第四十二話:卑弥呼の咆哮

《前回までのあらすじ》


鎌倉の世より、謎の女性トモミクによって戦国時代へと誘(いざな)われた源頼朝。

当初は、源氏の血筋である同盟国・武田家を守ることが軍団の目的と聞かされ、織田・徳川両軍と激しく戦っていた。

しかし、軍団に秘められた多くの謎、そして自らの存在意義について少しずつ理解し始めた頼朝は、織田信長を死なせず、多くの武家を滅ぼすことなく安寧の世を目指すという、困難な道を選択。その実現のため、京に上り「惣無事令」を発することを決意した。

さらに、今の頼朝はこの時代における「二人目の頼朝」であり、「先代の頼朝」は秀長自身が誤って殺害してしまったこと、そして頼朝に寄り添っていた出雲阿国の正体が、古代の巫女・卑弥呼であった事、時を超える力を持つのは彼女自身であったことなど、衝撃的な事実を聞かされ、頼朝はその場で意識を失ってしまう。

頼朝は決意を新たに京の二条城へと入り、友軍や徳川への対応、朝廷工作に奔走する。その矢先、心労が祟ったのか、再び頼朝は吐血して倒れてしまうのであった。頼朝はこれ以上時の流れを別の時代から来たものが創り出すのではなく、"本来の時"に生きる者たちへ戻すべく、徳川家康に軍団を引き継がせることを模索し始める。そして、そのために頼朝が選んだ道とは、意外にも、まず家康に攻めかかることであった。


《主な登場人物》


源頼朝: 鎌倉幕府を開く直前にタイムスリップ。価値観の変化に悩みつつ、頼朝軍団を率い「惣無事令」を目指す。二条城にて病床に伏す。

源義経: 平泉で最期を遂げる直前にタイムスリップ。兄・頼朝に献身的に仕える軍略の天才。徳川討伐軍の総大将。

武田梓: 武田勝頼の娘。義経の妻。武田流軍学に通じ、現在は狙撃部隊の部隊長。徳川討伐軍に参加。

源頼光: 平安時代の武将。摂津源氏中興の祖。騎馬隊を率いる。徳川討伐軍に参加。

トモミク: 頼朝を導いた謎の女性。立花宗茂のはるか先の未来の子孫によって生み出された存在。

出雲阿国: 正体は卑弥呼。時を旅する巫女。頼朝の側近として京に滞在。

北条早雲: 戦国初期の大名。晩年にタイムスリップ。軍団のご意見番、外交役。

羽柴秀長: 織田家臣・羽柴秀吉の弟。信長を見限り頼朝へ。軍団の筆頭家老、優れた参謀。

羽柴篠: 秀長の娘で頼朝の正室。父譲りの才覚を持つ。頼朝隊の副将。

赤井輝子: 狙撃隊を率いる猛将。譜代衆。長浜城代。

源桜: 頼朝の娘。北条早雲に師事。安土城代。

源里: 頼朝の娘。武芸に秀で、義経隊の副将。

太田牛一: 少し未来の徳川の世からタイムスリップ。二条城代であり、頼朝の側近・参謀。

お市: 織田信長の妹。頼朝軍に加わり、京に滞在中。

源宝: 一色義満の娘。頼朝の養女。砲術に長け、義経隊の副将として徳川討伐軍に参加。

太田道灌: 室町時代の名将。文武両道。突撃隊を率いる。徳川討伐軍に参加。


[第四十二話 卑弥呼の咆哮]


天文十七年(1588年)四月。

徳川討伐の頼朝軍勢は、先の刈谷城下での決戦を制し、刈谷城をも攻略した。その勢いを止めることなく、時を移さず、三河国東部の要衝、安祥城(あんじょうじょう)に軍を進めた。


安祥城を守るは、徳川十六神将の一人に数えられる猛将、渡辺守綱。だが、その麾下の兵力は、およそ千九百。先の決戦にて甚大な損害を受けた徳川軍には、すでに、まとまった兵力は残されていなかったのである。


