107.きゅうきょくのせんたく
なんかいきなり現れた、金髪の暑苦しそうな雰囲気の青年神。
果たして彼は何者なのでしょうか?
まぁちゃんの……ナターシャ姐さんのことを口にしていたような気がするんですけど……まぁちゃん、お知り合いですか?
どこでこんな愉快なお友達(?)こさえたんでしょうか。
首を傾げる私が、何かを言うよりも先に。
まぁちゃんが、目にも留まらぬ速度で動いていました。
「てめぇ、どうして此処がわかりやがった……!」
怒声交じりのお言葉と共に、放たれたのは見事な跳び膝蹴り。
それが、思いっきりおにーさんの顔面にめり込みました。
「おおぅ……極まっとる」
「いきなり何をやっているんだ、まぁ殿!? というかそのただ物じゃなさそうな神は……いや、その方は!」
あまりに突然の暴挙に、みんな目が点です。
何しろまぁちゃんが暴挙に及んだ青年神の正体も不明ですし。
だけどそんな中で、勇者様の驚きはなんだか様子がちょっと違います。
顔を青褪めさせ……るのは、いつものことですけれど。
なんだか随分と焦っているようで?
「まぁ殿! その方は、その方は……一体何をやっているんだ!」
「お? 勇者、お前もしかしてわかるのか」
「……当たり前だ。確かに魔力云々に関しては鈍い俺だが……その方に関しては、な。俺が神々よりいただいた加護の中で、最も馴染んでいるのは何方の加護か。多少なりとも扱えるのは、何方の加護か。そこを考えれば、他に対するよりも気配に敏くて当然だろう」
「ああ、成程な。確かに、お前こいつの加護に関しちゃえらく使えてるもんな。笑える方向に」
「笑える方向に!? 笑えたか!? 笑える使い方を、俺がいつした!」
「光掴んで投げたりとか特殊な使い方してたじゃねーか」
「人の苦肉の末の行動を、笑うんじゃないー!」
ぽんぽんと軽快に言い合う、勇者様とまぁちゃん。
その言い合いの内容で、察するものがあります。
勇者様が最も扱いに慣れていて、度々助けられていて。
しかも光を掴んで投げたことに関与する。
そんな神様は誰かと言われたら、私だって察しますよ。
それってつまり――陽光の神、ですよね?
勇者様が神々から受けた加護は複数ありますけれど。
そんな中で勇者様がまともに有難がっているというか、純粋に感謝している神様は僅かです。
その僅かに数えられるのが、陽光の神と幸運の女神。
幸運の女神様には以前お会いしましたが……此の方が陽光の神、様ですか。
まぁちゃんの膝が、しっかりと顔面に突き刺さっているんですけど。
あ、はい、目の前で感謝している神様にこんな扱いをされたら、確かに慌てるかもですね?
勇者様が襟首を掴んでがくがくと揺するので、まぁちゃんと陽光の神には距離が生まれました。
顔面には……まぁちゃんの膝の跡、ありませんね?
回復したのか、最初から膝の打撃を受けなかったのか。
どちらにしても稀有な事です。
魔王の攻撃に耐えたということなんですから。
まぁちゃんが離れたことで、視界が自由になったのでしょう。
きょろりきょろりと周囲を見回す陽光の神。
やがてその眼差しは自分の顔面に膝くれたまぁちゃんを写しだし……
……あの? なんで頬を赤らめるんですか?
