霊的世界に関わっていますと、自称創造神と称する方達が何人か集まりますと、自分が本物で他の人達は蛇や狐や狸の霊に騙されているのだという罵り合戦になります。例え自称であろうとも自分が創造神だ救世主だと名乗り上げる方は、皆さんそれなりの霊能力がある方達ばかりです。
ですから、言われる内容が全面的に嘘だとは言えない部分があります。その方の目には自分以外の自称者がそうした姿に見えるわけです。それ自体はこのブログにも書きましたが、「狼がくれた睫の話」と同じ事です。実際に見えるのです。
だとすれば、他の霊能者からお前さんは蛇霊だと指摘されたら、本当は蛇霊に一杯喰わされているのかも知れないわけです。
私の2番目の師匠も自称創造神の現身(うつそみ)と名乗っておりました。で、本当にそうなのかと言いますと違いました。その師匠が「国常立尊」様だと言っていた霊は、一見すると仙人界の様な出で立ちの方でした。確かに桁はずれた神通力を持っておられましたが、国常立尊様ならばそれに従う諸神がずらりと並んでおられてもいいはずですが、そうした諸神達が居られない。見当たらないのです。
そして、ある日。その2番目の師匠がカンカンに怒って言います。お前は何の許しも無く大神様の社の板を蹴破って、大神様の本当の姿を見ただろうと怒るのです。
本当の姿と言われた私は目を白黒させました。その前日、2番目の師匠の祭壇でお祈りをしていますと、白い立派なライオンが見えたのです。それで、白いライオン?。それでそのことを2番目の師匠に報告すると、2番目の師匠も白いライオンに首を捻っていましたが、ライオンは百獣の王。白いライオンは神の化相身かと言っていたのですが、翌日に伺ったならば、私が霊界のその神が住む社の横板を土足で蹴破って乱入して、その御神霊の正体を見たと言われるわけです。
すると、その国常立尊と名乗る霊は白いライオン姿かとなりますが、私に国常立尊様のお舘を蹴破って見るような力があるでしょうかと言ったら、そうだな。お前にそんな力はないな。本当に白いライオンの意味は解らないのだなと言われるので、解らない。百獣の王のことではないのですかと切り返すと、それならばよしで、その時は決着したのですが、私が後で知ったのは私の正守護霊(神)たる霊が、その舘の板を土足で本当に蹴破っていたのです。
もし、2番目の師匠の祭神で国常立尊と名乗っている霊に多数の諸霊が従っていれば、私の正守護霊(神)とて、その社の板を蹴破ることも出来なかったはずなのです。
私の正守護神(霊)さんは、その麾下にそれほどの数の霊ではありませんが部下の軍勢をもっておられます。それは過去世において悲運の武将であり、その時の部下達の霊がお舘様と慕って従っているからです。
それが本物だったのか偽物だったのかの判定は出来ませんが、私は鍾馗神の案内で霊界の磐古大神に拝謁した時、中国の古い様式の甲冑を身に着けた将軍とおぼしき霊が二千体ほど並んでいる中を通るようにして拝謁をしました。もしそれが本物だったとすれば、その将軍霊達の部下達の霊を考えれば、磐古神はとんでもない霊を従えている存在になります。
霊的世界において、いくら自分は凄い者だと言ったところで、実際に何万、何十万、何百万、何千万、何億という霊を従えることが出来なければ、それは力を発揮出来るわけではないからです。
私のこのブログの中での記事「霊界の伊勢神宮の天照皇大御神の鶴亀は統べる?滑る?」に書きました伊勢神宮の天照大御神の拝謁前に私が見せて頂いた絢爛豪華な神霊行列は、私も出勤前なので30分間ほどしか見ている時間はありませんでしたが、一万体ぐらいの神霊行列だったのではないだろうかと推察しています。
それは私自身の魂が霊界の伊勢神宮に飛んで拝謁していたのですが、仮に私自身の魂が誰かに騙されて見ていたとしても、その神霊行列を仕立て上げて見せた神霊は非常に強力な神霊になります。
それは神の世界では「力」が支配しているということなのです。しかし、現時点では神界統一がなされておらず、まるで戦国時代の群雄割拠の様な有様。有力な神々が覇権を争っているので、その神に支配された霊界で救世主と名乗る人達が続出することにもなるのです。
