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104.女神の料理法そのさん



 いきなり伝声管なんていう代物を持ち出してきたサルファ。

 その口から滑らかに発されるのは、誰が聞いても『勇者様の声』。

 一体何をやるつもりなのか。

「嫌な予感しかしない……っ!」

 二次被害がほぼ勇者様の中で確定してしまったのでしょう。

 勇者様は頭を抱え、次いでサルファの両肩を掴んで揺さぶり始めました。

「何をやるつもりだ! 俺の声で、一体何をやるつもりだ!」

「あははははー☆ 勇者のにーさん、ちょっと落ち着いて。タンマタンマ、消化中のナニかが出てきそう」

「俺の声で軽薄に喋るなー!」

「ちょっと人の素の口調に対して酷くない?」

 悪びれることなく、するりと勇者様の腕から逃げ出して。

 サルファはもっともらしく、問題などないかのように両手を広げました。

「だからさー? あの女神さんに、勇者のにーさんのこと諦めさせなきゃいけない訳じゃん? 執着根こそぎ削んなきゃじゃん。だからよりとことん、『勇者のにーさん』をトラウマとして刻み付けなきゃ☆ そりゃもう、勇者のにーさんと関わると自動的にトラウマが蘇る! ってくらいに」

「そう、思った訳か……?」

「うん☆」

「それはつまり、俺を使ってトラウマ級の酷いことをしようという事と同義なんだが……? もう一度聞く。俺の声を使って、何をやるつもりだ」

 それはね、と。

 サルファの笑みが、一層の事深まりました。

 そりゃもう、勇者様の嫌な予感が加速する勢いで。

 胡散臭い笑みのまま、サルファは宣いました。

「旅芸人一座にくっついて方々を旅しまくった経験が☆ いまこそ活きる時! 各地で蓄積した俺の記憶に目に物を見ろ! 俺がやるのはただ一つ、情感をたっぷりみっちり濃密に丁寧に気持ちを込めて! 大陸各地の際どいゲテ食レポートいってみよー!」

「何やる気だてめぇぇえええええっ!」

「難点はただ一つ! 勇者のにーさんの美声でゲス声出そうと試しに頑張ってみたんだけどっさぁ……にーさんのお声ってゲス声出そうと思ってもならないんだよねぇ。ゲス寄りに表現してみようとしても、途端に勇者のにーさんの声に聞こえなくなるっていうジレンマ。改良点がまだ見つからない」

「待て、俺の声で何をやっている!? ゲス声ってなんだ一体どんな声だそれは!」

「勇者のにーさんの声を聴いた女神さんが反射的に『この声気持ち悪っ』って思うようになれば成功かな☆」

「面白がってとんでもないこと仕出かそうとしていないか、お前!」

 勇者様がサルファの襟首掴んでがくがく振ってみるものの、普段からの扱いと大して変わらないので奴に堪えた様子もなく。

 するりと再び勇者様の手から逃れると、その器用さを遺憾なく発揮して勇者様に反撃しました。

「秘技☆ 亀甲縛り!」

「!!?」

 勇者様の脇を擦り抜ける、その一瞬で……なんとも見事な早業でした。

 いつその手に握っていたモノか、勇者様の全身に縄を纏わせ、一気に引き絞ることで縛り上げたのです。

 後には、罪人縛りで転がされる勇者様が一人。

 わー……今から拷問を受ける犯罪者みたいな有様です。

「無粋な邪魔は感心しないぜ☆」

「サルファ……お前、後で殴る。絶対に」

「まあまあ、俺の完璧~な仕事をそこで見ててよ」

 怒りに青筋を立てる勇者様を、放置して。

 サルファは改めて伝声管の蓋を開けると、口の前に構えて深く息を吸いました。



『――突然ですが! いきなり開始! 各地の(ゲテ)料理レポ~ト~!!』


 そして、女神が映し出された映像の中から。

 勇者様のお声にしか聞こえない、サルファの台詞が飛び出しました。

 廊下の道なりに設置された伝声管は、既に全ての蓋が開かれています。

 頭上からいきなり降り注ぐ妙に明るく頓珍漢な声に、女神がぎょっとした顔をしました。

 今までの道程が思い出されてか、微かに緊張と警戒で全身が強張る様子が見て取れます。

 しかし女神の警戒を他所に、声は女神の反応など求めず、勝手に進行していく訳で。


『やあ今から突発的に開始された訳ですが! 記念すべき第一回目のゲテ食はー……そう! まずはこれから行ってみよう☆ 俺の経験上、ドギツイ料理best100の中でも堂々の上位を飾るアレなヤツ!

