社説
好きな人と結婚したい。もちろん結婚したくなければしなくていい。誰だって一度きりの人生を自分らしく生きたい。
多くの人が当たり前のように手にしている「婚姻の自由」は、憲法が保障する基本的人権だ。そんな人生の根幹に関わる権利を奪われた人たちがいる。
同性同士の結婚を認めない民法などの規定は憲法違反として、各地の同性カップルが裁判を起こした。五つの高裁の判決は全て違憲である。14条「法の下の平等」や24条「婚姻における両性の平等」に加え、福岡高裁は13条「幸福追求権」に反すると判断した。
福岡訴訟の原告こうぞうさん=熊本市=は先月の記者会見で「僕ら家族の日常は異性愛者の人々と何ら変わらない。日本が優しく温かな国であってほしい」ときっぱり語った。
どんな性別の人を好きになるのか、性的指向は自分の意思で変えられない。それなのに政府は国会や訴訟の状況を「注視する」と繰り返すばかりだ。
■理念を現実に生かす
今年は戦後80年に当たる。私たちは一貫して、こうぞうさんの言う「優しく温かな国」を目指してきたのではなかったか。
先の大戦で個人は国家に踏みにじられ、その反省から日本国憲法が1947年に施行された。憲法記念日のきょうで78年になる。
国民主権、基本的人権の尊重、平和主義の三原則を掲げ、日本は民主主義国家として歩んできた。
土台にあるのは13条であろう。「すべて国民は、個人として尊重される」と規定している。
憲法学者の樋口陽一氏は13条を「権力が勝手なことをしてはいけないという、中世以来の広い意味での立憲主義が、近代になって凝縮した到達点」とみる。
13条と照らし合わせれば、婚姻の自由も理解しやすい。
24条は「両性」の合意のみで結婚できると定める。起草に関わった米国人女性のベアテ・シロタ・ゴードンさんは「日本女性に最高の幸せを贈りたい」と奔走した。明治憲法下の家制度から脱却し、個人の意思を尊重するために「当人同士」を意図した。
「憲法の番人」の最高裁が法規定を違憲とするのは珍しく、13例しかない。それが近年相次ぐ。
2023年には、性同一性障害の人が戸籍上の性別を変える際、生殖能力をなくす手術を事実上求める法規定は13条違反と断じた。24年は障害者らに不妊手術を強いた旧優生保護法を違憲とした。13条と14条に反し、立法自体が違法と異例の指摘をした。
人権や個人の尊厳を侵された人たちが声を上げ、社会は少しずつ変わってきた。憲法が存在するだけでは変わらない。
理念を理解し、法律や制度を変え、現実の生活に生かしていく不断の努力が要る。政府や国会にはその責務がある。
■全体を見渡し議論を
衆参両院の憲法審査会は憲法改正を議論している。いかなる検討も13条の「個人の尊重」を基本に据えるべきだ。そうでなければ憲法の理念がゆがむ。
緊急事態条項の新設案は戦争やテロ、大規模災害の際、政府の権限を強めるものだ。政府が暴走する危険をはらむ。個人の存在が軽んじられ、国家が戦争にまい進した過去を忘れてはならない。世界で戦火がやまず、不安をあおられやすい今こそ慎重でありたい。
自衛隊を9条に明記するよう求める意見もある。任務の範囲を示すことになれば、集団的自衛権に基づく武力行使を含むだろう。
政府は自衛隊の武力行使を例外的に認める根拠に13条を挙げる。ただ13条はあくまで国民の生命や自由を守るのが目的で、拡大解釈して外国の防衛にまで広げるのは危うい。13条と集団的自衛権の整合性は取れているのか、議論は依然として不十分だ。
さまざまな改正案がある。何のために何をどう変えるのか。それらは本当に一人一人の幸福につながるのか。憲法全体を見渡した冷静で賢明な視点が求められる。