108.「わたしを食べて(はぁと)」
美と愛の神の加護諸共、幸運様の恩恵を捨てるか。
それとも後生大事に全部抱えて、今後も女難地獄を右往左往するか。
割と究極の選択ですが、勇者様の思い悩んだ時間は予想よりも短めでした。
「――よし」
「あれ? もう良いんですか、勇者様」
正直なところ、勇者様のことだからうんうん悩んだ挙句に結局決められなくって袋小路に行き詰る想像していたんですけれど。その結果として、私かまぁちゃん辺りが独断と偏見で勝手に勇者様の答えを決める、というところまで考えていました。
勇者様、自分で答えを出せたんですね。
さあ、それではその出した答えとは――?
勇者様は言いました。
「俺は、今のままで良い」
潔いお言葉でした。
「え? 良い? 本当にそのままで良いんですか、勇者様!?」
まさか、まさか……肉食的な女性に本気で怯える、勇者様が。
肉食系ヤンデレ女ホイホイと化している美&愛のご加護を、甘んじて受け入れるだなんて!
ちょっとやそっと……いえ、全然ちょっとではありませんが、それでもある程度の不利益を被ってでも拒むものと思っていたのに。拒んだ結果、幸運の女神の加護も外さないといけなくなるので、決断が鈍って苦悩と葛藤のジレンマに陥って硬直するものと思っていたのに。
「勇者様は美の女神(による不利益)よりも、幸運の女神(のご利益)を選んだんですね……」
「……正直、美の女神と愛の神による加護がなければ女性に起因する不運が緩和されるとは思っているんだ、が……それでも俺が受けている不運の絶対数に比べれば、六~七割程度、だと思う」
「いや、それ結構、莫大な量ですよね」
「美の女神の影響下から脱しても、だから三~四割の不幸が今までと変わらず降り注ぐんだ」
「あ、切実。そうですよね、危険な目に遭う要素が皆無になるって訳じゃありませんしね……」
「俺は、幸運の女神様の加護を失って、残り三割の不運を乗り切れる自信がないんだ」
「あー……うん、ドンマイ」
「反応軽いな!?」
「それじゃあ、一度加護を引っぺがしてから改めて幸運の女神様にお願いする、というのはどうですか?」
「自己都合で勝手に引っぺがしたものを、惜しいからともう一度くれなんて催促できるか」
「勇者様ったら本当に真面目っ子さん」
まあ、そこが勇者様の良いところなんですけど。
勇者様の良心が咎めるのに加え、良識的な部分で一度失ったモノをもう一度手にするのは都合が良すぎると思っておいでなのでしょう。性格的に、ご自分から幸運の加護が欲しいとおねだりは出来ませんよね。
あの女神様の性格的に、おねだりしても無碍にはなさらないと思うんですけど。
「じゃあどうします?」
「だから、決めたって言っただろう。陽光の神様のご温情を拒むようで気が咎めるが、仕方ない」
「ご温情っていっても半ばまぁちゃんが強要したような空気がなくもないですしね。あまり気にし過ぎない方が良いですよ。なんでもかんでも気にし過ぎると禿げますよ? 今から育毛剤処方しときます?」
「流れる様にさらっとなんて暴言を! 俺の毛根に心配はまだ要らない!」
「いつかは要ると思ってらっしゃるんですね……?」
でも勇者様が美の女神の加護をそのままにしておくっていうのでしたら、あの女神の美意識的に勇者様が剥げることは無さそうですが。
「でもそれじゃあ仕方ありませんね。やっぱり女神に何とか勇者様に関する権利を放棄すると、無理にでも言わせないと」
「言質さえ取れりゃ何なりとやり様はあるしな」
「神々に私の薬がどこまで効くかわかりませんが……この『素直な正直さんになれるお薬』が効けば良いんですけど」
「リアンカ、それ自白剤って言わないか……?」
「『素直な正直さんになれるお薬』です」
「それ商品名なのか!?」
下級の神々には、私達ハテノ村の薬師が研鑽の末に生み出した薬物もそれなりに効能を発揮しました。
でも美の女神は主神の叔母という話。
下界でも美しくなりたい女性を中心にそれは熱心に信奉されているとのことで、まず間違いなく神としての格は上級に部類するはず。
下っ端に効いても、格上の神様に効くって保証はないんですよねー。
まさかご先祖様(多分上級)で実験する訳にも………………ご先祖様、試させてくれませんかね?
なんとなく私が先祖に対して罰当たりな思考に走りかけていると、そこで名乗り出た神様が一柱。
「薬の薬効を引き出し、高めることなら出来るが。上限なしで」
「マジで!?」
手を挙げたのは、陽光の神様でした。
なんでも聞くところによると、位の高い神々は多方面から信仰を寄せられる内に司る内容も多くなる傾向があるらしく。
陽光の神様は、太陽を連想させるものの他に、何故か音楽や医術も司るのだとか。
「そこの美の女神も、『美』や『恋愛成就』の他に『豊作』や『芸術』を司るしな」
「芸術はなんとなくわからなくもありませんが……豊作」
なんとなく、視線がパン粉の衣に包まれた女神の胸部にいってしまいました。
あ、うん。豊かってそういう意味ですか?