反対に、頼朝軍は、未だ十万規模の兵力をほぼ温存したままという、圧倒的な戦力差でこれに攻めかかった。渡辺守綱隊は、頼朝軍の、文字通り雨霰(あめあられ)と降り注ぐ鉄砲の火力の前に、ほとんど抵抗らしい抵抗もできぬまま壊滅。安祥城もまた、頼朝軍に包囲された後、城兵はすぐに戦意を喪失し、開城した。


開城の検分使を務めた武田梓は、降伏した徳川方の将、水野勝成、そして水野分長(ただなが)を伴い、義経の本陣へと出頭した。


義経は、二人の将に対し、静かに、しかし、有無を言わせぬ威圧感を込めて告げた。


「降伏した将も兵も、今後一切、我らに抵抗せぬと誓うのであれば、その身柄は保証する。そのまま刈谷城にて、これからは領民のために励むが良い。


だが、もし、なおも抵抗する者がおれば、その時は容赦せぬ。あるいは、我らの背後から、再び攻めかかってくるというのであれば、いつでも攻めてくるが良い」


その言葉の裏には、那古野城に布陣するトモミク隊の存在があった。表向きは、降伏した城への兵糧や物資の援助、治安維持のための部隊とされていたが、実際には、トモミク隊は、岐阜城の全ての狙撃隊を率いて那古野に布陣しており、その圧倒的な火力が、三河の徳川勢力に対し、無言の圧力をかけ続けていた。


その威容は、刈谷城からでも、遠望できるほどであった。


頼朝軍は、安祥城攻略後も、一切その進軍を止めることなく、ついに徳川家康の本拠地である、岡崎城へと、その切っ先を向けた。

岡崎城からは、徳川家宿老・酒井忠次が三千六百、そして、家康自らが六千七百の兵を率いて出陣。頼朝軍を、城外にて迎え撃つ構えを見せていた。

頼朝軍が、徳川家康本人と、直接戦場で刃(やいば)を交えるのは、これが初めてのことであった。


「家康殿……」


義経は、家康の陣を眺めならが、傍らに控える源宝に、静かに語りかけた。


「宝殿、すまぬが、一度、家康殿に、降伏勧告の使者を出してみてはくれまいか。もう先の刈谷城の戦いで、勝負はついておるはずじゃ。無益な血は、できる限り流したくはない」


「かしこまりました、義経様。しかし…」


宝は、眼前に迫る徳川軍の、その尋常ならざる戦意を感じ取り、言葉を濁した。


「ああ、宝殿が考えている様に、あの家康殿の部隊から伝わってくる、ただならぬ殺気……。とてもではないが、素直に降伏するとは思えぬな。

だが、それでも、こちらの思いだけは、一度、伝えて参ろうではないか」


「はい! 義経様のお気持ち、良く理解いたしました!」


宝は、力強く頷き、使者を選定すべく、慌ただしく陣中を駆けていった。


* * *


その頃、岡崎城下の徳川軍本陣では、徳川家康が、筆頭家老の酒井忠次と、最後の軍議を行っていた。


「…義経殿から、再び、臣下となる様に、と勧告が来ておる。先の刈谷城にて、我が軍は踏み留まることができず、すでに勝敗の趨勢(すうせい)は、決しておるのじゃろうな……」


家康は、どこか遠い目をして呟いた。


「…忠次、そなたは、頼朝軍と、直接刃を交えてみて、いかがであった」


「はっ!」


酒井忠次は、顔を上げた。その表情には、武人としての、ある種の清々しささえ浮かんでいる。


「我が軍の、ほんの僅(わず)かな陣形の隙をも、実によく見極め、あれほどの大軍でありながら、まるで神速(しんそく)ともいうべき速度をもって、実によく統率が取れ、一度術にはまりましたら、逃げ道も無くされまする。


