サイエンス

2025.05.15 12:30

米科学界に広がる政治的混乱、解体に近いNSFの改革は経済にも広範な影響

米国立電波天文台が運営するカール・ジャンスキー超大型干渉電波望遠鏡群。NSFの助成金によって設置・運営されている。Greenson / Shutterstock

米国立電波天文台が運営するカール・ジャンスキー超大型干渉電波望遠鏡群。NSFの助成金によって設置・運営されている。Greenson / Shutterstock

『サイエンス』誌は2025年5月8日、米国の科学界に広がる政治的混乱の最新動向を報じた。米国立科学財団(NSF)が37の研究部門をすべて廃止し、助成金給付のプロセスを再編し、職員を解雇し、すでに交付された助成金約10億ドル(約1470億円)を取り消すことになったのだ。これらの変更は、NSFのセスラマン・パンチャナサン長官の辞任に続き、NSFの予算を55%削減するという提案と、時期が重なっている。

これは改革ではない。解体だ。

今回の再編は、米大統領府からの政治的圧力によるものと広く見られている。連邦政府の科学研究助成を、新たなイデオロギーに基づく優先事項と一致させるための広範な取り組みを反映するものだ。多様性に関する研究に加えて、気候科学、ワクチン、HIV/AIDS、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)などの分野も、大幅な予算削減に直面している。

こうした変化は科学界に、研究範囲が狭まる可能性と、学問の自由やイノベーションへの影響に関する懸念を引き起こしている。これほどの規模で科学研究を制限することの経済的影響は、極めて広範に及ぶ可能性がある。

米国の科学界を支える財団

NSFは75年にわたり、米国の科学的進歩を陰で支える縁の下の力持ちだった。連邦政府が支援する基礎研究の相当な部分がNSFの助成金で運営されており、気候科学、AI(人工知能)、サイバーセキュリティ、量子マテリアルなど、生物医学を除くさまざまな分野の発見を後押ししてきた。

その助成金は、大学院生の教育、若手研究者の支援、そして、米国の競争力の源となっているオープンで再現可能な研究に使われてきた。しかし、科学の重要性が増す一方で、基礎研究の費用を連邦政府が助成する割合は数十年にわたって減少傾向にある(民間部門の投資は着実に増加している)。

そのNSFが今、組織レベルで解体されようとしている。

NSFの部門を廃止すれば、助成金の給付プロセスから、専門家の監督という重要なレイヤーを取り払うことになる。現在ほぼすべての助成金を承認している、深い専門知識を持つ科学者である部門長は、その権限を失うことになる。代わりに、まだ名前のない当局が運営する新たなレイヤーが加わり、研究がイデオロギーと一致するかどうかを審査する可能性がある。

再編と称されているものの、部門長の廃止は事実上、助成金給付プロセスを中央集権化し、専門家の監督を排除する措置だ。

米海洋大気庁(NOAA)のハリケーン研究者だった経歴を持ち、気象予報サービス「Weather Underground(ウェザー・アンダーグラウンド)」を共同で立ち上げたジェフ・マスターズはソーシャルメディアプラットフォーム「Bluesky」で、「NSFが連邦予算に占める割合は極めて小さいため、これはメリットや予算の問題ではない。情報と知識のコントロールそのものだ」と断じている。

米国の科学に変化は必要ない、と言いたいわけではない。公的な研究は、国益にかなうものであるべきだ。透明性があり、オープンアクセスで、社会的ニーズと合致する必要がある。

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翻訳=米井香織/ガリレオ

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2025.04.24 16:00

日本発!大企業とスタートアップの協業が世界を変える

3月下旬、「スタートアップとCVC※が開拓するオープンイノベーション」をテーマにしたトークセッションが行われた。セッションを繰り広げたのは、2023年5月から協業を進めている三菱電機とエレファンテックのキーパーソン。CVCとして活動する三菱電機がスタートアップを支援しながら協業する背景と狙い、そして大企業とスタートアップがオープンイノベーションを進める上での秘訣などが語られた。そこで示されたのは、日本ならではのオープンイノベーションの可能性だった。