なんだか変な反応に、一瞬「脳をやられたか」と思いました。
その感想は、あながち間違っていないのかもしれません。
頬を染めた青年神は、感激のお声を上げたのですから。
「ナターシャ……っなんて熱烈な大歓迎! 着替えたのだね? その服もよく似合っているとも! 多少男装っぽいがそんな格好も背徳的で素敵じゃないか!」
「てめぇ相変わらずの節穴だな!? もう女装してねーよ! まだてめぇには女に見えるってか!?」
「あっははははは。何を言っているのかわからんが、楽しそうで何より!」
「首絞めるぞ節穴野郎」
……なんとなく、まぁちゃんの膝蹴りの理由がわかりました。
げんなりと疲れた感じのまぁちゃんなんて、珍し過ぎて驚きです。
あんなまぁちゃんは滅多に見ないので、まじまじと見てしまいます。
「まぁ殿……この方は何を仰っているんだ」
「勇者、現実から目ぇ逸らすんじゃねーよ。てめぇを加護する第一の神は……アレだ、目が節穴」
なんでも女装したまぁちゃんを見て、女性だと刷り込まれ……って、あの女装でですか!?
あんな露骨な、どこからどう見ても『女装した漢』感満載な、雄姐様を、ですか!?
あれをどこからどう観察したら本物の女性だなんて思い込めるんです!?
まさかこの神様は……服装だけで、そうだと判断したんでしょうか。
だとしたら何というか……随分と単純な神様ですね?
無情なまぁちゃんのお言葉に、勇者様は頭を抱えて苦悩しています。
そんな勇者様の思い悩む姿が、物珍しかったのか。
陽光の神は暫しじっと勇者様に注目していましたが……やがて、ぽんと手を打ち合わせました。
「おお、愛し子ではないか!」
「め、めぐしご……俺、そんな風に呼ばれてたんですか!?」
「愛しい子であることに変わりはあるまいよ、人の子の王子」
「……というか、俺のことは一目見てわかるんですね」
「勇者、騙されんな。一目は一目だが、見始めてから五秒くらい凝視してたろ。アレ絶対思い至るまで考え込んでたぜ」
「まぁ殿、信頼に水を差さないでくれ……! 敢えてそこは目を逸らしていたんだ! 信仰心にヒビが入ったらどうしてくれる!?」
「おいおい勇者よぅ、現実から目を逸らすなんてらしくないぜー? こんなことでヒビの入る信仰なら、いっそここでパッキリいっとけや」
「いや、らしくなくはないと思うよ。まぁちゃん!」
勇者様は時に辛かったり酷かったりする現実から目を逸らす場合も割とあると思います。
前も強いトラウマを持つ女性に遭遇した時には幼児退行したり心の中に引籠ったりしていましたし!
「ところで愛し子よ。そなた、何故このような場所にいるのだ」
「え、説明そこから」
「まぁちゃん、知り合いなんですよね? 説明しなかったんですか」
「した、と思うんだがなぁ……」
「美の女神に囚われておったのだろう? ここは美の女神ではなく戦神の神殿ぞ」
「あ、そっち?」
きょとんと首を傾げる、青年神。
なんだか独特の間がある神様ですけど……話は通じそうですね?
でも神々の関係性ってよくわかりません。
軍神さんは、美の女神側でした。
この神様も、美の女神に狙われておかしくないくらいの美男子です。
女神との関係性がわからないと、どう説明したものだか……
どうしようかな、と。
そう思っていたら。
まぁちゃんが私と勇者様の肩にがしっと腕を回してきました。
そのまま内緒の作戦をするように、声を潜めて言うことには。
「構わねえ。ありのまま言っちまおう。あの天然野郎、どうも女神と因縁ありっぽいからな」
「よし、正直に言っちゃいましょう」
まぁちゃんの言葉で、遠慮は吹っ飛びました。
現物があった方が良いね、ということで、油鍋の中で海魔と遊んでいたせっちゃんもお呼びします。
「ただいまですのー!」
「おかえり、せっちゃん! 楽しく遊んできたのかな?」
「はいですの! 楽しかったですのー」
うん、戻ってきてもらうついでに、海魔の玩具と化していた『揚げ女神』も持ってきてもらったんですけどね? 女神は、見事なフライになっていました。
