「心の糧」は、以前ラジオで放送した内容を、朗読を聞きながら文章でお読み頂けるコーナーです。
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坪井木の実さんの朗読で今日のお話が(約5分間)お聞きになれます。
私の拠り所は何でしょうか。拠り所とは、「頼みとするところ。支えてくれるもの」という意味があります。
生活するためには、まずはお金でしょうか。お金は不足すると不安で、無くては困るものです。ただ、仮に有り余るほどお金を持っていても、心の拠り所にはならないと思います。
例えば、極端な例ですが、イエス・キリスト誕生の時代のヘロデ王は、多くの財宝を持っていても、不幸でした。新しい王の誕生を知り、自分の地位や富が奪われる恐れから、近辺の罪もない赤ん坊を皆殺しにしたことからもわかります。
人はお金や財宝に執着すると、むしろ不幸になるのです。
次に、親や子ども、夫や妻、家族、先生や友人などが拠り所といえるでしょう。
子どもは、親の存在や愛情によって安心して生活できます。
親も子どもがいるから生きがいがもてることもあるでしょう。
家族や他の人間関係も、互いに支え合い協力し合い、より強い絆を保てます。
この点で、聖家族つまり聖母マリア、聖ヨセフ、イエスは、苦しい時にも支え合い、深く信頼し合った模範的な存在です。
ただ、普通の人間の場合、互いに弱さも欠点もありますし、この世での命には限界があります。
ですから、人間の存在がいつもいつまでも拠り所となりえないのは、仕方のないことです。
私の場合、完全に拠り所にできるのは、ただ神様だけです。
神様は全能である上に、愛情深い、私たちの父親です。私たちが罪深くてもゆるし、弱くて欠点だらけであっても愛してくださいます。しかも、この世でも天国でも永遠に。
私も神様が自分の拠り所だと知ってから、失敗しても、疲れても、安心して楽観的に生活できるようになりました。