「素直にさせたところで、簡単に勇者を開放するとは言わねえだろうな」
「だったらさ~? 直接『勇者のにーさんを開放する』って言わせるんじゃなくて、『どうすれば勇者のにーさんを開放する』のかって条件の方を言わせてみるのは? 何をやったら解放してくれるのか明確に明言させて、それを達成してから『あんたコレやったら解放するって言ったじゃん』って迫るとか」
「お前、小賢しい方向で頭回るな。サルファ」
「まぁの旦那酷い! 褒めてんの、貶してんの。もっと素直に俺の事、褒めてくれたって良いと思うよ!?」
「お前を褒める? 俺が? ……ハッ」
「鼻で笑うしー……俺の扱い酷すぎね?」
サルファの扱いが軽いのなんて、今更ですが。
でもその提案は、今回に限り軽んじられません。
サルファにしては中々いい案を提示してくれました。でも考えてみれば、確かにサルファって小賢しいというかなんというか……悪知恵を巡らせる時には、微妙に賢かった気がしなくもありません。
ソレ、採用でいきましょう。
「取敢えず女神に素直になるお薬を投与するとして……本番前に、投与実験といきますか?」
まずは何事も練習です!
女神が本当にちゃんと素直になるのかどうか……まずは当たり障りのない質問をしてみましょう!
私は簀巻きにされている状態とほぼ変わらない女神に、優しく丁寧に安定感抜群の背もたれをあてがって差し上げました。これで前方がかなり見やすくなったことでしょう!
美の女神は何故か顔面だけは怪我もパン粉も免れています。なんでかはわかりません。多分『美の女神』だからでしょう。この女神のこだわり的に、顔面に対する防御の備えは他に対するものより格段に高そうです。今現在は顔面が無事でも全体的にエビフライを彷彿とする惨状なので、顔面の無傷ぶりがより一層シュールなナニかを演出していますけれど。
「ここは是非とも、女神様ご本柱に自分の酷い有様についてフレッシュな感想をいただきたい」
「リアンカ、悪趣味だぞ」
「何をおっしゃる勇者様。今までのあれこれを思い返してみましょう。女神にちょっとくらい憂さ晴らs……意趣返しをしても許されると思うんですよね」
「あれ……? おかしいな、思い返すと自分の現状に疑問がぼろぼろと。むしろリアンカ達と合流してからの方が酷い目に遭っているような……」
「気のせいです。勇者様はお疲れです」
「そうかもしれない……」
ちょっと勇者様が疲れすぎて自分に疑問とか持ち始めてしまったようなので、さくさく早速いってみよう! やってみよう!
私は予想される使用場面的に、まったく必要を感じなかったので一切の味の調整を行っていない危険(薬)物を……そっと、女神のお口に突っ込みました。そこにすかさず陽光の神様が……支援ですかね? 何故か一回くるっと回って不思議なポーズをキメ、カッと白い光を発しました。なんという発光具合! この神様、勇者様以上の発光物ですか! さすがはご加護の本家!
おお、これは凄いと。
私が感心している横で、薬を口に突っ込まれた女神の体がビクンッと大きく跳ねました。
「酸っぱ苦甘ぁ!? しかも鼻にくる辛みが……!」
あまりの拙さに涙目です。
味の感想からして、むぅちゃんが調薬した『素直になるお薬』に当たったようですね。おめでとうございます。
むぅちゃん、腕は良いんですけどねー……
私かめぇちゃんのどちらかが味を調整しないことには完成品としてお客様にお出しできないことが難点です。いや、魔境の素材を用いて作ったお薬なんて、どれもこれも手を加えなければ凄まじい味に仕上がってしまうことに例外はないんですけど。それでも何故かむぅちゃんが調剤すると、飛び抜けて不味くなることは薬師房七不思議のひとつです。同じ材料、同じ手順で作ってる筈なんですけどねー? 特に問題のない味に仕上がる筈の薬でさえ、むぅちゃんの手にかかれば味覚破壊兵器と化します。どんな味、とは具体的に断定できない、何とも言い難い複雑な不味さ。その不味さが癖になるっていう変態もいるんですけどね。三人くらい。
飲めない薬は、意味がありませんし。普段は私やめぇちゃんでちゃんと手を加えた末に味の確認をしてから販売しております。
「なによ、なんなのよこの後味のえぐさぁ……妾に一体何の怨みがあるというの!? ここまで連続で酷い目に遭わされるようなことした!?」
「したした超したー。という訳で女神様、此方をご覧ください!」
「え? ……っ!!?」
「どうです、ご自身のお姿を見て。鏡、お好きでしょう? 渾身の作なんですよ、そのお召し物」
「何してくれちゃってるのよ! どこからどう見ても人面生えたエビフライじゃないの!?」
「おめでとうございます人面エビフライ」
「ちっともおめでたくなんてないわよ!! お前達、妾を一体どうするつもり……!?」
「『わたしを食べて(はぁと)』という張り紙をした上で、鍛冶神様に引き渡すつもりです。勿論、エビフライ状態のままですよ」
「いやぁぁあああああ!?」
「さあ、それではそこでもう一度お聞きしましょう! この鏡を見て、ご自身のことをどう思われました?」
「なんなのよ、この悪魔みたいな娘は!? 鏡を見た姿!? この滑稽でみっともない、醜態を事細かに詳しく語れというの!? ×××(放送禁止用語)かこのクソガk……ハッ 妾はいま何を!?」
いまいち、そう、いまいち。
いまいち、うっかり激情にかられて口を滑らせただけなのか、薬の効果で思っていることをぶちまけてしまったのか判然としませんが。
この無駄に『自分、美しい!』ってところに拘りがありそうな女神様が、口汚くも放送禁止用語的な悪口雑言を言っちゃったりしていますし。
ここは薬が効いたと思って差し支えありません、かね……?