 ――………………【なれずし】』


 情感たっぷりにやってみるとは言っていましたけれど。

 最後の一言、恐らく料理名と思わしき部分だけ何だかやたらと声が低いというか重いというか……なんか、負の情感が籠っているなとひしひし伝わってきましたよ?

 あの普段から軽薄でへらへらしているサルファに、あんなに重々しい発語をさせるなんて……なれずし。一体どんな料理なんですか。

 好奇心が刺激されるのを感じましたが、同時に強く『聞いちゃいけない』という気持ちにもなります。これは、聞くべきでしょうか、聞かざるべきでしょうか……。

 取敢えず、私の予想を超えるブツだった場合は確実に聞いて後悔することになりそうです。

 勇者様の声にも変なトラウマを持ちたくありませんし……

 まずは最初にサルファから勧告されていた通り、耳栓をして様子を見ましょう。

 強制的に聞かされることになる、映像の中の女神がどんな反応をするかで見定めたい。

 ある程度、平気そうなら耳栓を外しても……

 ……あ、駄目だ。

 耳栓をして様子を見ていましたが、女神が突如頭を振り乱し、両手で耳を塞いで絶叫し始めました。

 洒落にならない精神攻撃を受けているようにしか見えません。

 サルファは外見ばかりは飄々と軽そうですが……喋るその顔の、目が死んでいます。

 …………うん、聞かない方が賢明ですね☆

 私達は、耳栓をしたまま重ねて手で耳を塞ぎました。

 勇者様も耳栓をしていましたが、げんなりした顔をしているので更に耳当てで外部の音を遮断させて差し上げました。

 しかしサルファ、見た目は随分ノリノリですけど……あれ、ちょっと自爆しているんじゃ……

 ……ああ、でも、自分の体験談と食の解説と感想を言っているだけですし、自爆まではいきませんか。

 思い出すという行為で、それなりに痛手はありそうですけれど。


 サルファのゲテ食レポによってすっかり心を乱されて。

 より一層足元が疎かになった女神が落とし穴にはまったのは、それから十五分後の事でした。

 サルファが一息ついて、伝声管に蓋をしたのを見届け、私達は耳栓を取り去ります。

 ついでに勇者様も自由にして差し上げました。

 勇者様はすっかりお馴染みの死んだ魚みたいな目をしていて。

 遠くを見上げて、ポツリこんなことを言いました。

「俺、そろそろ名誉棄損で訴えても良いと思うんだ……」

「今更ですか」

 もうとっくの昔に、画伯にネタにされたあたりで訴えるなら訴えても良かったような気がしますが。

 勇者様は今回のことが余程心に刺さったのか、それとも単純に精神の疲労が蓄積し過ぎて弱っているのか、ふるふると首を振って寂しそうな眼をしています。

「訴えるって、どこに訴えるんですか?」

 勇者様が訴えようとしている相手は……サルファは生国が人間さんの国だからそっちで訴えるんだと思いますけど、勇者様の名誉棄損で訴えられそうな他の人(画伯とか)は魔境所属です。

 そんな彼を訴えるとなれば、それは魔境の法に従って、となります。

 一見無法地帯に見えますけど、魔境にだって社会が形成されている以上、一応は法といえなくはないものが存在します。ほとんど弱肉強食の理に則った強者の掟みたいなヘンなヤツですけど。