三菱電機が展開するオープンイノベーション

オープンイノベーションという言葉が当たり前になり、他社との協業で新しい価値を生み出す取り組みも活発だ。事業会社が投資を行うCVCも相次いで立ち上がり、スタートアップを資金面から支援すると共に、自社の事業との相乗効果を狙う活動も活性化している。

モデレーターであるForbes JAPAN Web編集長の谷本有香(以下、谷本)が、こういった背景を説明しつつ、三菱電機がCVC活動を始めた理由について質問することからセッションがスタートした。

Forbes JAPAN Web編集長 谷本有香
Forbes JAPAN Web編集長 谷本有香

「三菱電機にはR&D部門だけでも2000人以上の従業員がいます。各自が強い信念のもと技術開発に取り組み、『世の中を変えよう』という企業文化も根付いています。しかし、自分たちだけで実現するには時間がかかります。そこで事業環境の変化に迅速に対応するため、私たちと同じように信念をもって活動しているスタートアップと協業を進めるべく、2022年にCVCを立ち上げました」

こう説明するのは、三菱電機ビジネスイノベーション戦略室室長の境勝哉(以下、境)だ。

CVCを立ち上げてから約3年、三菱電機は日本国内をはじめアメリカやシンガポールなど、「世界を変える」可能性を秘めたスタートアップとWin-Winの関係構築を目指し、投資、協業を進めている。

今回のトークセッションには、三菱電機の投資先として協業を進めているエレファンテック代表取締役社長の清水信哉(以下、清水)も登場した。同社は14年に東大発ベンチャーとしてスタート。技術開発から製造までを一気通貫で行う気鋭のスタートアップである。同社が技術開発・製造しているのは、従来の製造プロセスとはまったく異なる電子回路のプリント基板だ。清水は自社技術について次のように説明する。

「基板の製造は、樹脂の上に銅などの金属を貼って要らない部分を溶解させて残った部分を回路にする方法がとられていました。しかし当社が開発した製法は、金属を液体にしてそれを印刷、無電解銅めっきで成長させて回路を形成する方法です。必要な部分だけに金属を付着させるため、材料が少なくて済み、環境負荷を軽減できると共に材料コストも下げることができます。実はアイデア自体は50年前からあったもので、産業界では何度も挑戦したが失敗してきたもの。それを世界で初めて量産化までたどり着いたのが当社です。10年後のスマホやパソコンに使われている電子回路は、当社の製法に代わっているという未来を描いています」

エレファンテック代表取締役社長 清水信哉
エレファンテック代表取締役社長 清水信哉

金属を印刷する印刷機械を製造するためには、FA(ファクトリーオートメーション)技術が不可欠だが、三菱電機はFA分野で高い技術を保有するメーカー。そんな親和性の高さもあり協業がスタートしたのだ。

スタートアップと出資側の事業部門を橋渡しするCVCの役割

いかにして両社の協業が始まり、どんな課題を克服してきたのか。「モノづくりが得意な日本発のイノベーションを起こすひとつのキーワードがディープテックにある。しかし、ディープテックがカタチになるには時間がかかるケースが多い。そこに大企業がスタートアップを支えていくという動きは歓迎すべきだが、どんな課題があったのか?」という質問を谷本が投げかけると、投資が実現できるまでの経緯についてファンド投資担当の物部貴之(以下、物部)が答える。

「今でこそ協業が進んでいますが一度頓挫しています。エレファンテックの金属を積層していく製造方式は注目されていましたが、実現が難しいのではという意見が多く社内承認が得られませんでした。しかし、我々投資担当者が橋渡し役となって粘り強く社内を説得することで2023年にようやく投資が実現しました」

三菱電機MEイノベーションファンド 投資担当 物部貴之
三菱電機MEイノベーションファンド投資担当 物部貴之

さらに物部は、CVCの投資担当の役割について「スタートアップと事業部門をつなぐことだ」と明言する。事業部門のニーズを把握するのはもちろん、将来のマーケット予想をしたうえでスタートアップを探し、どのようなシナジーが可能なのか検討。その後、事業部門とスタートアップの互いの目標や期待値などが一致すれば、CVCとして投資を行い、協業がはじまることになる。