密集しても、分散しても、

何をしてもだめでござった。


部隊の士気も高く、

山の塊の如くに凄まじき騎馬の突撃、

空一面を覆うごとき圧倒的な数の鉛玉が降り注ぎ、

しかも正確な狙撃、

さらには厄介な大筒…


まさに天から降りた軍神、源義経との戦でござるよ」


酒井忠次は苦笑しながら、長年仕えてきた家康に率直に伝えた。


刈谷城下で決戦に挑んで敗れた酒井忠次は、初戦で負った矢傷が癒えぬままに、出陣を余儀なくされていた。


「…勝ち目は無いか…」


家康は、静かに呟いた。


「残念ながら…」


「忠次、そなたがわしなら、この後いかがいたす」


「は! 拙者は三河武士でござりますれば、強き敵には心躍りまする。せめて華々しく散りますぞ!」


「良いのか、それで」


「家康様にお仕えしてこのかた、命の覚悟無くして戦えた戦など、いかほどございましたでしょうか。

三河武士は常に殿のおんため、華々しく散る事こそが美徳、そう、思わねば、我らはここまで殿にはついてこれませなんだ。はっは」


家康は股肱の臣下酒井忠次に、頭を下げた。


「かたじけない、忠次。


わしはあの義経殿が気におっておる。

お市の方も頼朝殿に心服しておる。


じゃが、

このまま終わらせたら、ここまでわしに尽くしてくれた皆に申し訳が立たぬとの思い、

今臣下の礼を取ったならば多くの兵は救われるとの思い、

決めかねておる」


「では、殿が我らであれば、いかがいたす」


家康は忠次の言葉に苦笑した。


「では、良いのじゃな、、、、、

このままでは我が徳川の名折れ。


力尽きるまで戦い、あの軍神に思い知らせるとするか。

せめて一矢報いようぞ!」


「は! では殿、此度は殿のお考えの作戦を試してみましょうぞ。

頼朝軍は、はじめは、難しき戦術は取らぬゆえ、軍神が目覚めるまでが勝負でござる」


「重ねてお礼を申す、忠次。

軍神は捕虜には慈悲深い。

命が危うくなれば、捕まるが良い。我らが意地を見せる事と、命を落とす事は、同じでは無い」


「肝に銘じておきます! では、ご武運を!」


酒井忠次は、自らの部隊に馬を走らせた。


* * *


義経の陣所に家康からの返信が届く。書面を一読した義経は、静かに呟いた。


「…そうか。三河武士の、意地、とな……。もはや、致し方あるまい。我らは、我らの礼を持って、これに応えるしかあるまいの!」


「はい、義経様……。

ところで、あの、ひとつよろしいですか?」


「うむ。何なりと、申してみよ、宝殿」


「もし義経様が、それでもなお、三河の兵たちの犠牲を、できる限り少なく、とお考えであるならば……。


今の、我が軍による鉄砲の一斉射撃は、あまりにも多くの兵の命を奪ってしまい、下手をすれば、それだけで敵部隊が全滅しかねません。狙撃隊による攻撃は、あくまで威嚇に留め、敵が怯(ひる)んだところを、騎馬隊による突撃で、一気に潰走させる……。

それがうまく行きましたら、敵の被害も比較的少なく、敵の心を挫き、戦に勝つことも可能かと……」


「…ほう。宝殿、それはまさに、かの孫氏の兵法にも通じる考えじゃな。『其(そ)の城を攻むるは下(げ)なり、其の心を攻むるは上(じょう)なり』、か」


「はい、おそれながら……。

ただ……相手は、あの徳川家康です。

どの程度まで、その心を攻めることが、果たして可能か……。

また、もし、我らの、その意向を見抜けば、逆にそこを突かれる危険もございます。


もっとも、それで、我らが負ける事はございませぬが……」


「うむ。宝殿が申される通り、今の我らが、本気で狙撃隊による一斉射撃を行えば、家康殿股肱(ここう)の家臣たちをも、いとも簡単に葬(ほうむ)り去ってしまうやもしれぬな。それは、避けたいところじゃ」


