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102.女神の料理法そのいち



 外観は変わらないモノの、中身は私達が悪ふざけとノリと勢いと茶目っ気と悪意溢れる閃きを詰め込められるだけ詰め込んだ罠の館。

 とうとうそこへ、標的の女神が足を踏み入れる時が来ました!

 よくぞのこのこやって来てくださいました。いらっしゃいませー!

 まぁちゃんとヨシュアンさんが作成した偽の手紙にまんまとつられてやって来たみたいで、その顔には焦りと不機嫌な色が刻まれています。

 おやおや、焦りは周囲への注意が疎かになって危険ですよ(笑)

 通い慣れた愛人宅ということもあって、警戒心がガリっと削り取られてもいたんでしょう。

 女神は全く何の警戒もなく、私達の待ち受ける軍神の神殿へと足を踏み入れました。


 そして一歩目で、蹴躓きました。


 文字通りの意味で。

 一歩目を踏み出す距離を計算して、りっちゃんが入り口から平行に横一直線に浅い落とし穴を作っていましたので。その深さは、階段一段分くらい。

 深刻な被害は出ないけど、確実に躓く深さで。

 案の定、警戒心なく引っかかった女神様はさりげない落とし穴に足を取られ、ぶっ倒れました。

 ご自慢の顔面から。

「な、なんなのよ!?」

 鼻を押さえて涙目になる女神は、憤りも顕わに叫びました。


 そしてその様子を、私達は離れたところから観察していました。

 抑えようともしないまぁちゃんの爆笑と共に。

 見つかる心配? 今のところはまずありません。

 離れたところというか、私達は女神とは現在別の場所にいますので。

 軍神の神殿の最奥に私達は位置取り、空間に女神の様子と、隣り合わせて改造済みの軍神神殿の間取り図を映し出しています。魔族が二人に魔王までいるので、この程度はちょちょいのちょいです。


 虚空に映し出された映像の中では、女神の転倒に合わせてある仕掛けが発動したところ。

 そう、折角ここにお招きした女神を、逃がさない為に。

 神殿の出入りできる箇所、入り口から窓という窓に至るまで。


 勇者様でも反応できない速度で、がしゃんと鉄格子が落ちました。


「はぁ!?」

 いきなり閉じ込められた!

 その状況に驚いたのでしょう。

 女神が、顔面の痛みも忘れた様子でがばっと身を起こしました。

 ですがそれは、女神にとって次なる災難の幕開けとなります。


 べりっ


 女神の転倒位置を考えて、狙って仕掛けられていたものがあります。

 超強力なトリモチです。

 それが、女神の胸部から腹部にかけてくっつくような位置にあった訳で。

 ええ、それはもう見事に……どうにもしようがない粘着力でもって強固に張り付き、女神が身を起こした反動でべりっと。

 修復不可能だと一目でわかるくらい、見事に女神の衣装が引き裂けました。

 盛大に破れて、女神の衣装が再起不能です。

「なっなによこれぇええええ!」


「よ、しゅ、あ、ん、殿~!」

「わー!? なになになにー!?」

「貴方はなんてことを……興味があるのはわかっているが、時と場所と場合を弁えろ!」

トリモチ(あれ)仕掛けたの俺じゃないよ!?」

「そんな見え透いた嘘を……っ」

 映像に映し出された女神の姿、そのあられもない下着姿が大写しになった瞬間。

 こちらでは勇者様が即座に麗しいお顔を映像が流れている方向からざざっと逸らし、そのまま流れる様にヨシュアンさんの襟首を掴みました。そのままがっくんがっくん前後に揺すって、ヨシュアンさんを責め立てます。

 あれ? 勇者様、あの罠……女神の衣装を損壊させたトリモチのこと、もしかしてヨシュアンさんの仕業だと思っていません?

「勇者様、勇者様」

「なんだ、リアンカ? 俺は今、公序良俗という言葉を失念しているらしいヨシュアン殿に教育的指導をしなくちゃいけなくなって忙しいんだが!?」

「公序良俗……女神の衣服に致命的な大打撃を与えたトリモチ設置したの、私なんですけど」

「……は?」

「いえ、だから、女神の衣服がびりびりになったのは私のせいですよ?」

「リアンカが!? なんでそんなことを……!」

「女神の事は裸に剥いてやろうかという悪意が囁きました」

 むしゃくしゃしてやりました。反省はしていません!