一方、投資先であるエレファンテックは、三菱電機の投資に至るまでの動向をどう見ていたのだろうか。

「当社は複数のCVCやVC※から投資を受けていますが、最初から上手くいくケースの方が少ない。というのもディープテックは既存技術に対して全てが勝っていることはありません。開発段階では何らかの課題があるのは当たり前のこと。技術に詳しければ詳しいほど『ここが課題だ』と挙げることができる。『今はこういう課題があるが克服することで、このようにスタンダードになっていきます』と丁寧に説明し、対話を重ねる中で理解を得ていくことが大事です」

技術者同士のコミュニケーションが化学反応を起こす

ディープテックを手がけるスタートアップに対して、CVCが投資する利点のひとつに、技術という「共通言語」がある点が挙げられる。三菱電機とエレファンテックの場合もその例に漏れず、技術者同士の対話の中で理解が深まったと3人は振り返る。

「当社はエレファンテックをはじめ、興味のある技術を持っているスタートアップと組んでいますが、技術屋同士でしっかりと話をしています。技術屋同士が意思疎通を図り、お互いがリスペクトできる関係性を築き、投資担当者がそれをどのように支援して、どんなカタチを作っていくのかがポイントになる。その時に大切なのが目的を合わせること。とことん議論をして、どこにゴールを設置するのかという点も重要です。そういった調整を行うことがCVCの役割だと考えています」

三菱電機ビジネスイノベーション戦略室室長 境勝哉
三菱電機ビジネスイノベーション戦略室室長 境勝哉

境が成功の秘訣をそう指摘すると、物部が次のように続ける。

「私の場合は基本的にはスタートアップの立場から物事を考えて調整を図っています。実は前職ではスタートアップに在籍していたため、事業に対する温度感やスタートアップのスピード感も経験していますので、それを踏まえたうえで調整を図るようにしています」

三菱電機は、CVC立ち上げからの約3年間で、国内外の9社のスタートアップに投資を行ってきた。今回トークセッションに登場したエレファンテックのような新しい技術を活用した製造装置のメーカーから、量子コンピュータ向けアルゴリズム・ソフトウェアを開発する国内企業、画像解析技術を活用した交通違反取締サービスや交通状況分析ソリューションを提供する米国のスタートアップ、さらには超伝導技術を用いた人工衛星の姿勢制御装置を開発するニュージーランドのスタートアップなど、投資先の事業は多彩で、その技術領域も幅広い。その背景にはメーカーとして幅広い事業領域を有する三菱電機ゆえ、さまざまな分野の技術を理解できる知見を有している点が挙げられる。

そんな三菱電機との協業について清水は、技術者同士の会話から得ることは大きかったと振り返る。

「三菱電機にはさまざまな分野にスペシャリストが在籍し、大組織ゆえの膨大なアセットもあります。そんな深い知見を備えた方々と会話をすることで、開発段階での課題解決につながるヒントや、新しい発見につながるなど、スタートアップ側として気づきを得られる場面は多々ありました。また、三菱電機の場合、CVCチームの中に技術に精通しているメンバーがいることで、こちらの意図することが的確に事業側に伝わったのも、協業がスムーズにいった大きな要因だと感じています」

協業の成否のカギは当事者たちの「熱意」にある

しかし、大企業のCVCとスタートアップが協業する際に課題がないわけではない。その代表的なものとしてあるのが、時間軸の違いと成果に対する認識の違いだ。まず、時間軸については、大企業の場合、組織が大きいだけにスタートアップに比べて決断するまでに時間を要する点が挙げられる。

「しかし、一度方向性が決まれば大企業は多くのリソースや既存システムもあるので動き出したら早い」と清水は大企業の優れた点を挙げる。

もうひとつの「成果」について、境は「大企業は成果を早急に求めがちですが、スタートアップとの協業においては、中長期スパンで捉えるという共通認識を持ったうえで、経営層に対しては定期的に情報を提供することが重要」だとポイントを述べる。

そして3人が口を揃えて最後に指摘したのは、スタートアップと大企業の協業の成否を握っているのは、当事者たちの「熱意」。「技術で世界を変えたい」という強い思いがあれば、文化の違いや組織の壁を乗り越えられるという考えだ。

約1時間に及び議論されたトークセッションの最後は、スタートアップ代表者などの参加者から質問が出され、ゲストが応える質疑応答の時間がもたれた。その後は、ゲストと参加者によるネットワーキングに移行。初めて会う方も多く、名刺交換、意見交換など活発な交流が行われた。