義経は、頷いた。


「よし、此度の岡崎攻めは、頼光殿、道灌殿の、その強力な突撃隊のお力を、存分に頼りとさせていただく事としようぞ」


「ありがとうございます、義経様!」


* * *


頼朝軍は、狙撃隊を、後方の援護へと回し、太田道灌隊による、正面からの騎馬突撃を敢行した。


その太田道灌隊を、岡崎城下にて待ち受けていたのは、徳川家筆頭家老、酒井忠次隊であった。


酒井忠次は、太刀を抜き放ち、麾下の部隊に檄を飛ばす。


「者ども、聞け!

我が隊は、これより、天をも衝(つ)くかのような、富士の山をも、打ち崩すごとき気概を持ちて、敵を討つ! 我ら三河武士の意地を、今こそ、敵に見せつけてやるのじゃ! この岡崎の地は、決して、誰にも渡さぬ!


全軍、かかれぇぇーーーっ!!」


寡兵で守りに徹すると思われていた徳川軍が、勢い良く太田道灌隊に突撃をかけてきた。


「ほう、徳川軍は、まだその心が折れてはおらぬようじゃな。面白い!」


太田道灌は、不敵に笑った。


「 第一陣、坂田金時隊! 敵の突撃を、正面から受け止め、これを粉砕せよ!


突撃!」


道灌の命を受け、副将・坂田金時が率いる一隊が、岡崎城下より突進してくる酒井忠次隊に向け、猛然と突撃を開始した。


坂田金時隊の、あまりにも凄まじい突撃を受け、多くの酒井忠次隊の兵士たちが、まるで木の葉のように、吹き飛ばされていく。


だが、酒井忠次の檄が、再び戦場に響き渡る。


「まだまだじゃ! 怯むな!

これは、まだ敵の最初の攻撃に過ぎぬわ!

ここで退く出ない!!

歯を食いしばり、何としても敵の騎馬を止めよ!

槍隊、前へ出ぇ!」


酒井忠次隊の、まさに決死の槍衾(やりぶすま)によって、坂田金時隊の騎馬隊の突撃の勢いは、わずかながらも、少しずつ衰え始めた。


その様子を見ていた太田道灌が次なる檄を飛ばした。


「坂田隊は、左右に退き、敵を引き付けよ! 我が本隊が、中央より攻めかかる! 全軍、突撃!」


太田道灌自らが率いる騎馬本隊は、左右に展開する坂田隊の間を抜け、酒井忠次隊本隊へと、猛然と襲いかかっていった。

太田道灌の、この、あまりにも鮮やかな突撃の前に、さしもの酒井忠次隊も、ついに支えきれず、敗走を余儀なくされた。


太田道灌は、さらに、残る麾下の部隊に、大声で檄を飛ばした。


「見よ! 敵の酒井隊は、敗走したぞ! この機を逃さず、さらに、あの丘の先に布陣する、家康本隊へと、一気に攻めかかる! 全軍、ただちに態勢を整えよ!」


太田道灌隊が、隊列を整え、岡崎城を見下ろす丘へと、猛然と駆け上がろうとした、まさにその時であった。


(丘……? いや、これは……!?)


そう思った瞬間、道灌の足元の地面が、まるで生きているかのように、大きく崩れ、おびただしい数の、鋭く尖った槍が、まるで獣の牙のように、出現したのである。勢いづいた騎馬隊は、直ちに止まることもできず、多くの騎馬が、次々と、その槍の餌食となり、串刺しにされていった。


その後方の本陣から、太田道灌隊の惨状を目にしていた義経は、思わず舌打ちをした。


「しまった……!