大本教神諭には【末で宗教は一つに統一】されるとありますが、やがて神界統一と言う凄い力が働いてくる予告なのです。
ですから、創造神の降臨などが起きるとすれば、それにはとてつもない数の神軍が付随していなければおかしな話になります。
何故、国常立尊と名乗る霊は白いライオン姿だったのか?。
その答えは【猫】という言葉にあるのです
ある若い青年が、自分が救世主だと主張されます。そこで、私はその青年に「貴方が救世主だと誰が言ったのですか?」と質問をしたところ、その青年は創造神の使いの【猫人】が自分に貴方は救世主だと言ったと言うのです。別にこの青年の精神が特段におかしいのではないのです。霊界には「猫」の顔をした人の霊達も居るのです。
私は大本教神諭を読んだ時、【遠くの国の者がやって来て、この神を鰹節にしゃがって】と言う内容があって、国常立尊様を鰹節にするとはどういう意味だと首を捻っておりました。すなわち【猫に鰹節】です。猫に鰹節とは、油断が出来ない。盗んでいく物の例えです。すなわち、国常立尊でもない神霊が国常立尊と名乗ると、貴方は【猫】ですよとなります。
後日、この記述が大本教神諭のどこに書かれているかを読み返したのですが、そうした記述が見つかりませんでした。アレ!。私はどこでその記述を見たのだろうと???。
(※このブログを読まれた方から、この鰹節の記述に関しましては、大本教神諭明治32年旧7月1日今の神の取次は、誠と云ふ事がチツトも無いから、我の目的ばかり致して、神を松魚節(かつぶし)に致して、却って神の名を汚して居る、天の罪人に成りて居るぞよ。同じく明治33年閏8月1日遠国から参りて来たとても、神を松魚節に致して、我身の目的を立てに来ても、十分の事は無いぞよ。)が存在しておりました。
創造神は「想像」から、創造に走られたのです。創造の前に想像があり、そこには【絵伝(エデン)】の絵で描いて伝えるがあったのです。すなわち、宇宙の初発において想像神が【描かれた】ものに、想像神は【命】を授けられた。その「命」のことを【御言(みこと)】と言うのです。それによって創造が始まったのです。
ですから、日本に常に立つ御言(ミコト)は【国常立尊】となるのです
その想像神の【描く】を間違えているケモノ霊が【猫】の意味なのです。
そうしたことも知らないで、自分が「国常立尊」ですと名乗っているような霊は、「描くの獣」として、その姿は「猫」に変えられてしまっているわけです。私の2番目の師匠の御祭神の姿は「白いライオン」として出ていたのは、ライオンも虎も【猫科】だからです。
自称「救世主」と称している青年は、その猫人が創造神の使いの徴として「苗」を持っていると言いますので、その「苗」は何の苗だと質問したところ、【青人草】だと言います。確かに日本神道では私達人間のことを「青人草」と呼びますが、その【苗】は青人草でなくて、【米】として実る【稲苗】でないと行けないのです。猫霊では、そこまで理解出来ていないわけです。
私達東洋人には「米」の教え。西洋人には「麦(パン)」の教えがなされていて、米でも麦でも無ければ「芋」の教えが残っているのです。
私達日本人は、日本語が【神の言葉】であることを理解していません。たかが、言葉程度と思っている方が大多数なのです。
蛇や狐や狸や牛や羊や猫として現れて来るのは、爬虫類の蛇や動物の狐や狸や牛や羊や猫などの霊ではなくて、そのほとんどは【人であった霊】の【心の在り方】が、言葉の仕組みによってそうした姿の存在に見えることなのです。この作用を【ミカエル(身変える)】と言うのです。
日本語は【神の言葉】
試しに、蛇や狐や狸や牛や羊なども、日本の「言葉」をもってすればその意味が解ります。しかし、英語だと何も紐解けないのです。
英語でいくら「猫」の意味を紐解こうとしても、「キャット」だけです。だが、日本ではそれを「描写」や「苗」にもって行けるのです。それが言葉の仕組みです。
英語で会話出来ることがグローバルで、良いではないのです。何故、日本人は神の民族と言われて来たのか?。それは日本語という【神本来の言葉】をしゃべれるからです。英語圏に出されるということは、魂の世界では一段も二段も下落ちなのです。その意味が神国日本なのです。