これで中身は無傷っぽいから凄い。
「わあ、素敵なこんがり狐色ー。まるで黄金のよーですねー」
「すっげぇ棒読みだね、リアンカちゃん☆」
全身を覆うパン粉の衣がカリッと見事に揚がっちゃってるので、一見そうとはわかりませんが……ええ、こうなれば衣の中身も無事じゃ済まないのが通例なんですけれど。
凄いですね、神の生命力。
綺麗にこんがり狐色の衣をちょっと捲れば、真っ白な卵肌がうっすら見えました。
やっぱり無傷か……。
どうやらぴくりとも動かないのは、海魔に絡まれたことと油鍋に投入されたことのどちらが原因かは存じませんが、何やら精神的な衝撃が強過ぎて気を失っているだけの模様。
揚げられて死なないっていうんだから凄いですよね、神の生命力。
なんとなく、勇者様にも通じるものを感じますが……勇者様は、流石に油でカリッと揚げたら死んじゃいます、よ、ね……? 試そうとは決して思いませんが、自分で言っていて怪しいと思ってしまった事実は否めません。
いやいや、うん、流石に死んじゃいます。死んじゃうはずです。
……うん、たぶん。
自信をもって断言できないのは何故なのか。
私はそっと勇者様から目を逸らしました。
「リアンカ、なんで目を逸らすんだ……?」
「いや、うん、なんでもありません。そうだ、勇者様! 今度一緒に美味しい天丼食べに行きましょう!」
「この状況(※女神フライの目の前)でよくそんな発想が頭に上るな!?」
勇者様にとっては歓迎できない美の女神ですが、フライを目の前にしたら流石にやっちまった感があるらしく。どことなく罪悪感の感じられる沈鬱な表情をされています。
一方で、同じ神であるところの陽光の神様は平然としているんですけど。
いえ、どこからともなく取り出した棒で突っつきすらしていますよ!?
同じ一族の神様のはずなのに、扱い酷いですね!
「成程、既に美の女神を倒した後であったのだな」
「倒したっていうか……うん、確かに倒したって言えるな。これは」
そうですね、『倒す』って意味では確かに完膚なきまでに見事に……
……って、ん? 倒す?
「「「………………」」」
陽光の神の、何気ない言葉に。
まぁちゃんとりっちゃんとヨシュアンさんが顔を見合わせています。
私もその輪に加わりました。混ぜて下さーい。
そうして、みんなで顔を合わせて審議に入ります。
議題は示し合わさずとも一致しました。
そもそも私達……勇者様を取り戻す為に、女神倒しに来たんじゃありませんでしたっけ。
いつの間にか女神への嫌がらせと罠屋敷の完成に意欲を傾けすぎて、目的とか趣旨とか手段とかがくるくる入れ替わっていましたけど。
「そうだよ、女神倒すの目的だったんだよ……!」
「正確には女神を倒し、勇者君に関する権利を手放させること、だったのですが……あの様子では」
「望み薄ー? っていうか、神々の試練を突破する云々の一方的な代替行為として喧嘩売って倒すってことになったんじゃなかったっけ」
「……正々堂々と正面から挑んで倒したのであれば、まだしも。あの状況で女神にその理屈が通じると思いますか?」
「無理っぽい」
どうしましょう。
やり方と言うか、手順で失敗してしまったような気がします。
こうなっては、女神にどうやっていう事を聞かせたモノか。
やはり取るべき道は、脅迫しかないのでしょうか。
女神を拘束した上で、目の前で女神の神殿を吹っ飛ばしてみるとか、女神の顔に三年は何をしようが絶対に落ちない顔料で落書きをしてみるとか……
「俺、一体どうなるんだ……」
勇者様も状況を認識したのでしょう。
とっても嫌そうに呻いています。
困り果てた、私達。
打つ手が無くなった訳ではありませんが……面倒なこと、この上なく。
どうしたものかと意見を交わし合っていると、ご先祖様が深々と溜息を吐きました。
基本的に私達の後見を買って出てくれていますが、生きている私達に干渉し過ぎない為か、ご先祖様はほとんどの場面において放置と言うか傍観に回っています。
困り果てた私達が懇願した時には、意気揚々と武力行使中心に手を貸してくれますけどね!