このわずかな期間に、これほどまでの、大規模な空堀(からぼり)を掘っておったというのか! しかも、それを、巧妙に土で覆い隠し、我らを、ここまで誘い込むとは!」


太田道灌隊が、家康の仕掛けた巧妙な罠によって大混乱に陥った、まさにその瞬間を見逃さず、徳川家康は麾下の全部隊に、総攻撃の命令を下した。

「今ぞ! 全軍、ただちに突撃を開始せよ!」


家康本隊は、槍の罠が仕掛けられた危険な窪地を巧みに迂回しつつ、動きの鈍った道灌隊の騎馬に向け、まず精鋭の長槍隊を激しくぶつけた。

騎馬の最大の武器である突撃の勢いが完全に弱まった道灌隊に対し、徳川軍は、巧みに長槍の角度を変え、騎馬の衝撃を巧みに逃がしながら、側方より、正確に、次々と長槍を突き出す。

時には、その槍を、直接騎馬へと投げ込み、騎馬武者の進軍が完全に乱れたところを、今度は弓隊が、さらに追い打ちをかけるように、集中的に騎馬へと矢を放つ。

そして最後に、精鋭の切り込み隊が、とどめを刺すべく、文字通り、道灌隊の騎馬武者たちへと、直接斬り込んでいったのである。

その連携は見事なものであった。


「道灌殿、ご無理なさるな! 一旦退き、態勢を立て直されよ!」

源頼光が叫ぶ。


後詰として戦況を見守っていた源頼光隊が、救援に駆けつけ、家康本隊の側背から、猛然と強襲をかけた。家康本隊は、先の道灌隊との激戦で、少なからず奮戦はしたものの、源頼光率いるほぼ無傷の騎馬隊による、側面からの猛攻には、さすがに陣形を維持することができず、多くの兵はなぎ倒されながら、辛うじて退却していった。


その、一進一退の激しい戦いを、固唾を飲んで見守っていた義経は、ここでもまた、傍らの宝に、声をかけた。


「宝殿、今の、あの家康の戦術を、そなたは、どう見る」


「義経様、まことに申し訳ございませぬ……」


宝は、悔しさと、自らの未熟さを噛み締めるように、言葉を絞り出した。


「わたくしどもの忍びからも、あの巧妙に隠された空堀につきましては、何の報告も上がってはおりませんでした……。


おそらくは酒井隊は、我が騎馬隊を、あの地点まで強引に誘い込み、そして、空堀に仕掛けられた槍衾(やりぶすま)が、最も効果を発揮するであろう距離を、正確に測った上で、玉砕する事を前提として攻撃を仕掛けてきておりました……。

わたくしは、その深謀遠慮を、完全に見落としておりました……。まことに、申し訳ございません……」


宝の声は、か細く震えている。


「それにいたしましても……。敵は、あれほどまでに巧みに長槍(ながやり)を操り、また、鉄砲の数が少ないにも関わらず、弓をあれほどまでに効果的に放ち、そして、歩兵一人ひとりが、驚くほどに強くございました……。


わたくし、まだ未熟者ゆえ、あのような、見事なまでの連携戦術は、はじめて目にいたしましたが……。


さらに戦術のみならず、三河の武士、その一人ひとりの、恐るべきまでの強兵ぶりを、まざまざと、目の当たりにした思いでございます……


遠方から攻撃を仕掛ける鉄砲隊の、その射程を巧みに外し続けながらも、一気に間合いを詰めてくる我が騎馬隊に対し、特殊な長槍を用いて肉薄し、そして、その間合いを、瞬時に的確に見極め、統制の取れた部隊の動きを、寸分の乱れもなく指揮する……。