 女神が引っかかるかなぁってドキドキワクワクしながら特製トリモチを設置したあの時、私は確かに女神の衣服に大打撃を与えてやろうと故意に狙って仕掛けたのですから。

「リアンカ……っ容赦が無さ過ぎだろう!? あんなあられもない格好にさせてどうするんだ! 女性の君や姫はともかく、この場には男の方が多いんだぞ……」

「それでしたら勇者様、よくよくみんなの反応をご覧ください?」

「は?」

 私がびしっと皆への注意を促すこと暫し。

 周囲の面々がどんな顔をしているのか、勇者様は順繰りに眺めていきました。

 そして、項垂れました。

「どうして皆、平然としているんだ……」

「いや、だってさぁ」

 あまりにも平常心そのものな顔でいる男性陣に、勇者様の肩はがっくりです。

 素朴な疑問に、まぁちゃんがぽりぽりと項を掻きながら言いました。

「だって、あの女神だし」

 なんかその一言に、全部集約されている気がします。

 明らかな恋愛対象外相手に気にするだけ無駄、というところでしょうか。

 むしろ気にする勇者様の方がおかしい、みたいな空気になってしまいました。

 だってね、魔境の輝くカリスマ☆画伯ですら平然としているんですよ?

 スケッチブックを開きもしないので、そのあたり少し意外といえば意外ですけど。

 あんなんでも絶世の美女に違いはありませんし、体も女性の性的魅力を根源まで理想化したようなまさに『絵に描いたような』女性なのに。

 だけどこの場には誰一人として、『女性』という枠で意識する人がいないっていう。

「……他はともかく、サルファとヨシュアン殿が一切反応しないとは」

「あははははー。勇者の兄さんってば俺の事どう思ってんの」

「本当だよ、失礼しちゃうぜ。あの程度の露出は書き慣れているし今更どうとも」

「そっちか! そっちなのか、ヨシュアン殿!」

「俺もねー? ほら、旅芸人一座にくっついて暫く旅していたことあるし? 旅芸人の姐さん方の舞台準備とか毎日大戦争で俺も衣装と化粧と髪結い手伝ってたしー。準備に追われて全裸や下着姿でうろうろしている姐さん方も珍しくなかったし? もっと色っぽい状況なら兎も角、自分の関わらない年増の裸体見てもねー?」

「……ああ、サルファの理由にはなんか納得した」

「あっははは。リアンカちゃん? それより俺気になるんだけどさ、なんかあのトリモチ……別次元の生物っぽくなってるんだけど。一体どんな作り方したらああなるのさ。リアンカちゃんが作ったんだよね?」

「特に命が宿るようなものを混ぜた覚えは……単純に水飴と腐らせたモチ米と、粘着蛙の分泌液(あぶら)とダークストーカー(※魔物)の血、それからスライムの腐乱死体と悪意を混ぜただけですし」

「ちょっと待て。今あきらかに何かおかしいモノが混ざってた! なんか混ざってた!」

 私が真心こめて作成した、渾身のトリモチ。

 その色は何色とも言い難い、なんか濁った色をしています。

 確信を以て断言しましょう。

 アレ、一度ついたらもう取れないと!

 私も作業用の手袋ひとつ駄目にしました。

「まだ入り口なのに、この仕打ち。女神、死ぬかもしれませんね」

「第一歩で穴に嵌めたのはりっちゃんの仕込みだけどね!」

 沁々見やる、映像の中。

 衣装を完全に駄目にされて、女神がなんか叫んでいました。

 入り口も窓も封鎖された今、彼女には前進する選択肢しか残されていません。

 半裸で。というか、下着姿で。

 それに女神も気付いているのでしょう。

 神殿にいる筈の軍神を、いくら呼び立てても駆けつけてこないこと。

 召使すらやって来ないのです。

 不審だと気付いていても、その事実を直視するのは怖いのでしょうか。

 無意識に問題の先送りをしたのか、直視できなかったのか、女神は明らかにおかしいとわかっていながら……「あのひとを見つけたら問い詰めてやらないと!」なんて言いながら歩きだしたのです。


「衣裳部屋に無事なドレスが残っているかしら……コレよりマシなものなら、もうなんでも良いわね」


 私達の悪意と茶目っ気が詰め込まれた、神殿の奥へと。

 


 取敢えず、神殿全部を丸改造する時間はなかったので。

 女神に辿らせる道筋を決めて、それにそって罠を設置してあります。

 勿論、罠の道筋から外れられては意味がありませんからね?

