地元の小さな書店に雑誌を買いに入り、ふと見ると棚に童謡・唱歌のCD10組が980円で売っていました。見ると「かごめ歌」が入っていましたので、なんとなく買って来ました。
買って来て、かごめ歌を聴くと、私が知っている歌詞とは一部が違っているのです。???。
通常知られている「かごめ」歌は
かごめ かごめ 籠の中の鳥は いついつ出ある。
夜明けの晩に 鶴と亀がすべった。後ろの正面 だあれ。ところが、その歌詞は
かごめ かごめ 籠の中の鳥は いついつ出ある。
夜明けの晩に 鶴と亀が出おうた。後ろの正面 だあれ。
「すべった」と「出おうた」では、意味が完全に違って来るのです。
この「かごめ」歌は、神霊世界に関わっている方でしたら異口同音に
予言歌であると言われるかと思います。
無論、最近のスピリチュアルではそうしたことすら言わないと思いますが。
私が子供の頃に臨んだ声は、【旧約聖書は私の書ではあるが秘め書であって、その意味は解読しないと解らない様にしてある。 私の教えは、この日本の昔話や民話、そして「わらべ」歌などにいれてある。一番重要なわらべ歌は「かごめ」歌であり、そこにこの神の仕組みがある。】と告げられたしだいです。だが、その意味は教えてはくださいませんでした。常に自分で解読せよです。
この「かごめ」歌が大切な予言歌であるということは、精神世界に関わる方でしたら守護霊さんから告げられたと言われる方達も多々ありまして、そうした方達はその意味を解読しようとされているわけです。
かごめ かごめ の【カゴメ】はダビデの紋章のことであるはことは、ほぼ一致した見解のようです。
日本では、伊勢外宮の豊受神の神紋として知られています。豊受の神が丹後の与謝宮から伊勢の外宮に迎えられるのですが、それまで鎮座されていた神社は元伊勢と言われる丹後一宮【籠神社】。籠目(かごめ)の籠(こも)神社です。
だが、世間一般の方は、かごめ(籠目)徴を見ないから、違った解釈をされるわけです。
何故、六芒星が籠目なのかは 六芒星を組み合わせた籠の目を見れば解るでしょう。

その籠の中の鳥とは、【不死鳥という方もあれば、鳳凰とか火の鳥】という方もあります。何れにしても、その鳥が「カゴ」から出れば、新しい時代がやって来ると言う予言歌とするわけです。それが出るのは夜明けの晩(みろくの世の前)となるのです。この辺は「かごめ歌」を予言歌と見る方は一致していると思います。
その前の「鶴と亀」がすべったが謎で、解釈がバラバラになったわけです。
御承知の様に、鶴は千年、亀は万年を意味します。その鶴と亀が滑った(すべった)では、今の世が終わることを意味します。
それに対して、それは「滑った」ではなくて、「統べった、すべったに変化したのであって、鶴(千年)と亀(万年)が統べったで統一されるという意味であるとの説があるわけです。
この統一とは、統原(高天原を統一する)であり、すばる(統原)としますので、星で言えば【昴(すばる)】とするわけです。スピで言うならば昴星(プレアデス星団)となるのです。
別名「スマル」とも言います。〇の中に黒点を打って、〇に「ス」とか「マルス」とも言えるわけです。
現在の地上神界の高天原は統一などされた状態ではない為に、世界の宗教がその教えで覇権を争い収拾がつかなくなっているわけです。
後ろの正面とは、当然に【鬼】で、鬼で表現されるのは【国常立尊】様となるわけです。創造神です。
ところが【鶴と亀が出あった】となると、意味がガラリと変わるのです。
鶴はイエスで説かれた聖書の「千年王国」。亀は龍宮の乙姫で説ける「万年王国」を意味して来ます。
すると、イエスと龍宮の乙姫様が出会われたのかとなりますが、この千年王国の方はイエスではなくて、大本教の演技で世に出された【日之出神】のことなのです。