さ、さすがは、徳川家康様と、申すべきでございましょうか……」


相変わらず源宝は、不安げに眉をひそめ、自信なさそうに言葉を紡いではいた。しかしその分析は、義経の目から見ても驚くほどに的確なものであった。


義経は、改めて源宝に問うた。

「この後家康と戦う際にはいかがすればよいか」


「家康様の兵を多く損ないたくはありませぬが、油断しますと、我々の兵の被害も多くなりますし……」


源宝は、さらに眉をひそめながら、頭を抱えるようにして、必死に考えていた。やがて、何か考えがまとまったらしく、顔を上げ、義経に口を開きだした。


「ですが、この度はあの空堀の罠がありましたので、苦戦いたしましたが、その罠さえ気を付ければよろしいかと……。


ただ、より我が隊の損耗を少なくするためには、我が軍は家康様が巧みに陣形と戦い方を切り替えるより早く、多様な攻撃をしかけねばなりませぬ……。


騎馬も今のように大軍をぶつけるのではなく、細切れに部隊を分け、突撃の方向も多様に散らせば、家康様の組織だった攻撃を防げるかと。


家康様の兵を気遣い、こちらの兵が危うき目にあってしまうと、本末転倒でございますので、鉄砲隊の威嚇はもう少し距離を詰め、射程に入った敵は撃つように指示をしなくてはならないかと……」


「宝殿、それではこの岡崎城を落とした際には、直ぐに浜松城には進撃せず、部隊長を集め急ぎ軍議を行うとしよう。そこで宝殿は作戦参謀として作戦を提示してほしい」


「はい……。最善を尽くします」


源宝は相変わらず自信が無さそうに、義経に答えていた。


五月に入り、岡崎城は開城した。しかし岡崎城内に家康や酒井忠次の姿は無かった。


* * *


京の都では、改修が進められていた二条城が、ついに完成の時を迎えた。


頼朝や太田牛一が想定していなかった、二条晴良が二条城完成の祝辞を述べに参上した。


五月に入り、頼朝の体調は前月よりは回復しており、外交の場に顔を出すことに支障は無かった。

頼朝の他、大村由己、太田牛一が対応し、出雲阿国が茶を点てていた。


「大納言殿、此度は二条城の完成、お喜び申し上げる」


「これは関白様御自らお越しいただけるとは、この頼朝光栄の極みでござる」


「同じ二条に住むものとして、ご挨拶に伺ったまでですよ、大納言殿。

それと、以前阿国殿に点てて頂いた茶の雅さが忘れられなくての、二条城の完成を口実に、お邪魔させていただいたまでの事」


頼朝が病床で臥せっている間に、太田牛一と出雲阿国は二条晴良との茶会を開いていてくれたことを、頼朝はこの時に知った。


「まあ、関白様にお褒めいただけるとは、この阿国にとって生涯の誉れでございます」


二条晴良は、出雲阿国に出された茶を口に含み満足げであった。


「まことに結構な茶をいただきました。茶は不思議なものよ。点てたものの心も伝わって参る。阿国殿の茶の味わいの深さは、言葉では表せぬ」


頼朝も二条晴良に言葉をかぶせた。


「誠に、この頼朝も、近くに阿国がおる贅沢を日々感じております」


「まあ、本日は何と贅沢な日なのでしょう、関白様、大納言様にまとめてお褒めいただけるとは」


出雲阿国は相変わらず優雅な笑みを浮かべていた。


「さて大納言殿、

阿国殿の茶をいただき、大納言殿のご尊顔も拝し、本日おじゃました目的はほぼ遂げられたのではありますが、も少しだけお話をしてもよろしいか」


「是非とも、また本日はこの城にてごゆるりとされたらよろしかろう」


「では大納言殿。


帝はすでに高齢でおわす。

皇太子・誠仁親王は三年前に早世してしまい、今でもその悲しみから立ち直られたとは言い切れぬが、御いたわしい事です。帝はこの戦国乱世で言い切れぬご苦労されてこられました。そして皇太子の早世。


この二条晴良は帝の御ためであれば、どの様な事でもいたしたい、それだけ帝を大切に思っております。それは牛一殿や阿国殿が持たれている、大納言殿へのお気持ちと何ら変わるものではありませぬぞ。


