いと言ってられるほど暢気にしていられない事だ。
地獄のような水浴びをなんとかやり過ごす。とりあえず女神が近くにいるということで、手を出される心配だけはなかったが、それが慰めになったかと問われると微妙な所だ。
着替えて外に出ると、アタランテが申し訳なさそうな顔をこちらに向けてくる。今すぐ首を絞めてやりたい衝動に駆られたが、正直そんな元気もない。
とりあえず。
四人の心は、たとえ何があったとしてもカリストと二人きりにはなるまい、その回答で一致していた。
カリストはド変態ガチレズ女 それもクッソ汚いタイプの
アルテミスは欲情されているが、気付いていない 他の団員は分かっているが、カリストが怖いために言えないでいる