 それを踏まえて訴えるとなれば、魔境の法廷、なんでしょうけれど……。

「勇者様、魔境の裁判制度踏まえた上でそれ言ってます?」

「魔境に裁判なんて法治国家のような制度が存在するのか!?」

「一応、三種類くらい」

「一応!? しかも三種類!? 三種類もあって、一応なのか……?」

「ええ、まあ……あっても無くても、みたいなところがありますし」

「待て。あっても無くてもでちゃんと機能しているのか、それ」

 魔境には、『裁判』と呼ばれるモノが三つ存在します。

 一つは魔王の定めた裁判長を裁定役として事の真偽を明らかにし、裁判長に判断を委ねるもの。

 ただし、裁判長の任命を受けることが出来るのは魔王家の者だけと決まっています。


 まあ、魔境は癖の強い奇人変人戦闘狂の巣窟ですからね。そんな彼らが裁判とか他者に判断を委ねるような揉め事を起こした時、素直に決定に従うような相手は限られる訳で。特に自分より弱い相手の決定には従えないとか言い出す脳筋も多かったりするので。『魔王一族の一人』という肩書と、血筋に付随する戦闘能力っていう背景がなければ折角判決を下しても納得してもらえなかったりしますから。そういう下地があるので、裁判長は魔王の血筋に連なる者が選ばれます。


 魔境でまともな裁判を受けようって考える人は少数派なので。

 現在、魔境で『裁判長』の肩書を持つのは一人だけだったりします。

 ……その一人の判決を恐れ、彼女(・・)が就任して以来、裁判の希望者は更に激減しましたが。

 今では年に一回あるかないかの頻度なので、勇者様が裁判の存在を知らなくっても当然ですね!

 前回の裁判が珍しく行われた日って、そういや勇者様が修行の山籠もり中だった気がしますし!


 さて、一つ目の裁判からなんだか濃い気がしますけど。

 二つ目の裁判は、モロに魔境の掟そのものみたいな代物です。

 というか弱肉強食の掟を『制度』という言葉に当てはめただけのような代物です。

 だけど魔境の民にとっては一番わかりやすいらしく、開催頻度は他の二つの群を抜きます。

 何かって言うと、アレですね。

 裁判という名称を付けられているだけで、やってることはただの決闘です。

 どこかの狂信者みたく、「神は正しいモノの味方だから勝者こそが正しい」なんて意味不明な理論の上に成り立っている訳じゃありませんよ? ただ双方に引っ込みがつかず、納得が出来ず、言葉では折り合いをつけられないので殴り合いで白黒決めようという単純にして力こそ全てな脳筋裁判です。どちらが正しいとかはもうこの決闘が始まっちゃってる時点で関係ありません。正しいモノが勝者なのではなく、勝者こそが己の意を通す権利を得られるっていう戦闘狂の決着の付け方です。貴方たちは一体どこの野生動物ですか?

 でもこれで納得するのだから、ある意味で魔境は平和なんだと思います。

 うん、平和、素晴らしいデスね!

 一応、裁判という体裁を辛うじて端に引っ掛けているので、勝手にやるのではなく魔王城に申請して、場を整えてもらった上で判定人を派遣してもらい、開始前に互いの主義主張と勝敗を決した場合の取り決めなんかを書面化して履行の確認を取るなど煩雑な手続きその他が付随します。

 でも、メインは殴り合いです。

 しかも時々見物人で興奮し過ぎた戦闘狂が乱入→参加するというお約束が発生します。

 乱入者を裁判に臨んだ二人が協力して倒して和解した例や、乱入者が決闘していた二人を両方ぶちのめして最後に一人で立っていたとか、そんな勝敗の行方が行方不明になる例がごろごろ転がっているところが魔境の魔境たる所以かもしれません。

 ちなみに、そんな決着を迎えた場合の取り決めもあらかじめ書面で明記されている時点で、決闘する前から乱入は織り込み済みの確定事項扱いされているところがアレです。それも魔境らしさってやつです。


 魔境に存在する裁判、やたらと濃い一つ目と二つ目に続いて三つ目はそこまで濃くありません。

 なんでしょう、公開審議とでも呼べば良いでしょうか。

 裁判官は敢えて立てず、人の多く集まる場所(街頭とか公園)に演説台を用意し、決着を着けたい二人がそれぞれに己の言い分や事情や主張、そして相手に求める要求を声高に説明し、話を聞いた民衆に判断を委ねるという代物です。

 恥ずかしがり屋さんには極刑に等しい判決方法ですね!