お仕えする主のため、命をかけるのは、武家でも公家でも変わらないのです。佞臣が多くうずまいておるのも、武家も公家も同じ。


さて大納言殿。


今帝は孫にあたるの和仁親王への譲位を考えておられる。この晴良としてはもう帝にはこの後は安らかな日々を過ごして欲しいのです。

しかし譲位する事に大きな不安を感じております。


なぜだかお分かりですかな、大納言殿」


二条晴良の言葉は頼朝自身にも響いていた。今の様な情勢で、桜に跡を継がせるわけには行かない。


(帝もわしと同じく苦しまれ、わしと同様に良き家臣を持たれているでは無いか。当たり前の事ではあるが、考えた事は無かったかもしれぬ。。。)


「関白様、帝のご心配とはわしの事であろう」


「ははは、大納言殿。

さすがは牛一殿も阿国殿が心服されているお方だけありますな。


では話が早い。


きっと大納言殿と同様、帝が望まれるのはただ、安寧の世。乱れた世のままに和仁親王に譲位などせぬのが今の帝。


織田信長のやり方に不安はありながら、安寧の世をつくるという点では、帝は信長を評価されておりました。徐々に朝廷をないがしろにしてきてはいても、安寧の世さえくるのであれば、と帝は忍耐強くあられた。


更に、そこに現れたのが大納言殿。しかも鎌倉幕府の征夷大将軍が現れましてな。過去に己の権力のために、帝に入内させ、権力基盤を強くし、帝をないがしろにしたものがどれほど多かったか。


最も私自身の血筋も、入内させて貴族内で権力基盤を強くした藤原家ではありますがな。


若き和仁親王に譲位をした後に、入内を大納言殿にせまられるような事がありませば、今の帝の余生は穏やかなものにはなりまん。この晴良はそのような帝のお心を惑わすようなことは、これ以上は見たくないのですよ。


大納言殿は、鎌倉の時分、最後は大姫様を入内させておりました。もし大納言殿がそのような事をお考えであれば、この晴良は命にかけても阻みます」


「関白様、この頼朝お話は良くわかり申した。


残念ながら、我が娘たちは武辺物ばかりにて、参内すら心苦しき娘たちでございます。とても入内など滅相も無い事。その点は安心くだされ。


それに……。


これ以上過去の亡霊の名を今の時代に残すわけには参らぬとも考えておりましてな。源氏は今の世でも生きており、この頼朝は満足しております。


今の世の安寧が見届けられたら、退位された上皇とともに阿国の茶でもいただきたい、それがこの頼朝の願いでもあります。


征夷大将軍などは、ふさわしきものが名乗れば良いと考えております。天下静謐が叶うのであれば、武家が前に出ずとも良いのはないですかな」


「ほう、大納言殿は史書の征夷大将軍と名乗られておるが、本当は異なるお方であらせられるのか」


「いや、関白様。それが悲しきかな、同じ頼朝でござっての。


今の時代に参って、同じことを繰り返さぬよう期待をしておりましたがな、結局は同じ冷酷な鬼でございますぞ」


「ははは!

これは想像もしなかったお話を伺えました。何ともおかしなお話ですな。


惣無事令をお考えと伺いました。

しかし今それを出してどうされるおつもりですかな」


「それは簡単な事。

我が力の無さを、朝廷にお力添えをいただき、少しは天下静謐に近づきたいだけ。


我らが出来る事は模索いたしましたがの、友軍同士の争いですら止める事が出来ぬ有様。そして、武家の共存を訴えながら、今この時も徳川領に侵攻をしております。


結局は武家が出来る事は力を誇示するか、武力で制圧する事しかできませぬ。鬼は鬼でしかないのです。


ただし、惣無事令があれば、徳川も友軍も違う形で共存ができるかと期待していた次第。当然惣無事令があったとて、争いがなくなるとは思うておりませんが、我が軍の力を持って覇権の野心を挫く大義名分は手に入ります。


しかし力をもって天下平定をし、幕府を開いたとて、幕府の中での権力争いがいずれ起きるだけの事。であれば、強気武力を朝廷のものとし、惣無事令をもって朝廷の武力として、全国に睨みを利かす。