 追い立て役は、既に配置してあります。


「裸で歩き回るなんて嫌だわ……取敢えず、手ごろな布でもないかしら」


 女神が何気なく、回廊に面したドアの一つに手を伸ばしました。

 部屋に閉じ籠られては罠の設置甲斐がなくなりますし、面白くありませんから。

 基本的に廊下を疾走してもらいたい。

 そんな気持ちを込めて、私は神殿の入り口側の全お部屋に配置しておきました。


 イソギンチャクを。


 ドアを開けた女神の絶叫が、遠くから私達のいる部屋まで聞こえてきました。

 勿論、映像からも叫んでいる声も聞こえましたけどね!

 ついでになんか勇者様も引き攣った叫びを上げました。

 勇者様の良識に鑑みて抗議されないよう、えげつない罠の多くは勇者様に開示せず設置しましたからね。あんなのがいるとか、勇者様も把握していなかったのでしょう。

 うん、だって止められる気がしたんですもの。

 そりゃ内緒にしますよ。

 それに罠って、鮮度のある驚きも重要だと思いますしね。

「りっりりりりりリアンカさぁん!? あ、あああれは!」

「勇者様、すっごいどもってますよ」

「それより! あれは!?」

「主神を嵌めた時に勇者様を追っかけてもらった、乾燥磯巾着(再利用)です」

 勇者様を散々に追っかけてもらいましたけど、やっぱりそこで終えるには勿体なかったので。

 ちょっと隙を見てまぁちゃんに回収してもらっておいたんですけど、早速役に立ちました!

 彼らには良い働きを期待しています。

「もはや乾燥っていう枕詞が白々しいくらいに潤っているけどな!? って、そこじゃなくってそれよりも!」

 勇者様は、我慢ならないという様子で。

 深い苦悩の刻まれたお顔で、見るに堪えないと映像から目を逸らし。

 両手で頭を抱えて、叫びました。


「なんであのイソギンチャク共! 俺の顔をつけているんだ……っ」


 勇者様が見たくないと目を逸らす、映像の中。

 そこには開かれたドアのすぐ内側で前を塞ぐよう横一列に整列した三体のイソギンチャク。

 ライトブルーの体色も鮮やかなマッチョな肉体の上に、端正な勇者様のお顔がそれぞれ装着されていました。その顔も、種類豊富に『真顔』『憂い』『はにかみ』で個々に固定されています。

「ヨシュアンさんとサルファの仕事です」

「ヨシュアン殿、サルファ!? お前ら一体アレはどういうことか説明!」

「えー? 説明っていうか?」

「折角だし、この際だから、あの女神には勇者君にこれ以上ちょっかいかけようとは思わなくなるくらい、『勇者君』っていうトラウマを植え付けてみようかと」

「俺本人に断りなく、それでやっちゃったんだな!? 俺本人に断りなく!」

「粘土で造形してみたけど急いで作った割には良い仕上がりだろ」

「画伯が粘土で作って、そこを俺が本人そっくりに着色してみましたー☆」

「いい仕事過ぎて俺の心痛が半端ないんだが……!」

 勇者様が胸を痛めるのも仕方がない、見事な仕事ぶりです。

 器用で玄人根性の高い二人が手を組んで作ったブツですからね、そりゃ素敵に仕上がりますよ。

 そして作られた勇者様の塑像は、イソギンチャクの頭と見事に噛み合っていません。違和感が凄いことになっています。

 ライトブルーのマッチョと、そもそも大きさも合ってませんし。

 体に比べて頭が小さすぎるので、気色悪い事になっています。

 

 さあ、人間の手足が計六本ずつ生え、触手をびちびちさせた人外ライトブルーマッチョ+勇者様の顔面というクリーチャーを前にした女神の反応は!?


 悲鳴を上げて逃走しました。

 うん、私でもそうします。


 地獄の追いかけっこのはじまりです☆




これ、まだ入り口すぐなんですぜ……?

最終的にイソギンチャクは二十体くらいにまで増えます。

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