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103.女神の料理法そのに



 何故か執拗にマッスルポーズで迫るような、体当たりをするような。

 そんな感じで追いかけていく、勇者様の頭部(※粘土製)を装着したイソギンチャクたち。

 必死こいて逃げる、半裸の女神。

 阿鼻叫喚ってこういうのを言うんでしょうね!

 客観的に見て、酷いです。

 まあ、そんな状況に女神を陥れたのは私達ですけどね☆

 勇者様が両手両膝を地について項垂れる中、私達はわくわくを隠せません。

「……よっし、うまく誘導に引っかかって動線に乗りましたよ!」

「これで罠に嵌め放題だね!」

「うっわ……ちょっと活き活きし過ぎじゃないか。君達」

「うきうきわくわくしないでどうするんですか、勇者様! こんなに公然と、やりたい放題やれるのに!」

「なんか今、凄じい寒気がしたんだが。やりたい放題……って」

「やりたい放題はやりたい放題です」

「普段はやりたい放題して、いないとでも!?」

 そうこうしている内に、逃げ場を求めて女神が幾つものドアを開けます。

 その度に、一匹ずつ増えるイソギンチャク。

「どれだけいるんだイソギンチャク!?」

「えーっと……全部で二十五匹ですかね?」

「なんでそんなに仕込んだんだ! というか、いつの間に連れてきた」

「森に放って野放しにしていたのを回収した分と、新たに乾燥状態から戻した分ですね。森に放った奴は全部回収するつもりだったんですけど……三匹くらい回収できなかったんですけど、大した数じゃないし問題ありませんよね?」

「さらっと恐ろしいことを……脅威を放って放置か!? 生態系への影響が!」

「大丈夫ですよー! 神様っていうのは強いイキモノらしいですし、イソギンチャクの三匹や……五匹。きっと深刻な被害が出る前に駆逐してくれますよ。たぶん」

「最後のたぶんが不安を煽るんだが……」

「じゃあ、勇者様が回収に向かいます?」

「……さて、女神はどうなったかな」

 なんだか哀愁に満ちたそんなお声で、勇者様が言って。

 勇者様のお声につられるように見た先では。


 美女神が「×」と書かれた紙の壁を突き破り、盛大に小さな人工池へとダイブしている光景が映し出されておりました。


 わーお。


 ちなみに女神が突き破った「×」の壁の隣には、同じ材質で作られた「○」の壁。

 そちらを突き破った先には、女神が全身で飛び込んだ人工池(水)と横並びに、四角く区切られた似たような形状の池があります。

 ただしそこには、 濃 硫 酸 がなみなみと満たされている訳ですが。


 ……本当は二つの紙壁の手前に、看板が立っていたんですけどね?

 『美の女神は素敵な女性か否か』っていう、看板が。

 あの様子だと、どうやら看板は読まれず素通りとなったようですけど。

 折角の仕込みに気付いてもらえなかったことは残念で仕方ありません。

 偶然、正解の方をぶちやぶったのでしょう。

 運が良かったですね、美女神さま。

「……チッ」

「わー、まぁちゃん舌打ちが露骨ー」

 女神が突っ込んだ水の池は浅いので、尻餅をついた状態でも腰から上は水面の上に出ています。

 でも濃硫酸プールは沈むほど深く作ってありまして。

 そして、やっぱりイソギンチャクが仕込んであります。


「い、いやあああああっ また増えたぁぁああああ!」

 

 ざぱんと波立てて、その威容が這い出してきます。

 頭部には勿論、勇者様の顔面を象った粘土が……ある、訳なのです、が。

 濃硫酸に使っていた弊害でしょうか?

 

 勇者様の頭部(※模造品)が、どろりと溶け落ちました。


 そうしたら溶け落ちた部分から、赤い液体と固体の境目みたいなどろっとした何かもぼたりと零れ落ちました。

 わあグロい。

「ちょ……おい、そこの無駄な凝り性二人組(サルファ&ヨシュアン)。なんだあれ。お前達、中に一体何を仕込んだ」

「え、小玉西瓜……?」

「完熟おばけトマト」

「あ、あと超巨大イチジク」

「食べ物を無駄にするんじゃありません!」

 切実な勇者様の叫びが響く中、それをかき消す勢いで響く女神の悲鳴。

 どろりどろりと勇者様を模造した頭部を溶かし、中から赤黒い何かを零しながら迫るマッスル。

 えげつなさが半端ありません。

 女神は悲鳴を上げながら這いずっていましたが、ある時自分に二本の足があって歩けることを思い出したらしく、這う這うの体で逃走劇を再開します。その諦めない姿勢、良いですね☆

 一般的なか弱い女性だったらとっくに心が折れて心神喪失している頃合いじゃないですか?

 どんな困難にぶち当たっても、生きることを諦めない。それって言うのは簡単ですけど、実行するのはそこそこ難しい事だと思います。見習いたいとは思いませんけど、女神はそれを実行できているようなので、ある意味では芯の強い女性だと言えないこともないかもしれません。真似したいとは毛ほども思いませんが。

 諦めない、不屈の精神。

 彼女のあの根性はどこから来るんでしょうね?