今の頼朝には、それしか思いつかぬのです」


二条晴良は、頼朝の話を聞き、しばらく言葉を発しなかった。

しばらくして、口を開いたのは出雲阿国に対してであった。


「阿国殿、かたじけないが、またこの晴良のために茶を点ててはいただけないか」


阿国からの茶をあらためて口にした。


「いやはや、まことに結構ですな、阿国殿」


晴良は満面の笑みで阿国への礼とした。


「大納言殿。こういたそう。


この晴良が責任をもって、大納言殿を内大臣とさせていただきましょう。それで頼朝軍は官軍としての名分を手に入れる事ができましょう。


しかしそれで他の武家が黙る事は無いでしょう。


想像がつくと思いますが、朝廷内にも多くのものがおります。帝を心より想う公家もどれほどいる事か。。。惣無事令を出すためには、その者たちを黙らせる必要があります。


さて大納言殿。


残念ながら、力とは誰の目から見ても力でなくてはなりませぬ。この晴良が多くの公家を黙らせるためにも、その力に納得してもらわねばなりませぬ。


大納言殿は全国を手中にする野心は無いとお見受けした。しかし、この晴良が惣無事令を出す事を帝に働きかけるためには、全国の半分を治められよ。それが叶いましたら、この晴良は力をつくしましょう。


残酷なお話であったかな、大納言殿。


しかし天下静謐とは武力なしでは成し遂げられぬこともまた事実。同時に大納言殿が申される通り、武力だけでは天下静謐を実現できませね。


朝廷の武力となるとのお申し出は誠に結構なお話でございます。であれば、なおさら、公家を黙らせる事が必要です。


人の業は無くならぬのです。それでも天下静謐を目指されるのであれば、その業を抑える事も考えねばなりませぬ。」


「関白様、さらに多くの領土を獲得する儀だけは、何とかなりませぬか」


「この晴良も力不足、力が及ばぬ事ばかりにて。

この晴良が帝のために出来る事、大納言殿にお願い出来る事、これが精一杯でございます」


頼朝の落胆した表情を二条晴良はじっと見つめていた。同じ部屋にいた誰もが口を開けずにいた。


しばらくして二条晴良が口を開いた。


「内大臣叙任の際には、帝とお話されたらいかがでしょうか。大納言殿さえよろしければ、この晴良が手配いたしましょう」


「関白様、帝への拝謁は誠に光栄でござる。よしなにお願い申し上げる」


「それは良うございました。

それでは、この晴良は阿国殿の茶を十分堪能できましたゆえ、これにて失礼申し上げます」


「本日ご足労いただけて、この頼朝、心より感謝申し上げる」




関白の供回りが待つ二条城の城門まで、出雲阿国が二条晴良を送り届けた。

最後に二条晴良が出雲阿国に話を切り出した。


「大納言殿、ご体調が優れぬのですかな」


その話を聞き、出雲阿国は急に顔を曇らせ、うつむきながら頷いた。


「そうでしたか、阿国殿のご心痛いかばかりか、お察しいたします。

であればなおさら、急がねば。


大納言殿は、阿国殿の申される通りの方でした。この晴良も微力ではありますが、最善をつくしましょう」


二条晴良は輿に乗り込み、二条城を後にした。



出雲阿国は二条晴良を見送った後、力無く膝を落としていた。


「神よ、この卑弥呼が神を裏切ったのであれば、罰は頼朝様では無く、この私に与えたまえ。。。。

頼朝様に罰をお与えなのであれば、私はあなたを生涯お恨みいたします!何も出来ぬ微々たる力など、もういりませぬ!!」


出雲阿国の美しい着物は、降りしきる雨にぬかるんだ大地によって、容赦なく汚されていた。同時に出雲阿国の涙によって大地を清らかにするには、大地はあまりにも広すぎた。

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源頼朝 戦国時代編 @Tempotampo

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