※CVC:コーポレートベンチャーキャピタル
※VC:ベンチャーキャピタル

三菱電機
https://www.mitsubishielectric.co.jp/

エレファンテック
https://elephantech.com/


さかい・かつや◎三菱電機ビジネスイノベーション戦略室室長。1996年入社。2016年、海上防衛システム営業部にて、官公庁向け営業及び戦略立案に従事。23年から宇宙システム事業部副事業部長に就任。24年からビジネスイノベーション戦略室長として、オープンイノベーションによる新事業活動やCVC活動を率いる。

ものべ・たかゆき◎三菱電機MEイノベーションファンド投資担当。三菱重工業にて、防衛宇宙製品の生産技術者として日米共同プロジェクトに従事した後、宇宙スタートアップSpace BDに入社。衛星打ち上げ事業や国際宇宙ステーションの各種プロジェクトを牽引。その後、2023年に三菱電機に入社。生産技術および防衛宇宙に係る知見を活かし、スタートアップとの協業検討を主導している。

しみず・しんや◎エレファンテック代表取締役社長。東京大学工学部電子情報工学科卒業、同大学院情報理工学系研究科電子情報学専攻修士課程修了。2012年にマッキンゼー・アンド・カンパニーに入社、主に国内メーカーのコンサルティングに従事した後、14年1月にエレファンテックの前身となるAgICを創業。

Promoted by 三菱電機 | text by Tetsuji Hirosawa | photographs by Munehiro Hoashi | edited by Hirotaka Imai

宇宙

2025.04.15 11:00

NASA科学プログラムの予算が50%大幅削減、多くのミッションが中止される可能性

NASAの赤外線宇宙望遠鏡「ナンシー・グレース・ローマン」(c)NASA/Goddard

NASAの赤外線宇宙望遠鏡「ナンシー・グレース・ローマン」(c)NASA/Goddard

4月10日、ホワイトハウスが各省庁に対して2026年度予算の草案を送付し、NASAの次年度予算が大幅に削減される可能性があることをArs Technicaなど在米メディアが伝えた。これに対して各方面から深刻な懸念が示されている。

米行政管理予算局(OMB)が各機関に送付した草案「パスバック」は、一般に公開されるものではない。ただし関係者からの情報によると、NASAの次年度の総予算は20%カットされる見込みで、なかでも科学プログラムに対する減額が著しく、昨対比で50%削減を予定。これは昨年度予算の75億ドルから39億ドルに抑制されることを意味する。

科学プログラム局に対する予算の内訳としては、天文物理学の予算が3分の1に削減されて4億8700万ドル(約701億円)に、太陽物理学が3分の1以下に減額され4億5500万ドル(約655億円)になるほか、地球科学への予算は50%以上の削減で10億3300万ドル(約1490億円)、惑星科学は30%減の19億2900万ドル(約2780億円)となる予定。

この草案が通れば、2026年10月以降に打ち上げ予定の赤外線宇宙望遠鏡「ナンシー・グレース・ローマン」は、その計画中止がほぼ確定する。同機は次世代のNASA宇宙望遠鏡計画の主幹を担うもので、ダークエネルギーや系外惑星(太陽系以外に存在する惑星)の解明を担う計画。その主要部位はすでに完成状態にあり、 現在はNASAの一機関であるゴダート宇宙飛行センターで組み立て作業中だ。この計画にはJAXAを中心とした日本の研究チームも参画している。

NASAのゴダート宇宙飛行センターのチャンバーで熱真空テストを受けるナンシー・グレース・ローマン宇宙望遠鏡の主要アセンブリ「SCIPA」(c)NASA/Goddard
NASAのゴダート宇宙飛行センターのチャンバーで熱真空テストを受けるナンシー・グレース・ローマン宇宙望遠鏡の主要アセンブリ「SCIPA」(c)NASA/Goddard

また、2029年に打ち上げが予定される金星探査機「ダヴィンチ」への資金も停止されることになる。NASAは1989年の「マゼラン」以降、金星の近接探査を行っていないが、40年振りに予定されるこの金星探査機も存続される可能性が低い。

次ページ > ゴダード宇宙飛行センターが閉鎖される可能性

編集=安井克至

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