大本教では出口王仁三郎聖師さんの実娘であるところの三代教主出口直日(直日と名乗る前はあさの)さんを龍宮の乙姫として、その娘婿である方の日出麿さんを日之出神としたわけです。だが、これがニセ者で、霊界物語第十三巻の信天翁に、
いま大本にあらはれた 変性女子はニセものだ
まことの女子が現はれて やがて尻尾が見えるだろ
女子の身魂を立直し 根本改造せなくては
誠の道はいつまでも 開く由しなしさればとて
それに優りし候補者を 物色しても見あたらぬ
時節を待ってゐたならば いづれ現はれ来たるだろ
みのか尾張の国の中 変性女子が分かりたら
モウ大本は駄目だらう 前途を見こして尻からげ
一足お先に参りませう 皆さまあとからゆっくりと
目がさめたなら出て来なよ 盲目千人のその中の
一人の目明きが気をつける なぞと慢神してござる
王仁はこの言聴くにつけ お気の毒にてたまらない
こんな判らぬ奴ばかり 盲目ばかりがささやけり
この歌を各自のことに誤解して
罪をかさぬる曲人もあり
この女子とは、本当は【龍宮の乙姫】たる魂を持った女子のことなのです。大本教三代教主である直日さんのことではないのです。
しかしながら、大本教神芝居の中で三代教主を「龍宮の乙姫」様とし、三代教主補の出口日出麿さんを「日之出神」とする神芝居は曲がりなりにも出せたのです。こうしたことが大本教は予告編で、本番はこれからと言われるわけです。
この日出麿さんの最大の功績は、「九ラ式」を別の形で出せたことなのです。日出麿さんにしても、日月神示の岡本天明さんにしても、二人とも出身地が【倉敷】なのです。私は「みのか尾張」の国の中からで、国道41号線で九つ花が「九良式」であることを解きましたが、「倉敷」としても出せるわけです。
龍宮の乙姫様の相方の【日之出神】とは、伏見稲荷山などに行きますと、日之出神と書かれたお塚が多数ありますが、そうしたお塚に祭られている日之出神のことではないのです。
日之出神とは、単に通称名で新しい「日の出」の働きを言っているのであって、正式の神名ではないと思われます。みろくの世における新しい「真性天照大御神」様に当たる存在を言うのでしょう。
なお、大本教で言っている龍宮の乙姫様とは、日本神話の「豊玉姫」とは別の存在です。
神界レベルでは、もっと高い存在です。
故、金井南龍師は「母なる神」の徴をもった存在で、神界の機密とも言われ居ます。
天橋立の籠神社と龍宮とがどう結びつくのかの指摘はあろうかと思いますが、舞鶴沖にあります冠島は国常立尊様の御引退場所とされており、この冠島に龍宮があるとされるわけです。その龍宮の出先が籠神社であるとするわけです。
では、鶴と亀が出あったの「かごめ」歌を聴きたい方はこちらをどうぞ。
これら全てを仕組んでおられる神は「国常立尊」様なので、後ろの正面は「鬼」と言います。
大本教神典では、日之出神と龍宮の乙姫様は夫婦としますが、すっきりとは揃わないとあります。
だが、「出おうた」でいいのであれば、おそらく出会っていると考えられます。
それを紐解く鍵は、「豊受」神にあるのです。日本では単に「五穀の神」としての扱いだけなのですが、世界の神話を見ていけば、別の要素が出て来るからです。
私は「みろく世の人の命は一万年と出て来たのですが、では、どこまで続くのかが見当がつきませんでした。日之出の神の鶴は1000年。龍宮の乙姫の亀は万年で掛けると「1000万年」となります。それならば永遠の世と言ってもいいでしょう。
世界をまたにかける神芝居が行われようとしているのです。
ただ、これらも言葉の仕組みの解説であって、現実にそうなるという話ではありません。
不思議な仕組みだと言うことです。
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