ある行政機関に一本の電話が入って来ました。その内容は「自分の家の仏壇の中で蛇がとぐろを巻いています。怖いから、その蛇を追い払ってください。
その電話を取った方は困ってしまいました。そもそもその行政機関はそうした事をしている機関ではないのです。管轄外の話です。だが、今は行政機関は管轄外ですとたらい回しにするのではなくて、それを担当している行政機関を案内することになっています。さて、こうした事案を取り扱うとしたらどこが担当かです。
千葉県の松戸市にすぐやる課が出来て話題になったのはずいぶん昔の話ですが、市民サービスは市役所が担当です。蛇が死んでいれば市のゴミで環境課等でしょうが、生きているとなれば市の中の市民相談の窓口が担当課でしょうか?。が、これを行政機関が市に振ると、市もなんでもかんでも市に振ってくれるなとなります。昔ならばご近所の方に言えば何とかなった類の話です。
市が動くとすれば、自治会長を通じての申し入れがあれば動くでしょうが、そうでないと仏壇にとぐろを巻いた蛇が居る程度では市もまず動きません。
その電話を取った方は、過去に仏壇に蛇がとぐろを巻いて居座るのは、その仏壇に祭られている家族の霊が残された家族に供養をして欲しいと言って来ている。その蛇に向かってお線香の煙を手向けると、蛇はとぐろを巻くのを止めて、仏壇から退去するとの話を聞かれたことがあったので、仏壇の話を聞かれたところ、仏壇には御主人の霊だけが祭ってあるが、ずっとお線香も花もお供えも手向けてはいない。仏壇はホコリまみれですと言われます。
その家は商店街の中で蛇が居るような場所ではありません。どこから来た蛇かは解りませんが、かなり離れたところから来たのでしょう。そんな場所に蛇が出て来たこと事態が尋常ではないのです。
御主人の霊は残された家族から供養されていなかったのでしょう。これは間違いなく、御主人の霊が供養を求めて仏壇に蛇を上がらせる為に使ったケースだと解ります。そうでないと家の中の仏壇に、蛇が上がって来てとぐろを巻くなどの現象そのものが起きえる話ではないからです。
しかし、行政で働いている者が亡くなられた方の御供養が出来ていないからですよと言うことも出来ません。俗話として、その蛇に向かってお線香を手向けられると仏壇から去るなどの話がありますがと匂わせると、ともかく怖いの一点張りで、蛇を捕ってくださいです。やむなく、近所の方か自治会長さんに相談されたらいかがでしょうかと伝えられたました。
後日、市役所の市民相談の担当課の人が、その人に、最近こんな面白い話があった。家の仏壇に蛇が上がって来てとぐろを巻いている。追い払って欲しいと言われた。そんな仕事は市役所の仕事ではないが、自治会長から追い払って下さい言われたら行かざるを得ず、その家に行って蛇を追い払ったが、昔ならばそんな話は近所の方や自治会長がなんとかしたものだが、世の中が何でもかんでも市役所に言えばよいで、人のつながりが希薄になったと嘆かれたそうです。
多くのスピの方は、何をしても神の愛で許されるのですと説かれています。ならば、死後の世界で蛇を使って供養を求める霊などあり得るはずがないことになります。だが、現実にそうした出来事があるということは、実際は違うということなのです。自分の経験体験不足で、古来から言われている内容を古い教えだと否定に走ったおられるわけです。
霊的世界に関わっていますと、霊臭と呼ばれるものがあります。霊の姿が見えなくても、高級霊はとても素晴らしい香を匂わせて来られることがあります。それがお不動さんのようないかつい存在でも、素晴らしい花の香が一面に漂って来たり、稲荷の女神であれば高価なお香の匂いがしたり、眷属の白狐だと白粉の匂いがプンプンと漂って来ることがあります。
反対に落ちていると思われる霊は、鼻が曲がるような臭い臭い匂いが漂って来ます。まるで肥(人の糞尿)を腐らせている肥溜めのような匂いです。最近は肥溜めその物を見かけませんので、肥溜めの匂いを知らない方には解らないかと思いますが、凄く臭い匂いです。
そして、仏教で御供養を受けておられると思われる仏霊は、お線香の匂いが一杯漂って来たりします。もう匂いが染みついているわけです。
スピ系の方は何かと言えば「光と闇」を言われますが、「光」は騙すことが出来ます。光の強さの限界が解らないからです。私のブログの中でも書いていますが、光だけでは正邪の判定は出来ないのです。
一部に霊臭で正邪の判定を言われる方がありますが、これもかなり難しいと思われます。いくら芳しい香を漂わせている神霊でも邪神が存在します。それは、皆さんが高価な香水さえつけていれば、この人は身分が高い人だと思い込むようなもので、絶対性では無いからです。ただ、あまりにも臭い匂いがしている霊は、完全に落ちている霊だと言えます。
人はこの世に生きている間に【天国天人】の世界に進む資格を得なければなりません。この世に生きている間、遊び呆けていればその子孫に供養を求めることになってしまうのです。
日本人のほとんどは仏教徒なので、仏壇にお花や線香やお灯明を上げて御経を差し上げることも供養になりますが、本当は故人名で社会福祉等に寄進されることが一番の供養なのです。その方の名ですれば、その方が【功徳】を積まれたことになるからです。これが、俗に言う【地獄の沙汰も金しだい】の本来の意味で、死後の世界で蛇からの脱却も進むわけです。
仏教では【布施】を言いますが、お寺さんに差し上げるお金を意味しているのではなくて、本来は人に施し恵むことなのです。他の人に有形無形で施し恵みを与えている人ほど、死後に高い世界に入るわけです。
それはスピで説く口先の「愛」を贈るではなくて、何等かの有形の施し的なものなのです。
天国を金で買おうとしてもそれは無理なのです