でもそんなご先祖様が、自分から切り出すくらいです。
余程、見るに見かねたのでしょう。
ご先祖様は私達に、一つの助言をくれたのです。
なんだかちょっぴり不機嫌そうに、陽光の神の襟首を掴んで私達の方へ突き出しながら。
「そこの金髪小僧の後見……美の女神がその権利を有していることが問題なんだろう? だったら、後見の権利を奪ってしまえば良い」
「それが出来たら苦労はしないんだが!?」
「そこで、こっちのギラギラお日様野郎だ」
「ギラギラではなく、陽光だぞ。檜の!」
「てめぇなんぞギラギラで充分だ。てめぇ、あの小僧っ子から美の女神の加護引っぺがす秘策持ってんだろ。出し惜しみせず教えてやれや」
「ぬ? ぬぬぬ? 檜のらしくないな。特定の人間にそこまで肩入れしようとは」
「馬鹿め。俺がそいつに肩入れしてるわけじゃねえ! 俺が肩入れしている子孫が肩入れしてるんだよ!」
「結局誰が誰に肩入れしているんだ……? ややっこしいの」
きょとんとした顔で、首をひねる陽光の神様。
凄い神様なのでしょう。
凄い神様なのでしょうが……なんだか空気の緩い神様に思えて仕方ありません。
だけど、ご先祖様の物言いは聞き捨てなりませんでした。
「えっと、勇者様から……ライオット・ベルツさんから、美の女神の加護を引っぺがせるって本当ですか」
おずおず、ちょっと気後れしながら。
ご先祖様に宙吊りにされている陽光の神に、思い切って尋ねてみました。
そうしたらぶらぶら宙吊りにされたまま、陽光の神は私にキリッとした顔を向けてきて。
「是非を問うのであれば是と答えよう、愛らしい娘さん!」
……そうして、陽光の神の意図の読めない褒め言葉に、思わず一歩後退りました。
あれ、でも。
「出来るんですか!?」
「うむ。ライオットに加護を与えた神は数あれど、第一に授けたのはこの自分だからな。最も早く、初めに我が加護を赤子のライオットに与えたのだ。つまり、他の神々は下地クリームの如く既に我が加護で覆われたライオットに、我が加護の上から上書きするように加護を重ねていった形になる」
「……つまり?」
「おにぎりに何枚も重ねた海苔の、一番下を引っぺがせば上に乗った他の海苔も全て引っぺがされるように。我が加護をちょっとばっさぁーと引っぺがして張り直し作業に入れば他の神々の加護が振り落とされるのは自明の理というやつだな。うむ。ただし我が加護以外の加護は全て例外なく無効化するがな」
「……Oh.それってつまり」
勇者様に加護を与えた神様は、陽光の神を筆頭に。
美の女神、愛の神、幸運の女神、おまけで選定の女神と続く訳で。
全部引っぺがすってことは……
それってつまり、幸運の女神様の加護も引っぺがすってことですよね?
え? それ大丈夫なんですか?
勇者様の運の悪さ的に、幸運の女神の加護に守られることで悪すぎる凶運を緩和しているような状態なのに。っていうか前に幸運の女神の加護がなければとっくに墓の中だって誰か言ってませんでしたっけ!?
「…………美の女神と愛の神に関しては、望むところなんだけどな」
勇者様が、黄昏ています。
黄昏ているというか、憂いたっぷりに思い悩んでいます。
どうしたものか悩まずにはいられないのでしょう。
多分、美の女神と愛の神の加護に関しては望むところなんでしょうけれど。
美の女神の加護を引っぺがし、その呪縛から逃れるか。
それとも幸運の女神の加護を引っぺがすことで、悪運による命の危険レベルを上げてしまうか。
そのどちらに重きを置くかによって、選択は変わります。
これは、勇者様ご自身の事。
助言を求められれば意見を言いはします。
だけど、やっぱり勇者様が自分で決めることだから。
私達は思い悩む勇者様に声をかけることなく、彼がどちらを選ぶのか……待つしかありませんでした。