 単にイソギンチャクに捕まりたくないだけなのかもしれませんけど。

 イソギンチャクと数々の罠(天井から降ってきた金盥や壁の穴から突如飛んでくる矢やら)に逃げ場を塞がれ、巧みに誘導されて。

 考える余裕も与えられず、次に女神が差し掛かったのは……


「なんなのよこれ」


 女神の声からは、戸惑いが隠せません。

 彼女の目の前には、広く区切られた空間の中……床からふわりと浮き上がり、空気中に漂う粉塵。

 足元を埋め尽くさんばかりの……塩胡椒&ハーブ。

「……粉塵爆発でも狙ってるのか?」

「勇者様ったら穿った見方過ぎますよ! もうちょっと素直な目で見て下さい、素直な目で」

 そう、素直な目で見て下されば良いんです。

 私がそう言っている間にも、ふよりふよりと空気中に漂う胡椒粒に攻撃を喰らったのか……女神が、目を押さえながら盛大に咽ています。まあ、そういうことも起こるでしょう。

 女神が動くごと、歩くごとに香辛料は空気中に舞い上がり、動き続ける女神にまとわりつく。

 急げば急ぐほどに、舞い上がる量を増やしていく塩胡椒。

「ぐすっすぐんっ……えっくしゅ!」

 そしてくしゃみを連発する女神。

 刺激に負けて、目からは体液が過剰に分泌されて零れ落ちています。

 でも今は、女神様にはしっかりと両の目を開いて塩胡椒空間の奥をご覧になっていただきたいところ。

「あれは……」

 ……って、言っている間に気付いてくれましたね。

 女神は純粋な驚きに目を見張り、ふらふらと塩胡椒に足を取られながらも蹴立てて進みました。

 塩胡椒空間の向こう――祭壇のような台座に鎮座する、自身所有の毛皮の外套(コート)に向けて。

 足の速度は徐々に早歩きから小走りへと移行し、やがて喜色満面で毛皮の外套へと手を伸ばす。

 この軍神の神殿内にあった女神の衣裳部屋から拝借してきた、ひときわ立派な……ミンクの毛皮へと。

 そうして外套は持ち主の手に逆らわず、そのまますっぽりと女神の腕の中に納まりました。

「さて、そろそろ私の出番ですね」

 女神の様子を横目に、りっちゃんがそう呟きました。

 そう、いよいよやって来ました。我等がりっちゃんの出番ってやつが。

 何を隠そう、あそこに女神の衣裳部屋から引きずり出してきた毛皮の外套を配置したのは、他ならぬりっちゃんなので。

 既にりっちゃんの仕込みはバッチリなのです。

 うっすらと微笑すら湛えて、女神がきちんと外套を身に纏う瞬間を待ち構えています。

「な、なにをする気なんだ……?」

「こうする気です」

 恐る恐ると確認を取ってきた勇者様に、りっちゃんは。

 柏手を一つ打つ、という動作で応えました。


 途端。


 映し出された映像の向こうから、人のモノとは思えない叫びが上がりました。

 ……あ、人のモノ云々以前に、人じゃありませんでしたね!


『グォオオオオオオオオオオッ!!』

「き、きゃぁぁぁぁああああ!」


 女神にしてみれば、それは何の前触れもなく降り注いだ災難でした。

 いきなり耳元……耳の後ろで獣の叫びが発生すれば、女神が驚いて転倒するのも不思議な事じゃありません。

 ……そう、獣の声。

 だけど映像の中、生きた獣はいない訳で。

 そうして、りっちゃんは最近忘れがちですけど、死霊術士な訳で。

 さて、私が何を言いたいのかというと。

「ふふふふふ……っ浅ましくも醜い女の自己顕示欲と自尊心を満足させる為だけに命を奪われた小さき動物(もの)達よ。今こそ恨みつらみを晴らす時です。日頃の鬱憤を存分にぶつけなさい!」

 うん、何が起きているのか言い表すにも、一言で簡潔に済ませられますね。


 女神所有の毛皮製品、りっちゃんが死霊術でアンデット化したっていう。


 仮初の命を与えておいて、一度封じておいて。

 だけどその封も、さっきの柏手で解除されました。

 今は怨念を垂れ流しながら勝手に動く呪いの外套っぽい感じです。

 いきなり全身に巻き付き、唸りをあげながら拘束してくる外套に女神も半狂乱。

 何が起きたのか把握できていないのか、混乱も相まって酷い取り乱し様です。

 しかも外套が安置されていた台座の影から、追加の毛皮アンデットも飛び出してきましたよ?

 そのまま何をするかっていうと……

 女神は気付いていませんでしたが、実はこの部屋の床は、奥まで進むと下り坂になっておりまして。

 動けない女神を、毛皮達が転がし始めました。

 そうして下り坂のところで……ああっ転がしています! 盛大に転げ落ちさせてますよ!

 女神の混乱は更に深まり、悲鳴すらも転がり落ちていきました。


「あの下り坂地点の次は――……誰の担当だったっけ?」

「俺☆かな」

「サルファかー……」

 次は誰が何を仕込んだのかと確認を取れば、キラン☆と格好つけて応えるサルファがいました。

 どうやら次の担当はサルファ、みたいですけど……

 ……こいつが何を仕込むのか、微妙に想像つきませんね?

 何をやらかすのか、方向性もよくわかりませんけど。

 地味に何気なく、こいつってば多才過ぎて何をやるやら。

 そこは私も把握していなかったんですけど。

 サルファは、壁に取り付けられていた管からにょるっと金属製の紐を引っ張り出しました。

 紐の先には、小さなラッパ型の器具。

 それは、伝声管と呼ばれるもの。

 そんなものを持ち出して、一体何をする気なのか――……

 

 疑問に満ちた私の眼差しに、サルファは答えました。

「俺の今まで詰め込んできた少なくない経験を糧に☆ 女神に精神的打撃を狙うぜ☆」

 ヤツはそう言ったのです。

 ………………『勇者様のお声』で。

 

 そういえばコイツ、声帯模写って特技も持ってましたっけね……。




 


 



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