 ラーラお姉ちゃんみたいな人には到底無理な方法です。

 最終的に二人の話を聞き終えた時点で、自分が肩を持ちたい方、あるいは正しいと思う方の人に票を入れます。獲得した票を比べて、多かった方の主義主張が通ります。

 これも勿論、魔王城から派遣された文官さんが取り仕切って書面作ったり演説台作ったり、あらかじめ民衆の手に渡るように票やアンケート用紙を設置したりとする訳ですが。

 ……ただ自分の意見を語るだけじゃ民衆の同意を得にくいと思ったのか。なんなのか。

 この裁判も、制度として開始された当初に比べて随分と様変わりしたそうです。


 主に、大道芸的な意味合いで。


 要は人気を取れりゃいいんだろ、と……なんか、何百年も前に暴論述べた猛者がいたそうで。

 その人が民衆の意を集めやすいように工夫した結果、そっち方面に踏襲する後続がいた訳で。

 現在、この裁判は街頭ゲリラコントのようなナニかと化しています。

 やたら口が上手いだけでなく、パフォーマンスやら芸やら笑い話やらを交えつつ、最終的に民衆を味方につけた方が勝つという……詐欺師さんとかだったら勝ててしまえそうな気がしますが、魔境では土地柄詐欺が発生し難いので大丈夫かな……? 意図的に誰か騙して、相手がマズイ人だったら問答無用でぼこぼこですもんね……あ、うん、大規模な詐欺が横行したって話は聞いたことないので、大丈夫かもしれません。

 ちなみに裁判ではなく本当に本物の大道芸だと思い込んでお捻り投げ込む見物人も少なくないとか。

 うん、裁判ってなんでしたっけ。

「……という、以上の三つが魔境で公的に認められている裁判な訳ですが」

「裁判っていう言葉を辞書で引き直してきてくれ、特に二つ目と三つ目」

「魔境の人はそこまでややこしく拗れた問題を出さないので、大体はこれで間に合ってるみたいですよ? まあそれでも社会を構築して生きている以上、時々はややこしく拗れて他者に判断を委ねなきゃいけなくなるわけですけど。あ、ちなみにハテノ村は私のお父さんが揉めてる人の話を聞いて判断してます」

「……ああ、自治体規模での法治制度が成立しているのか」

「勇者様がどうしてもヨシュアンさんを名誉棄損で訴えたいとなると、先ほど述べた三つの裁判のどれかを適用ってことになるんですが……二つ目と三番目は」

「その二つは論外だ」

「ですよねぇ。そもそもどっちも勇者様が負ける未来しか見えませんし」

「ぐっ……」

「となると、一つ目の…………正気ですか?」

「なんでそこで正気を確かめられるんだ!? 裁判長を立てて、公平に審議するんだよな!?」

「いえ、確かに公平には見ると思いますけど……


 ………………今代の裁判長、せっちゃんですよ?」


「どうしてそうなった!? 誰だ、姫を推挙した奴っ」

「厳正なる親族会議の結果だ。公平に決めて、こうなった」

「まぁ殿!? 厳正なる親族会議で、どうして姫が裁判長になるんだ。まだ十六歳だろう……?」

「親族全員で集まってなー……ありゃ、十二年前だったか? 何しろ一度なると任期三百年って決まりでな」

「任期長いな」

「前任の大叔父が退いて、次は誰にするか話合ったんだがな。押付け合いになった」

「おい、重要な役職だよな?」

「結局、話合いじゃ決まらねえってことで、親族全員参加で公平に決めようってなってな」

「どうやって決めたんだ……?」


「アミダくじ。公平だろ」


「…………っ重要な役職を、クジで決めるやつがあるかぁぁぁああああああっ!!」






せ「せっちゃん大当たりですの~!」

り「せっちゃんって籤運良いよね」

ま「大吉以外引いたとこ見たことねえな」

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